テストテストテスト15

「こ、これは一体……」


 逆地堂看護学校の文化祭二日目……であるはずだった。

 いや、最終日としての開催はしていたのだが、雰囲気はあまりに物々しい。


『おらっ! きびきび歩けや!』

『テメェ、シャバ出てきたらお礼参り楽しみにしてっからな! こんなもんで俺らが満足したとか思うんじゃねぇぞコラッ! お゛ぉ゛っ゛!?』


 看護学校の正門に、パトカーが何台も止まっている。サイレンこそ鳴ってないが、警戒灯が点滅していた。

 これに、憔悴顔の不良らを恫喝しながら引き渡すのがドピンクポロシャツの三縞校男子。《山本組》の構成員。

 口から鼻から。流れ出たろう血は乾き、全体に青あざを作っていた。目の周りは腫れ上がっている。

 ……警備の域を超え、ケンカに発展した。

 魔装士官訓練生が、不良とは言え一般人に危害を加えた。

 これほどの警察沙汰だ。

 《山本組》に対し。三縞校に対し。責任追及は免れないだろう。

 こうなることを恐れて看護学校の警備に難色を示したのに、展開は最悪。

 状況を一目見るなり、魅卯の全身は寒気だった。


『不良の連行は怪我の軽い奴にさせる。重い奴は治療室ヤンキーホイホイに直行だ』

『了解でさぁ兄貴!』

『戦闘員さんへの治療に集中してもらうから、上級生を各クラスから数名、治療室に招聘して。学園祭開催時間はまだ残ってる。他の看護学生は……っ!』

『わかったよ! 三年各員に看護学士長から緊急連絡ね!』


 少し離れたところから聞き馴染みのある声を聞いたのは、その時。

 

「え、山本? なんでこんなところに?」


 治療に、警官への不良の引き渡し。

 騒ぎを見守り、動揺する来場者が多い中、《山本組》組員や看護学生がひっきりなしに行き交う。

 この状況に、毅然と周囲に指示を出していたのは、一徹と逆地堂看護学校の看護学士長。

 

「俺たちここに来るまで、すれ違わなかったのに」

「それよりあの格好はなんなの? 制服のジャケットは?」


 それがまず、この場に急いだ魅卯とヤマト、灯里を驚かせた。

 《三縞商店街旦那女将衆ネットワーク》からの連絡では、二人とも学外に出ていたはず。

 《アンインバイテッド》転召警報があった。

 緊急臨場した隣町の現場では、姿こそ確認できなかったが、魅卯を初め、三組全員が、一徹がその場にいるように感じていた。

 なのに二人は、いつの間にか看護学校に戻っていた。

 しかも一徹は、ショッキングピンクのポロシャツを着ていて、サイズが小さいのかボディラインがあらわになっているではないか。


「山本君っ!?」


 理由はどうでもいい。

 魅卯が声を張り上げたのは、一徹が無事であることに安堵した故。

 ……なのに……


「チッ、月城さんか」


(……え?)


 反応した一徹は、魅卯を一瞥するなり舌を打った。

 面倒くさそうな顔を確かに一瞬浮かべる。が、すぐ二カッと歯を見せた。


「山本! 無事かっ!?」

「アナタ! 今まで一体どこで何をしていたのよ!?」


 一徹の反応が信じられなくて、魅卯は一瞬息を飲む。代わりに問いを挟んだのが、ヤマトと灯里。

 

