テストテストテスト。久しぶりに16

「明日から待ちに待った学園祭が開催されます。皆さん、悔いの無いよう今日一日を有意義に使ってください」


 ……何かが、大きく変わってしまった。

 例えばこの朝礼がそうだ。

 文化祭開催前日。

 準備は大詰めの本日。いつもの訓練は無い。

 朝礼の為、グランドに集まった全訓練生に対して、前に出た生徒会長が、全員に呼びかける。

 魅卯以前の生徒会長もやって来たことで、魅卯もソレに倣っただけ。


(なのに……)


 皆、やけに反応が薄い。

 自分の言葉は残っていないのではないか……とでもいうように、訓練生みな、眠たそうな表情で聞いていた。

 どう見ても聞き流しているようにしか見えない。


「以上で生徒会長からの挨拶を終わります。各自、残りの作業に全力で当たって頂戴」


 反応の弱い訓練生に念を押すよう、マイクで呼びかけたのは親友でもある風紀委員長。

 それをキッカケに、訓練生らはグラウンドから散り散りになっていく。


『うっしゃあ! ツーわけで兄貴! 一つ頼んまさぁ!』


 あまりに淡泊な反応しかなかったから、訓練生たちが解散していく最中に発せられた声は、実にエネルギッシュだった。


『フッ! せやな。ここで一発、気合注入ゆうのも、兄貴の大事なお役目やろうな』

『看護学校文化祭を思い出すばーって』

『めっちゃ気合入ったべ?』


 規律と厳格さ。自衛官養成学校としてふさわしい風土。

 ゆえに逸脱するような無駄な騒がしさは、場の空気を大きく揺さぶった。


『えーっとぉ、お断り』

『『『『『そんなぁ、兄貴ぃぃぃ!』』』』』


 騒乱の中心人物について。考えるまでもない。


『ウグッ! わ、分かったから! ったく、面倒くせぇ』


 一人だけやけに気だるげ。反面、呼びかける者たちの熱量が高すぎる。

 温度差によるギャップか、魅卯は声の方に目を奪われた。

 百人を超す、体格の良い男子生徒たちが一人の青年を円陣組んで取り囲む光景。


『すぅ……』


 青年は、始めこそ恥ずかしそうにしていたが、開き直ったように笑っていて。

 思い切り息を吸う。

 そして……


『オッケお前ら! とうとうお待ちかねの学園祭の時がきたんだ!』

『『『『『っしゃぁぁぁぁ! りゃぁぁぁ!』』』』』

『すべてはこの時のため。思いっきり楽しむためだ! だから俺たちは、日々の訓練おしごとに全力で没頭してきた! 違うかっ!?』

『『『『『らぁぁぁぁぁっ! コラァァァッァ!』』』』』


 口火を切る。

 取り巻きの男子生徒たちは、乗っかるように気合で返した。


『なになに? なにが始まったの?』

『なんか面白いことやってるけど……』


 その光景に、青年と取り巻きの男子たち以外の訓練生らが興味を惹かれていく。


「俺たちは祭りに、力と想いの全てを傾ける! 悔いの一切すら、残したくないじゃないか!」

『当然やで兄貴ぃ!』

