テストテストテスト。久しぶりに14

(これは……もう駄目ね)


 ドッドッ……と朱の川は流れ出るのが止まらない。

 眼前の光景を前に、心だけに感想を留め、ため息をついた。


「もう……二度と右腕は使えない。左手はリハビリ次第でしょうけど、今後少なくとも拳打は放てない」


 今後……という言葉が味噌だ。まだ未来はあるということ。


「ッ……フゥ……」


 状況は、一徹が《ヒト型アンインバイテッド》と向き合ってから随分進んだ。

 まず戦いが始まった途端、見えない壁の領域が変わった。

 気絶した冨樫の元に寄れるようにはなった。


「最っ低……こんなクズに、聖姫ひじりひめの力を使わなければならないなんて」


 ただの応急処置では、出血多量で死に至る。

 多く見積もって死亡に至るまで5分も猶予が無い。普通の看護学生なら間違いなく諦める場面。

 が、すでに冨樫の容態が落ち着いているのが事実だった。 

 夏祭り。数えきれないほどの《アンインバイテッド》を葬っただけの力を、治療にあてた。

 癒しの術。力。

 エメロードでさえ多用したくない。あまり誰かの目に触れさせたくない。だが冨樫に使用してしまった。


「契約が無ければ……ダメね。助けなくてはならなかった。山本一徹が壊れてしまうから」


 冨樫が死にかけたのは、一徹が見殺しに仕掛けたからだ。

 エメロードには契約がある。そしてその契約には、一徹も対象に含まれている。 

 なおかつ一徹が戦い始めたとき、見えない壁が移動し、冨樫に近づけるようになったことは、見えない壁を発現させた張本人が、冨樫の治療を期待して故なのだと伺えた。

 ……山本一徹に人を殺させるな……

 つまりはそういう事。


「治癒魔技術が山本一徹の舎弟たちの目に触れなかったから、何とか間に合った。でも、別に出来栄えなんてどうでもいいでしょ?」

 

 親切心など当然ない。

 肌や肉の裂傷はない。傷は見事に埋まって、出血も見事に止まっている。生物の回復能力を著しく高める術。

 ただ、回復に時間を要するものはその限りではない。冨樫の右腕内部の骨は、粉砕されてそのまま。

 神経だって断裂したまま。

 よく見れば、確かに裂傷はないが、折れた骨は腕から突き出たままだった。腕としてはもう二度と機能しなかった。


「死んでよ。私と、山本一徹の知らないところで」


 吐き捨て、いまだ伸びている冨樫の横っ面にサッカーボールキックを見舞ったエメロードは、一つ深く息を吸って吐き出した。


「まだ……終わってない」


 吐き出すとともに床に落とした視線を、スィっとある方に向けた。

 視界に映るのは、横一列に並んだ5人の《山本組》古参幹部。

 全員が全員。異なる姿勢で一方向を呆けたように眺めていた。


「本当に趣味が悪い。もし山本一徹が壊れたら、いくら私たちの神であろうが殺すから。ヴァラシスィ」


 腰を抜かしたもの。膝から崩れたもの。四肢を床につけたもの。何とか二本の足で立っているが、全身力が抜けてしまったもの……


 ◇


「なんだばーって……コレ……」

「ワシら一体、いま何を見とるんや……」


 ……信じられない現実がそこにあった。

 いや、信じたくない。考えたくもないのかもしれない。


『ハッハァ! 何だってお前は、こういう時に限って調子がいいかなぁ銀色マンジュウ!』

『ぢぃゆぅっ! ぢじゃっ!?』


 戦闘が始まってからすでにどれだけ時間が経ったか知れない。

 5分? 10分?

 そんなことどうでもいいのだ。

 10秒以上持つはずがないと誰もが思ってしまっていた。見えない壁に遮られ、合流できない舎弟たちは、下手したら兄貴分が《アンインバイテッド》に目の前で殺され、食われる場面だって覚悟していたものだった。