「三人とも必死な顔しちゃってぇ。どったの一体?」

「どうしたも何も! アルファリカに、看護学士長が誘拐されたんだろ!?」

「隊長として探しに行ったんでしょ!? それにこの場の状況は!? いったいどうなってるのか説明しなさい!」

「はぁ?」


 一徹はお調子者でお笑いキャラ……のはずだった。


「何言ってんの。エメロードが誘拐? アイツなら自分のクラスにいるぜ。看護学士長さんだってホレ、そこで指示飛ばしてるじゃない」

「……嘘」

「ん?」

「嘘……だよね山本君。確かに二人とも今は学校敷地内にいるかもしれない。でも、少し前まで……」


 違和感がヒドイ。

 口角はつり上がっている。が、目は笑っていない。冷めていた。


「ねぇ、なにがあったかちゃんと話してほしいの」

「んなこと言われても」


 言葉を紡ぐにあっては実にうっとうしげ。


「アルファリカさんを追ったんだよね? それから何があったの? 誘拐した犯人はどうしたの? この状況は一体何?」

「立て続けに質問されても、身に覚えが……」

「山本君っ! 答えてっ!」


 だからこそ、魅卯は昂ってしまった。

 一徹の素直さ、純粋さを数か月にわたって受け止めてきた魅卯だから。


「ちゃんと状況を教えてくれないと守れないよ! 警察沙汰になった! なら三縞校に対し注意指導がある! 《山本組》への叱責は免れない!」


 今の一徹から溢れ出る違和感を、己が一喝で吹き飛ばしたかった。


「後輩君たちだけじゃない! 山本君への責任追及だって問われる! 最悪、三縞校を退学させられるかもしれないんだよ!?」

「あぁ、マジで……」

「でも、理由さえ教えてくれたら私もフォローできるから! 山本君が動いたなら、そこにちゃんとした理由が……」

面倒くせぇ・・・・・

「「「ッツ!?」」」


 冗談の類じゃない。本当に嫌がっていた。

 右手で両目を覆い、声を絞り出す一徹。魅卯もヤマトたちも絶句を禁じ得ない。


「事は上手くいった。なら、もういいじゃねぇかよ……あっ」


 が、一徹は思い出したように顔を挙げる。


「俺、何を言って……」


 覆っていた手を離したとき、表情、呆気にとられたかのようだった。


「ち、違うんだ月城さん。俺は別に、そんなこと言いたかったんじゃ……」


 魅卯やヤマトたちだけじゃない。自分の言葉が一徹自身信じられない。

 そうして4人全員が黙り込んでしまって、場には重い空気が下りた。


「……組長さんが気にすることではありません」


 それを切り裂いたのが、看護学士長の呼びかけだった。


月城さん三縞校さん、ご懸念している点ですが、気にしなくて構いません」

「な、なにを……」

「周りをよく見ればわかります」


 冷静な瞳が向けられる。

 ゆえに視線が捕らわれた魅卯は、看護学士長が促すように視線を移した先に引っ張られるように目を向けた。


『では、喧嘩ではなかったんだね? 不良集団と男子高校生グループの小競り合いじゃ』

『全然違います! 彼は体を張って私を守ってくれたんです!』

『それは私も証明できます! この子が乱暴されそうだったところを、動画で納めた証拠もあります!』


 警察官が事情を聴取しているところ。

 数人の女生徒が、一徹の後輩たちをかばっていた。


『だが急に攻勢に転じた。喧嘩に発展したと……』

『あり得ないんだけどっ! 私たちは襲われそうだったんですよ? どれだけ怖かったか!』

『なんで助けてくれた男子たちを喧嘩の当事者にしたいんですかっ!?』

『だいたい! 蹴ってもないし殴ってもいない! 投げに極めに組み伏せるって言うのは暴力じゃないですよね!』

『す、すまないが君たちも興奮しないで……』


 看護学生全員が、「義は《山本組》にあり」と必死に声を挙げていた。

 これでは警察も、《山本組》を問題の当事者として見るのは難しい。


「ご心配なさらず。月城さん三縞校さんが不安に思うようなことにはなりません。逆地堂看護学校私たちが、そんなことをさせません」

「うっ……」


 状況を突き付けられてしまえば、魅卯も呻くしかなかった。

 看護学士長はため息を一つ、やれやれと首を振る。


「組長さん? あなたも災難ですね」

「何を言って……」

「信頼……されていないのですね。月城さん三縞校さんから」

「あっ……」

「ハ……ハハハ……いや、なんつーか。仕方ないっつーか……」


 たった一言が、魅卯を封殺した。


「これまでのことがあるから。あ、別に看護学士長さんが気にすることじゃない」

「ち、ちが……山本く……」

認めてもらえるわけがない・・・・・・・・・・・・

「ッツ!?」


 瞬間だ。魅卯の頭は真っ白になってしまって、問いただしたいこと全て、抜けてしまった。