『やってやる! やってやるぞ俺はっ!』


 ただ視線を向けるだけじゃない。

 ゆっくりと青年を取り囲む輪に近寄っていく。


『アイツら……お約束だなもはや』

『いーんじゃない? なんというか、私たちまで気合入るって言うか……』


 耳を塞ぎたくなるほどの声量。

 それでいて叫びを受け止める誰もが、楽し気に顔を歪めていた。

 それは……


『抑え給えよ山本の奴』

『ん、私たちが恥ずかしくなってくるね』

『アハハ。でも学園祭が始まるんだって実感湧くじゃない?』

『フン、訓練生の本質から外れた催しに、何を興奮している。下らん』

『ニヤけてますよ。蓮静院さん』

『俺たち最後の学園祭。縁の集大成を見せる催しに向けた、良い祝砲だ』

『何言っているのよ。三組の一員が出しゃばるような真似して。恥ずかしいだけじゃない』

『どうかな? 後輩たちからあれだけ慕われる。結構羨ましかったりするんだが』

『フフ。今の言葉をきいたら、きっと一徹は驚くよ刀坂』


 英雄三組も例外ではなかった。

 苦言を呈している……ように聞こえて、全員が楽しそうに口角を釣り上げているのだから。


『んじゃま! 気合入れていこうかぁ! 山本組ぃ……!』

『兄貴っ!』


 青年は、そんな中で力ある言葉を放とうとする。

 一番近しい二年生の後輩に、言を遮られた。


『んだよ! 人の口上止めようとすんなよ! こういうのは勢いがだなぁ!』

『ちゃいまっせ兄貴! よーく周囲をご覧にならな』


 目の当たりにして、魅卯は息を飲んでしまった。

 解散の言葉に、グラウンドから離れようとしていた訓練生の多くが、青年を取り巻く後輩たちの輪に加わるように集っていく。

 始め組まれていた円陣は、2倍にも3倍にも大きく膨れ上がっていた。


『ここは一つ、三縞校全体に向けてぶちかますところちゃいまっか?』


(ッツ!)


 魅卯にとっては絶句するしかない。

 

『バッカ! んなガラじゃないの俺は!』

『ええからええから。思い切りやったらええ!』

『だぁかぁら……』

『兄貴っ! 盛り上げてやりましょうや!』

『嫌だよ! 恥ずかしいの! 分からないお前ら!?』

『構いませんよ? では兄貴がぶち上げてくれるまで、僕たちもずっと発破掛けてやりましょうか!?』


 もちろん彼は「」というものを弁えている。勧められても、たじろぐしかない。

 それでなお、後輩男子たちが炊きつけることをやめない。


『あぁ、もう! ハジュカチイッ!』


 その意味を、遠目から眺める魅卯には分かってしまった。

 彼に、学院全体に覇を唱えろと言っている・・・・・・・・・・・・・・・に等しい。


『行・く・ぞぉぉっ! 野郎どもぉぉ!』

『モッチ~! 私たち女の子がいることも、思い出してあげてくださぁい!』

『ハハッ! 女子訓練生共も! 最終準備日を含め、俺たちは全・身・全・霊でこの学園祭を楽しんでやる!』


(こ……ここまで……なんて……)