『変態! 山本一徹!』

『ぢゅぅっ!』


 瞬間で、二人の山本一徹分裂する。

 不規則なリズム、速さで駆け巡ることで、《ヒト型アンインバイテッド》をかく乱し、的を絞らせない。

 例えば二人のうちの一人の山本一徹を狙いに行ったなら、死角から、狙われていない方の山本一徹が攻撃を打ち込んだ。


「誰か説明してください……あの人は誰ですか? 僕たちの兄貴じゃないんですか!?」

「誰も答えられねぇべこんなの。ていうかあの戦い方、誰だって知らねぇじゃん!」

千変の神鋼マスキュリスを分身にする? 聞いたことあらへんで」


 確かに、千変の神鋼マスキュリスの使用自体も、思った通りに変態させることも、本来異能力は関係ない。

 それに舎弟たちには使役霊がいる。命じたなら、一徹と同じ戦法を取ることだって可能だ。

 だからこそ、彼らにとってのマスキュリスというのは、剣であり、槍であり、弓だった。

 ゆめゆめ、手放して使役するなど考えられなかった。

 戦闘中、武器以外の形を取らせるなどもってのほかだ。


GAROUGAAAAAAAAAAAAA!


「アニっ!」


 咆哮と共に、《ヒト型アンインバイテッド》が剛腕を振るった。

 大木に見まごう腕による一突きは、しかし重たさを感じない程に鋭さ極まった。

 なのに……


「お……い? おいおいおいおいっ!? なんちゅう無茶を!?」


 すんでのところで、マスキュリスが一徹と《ヒト型アンインバイテッド》が放った拳の間に飛び込んだ。

 柔らかな肉体を、容易に突き破りかねない勢い。

 

『ははぁ! 柔よく剛を制するってなぁ!』


 このままでは、拳が己を突き破る。その様に判断したか。

 刹那に、突きこまれた拳とは反対側の肉体からマスキュリスは触手が伸ばした。一徹の胸や腹を押し込むことで後ろに飛ばせた。

 すべては、万が一に拳がマスキュリスの身体を突き破ったとしても、そのまま一徹の身体に着弾しないように。


『大は小を兼ねる兼ねる……って、これは違うかっ!』


 武器として攻撃手段だけに使うじゃない。

 分身に変態させ、かく乱作戦に要するだけじゃない。

 

「マスキュリスの硬度は、装備者の異能力戦闘力レベルで変化します。わかってしまいます! 防具として使用できない。だから攻撃回避のサポートに使役してる!」


 敵の攻撃を耐えるだけの力がないから、当たらないように動いている。

 いや、そんなことは舎弟たちも分かっていた。


「大事なとこはそこやあらへん! 硬度が足らん。全部ソレが示しとる! あんお人は異能力が欠片もない癖しくさって……」


 問題は……


『っひぃ! 一発喰らったら即アウトって! コレなんて無理ゲー!?』

『ぢゅう! ぢぃうぅぅぅぁぁぁ!』


 蹴りが見舞われたなら、体を投げ出してでも避けきるとともに、《ヒト型アンインバイテッド》との間合いを詰めようとすること。

 突きや、腕を振るう一撃が見舞われたなら。腰を落とし、紙一枚躱し、さらに懐に潜り込む。

 

『だぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁっ!』


 外殻に、一撃一撃、全力を籠めて打ち込むことだった。


『くぅっ! 硬ぇ! 手ぇビリビリ来やがる』


 今もまた、クリティカルな一撃を《ヒト型アンインバイテッド》に見舞って見せた。


『まるで石に水滴が落ちてるくらいにしか効いている感じかしねぇ』


 ……あり得ないのだ。


『構わねぇ! なん十発! 何百発! 何千発だって打ち込んでやる! 浸食! 水滴が岩だって穿ってやるさ! だろう相棒っ!?』

『んぢぃうぅぅぅぅっ!』


 攻撃が届いていないなどどうでもいい。


「く、狂ってんべ? おかしいとか……もう、そんなレベルじゃねぇべ?」


 いまだ死んでいないこと。あまつさえ善戦を見せていること。

 一寸先は闇に違い死の恐怖を前に、かいくぐり、ゼロ距離を敢行する魂の太さ。

 

「おい……誰でもええ。手ぇ挙げぇや。こん中に一人でも、異能力なしに・・・・・・アンインバイテッド・・・・・・・・・とタイマン張れる奴おるか・・・・・・・・・・・・?」