「そうですか」


 これを受けた看護学士長は目に見えて落胆。

 だけじゃない。失望に染まった冷たい瞳が、魅卯に向けられた。


「う……」


 やりきれない。

 看護学士長の向ける瞳。まるで悪者を見るかのよう。


「……そうだ組長さん。覚えています? あの時、私に出した要求」

「要求? 何だったっけか?」


 しかしながら、次いで一徹に向けた視線と表情には柔らかさが宿っていた。

 セリフの意味を飲み込めていない一徹。その様子にクスリと笑みを見せたかと思うと踵を返す。


「えぇっと、看護学士長……さん?」


 そのままその場から離れる。

 看護学校の正門を入ってすぐ。学園祭の受付ブースへと向かっていく。

 そうして……


〘看護学士長から、校内の全生徒へ通達します〙


 設置されたマイクを通し、全校内放送を敢行した。


〘私は、《山本組》に対し、本学園祭で受けた恩に報いることにしました。これに伴い賛同者を募集します〙


 その決断は広く広く学内に響き渡る。

 学園祭の受付という立地も手伝い、周囲にいる者すべてが、校内放送で呼びかける看護学士長に視線を集めていた。


〘私と同じく、《山本組》の力になって良いと思える看護学生は、声を挙げてください〙


 看護学生は驚愕しながらも、話を聞くうちに、コクコクと頷き始めた。

 不良を連行する《山本組》のメンバーは、状況が呑み込めていないのか、顔を唖然としていた。

 警察官だが、看護学生すべてが《山本組》の正当性を訴えるに加え、その生徒会長までもが評価したことが決定打になったか。《山本組》メンバーへの警戒を解いていた。 


「ヤマト! これって!?」

「逆地堂看護学校が……動いた。三縞校学生小隊への参加を、呼びかけているのか?」

「……嘘……」


 目の当たりにした光景。看護学士長の呼びかけ、ヤマトの予測を耳にする。

 信じられないとばかりに、魅卯は呟くしかできなかった。

 いったい何度、この看護学校に対して協力を取り付けようと魅卯が交渉に訪れたか。

 色よい答えどころか、話をまともに聞いてもらえないことだって多かった。

 それがどうだ。


「どうですか? 組長さん」

「コイツぁ……随分似合わないことをするじゃない? 大人っぽくて落ち着いた女の子が、まさかここまで大胆に出るとはね」

「組長さんは、《山本組》皆さんも、私たちを助けてくれましたから。ここまでする価値はあったと思います」


 なんなら、顔を合わせるだけで警戒心たっぷりな表情を常に見せてきた看護学士長だって……


「そういってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっ……照れる」

「フフッ♪」


 受付から戻り、一徹に呼びかけるにあっては晴れやかに笑っていた。


「それじゃ期待していいんかいね? 逆地堂看護学校からの、第三魔装士官学院三縞校への協力」

「……いいえ」

「はっ?」


 いや、笑っていたのに、一徹からの確認に対して表情を引き締めた。

 目をつぶって両手を胸に当て、深呼吸を一つ。


「私たちは、三縞校さんに協力するつもりはありません」

「え゛? でも、じゃあ今のは一体……」

「組長さん?」

「お、おう、なんだろうか?」

「勘違いしないでください。私は……」


 スゥっと瞼を開けたとき、瞳には宿っているのは決意の色。

 

「組長さんだから、協力したい」

「ふぁぁぁぁぁっ!?」

「すみません。看護学校を挙げて三縞校に協力するとは安易に応じられません。でも、ならまずは、私からだけでも力になることから始めたいと」


 提案に、一徹自身が受け止めきれていないようだった。

 が、とんでもない。

 こんなものを見せられた魅卯、ヤマト、灯里の三人は声すら上げられない。


 魅卯だけじゃない。歴代の生徒会長が協力を求めて幾年。

 それを一徹は、あっさりとやり遂げた。


「どうです? 私は、その決心がつくくらいには組長さんの事を認めているつもりです」

「う、嬉しいっつか。いや、ありがたいんだけど。悪い。こんな時、どう反応していいか分かんねぇんだ」

「可愛いんですね」

「えぇっ!?」

「さっきまであれほど猛けていた組長さんが、まさかこんな反応をするだなんて、ちょっと可愛い」

「可愛いって、いや、その、あのっ……!?」


 打ちのめされたなんて言葉では、もはや魅卯は足らない。

 ならばこれまで魅卯は、一体何をやって来たのだろうと。

 ……そのうえで……


「なるほど? 組長さんに女性の影が多い理由が、少し分かった気がします」

「はぁぁぁぁっ!?」


 自分などまるでいないかのように、一徹と看護学士長は何やら二人だけの世界を作り始めていた。

 