 きっとこれから目にする光景は……


『一切のやり残しは作るな! 後悔が無いよう、開催期間の出来事、記憶、その全てをおのカテとして喰らいつくせっ!』


 ハッキリと魅卯に告げることになってしまう。


『やるぞ! 第三魔装士官学院三縞校・・・・・・・・・・・全訓練生・・・・っ!』


 今の魅卯と、彼との……


『これより……状況を開始するッ!』


UWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


 この学園における境遇の圧倒的な違い。

 ビリビリと魅卯の身体を震わせる、山本組……を含めた、訓練生ほとんどの重なった歓声が思い知らせた。


「ハッ、なんか羨ましいかも」

「山本先輩の周囲って、なぜかわからないけど、いつも楽しそうよね」

「ちょっと! 生徒会の貴方たちが何を言っているの!?」

「「す、すみません風紀委員長」」


 政敵として一徹を睨んできたはずの、生徒会のメンバーの心すら、揺さぶってしまう。



「あ、アカン。もう一日目なんてどうでもいいや。捨てた。あとは皆に託した。俺は一日休養日ってことで……」

「「「「「「却下」」」」」」

「ほ、本当にみんなに溶け込んだね一徹」


 学園祭の開催を明日に控え、その準備の大詰めたる最終日。

 学院の正門を、クラス全員で出るころには、僕ちんは全身の倦怠感に苛まれまくっていた。


「嫌だもん! 疲れたもん!」

「ん、ガキ」

「ガキで結構だもん!」


 自分のわがままが通るなら、プライドとかどうでもいいのだよ。

 が、みんなから集まる痛い視線は、どうやらそれを許してくれないらしい。


「ま、まぁ山本の場合、俺たち三組の準備以外もこなしていたからな」

「おっしゃ《主人公!》いいぞ! 俺のフォローもっとやれ!」

「調子に乗らない!」

「ゲブゥッ!」


 かろうじて《主人公》だけは助け船を出してくれたが、《ヒロイン》の過激すぎるツッコミ(弾丸のようなキレッキレの拳骨が、俺の右頬骨にぶち当たった)が、食い止めた。


「ひ、《ヒロイン》さん? 前から思っていたんだけど暴力反対だって! 手の速い暴力ヒロインってのは、最近じゃ人気が……」

「安心して。貴方に対してだけだから」

「はぁ!?」

「本当に好きな人がいたとして、そんな醜い姿は見せられない。殴るなんてとんでもない。貴方だったら、別に嫌われても構わないもの」


(俺だったら殴っても構わないって? 恐ろしい子!)


 気が滅入る。

 仮に《主人公》の言動に気に入らないことがあったとして、《ヒロイン》がストレス発散にサンドバッグを使う可能性だってあるかもしれない。


(それこそご勘弁願いたいんだが)


「はぁ……」


 トリスクトさんが親友を自負するくらい仲のいい《ヒロイン》だから、彼女の恋を応援することはやぶさかではない。

 が、命がいくらあっても足りそうにない現実。

 思わず項垂れてしまった。


『あ、モッチャン先輩! 今日は組員をありがとうございました! また明日もお願いします!』

「じゃあな山本! 今日の礼はいつか返すから。ま、期待せずに待ってろや!』


 ブルー入って、地面眺めながらトボトボと歩く俺に、いろんな奴が声を掛けては通り過ぎていく。


(フッ、すでに言葉を返すだけの元気は無いっていうね)


「にしても山本組員の派遣は、随分訓練生たちにとって人気えにしがあったようだな」


 それを見たのか、《縁の下の力持ち》の声が背中にぶつかった。


「実際、俺も助けられた。三組の催しへの準備に専念していたから、美術部展示会の設営に手が回らなかった」

「フン。それだけは認めてやろう。俺が所属する軍用犬訓練ドッグブリーディング研究会の部員達も感謝していた」

「えぇっと……蓮静院さんが訓練を担当している軍用犬パートナー、組員4人をあわやドッグフードにしていませんでしたか? たった一頭で」


 続いてあの高慢ちきな《王子》までが評価した。なら、一定の効果はあったのだろうが。

 実のところそれが俺の疲労の大きなところなのだが……


「お前らねぇ、好き放題言ってくれるんじゃないよ! 俺が一体、どれだけ後輩たちからイジメられて、ツケをこさえたか!」


 みなが言及していること。

 《山本組》は、なぜか学園祭準備期間中から、人手が足りないクラスや部活に対し、組員を派遣することになった。

 今や百人を超す大所帯。

 「準備に専念すべし」ってことで、今日は訓練がお休み。

 すでに準備を終え開催を待つばかりって奴も2、30人くらいいて、本来なら完全休養日に入ったって問題はないはずだった。

 ……ハイ。全て僕の要請で、その全員に手の足りない所を手伝ってもらいました。


(折角の休みの日に学院に動員させるとか。《山本組コレ》、なんて言うブラック企業?)