 誰かが震える声で上げた問い。


「馬鹿野郎。こちとら力があったってゴメン被らぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・


 答えられる者がいるわけがなかった。


「これが山本一徹……」


 異能力がない者は無条件で雑魚。

 一徹を兄貴分と慕い始めても、そこだけは舎弟たちも譲れなかった。

 ……時折、一徹とは魔装士官学院以外で会いたかったと思う時もあった。


「これがワシらの……兄貴……」


 魔装士官異能力者は、異能力の無いものを守る事を使命としている。だから、流石に異能力の有無で他者を蔑視することはない。

 あくまで、学院外での話。

 異能力を持ち、やがて《アンインバイテッド》と相対することを至上命題とされた魔装士官の養成学院内ではその限りではない。

 一徹に、何度物足りなさを感じていたことか。


「なっ……!」

「お……い?」


 今日という今日は、その評価を改め直さなければならない。

 いや、改めるというよりも、もっと根本的な……


『ハッハーハァ! まずは見えてきたぞ! 均衡点が!?』


 舎弟たちは何度息を飲まされなければならないのか。

 あれほど果敢に懐に潜り込んでいた一徹は攻め方を変えていた。

 距離をかなり取った。

 《ヒト型アンインバイテッド》は、しかしそれにも対応しうる手段があった。

 冨樫絶命一歩手前にまで追い込んだ、拳や腕を溶かし、まるで布のように平たく、薄く、そして長くして、意のままに操り、間合いの遠い相手を捕らえる。


『『だぁぁっしゃぁぁぁぁ! / んぢゅぢゃぁぁぁぁっ!』』


 一徹と、相棒のマスキュリスの気合が重なる。

 大戦斧を縦に構えることで、一徹に伸びた、まるで包帯のように薄い《ヒト型アンインバイテッド》の腕が、中央から裂けていくのだ。

 大木のような腕では通らなくても、これほど薄ければ外殻の硬度も低下するのだろう。


『銀色マンジュウ! 喰らえ!』

「ヂャヂッシィ!」


 そこに一徹は気付いてしまった。

 中央から避け始めた、薄くなった《ヒト型アンインバイテッド》の腕の先端を、一徹の大戦斧から伸びた何筋もの触手が捕まえに行く。

 見る見るうちに、マスキュリスが触れた部分が溶けていくかのように侵食され小さくなっていった。


『嘘……でやしょう?』


 一分以上生きているだけで奇跡。

 絶対的に不利な状態で前に出る。命知らずというより、もはや異常。

 それでいて無力無能が、突破口を開いて見せた。

 見えない壁によって言葉すら通せない舎弟たちは、それをまざまざと見せつけられた。


 GOJAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


 あぁ、《ヒト型アンインバイテッド》は間違いなく一徹の立ち回りに深い極まっていた。

 一発でもまともにくらえば勝負がついてしまう状況。

 ゼロ死ぬイチ生きるかの両極端すぎる綱渡りをなんとわたっている一徹の存在が許せない。

 殺意の色は、これでもかと咆哮に乗っていた。


『さぁて、敵さんも本気出してきやがったぁぁぁぁ!!』


 自分たちが出張ることの出来ない、ただ見守ることだけを強いられている光景。間違いなく一徹の死地だ。

 必死な形相で縦横無尽に駆けまわっていた。そうでないと即死は確実……なのに、不思議な期待感が舎弟たちの中に湧き立った。


『まずはっ!』


 《ヒト型アンインバイテッド》の放ったフックは、ボクシングヘビー級のそれすら凌駕するだろう。

 まるでキャノン砲台。

 身を低くし、潜り抜けた一瞬。脇をすり抜けると同時に斧頭を一閃させた。


『更にっ!』


 一徹を目で追おうとするなら、その視界を彼のマスキュリスが覆った。

 姿を追えぬ。それは一徹にとっての好機だった。背後を取る。両腕を、《ヒト型アンインバイテッド》の胴回りに巻き付けた。


「んな……アホな……」


 目の当たりにして、舎弟たちも呆然と呟くしかできないでいた


『あぁぁぁぁっ! はぁぁぁぁぁっ!』

 

 気合と共に、一徹は抱き込んだ《ヒト型アンインバイテッド》を力任せに持ち上げた。

 そのまま、地面に向けて叩きつけようと……


『ンヂャアァァァアァ! ジャ! ヂィァァァァァッツ!!』


 それだけにとどまらない。

 一徹が持ち上げ、叩きつけようとした地面から、銀色の柱が急速に伸びる。

 落下と重力。速さによる力に、いま突きあげる力が相反する。

 

 NNGOoGIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!!!!!!11


『桐桜花……柔道連盟流、《裏投げ》』

『んちゅう……ちゅっちゅっぢゅう……』

『重ね……銀色マンジュウ流、《迎えアギト》だそうだ。って、おぉい! 俺よりネーミングセンスいいってどういうこった相棒っ!』 

「ちゅっちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅっちゅちゅっちゅ~♪」


 それこそはつまり、地面に向かって落下する状況を利用した、マスキュリスとのコンビネーションが見せたカウンター技。

 硬い外殻にヒビが入ることはない……が、衝撃は、少しずつ《ヒト型アンインバイテッド》に蓄積している。

 そうでなければ、地面に叩きつき得られようとする《ヒト型アンインバイテッド》の脇腹に、突きあげられた銀の柱が埋まったことで苦悶の悲鳴をひり上げるはずがない。

 そうして……


 GU……GUGAH……IGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!


『だぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛! 来゛い゛や゛来゛い゛や゛! 固゛羅゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!』

『ヂィィィィュユ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!! DODHAYAAAA!!』

「「「「「ッツ!」」」」」


 真向正面。

 一体と、一人と、一匹の、己の存在を掛けた名のり上げがぶつかって絡み合った。


「ハハ……チョッ……コレ……」

「あ……スゲェあげちゃびよい……」


 《ヒト型アンインバイテッド》の猛り狂った叫びのすさまじさたるや、受け止めた相手の全身をビリビリと振るわせるほど。

 聞いただけで相手の心を追ってしまうことなど容易いはず。

 受けた……だけじゃない。

 ぶつけ返した一徹の気当たりは、それに劣るどころか押し返すほど。

 迸る野生。戦闘本能がむき出し。


「なんてぇ……雄大な……」


 なんなら、蚊帳の外で見ているだけしかできないでいる舎弟たちをすくみ上らせた。


 GARUDAA!


『喰らうかよ!』


 一気に一徹との間合いを潰しにかかる《ヒト型アンインバイテッド》は、その勢いのままショルダータックルを仕掛ける。

 手にしていた大戦斧を瞬時にスライミーにして、クッション宜しく勢いを殺した。同時、残りの勢いを利用して後ろに飛ぶことで、ダメージ最小限を実現した。


 DAJAAAAAAAAAA!


『馬鹿の一つ覚えだな! そして、返し技もワンパターンになっちまうがっ!?』


 どうやっても距離が詰まらないことに業を煮やした《ヒト型アンインバイテッド》は、再び腕を溶かす。

 意のままに操れる動く布状にして一徹に向かって飛ばした。

 

『ご飯の時間だ! 銀色マンジュウ!』

『ぢぃぃあっ!?』


 その時にはもう、スライミー状のマスキュリスは一徹の手の中で戦斧の形を模していた。

 この時ばかりは、伸びる布を斧頭で断ってしまえた。

 ただ、切り落とすだけじゃない。そのまま銀色マンジュウが貪っていく。


『っしゃあああああ!』


 マスキュリスに食われることを嫌がって、腕を離そうとするが、なかなか手放そうとしないマスキュリス。

 それに気を取られている間に……


『じゃあここはっ! どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 こたびは一徹の方から懐に潜り込んでいって……

 ドチュゥっ! という鈍い音。


「や、ややや……やりやがった!」

「あぁ! 信じらへん! 兄貴がっ、兄貴の攻撃が……」

「通ったばーって!」


 驚きに、喜びに舎弟たちは打ち振るわされた。


 SHAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!

 

 とうとう、痛みによる絶叫がこだました。

 それもそのはず。

 マスキュリスに意識を取られているうちに、間合いを詰めた一徹。

 右親指を……《ヒト型アンインバイテッド》の眼球に、突き埋めたのだから……

  