『おい、あれ見てみろって!』

『ちょっと。スッゴイ。なにアレ、美人とか……超えていない?』


 状況は、さらに動く。

 不意に看護学校の正門が騒がしくなった。


『ヤバッ! え? 何、ここの学生か?』

『ちげぇって。ここの制服じゃねぇだろ』

『にしても、あんな美人とお近づきになりてぇよな』


 正門で上がったざわめきは、少しずつ魅卯たちに近づいてきた。

 噂され、注目の的になる何者かが、こちらへと近づいてきているのだ。

 否、その正体について、すでに魅卯は予測が付いていた。

 野次馬たちの評価。この状況での登場。なら、これから姿を現すのは……


「やぁ一徹。警備は順調かい?」

「あぁ……トリスクトさん……」


 その美しさに圧倒されたか、野次馬たちはみな一歩後ろに下がって道を開ける。

 抵抗なくこの場に姿を現したのは、ルーリィ。


「あ……れ?」

「「「「山本君! / 組長さん! /山本っ!?」」」」


 姿を認めるなり、一徹はその場にしりもちをついた。

 

「大丈夫かい?」


 衆目からの視線を一身に集めるルーリィは、ゆっくりと一徹に近づいていく。


「大丈夫と言いたいところだが。トリスクトさんを見たら腰が抜けちまって」

「私に恐れをなして……なんて言わないね?」


 《アンインバイテッド》転召反応時、すれ違ったルーリィは死に物狂いの形相を浮かべて居た。


「逆だって。ちょっと気を張り詰めすぎてたのかな。安心したら、どっと疲れがね」

「フム。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 今は、慈しみの眼差しで一徹を包んでいた。


「あ、あの、貴女は……」

「私の婚約者が世話になってるね」

「……え゛?」


 突然の登場人物。しかも一徹とあまりに親し気。

 故に前に出た看護学士長は、しかしルーリィのあいさつ代わりの一言に絶句した。


「君はこの学校で立場ある学生なのかい? 一徹が、後輩と共に御校学園祭をお手伝いさせてもらってる。迷惑をかけてないといいが」

「こ、こ、こここ……婚約……?」

「それで、立てるかい一徹? 今日は君の好きなものを好きなだけ食べて、ぐっすり休んだ方がいい」

「本当、お恥ずかしい」

「何を言っているんだい? 私たちは婚約者フィアンセじゃないか」

「はは。らしいよねぇ」

「フィ……フィアンセ……?」

「妻が夫を支えることは当然だし、夫が妻に支えられることだって恥ずかしいところはどこにもない」

「み……未婚妻? 未婚夫?」


 ルーリィの一言一言は、看護学士長のメンタルにクリティカルかつダイレクトなダメージを与えたようだ。

 しかしルーリィは、呆然と立ち尽くして白目を剝く美少女に目を向けず、へたり込む一徹に肩を貸した。


「だけど、後輩たちがまだ……」

「大丈夫さ。きっと彼らも頃合いを見て撤収する。託せばいいんだ。一日目だって彼らにずっと任せていたんだろう?」

「そっか……そうだな。帰ろっか」

「それでいい」


 面食らったまま固まってしまった看護学士長。とうとうここにきて膝から崩れ落ちた。

 ルーリィの肩に腕を回した一徹が、おぼつかない足取りで歩みを始めても、微動だに出来ないでいた。


「ッ! 山本君っ!?」


 魅卯は、そうもいかない。


「……弁えて欲しい」

「えっ?」


 向けられた背中に思わず呼びかけてしまう。

 が、反応したのはルーリィの方だった。


「弁えて欲しいと言うんだ。魅卯少女」


 厳しい表情。向けてきた瞳には敵意にも似た感情があった。

 ふと、《山本組》メンバーを呼びつける。一徹を引き渡し、少し離れさせてからは、再び鋭い視線を浴びせかけてきた。


「君がとてもいい人間であることは知ってる。感謝もしてるんだ。私がまだ一徹に再会する前、衰弱した彼が日常生活を取り戻す為に手を差し伸べてくれた。が……」


 ため息交じり。

 重たげな口調は、魅卯に対して言うべきか迷っているのだ。


「君と一徹は、そこまでであるはずなんだ・・・・・・・・・・・・


 ルーリィが悩んだ末に放った言葉。


「時々ね、無性に不安になる」

「不安になるって?」

