テストテストテスト。久しぶりに11

ーたるんでるぅっ!ー


 体育館の裏手。武道館。


ー最近のお前らの態度には、目に余るものが多すぎる!ー

ーーーうぅぅっす!!!ーーー


 一際ガタイの凄まじい、使い込まれた柔道着を着込んだ壮年の男が喝を飛ばした。


ーこんな話を聞いた! 柔道部、チア部が、集団交際しているとっ!ー


 壮年の男に檄を飛ばされ、緊張していた面持ちの柔道部の面々。


ーお前たちの中に、まさかそんな色恋ごとにうつつを抜かすような軟弱者はいないなっ!?ー


 一喝。

 ……全員が全員、シレッと男から目を伏せた。


(オ……い。漫画みたいに分かりやすい反応だな)


 また、光景が湧きあがってしまった。


 柔道は男臭い。そんなイメージが俺にもある。

 現れた人影の数々が、恥ずかし気の濃い照れ笑いを見せた。

 男から視線を外すから、胸の中でのツッコミは不可避。


ーず、図星かぁっ! お前たちっ!ー


(ハハッ! あったあったそんなことも・・・・・・・・・・・・)


 男はきっと柔道部監督。

 狼狽えぶりと言ったら……


(アイツを・・・・保健室に連れて行った一件で、部同士が近くなった。部員同士がカップルになった件が結構あったっけ)


ーいったい何なんだ! 前回大会の成績はっ! 我が校は、ここ最近ずっと強豪校で鳴らしてきた!ー


 部員たちの反応に打ちのめされたような監督。

 苦しそうに声を荒げた。


ーお前も、弟として・・・・悔しくないのかっ!ー

ーッツ!ー

ー部が弱体化したんだぞ! 全国大会決勝にまで行ったお前の兄が、この部をせっかく強豪にまで押し上げた。弟の代で弱小にしていいのかっ!ー

ー……それは……ー

お前の兄は・・・・・、俺から見ても凄い選手だった! 弟なら・・・気合を入れなおせ!ー 

ー……すいませんー


(おっ……とぉ?)


 キュッと、胸の中が引き絞られた気がした。


《誰かの記憶》を自分の目で思い出している。浮かんだ光景は、きっとそういうことなのだろうか。

 監督の訴えに、俺の心はどうしようもなく揺れてしまった。


「……届かなかったんだ。結局最後の年、県大会準決勝止まりで……って、え?」


 もしかしたら《誰かの記憶》こそ、俺の記憶。

 疑ってかかっているからこそ、いま俺はここにいる。

 ……息を、飲んでしまった……

 口から漏れ出たセリフが、俺がここにいる理由を全否定してしまったから。


(いま……なんて言った? 最後の年・・・・? いや……)


「あり得ない。最後の年って……高校三年生・・・・・だ。俺は……いまが三縞校三年生・・・なんだぞ? 」


 少しずつズレが生じているのが、気持ち悪い。


「それにあの、『アイツ』って女の子、一体誰なんだ? いや、俺にとって一体……」



-好きですっ! 付き合ってください!-

ーえ?ー

ー入学した時から、ずっと有菅刻ありすがとき先輩が好きでしたぁっ!ー


(……なんで俺、甘酸っぱい物見せられてんの?)


 学校の屋上に、例の柔道少年は呼び出したらしい。

 可憐な女生徒は、告白にハッと目をいていた。


ー先輩、頭もよくて皆にも優し・・・・・・・・・・いし・・生徒会長なんて・・・・・・・責任ある仕事も任され・・・・・・・・・・てますし・・・・。それに……ー


 その先を、彼は何も言わなかった。

 が、見せられている俺は、理解できる気がした。


(容姿を褒めようとしてんな?)


 《彼》はそれを浅はかだとでも思ってるのか。言い出すことができないでいた。


(フッ、俺は気付いてしまうのだよ。その辺のゴミクズカス爽やかイケメン刀坂ヤマト主人公みたいな超絶鈍感男とは違うのだよ。超絶鈍感男とは)


 とか想いながら。《彼》が好きになってしまう気持ちもわからないではない。


 まるで《月城さん・・・・》のような、パーフェクト完璧パー璧な女の子のようだ。

 《彼》の趣向と違うとしたら、浮かび上がる場面に登場する、生徒会長の雰囲気。

 《委員長》のように大人びて、落ち着いた雰囲気の美少女であるということ。


(手を出してはいけないような、ロリリが醸し出す背徳感こそが魅力。《コイツ》はまだ、そのあたりのことが分かっていないらしい)