 ◇


「全員、警戒だけは怠るらないでくれ」

「ヤマト。この状況は一体?」

「分からない。分からないけど多分……」

「フン、《アンインバイテッド》は間違いなく転召されているようだな」

「綾人もそう思うか?」


 誰もいない、がらんとした廃工場は、今日だけは妙なる緊迫感に包まれていた。


「ヤマト君、蓮静院君。三組みんな。この現場について何でもいいから教えてもらえないかな。第一臨場した貴方たちの所感を聞きたいんだ」


 三年三組生のほとんど。そして三縞校の三年生から選抜されたメンバーが、すでに臨場しているからだった。

 遅れて到着した魅卯の問い。

 受け取った三組面々は、しかし複雑な表情を隠せなかった。


「誰かが……戦っています」

「えっ? 戦っているってどこで?」

「あの……この場所。いま私たちが立っているこの広い作業場所で」

「誰も……いないよね?」

「わかりません。ただ……」 


 確信の低い、歯切れの悪い声。ただ、最初に応えたのは《委員長禍津富緒》だった。


「富緒の意見に同意する。俺たち以外誰もいないこの廃工場を見ると、不信の縁しか感じない。が、先ほどから体が異常なほど熱くなっている」

「イインチョが感じて、《縁の下の力持ち斗真》が直感したなら間違いないっぽい」

「こういう時はも少し描写を明確にしたまえ。この場には僕ら三縞校の人間しかいないように見える……が、見えない何かは戦っている。僕たちが気付かないだけで」

「ん、それが言いたかった」

「そのうちのどちらかが《アンインバイテッド》。僕はそう思うけど」

「有希の言う通り。私たちには見えないけど、確かに《アンインバイテッド》はここに転召されて、それを誰かが討伐しようとしている」


 最後灯里の見せた結論に、魅卯は顎に手をやって考えこんだ。


「うまく説明できないけど、それが俺たちの所感だ。魅卯会長」


(存在の認識できないアンインバイテッドなんて聞いたことがない。だったら『見えない』って一体……)


 ……その時だった。


 GU……GUGAH……IGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!


ーだぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛! 来゛い゛や゛来゛い゛や゛! 固゛羅゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!ー

ーヂィィィィュユ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!! DODHAYAAAA!!ー

「「「「「「「「ッツ!」」」」」」」」」

「全員戦闘準備ッ!」


 魅卯は、三組全員の耳にも、それが突然飛び込んできた。

 この場にヤマトがいることが幸い。

 突然のことに呆気にとられかけていたみなの意識を、ヤマトの一際早い号令が引き戻させた。

 間髪入れず、それぞれが己のマスキュリスを自らの武器に変えて構えを見せた。


「……なに……今の……」


 しかし、構えに入ってからは、まるで今の雷のような雄たけびがウソだったかのよう。

 再び、静寂が満ちた。

 いや、それは……彼らにとって重要じゃなかった。


「オイ……冗談も大概にしたまえよ? 《アンインバイテッド》の咆哮が空耳で入ったのは別にいい。それよりも、あの……雄たけびは……」

「ん、私たちも焼きが回ったよね。1年生、2年生の頃は、いなかった奴なのに」

「これは、単純にアイツが緊急事態にあるのを僕たちだけが知っているから感じた空耳?」

「何だこれは? すれ違いの縁を感じる。すれ違いというのは本来、すれ違う一瞬、場に二つの存在がいることを指すはず」

「ちょっと待ちなさいよ! それってつまり……あのバカがここにいるってこと?」


(そんな……あり得ない!)


 灯里の示した「あのバカ」という単語を耳に、途端に魅卯の身体は熱くなる。


「フン、ありえんな。あの阿呆め余計な心配をかけさせる。おかげで俺たちに正常な判断をつけさせないなど、許さん」

「空耳? だけど、全員が聞いたなら……いや、流石におかしい。仮にアイツが《アンインバイテッド》と遭遇したとして、戦うのは現実的じゃない」


(だってトリスクトさんは三縞に帰ってきた。それは、この場にいないと知ったからじゃない)


「委員長。分からないか?」

「すみません。これ以上は。ただ薄々感じられるのは、《アンインバイテッド》の気が膨れ上がり、萎み。感情が激しく揺れ動いていること」


(いるわけがない!)


「にわかに信じがたいことですが、私たちの恐れが当たっていて、かつ《アンインバイテッド》の気の揺れを当てはめるとするなら……」


 結局何を言ったところで、騒動の元凶に直面することもできないから。


(山本君が、《アンインバイテッド》と戦えるわけがない!)


「山本さんが、《アンインバイテッド》を相手に善戦しているとしか……」


 持ち上がった不安がどれほど大きくとも、彼らに出来ることはない。黙って、悶々とした思いを抱えるだけしかできないでいた。

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