 俺が派遣した組員の中には、先日の看護学校文化祭で彼女が出来た野郎も含まれていた。

 デートの約束すら交わしていたそうな。


(思い出したくもねぇ……)


 「兄貴が言うならしょうがないっすけど、埋め合わせ、期待してますぜ?」なぁんて。

 苦笑いを向ける後輩たちに、「学食の天ぷらそば奢るから!」と笑顔で打診したものだが。


(スターヴィングジャガーのスペシャルコース、2980ニ-キュッパなり。掛けるところの30人。きゅ、九万が飛んでいく……)


 「一杯350円で買収できると思ってるんすか?」と一笑され論破されちまった。


「出費が痛すぎる。どんなにトモカさんの手伝いを頑張ったとして、2,3か月はパァだぞ。トホホ……」


 良くこんなことを聞く。「誰かに喜んでもらえることが、最上の喜び」だと。

 とんでもねぇ。

 俺は、自分が楽しければそれでいい人間なんだ。


(クソ! 女子からの『山本君! 助けてくれたら後でイイコト・・・・してあげる♡』ってのと、男子からの『山本大明神だいみょうじ~ん』っておだてに……)


「まだ、グロッキーになるには早いんじゃない? 一徹」


 持ち上げられて気をよくし、いいように使われてしまった自分を恥じていたところ。

 俺の手を取るトリスクトさんの顔は楽しげ。

 何が言いたいのか、予測はできた。


「今になってみれば、あの時の申し出を受けておいたのは結果的に良かったかも」

「フフッ。かもね」


 チラリと後ろを一瞥する。

 クラス全員、楽しげな顔してそれぞれ会話は盛り上がっていた(《王子》と《政治家》と《猫》だけは相変わらず微妙な空気だが)。


(もうすぐ愛しの我が家下宿だ。んでもって、そつのないあの女性・・・・の事だから……)


 前々から決まっていたこと。学園祭準備日から開催最終日まで……


「お帰りなさいませ三年三組皆さま♡ お帰りをお待ちしておりました♡」


(俺たちの寄宿を察知して、出迎えてくれるに決まってる)


 三組全員が、俺たちの下宿で合宿することになる。

 その期間、身の回りの世話を、《ヒロイン》に縁のあるオネエさんが務めてくれるのだ。


「で、出たわね風音!?」


 予想にたがわず、下宿に全員で到着したと同時、玄関から現れたのはホワワーンとした雰囲気のおキレーな女性。

 見惚れてしまいそうな美女であるはず。


「け、決して変なことをしないでよ!? 貴女の言動は、全て主人格の私の責任になるんだから!」

「分かってますよアーちゃん♡」

「わ……分かっている感じがしない」


《ヒロイン》が焦った表情をするところに、オネエさんの人となりと、《ヒロイン》の苦手意識が垣間見えた。


「不肖、十六夜・ネイヴィス・風音。これより4日間という短い期間ではありますが、精一杯皆様のお世話に務めさせていただきますね♡」

「「「「「「「「「お世話になります」」」」」」」」」


 名乗りを上げるネービスさんに、挨拶を返す際にも《ヒロイン》だけが歯を食いしばる顔をしているのがそれを告げている。


「ではロビーにお通しします。玄関すぐの壁に、部屋分け表を貼りました。各位お部屋にお荷物を預けたのち、男性女性、それぞれ大浴場にお向かいください」


(へぇ、世話役を申し出てくれた時には驚いたけど、段取りはスムーズだね)


