テストテストテスト。久しぶりに17

「君の方はどうだい?」

「えぇっ!?」

「私といて、楽しいかな?」


 分かりやすく、短くゆっくりと口にしてきたところから、きっとその質問は、とても重要。


「楽しいとは……思う」

「とは?」

「これを口にするのはちょっと怖いね。失礼になっちまうから」

「良いよ一徹。何でも言って欲しい」

「トリスクトさんなら、きっとそう言うと思った」


 軽んじてしまっては駄目なのだと理解して、一つ、ゆっくりと息を吸って吐く。


「いまの俺のことも心配してくれる、トリスクトさんとの忘れちまった婚約関係。おりゃ、利用してるんじゃないのって」

「ふむ……」

「《主人公》や三組連中と文化祭を成功させたい。君はきっと、そんな俺に協力を惜しまない。君と結んだ立場に胡坐をかき、想いを利用しているんだとしたら?」

「一徹?」

「ここにいるのは、いまの俺だ・・・・・。新生山本一徹としての実績を、ここで作っておきたい。優先順位おかしいよな」


 だいぶ落ち着いてきた。

 両手を顔からはがす。

 やっぱり息を飲んじゃうほどに彼女の顔は近いところにあったけど、これから話す内容が内容だから、ちゃんと目を見なきゃだ。


「トリスクトさんやシャリエール。小隊員。いまの俺を見てくれる。本当はこれまで良くしてくれた君らへの恩返しを、俺はもっとすべきなんだ」

「いまの、山本一徹として私たちに?」


 記憶をなくして目が覚めた俺の前にあったのは、トモカさんが女将をしている三泉温泉ホテル。

 編入が決まった魔装士官学院。

 この二つしかなかった。


「ホテルと学校、毎日の往復。俺の一日の大半は、この二つが占めてる。いまの俺の生活を構成すると言っていい」

「その環境が、いまの山本一徹人生セカイだよね」

「文化祭に突入した。記憶をなくしたけど、『いまの俺だってちゃんと生きていてこんなことやったぞ!』って。実績ができたとき、きっとそう思える気がして……」

「優先順位か。君は私たちに恩義を感じる一方、自分優先に動いていることに申し訳なさを募らせていると?」

「自分優先どころか、その為に、無意識中に君との関係性を利用して、無理強いをしてるんじゃないかな」


 トリスクトさんは射抜くような視線を黙って見つめてきて、正直気まずい。


「プッ! ククク……」

「トリスクトさん?」


 が、クールビューティが突然眉をひそめ、困ったように笑いだすものだからわからなかった。


「君は……ねぇ。酷い男だった・・・・・・

「……は?」


 どうやったら、なるだけトリスクトさんにショックにならないだろう。

 そう思って、言葉を色々探して、伝えた。

 

 沈黙になった時、やっぱり気を害したかとハラハラした。


 笑われてしまった。

 そのうえで、


「前の君は、酷い男だったんだ」


 とんでもない発言が返ってきた。 

 拍子は、抜けてしまった。


「私を振り回すだけ振り回して、選択肢も与えてくれないような。そんな男」

「え゛!?」

「でもね、そんな君に、それでも私は惹かれ、惚れてしまった。君からプロポーズをもらったとき……嬉しかったぁ。これは本当だよ?」

「あの、う、うぇえええっ!?」


(トンデモ発言どころじゃねぇよ! ドイヒーじゃねぇかよっ!? え、俺がっ? 困らせまくった? トリスクトさんを? こんなによくしてくれる娘を!?)


「あの時の山本一徹を考えると、いまの君はこんなにも私に優しい。配慮してくれて、傷つけないように労わってくれる。失礼? 怖い? とんでもない。いまの君は全然酷くない」


「と、トリスクトさん……」


 嬉しいことは言ってくれる。

 だけど記憶を無くす前の俺の話がチラッと入ってきただけで、驚愕を禁じ得ない。


 ダメ人間まっしぐらじゃなかろうか。


(あれ? これまで皆が俺から真実を遠ざけようとしていたのって。いまの俺に、かつてのダメ人間っぷりを知られないよう気を遣わせたからだとしたら……)


君が好き・・・・

「うっ……」

「私はね一徹。君のことが、好き」


 駄目だ。金属ハンマーを上から脳天直撃された気分。

 かと思えば、今度は返す刀(ハンマーなのに刀とはこれ如何に)宜しく、そのハンマーを下からすくいあげられ、顎にアッパーカット喰らって首が跳ね上がったんじゃないかというダブルの衝撃。