「一徹からの視線。君は……どう感じる?」


 受け止めた魅卯は、しかして返す言葉がなかなか見つけられないでいた。


「一徹は、いつも君の背中を目で追う。人だかりにあってなお、遠くを眺めるようにいつも君の姿を探している。それも……私の隣でだ」

「それはっ……」

「一徹が後ろめたさを感じぬよう。私に気を使うことないよう。私も何でもないように振舞った。でもね、まさか君がスタンスを変えるつもりならその限りじゃない」


 話を聞かされているうち……


「私には、いわゆる女の子らしさがない。男性が『守ってあげたい』と思うようなか弱さや可愛らしさともとも縁ない」


 ルーリィの言わんとしていることを、魅卯も薄々感じられてきてしまった。


「私に無いもの全て持っている君を羨ましいとすら思う。そうするとね……」


 警戒に満ちたルーリィの表情。いつの間にか自嘲気味な笑みに変わっていた。


「君に嫉妬を覚えてしまうんだ。私に無いものばかり持つ君が一徹の意識を惹く。わかるかい? 婚約者が別の女に惚れこむのを目の当たりにする悔しさと情けなさを」


 艶やかに光を反射する自らの前髪を、ルーリィはわしゃわしゃとかきむしる。


「妬み嫉み。黒い感情は、人の正常な判断を狂わせる。そんなこと分かってる」


 分かってしまう。ルーリィだって本当は、こんなこと面と向かって言いたくないはず。


「私自身そんな醜い自分が嫌いだ。でもね、君と一徹がそばにいるのを見ると……」

「わ、私がスタンスを変える? それは……」

「……分からないかい・・・・・・・?」

「ッツ!?」


 問い返したのは、明らかに魅卯の失言。

 ルーリィのやり返すような確認に、再び黙らされた。

 完全に押し込まれている魅卯に対し、ルーリィは疲れたようにため息を一つ。

 そのままクルリと背を向けた。


「それに……君では無理だ・・・・・・

「何を……言って……」

「断言するよ。君では一徹は手に余る」


 この場を去ろうとしている。

 去り際のセリフだから重要なはず。


「なんとかこれで、ギリギリ支えてあげられているつもりだが。私やシャリエールごとき・・・で一徹の業を分かち合えてるかどうか」


 が、ルーリィの言葉は魅卯には全く理解できない。


「何を言っているか分からないよ!」

「いい。君の理解を期待しているわけじゃない。ならこれだけは覚えておいてくれないかな」


 押し込まれてばかりだった魅卯がやっとまともに声を張り上げたこと。

 

「一徹のことを、今後はあまり心配しないでほしい」

「……え?」


 ルーリィは、今が魅卯が己の言葉に集中しているところと理解したのか、もう一度だけ振り向いた。


君ではないから・・・・・・・

「私じゃない?」

一徹には私がいる・・・・・・・・。彼を支え助ける。それが婚約者の背負うさだめなのだから」


 わざわざ振り向いてまで放つ言葉だけあって、重すぎるセリフに、魅卯には一言反論を許さない。


「だから弁えて欲しい。一徹のそばにいるべきは、私であって魅卯少女じゃない」

「私……じゃない……」


 言うだけ言って、ルーリィは再びその場を後にしようとする。

 少し離れたところで後輩たちに支えられて待っている一徹の元へと向かっていく。


『トリスクトのアネさん。チョットええでっか?』

『兄貴の件で、お話したい件があるばーって』

『というより兄貴の正体について、そろそろアネさんから聞いても宜しいでしょうか?』

『寧ろ……聞いていい話でやすかい・・・・・・・・・・・?』


 強い言葉をぶつけられた魅卯は、立ち尽くすのみ。


『……君たち、一徹の何を見た?』


 一徹の元に向かう途中、ルーリィが投げかけられた後輩たちからの問いは核心をついたもののはずなのに。

 何も考えられない魅卯の耳には入らない。


「えっと……ビックリするほど蚊帳の外じゃないか俺たち?」

「ヤマト」

「灯里?」

「ちょっと黙ってて。今良いところだから」

「ますますわからない」


 ヤマトと灯里に関しては、完全に空気だ。

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