「さすがだね一徹」

「俺たちの登校後にこの下宿に到着したんだろうけど、ここの設備に関しちゃ、もう

熟知してそうだ。正直助かるよ」

「いくら三組に溶け込めたからと言ってネービスさんがいなければ、合宿期間中の彼らの面倒を私たちが見ることになる」

「最終準備日時点でグロッキーだ。もしそうなってたら苦行以外の何でもない。無理ゲーだ」


 ニコニコした表情を崩さないネービスさんに突っかかる《ヒロイン》の背中を眺めながら本音が漏れ出てしまう。

 なにが面白いのかは分からないが、氷の麗人宜しくなクールビューティ、トリスクトさんがクスクス笑ってくれるなら、それでいいと思います。


「お風呂が済んだらお食事となります。今日は前夜祭ですから……」


 うんうん。良い流れじゃないか。


「皆でっ! 大いにっ! 騒ごうじゃないかぁぁぁぁっ!」

「「なっ!」」


 ……うん、良い流れのはず……だった。


「だ、旦那さん?」

「ご、ご主人……一体その様子は……」


 大声を張り上げながら、一升瓶を片手に持った赤ら顔な旦那さんが飛び出てくるまでは……


「さ、酒くさぁ! 出来上がっていらっしゃるぅぅぅ!」


 朗らかで明るく、優しい。トモカさんと同じくらい信頼できる大人。

 自信をもって「俺の保護者だよ」って三組の連中に紹介するつもりだった。


「やぁやぁ徹君、ルーリィ君、お帰り! それで……彼らがクラスメイトかな? 徹君と違って、みんなイケメンで美女揃いじゃないかぁ!」

「ぐふぉわっ!」

「大丈夫かい徹くぅん? ルーリィ君という者がいながら、可愛いからってクラスの女の子に手ぇなんか出していないだろうねぇチミィ?」


(や、やめれぇぇぇぇ旦那さぁぁぁん)


「ん、エロおやじ」

「鳶が鷹を生むと申しますが、カエルの子はカエルとも……あ、いえ、ごめんなさい山本さん! 何でもないです」


 女子たちからの目が痛ひ。

 「この保護者にして山本あり」と、目でありありと語っていた。


「いい機会だ! 徹君にはねぇ、ぼかぁ一度ガツンと言わなきゃって思っていたんだよ! いいかい? モテモテハーレムは確かに男の夢かもしれない」


 アカン。旦那さんの饒舌が止まらない。


「でもねぇ、一人の女性を愛し続ける事だってカッコいいと思うのよぼかぁ。それがルーリィ君にシャリエールさんに。君はどれだけ手が早いんだい?」


 ハハハ、すっげぇこの場から逃げ出したい。


「しかもナルナイ君までそそのかして。そういえば月城さんはどうしたんだい!? 年明け、君を熱くたぎらせた恋ゴコ……」

「ふわぁぁぁぁ! 旦那さん! もう死んでぇぇぇぇぇ(全力でごめんなさい)!」

「い、一徹? 今、ご主人は魅卯少女のことを……」

「違う! 絶対に違う! 酒が入って呂律が回ってないんだよ! 変に聞こえただけなんだ!」


(お腹が……お腹が痛い。痛くなってきたぁ!)


「や、やっと帰ってきたのね。山本一徹。トリスクト様」

「バトンタッチだ師匠! 後は託したから!」

「兄さま、一緒にお風呂に入りませんか? 十六夜さんから、兄さまを墜とす際に是非にと秘技を伝授しまして」

「トモカさんの旦那さんが止まらない。こんなに酒癖が悪いなんて」


 あぁ、体の内から、腹でゴロゴロなり始めるのを感じる。

 更に、山本小隊の面々が疲れきった顔で出てくるものだから、一層悪い予感しかなかった(なぜかナルナイだけは気合に満ちてる)。


「え、エメロード。状況は?」

「夕方にトモカの旦那が下宿に。私たちがいない間に合宿準備を整える名目で来て貰ったとはいえ、ネーヴィスは部外者だからと。見回りのつもりだったらしいけど……」

「学園祭期間中に世話になることに対し、風音さんがお礼の品を……全国の名品銘酒で……」

「世間話ついでに一本開け始めたら、ネーヴィスがおツマミさかなを作り始めたみたいでよう……しかも酌までしてもらって気分良くしちまったみたいで」

「それで私は、殿方を絶昇させる手練手管をその時に教えて……」


(ま、マズい……)


 酒の下りからすでにアウト。


「ちなみに、トモカさんはその時……」

「もちろん女将として宿で仕事中よ」


 が、ネービスさんに酒を注いでもらって、下宿内で一人キャバクラでウハウハしてたなんてのを、トモカさんに知られでもしたら……

 ナルナイのは、ツッコまない。


「や、山本小隊全員、その話だけは絶対にトモカさんには内緒だぞ」

「アラ、ご安心ください山本様♡ 奥方を怒らせるような、決して男女の仲には……」

「当たり前でしょ~がっ!」


(腹だけじゃねぇ。頭まで痛くなってきたぁ)


ー風音には気を付けてー


(もっとまともに《ヒロイン》からの忠告を聞いておくんだったぁ!)