 頭は真っ白になった。


「いまの君も好き。いや言い方が少し違うな」


 過去の俺は酷い奴だったという衝撃と……


「記憶を失ったことで、私も知らなかった一面をこうして見せる。その表情はまた、前の君とは違った意味で魅力的で。だから、ホレなおした……かな?」


 告白による衝撃。


 しかも、そこには間違いなく恋愛感情が存在することをありありをわからせる声色で。


「な、な、ななな……ななななななななぁぁぁぁぁぁっ!」


 断言できる。彼女の言葉に嘘はない。


 ファンタジーなんかで出てきそうな、凛として高潔な女騎士宜しくなクールビューティ。

 違う。クーデレ(クールな人がデレデレ)している。

 赤面してる。恥ずかしがっている。そんでもって……


「ね、ねぇ。もし、いま君が私に対して持っている遠慮が、その制約によるものだとしたら。私は……」


 不安げな表情に、小刻みに揺れる瞳。 

 告白に対する俺の反応がどのようなものになるか、恐れていた。


(な……んでだよ。俺も、情けねぇ)


 いまの俺として付き合ってくれるトリスクトさんには、いつか改めて、いまの俺として関係を作るべく、何かしら意思表示をしなけりゃとは思っていた。


 ただそれは、告白じみたものになる。


 トリスクトさんに向ける感情は本当に好意でいいのかとか。色々助けてくれる頼もしさに、俺が持っているのは尊敬の念じゃないのかとか。

 いろいろ、自分の想いにためらっていたのが事実だった。


(また先に言われ……いや、言わせちまった……)


 トリスクトさんに対して、ずっとまごついていた。

 この場で、彼女の方から決定的な発言が飛び出たのは、煮え切らない俺に苛立ちを覚えているからというのもあるかもしれない。

 

「一徹……」

「と、トリス……」


 少し前の肝試し。家出した後の露天風呂での一件。先日の三縞大社と同じ。

 商品調達のために転がしたバンのなかで、二人きり。

 告白までしてくれた彼女が不安そうな顔を見せるのが心苦しい。そんな状態で名前を呼ばれては、俺が意識しないはずがない。


(まるでブラックホールかよ)


 また、あの感覚にとらわれていた。

 捉えて離さない。ブルーサファイアのような瞳が、俺を吸い込んでいく感覚。


「あ……」


 鼻先、口元を何かがくすぐる。

 互いの吐息が感じられるほど、知らずに、彼女に引き込まれ……


『三っ泉っ坊やぁぁぁ!』

「「ッツ!」」


 我に返った。

 もう三センチの距離まで、俺も、トリスクトさんも、顔が近づいていたところ。


『あ、ああ……アンタら、いま……』

「ハイ、なんでしょうか女将さん!」


 声を掛けてきたのは、たったいま饅頭を補充させてくれた和菓子屋の女将さん。


 大声で店から外に出てきたのに反応して、俺たちは互いを押し合い、それぞれの座席側の窓に顔をそむけてしまった。


『ま、饅頭の補充についてヤマト君に連絡したら、地酒が品切れと聞いて、酒店に試しに聞いてみたら、対応可能だってんで伝えようと思ったんだけど……』

「そ、そうですか。ありがとうございます!」

『もしかしてオバちゃん、お邪魔だったねぇ。ウヒヒッ! こりゃあ市内の旦那、女将衆との寄り合いでいいネタができたもんだよ』

「何でもありませんったら!」

「あ、あと数センチの距離だったのに。女将の接近に気づけなかったとは何たる不覚……」


 野次馬根性丸出しの笑みと発言に、「おばちゃん、シカっと見たからねぇ」みたいに言ってるのが否応なくわからされる。恥ずかしくてたまらない。


「あ、ありがとうございます! さっそく酒屋さんの方に行ってみま……うわぁっ!」


 アカン。焦りすぎ。

 オートマチックシフトの自動車。前に行くもんだと思って、急に後退してしまって(後ろに誰も何もなくてよかったぁぁ!)驚きを禁じ得ない。

 どうやら驚いたはずみでギアをR(バック)に入れてしまったらしい。


「で、では、今度こそこれで失礼しますっ!」


 何とかギアを入れ替えて、発進する。

 和菓子屋の女将さんの元から、一刻も去りたかった。


(クソッ! これまでと言い今回と言い。なんだっていつもいいところで。って、いやいやいや、そうじゃなくって。揺れすぎだろ俺!!)


 もちろん、安全運転第一だぜ!?

 あぁ、イライラする! この道の制限速度は30キロかよ。150キロくらい出してぇよ!


(つか、酷かったって。記憶を無くす前の俺、酷い男だって。どんだけだよ! ショックだよ! 何トリスクトさん困らせてんだよお前ぇぇぇぇ!)