「さぁ、突っ立ってないでさっさと風呂に入ってくる! 今日は飲むぞぉ! 徹君とルーリィ君が世話になってるクラス! 親睦会と行こうじゃない!」


 もはや旦那さんは止まりそうにない。

 ネービスさんはニコニコと……困っている俺たちを前に笑っていた。

 クラス全員から漏れ出るは、「本当にここで合宿していいのだろうか?」という不安。


「フン、身の危険を感じる。部屋は俺の屋敷にもある。合宿場所を変えるべきではないのか?」


 《王子》様、その提案、全力で飛びついていいですか?

 


「さて? とうとう三縞にまで来てしまったわけだけど……ウフゥッ! サッム! まったく冬は嫌だね。骨身にこたえるよ。って、ババァか」


 やはり、どことなく変わった人間なんだろう。

 寒空の下、結構な人の行き交いがある中、一人ノリツッコミをした彼女はそんな自分に笑ってしまった。


「おっと。人の目には気を付け……いや、変装は効果あるっぽいかな?」


 もちろんそんな彼女は周囲の視線を集める。

 ただそこまでだ。

 一目向けた通行人は、過ぎるときには興味を失っていく。その結果は彼女にとって願ったり。


「にしてもなかなか緊張する。まるで初めてのお遣いだ」


 気合を入れ直すかのように、キャップを深くかぶり直す。

 かけていた眼鏡のフレームに指を当て、位置を正した。


「あ~あ、せめて観光マップくらい買っておくんだった。流石地方は、書店が閉まるのも早い」


 一つため息。駅のロータリーに停まるタクシードア横に立った。


「三泉温泉ホテルへ」

「かしこまりました。ご旅行ですか? この時期ってことは、明日から開催される魔装士官学院祭が目的かな?」

「うん。まぁ」

「予約が取れてよかったね。士官学院の学園祭は毎年盛況で。開催期間中は、どのホテルも予約が取れないんです」


 乗り込んでから数分。

 張り詰めた心持だった彼女は、ドライバーと話しているうちだんだんとリラックスしていった。


「予約をしているわけじゃないんだ。ただ友達が三泉温泉ホテルの関係者で」

「へぇ? お姉ちゃん綺麗だから、ルーリィちゃんの友達かな」

「運転手さん、それセクハラだから。でもルーリィ君の事を知っているんだ?」

「ルーリィちゃんだけじゃない。あのホテルの別館で下宿している女の子たちは全員この街では有名で……」


 自分の正体がバレていない。

 この分なら今後この冒険にも差支えはなさそうだと確信が持てた。

 

「そこまで知っているってことは……運転手さん、一徹君を……」

「徹の小僧っこはその限りに無い!」

「って、やっぱり彼も有名なのか」

「まさかお姉ちゃんは徹の小僧っこを頼って……早まっちゃだめだ。君はまだ若い。悪い男に捕まっちゃいけない! もっと自分を大事にして……」


(おぅふ。まさか。こうなるんだ)


 いや、それどころか説教さえされてしまう予想外の状況に、苦笑いを浮かべてしまった。


(にしても、やっぱり自分の脚で確かめてみるもんだね。ルーリィ君ほどの容姿なら、この町で有名になるのは頷けるけど。まさか一徹君も有名人とはね)


 自分の身を案じて色々と苦言を呈するドライバーの呼びかけを、ごまかしながらのらりくらりと躱す。

 

(やっぱり興味深い。無力無能な君の何が、この街の人間の心をこうも惹きつけるのか)


 そうして、走行中のタクシーの進行方向に視線を送り続ける彼女は、とある青年の事ばかり考えていた。

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