 ちなみにそこから先、とんでもなく車内は重い空気になったって言うね。


 助手席のトリスクトさんも、運転手の俺も、何となく互いに顔を向けられないまま黙っちゃった。

 酒屋さんや、他の在庫の調達とかで他商店に到着した後も、補充にかかわる最低限のやり取りはしたものの、それ以外は沈黙だ。


(ったく。こういう時、運転手ってのはつらたんだねどうも)


 トリスクトさんは顔を真っ赤にして俯いているけど、たぶん同じくらい俺だって真っ赤になってると思う。

 ただ、どれだけ恥ずかしくて、顔を赤くしたとして、運転の為に顔を挙げねばならないというのがつらいところだった。



「なんか、やり取りを見てて微笑ましかったよ。一徹君とはずいぶんいい関係を築けてるようだね」

【陛下……どうしてここに? いまコチラは貴女が行方をくらまし大騒ぎになっているんですよ!?】

 

 別れの挨拶を告げ、一徹の背中が口内敷地内を行き交う者たちの人波に消えていったところでシキが切り出した。


「しょうがない。実際にこの目で確認しなければならない事態を作ったのは、一体誰のせいかな」

【それは……】

「ま、いい。君の思わんところも分からないでもない。山本一徹と言う男は、えらーくおバカのようだ。純粋無垢って意味ね。そういう人種を騙すのは良心が痛むよ」


 静かな口調。だが……


「でもね?」

【陛下何をっ! やめてください!】


 ドローン操縦者が悲鳴を上げるわけだ。話ながら、無理やり折れたプロペラをむしり取ったのだから。


「一方で、彼がこの第三魔装士官学院を崩壊せしめる鍵であることも知った。ねぇ、一徹君って魅卯君の事好きだったんだ? なら抽選会での騒動も頷けるよね」

【一体、何をお考えですか?】


 再び飛ばれないように。逃がさないように。


「魅卯君は一徹君の想いに気付いてる? 気付かなかったとして、一徹君の学院編入前、リハビリや学業フォローをしてたって報告。なら、思い入れはあるはずだよね」

【げ、下世話な。山本一徹は無力無能。路傍の石に執着されるなど……】

「だから月城魅卯を壊せるのは、この学院で一徹君しかいないんだよ」

【ッツ!】


 まるで笑い話でもしているように口元が歪む四季。声には冷たさが宿っていた。


「一徹君とのデートで学内を回った。魅卯君を支持する生徒の一徹君に向ける目。《山本組》をはじめとする一徹派新興勢力現政権魅卯君に見せる眼差し。いい感じに燻ってる。もし、弾けてしまったら?」

【第三魔装士官学院の二分。三縞校の崩壊による弱体化】

「それが成れば、年度末の競技会。第一学院が付け入る致命的な隙になるよね。そういう報告を、私は君に求めていたんだが」


 もしこの場に一徹がいたら、今の四季をみて凍り付いてしまうだろう。


「それじゃあ……裏切りのお時間です・・・・・・・・・


 そんな残酷な話を、シキはあまりに軽く口にした。


「二人のこれまでの関係を壊す決定的な何か。山本一徹ならび月城魅卯。両名を衝突させるんだ」

【わ、私は……】

「大丈夫さ。君はこれまで何度だって一徹君を騙してきたじゃないか」

【あ……】

「例えば、看護学校文化祭の件で看護学士長と会談させた。『生徒会では役不足だ』と魅卯君の顔に泥を塗った。一徹君は気まずい思いをしたんじゃないかな」


 ここまでくるとドローンのスピーカーも沈黙にふした。


「一徹君との友情への裏切り。彼を傷つけた。しかも一度や二度じゃない。もうね、君は後戻りはできないんだよ。また裏切ったところで何も変わらない」


 奥底で分かっていたことを突き付けられた。


ーなぁ秀吉。俺とお前は、友達……だよな。お前は、ずっと俺に、正直でいて頂戴よ?ー


【っつぅ!】


 それと同時、ドローンの操り手は一徹から最近かけられた言葉を思い出してしまった。

 

「気休めになるかは分からない。でも安心してくれていい。私も罪悪感が無いわけじゃないんだ。魅卯君が壊れたなら一徹君も壊れる。流石にそこまで追い込むつもりはないんだ。二人とも私が愛する民なのだし」


 一徹とは、本当に友達になってしまった秀吉だから。


「卒業後、彼女が嫁ぐ久我舘隆蓮と仲良くしてやろう。魅卯君の功績になる。一徹君はそうだな……返済免除奨学金での大学受験の応援。もしくは就職先の斡旋でもしよう。正規士官の登用は無理でもメンツは保てるように」


 一徹とはいつもおちゃらけが混じり、ふざけ合う間柄。ゆえ、深刻な話になればなるほど、中々付いて行けない。


「だから頼むよ。親友の私のため、また一徹君を裏切ってほしい。君だけが頼りだ」

「私だけが、頼り?」

「うん。骨を折ってくれるよね。私の可愛いネーネ?」


 そうして秀吉……否、木のもとネネは、四季にそれ以上食って掛かることが出来なくなってしまった。

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