ーごめんっ!ー

ーえ゛っー

ーその、付き合っている人がいるんだー

ー付き合ってる……人っスかー

ーうん。実は……お兄さん・・・・とー

ーッツー


(ハハ~。そう……なんだ。そいつぁ《彼》にとっちゃ辛いね)


ー先輩、何度も学校で一位の成績を収めて。柔道でも全国決勝に行って。それでいて凄い気さくで、明るくて優しくて、楽しい人で……ー


(おーい。会長美少女、や・め・た・げ・て~)


ー卒業前、生徒会長職を引退する時、私から告白したのー


 お兄さんを褒めているだけのつもりなのだろう。

 柔道少年の心を、すっごいえぐっていることに気づいてない。


ーだから私、先輩が好き。ごめんね。君は、弟みたいな感じでー

ーそっス……か。納得っス。俺にとっても自慢の兄なんで、仕方ねっス!ー


(あれまぁ柔道少年。無理しちゃって)


ーでもね、告白されたことは嬉しい。これは本当ー

ー兄貴のこと、宜しくお願いしまっス!ー


(なぁにガッツポーズなんて浮かべちゃって)


 思い浮べただけ。

 疑問の答えはすでに分かっていた。

 自分の絶望をごまかしてでも、好きな先輩を不安にさせないようにしてる。


(コイツァキツイ。会長先輩が場を離れる時も、背中を目で追っちゃって・・・・・・・・・・・まぁ……)


ーなんでだよ。いつもー


(ん?)


ーいつも……いつもいつもいつもっ! 俺の前に立ちはだかりやがって! 邪魔をしやがって! クソ兄貴っ!ー


(ま、そうなるわな)


「当然と言えば、当然じゃろうの」

「止水さん?」

「常に、学年一位の学業成績をたたき出す兄。いつも五位止まりの弟。柔道選手として全国に名をはせた兄の弟は、地方大会で選手生活を終えた」


 最後、強い憎しみを柔道少年が発したところで、浮かんだ残像は消えた。

 止水さんが口を開いたのは、それと同時だった。


「すべての面で弟は、兄の下位互換・・・・。好きな女すらられた」


 ……本当に性格悪い。

 俺の見た残像を、心を通してこの人も見ている。

 すべてを目の当たりにしたうえで、口にするなんて。


「必要以上にこだわらぬことじゃ。それが真の記憶だと、いまだ童自身で確信できておらぬじゃろ?」

「一度学校を出ましょう。校内は全て回りました。ここで浮かぶ記憶はひとしきり回収できたみたいですし」


 ちょっと気分が沈む。


「って……止水さん?」


 そのタイミングで、キュッと、これまでずっと握っていた手に力が入った。


「チート級の兄御殿じゃの。じゃがきっと弟には、弟にしかできぬことが・・・・・・・・・・あろうて」

「そうですかね」

「そんな例を、妾は最低一人知っておる・・・・・・・・・


(この人、楽しんでやがんな)


 そりゃ、この湧きあがる記憶に出てくる柔道少年は、俺とは別の奴って可能性は残ってる。

 それでも心中は複雑で、そこまで楽観できる余裕はなかった。



「たぁ~っ! さっすが若いの。凄い食欲じゃったわい」


 高校を出て、適当に街をぶらついた俺たちは、通りすがりの焼き肉屋に入って昼食をとった。

 止水さんの所持金が、止水さん自身の物でないことは知ってる。

 が、ままよっ!

 全力で無視して、好きなものを好きなだけ頼んで胃袋に収めた。

 

「あわや妾の手持ちが、スッカラカンになるところじゃった」


(何が『妾の手持ち』やねん。飯を食いつつ、絶賛、酒かっ喰らってたくせに)


 絶対おかしいぜ止水さん。

 昼過ぎの時点。もうすでに、合計七、八リットルは腹の中に入ってるはず。


「ふぅ、何かしら腹ごなししたいところじゃ。そうじゃ、ゲーセン行かぬか? ゲーセン!」

「ゲーセンって、ゲームセンターですか? 酒飲んで、ベロッベロな大人がゲーセンって……」

「おぉっ! なんじゃ大人がゲーセンに行ってはいかんのかっ? 年齢差別反対じゃっ!」

「だぁ分かりました。わかりましたから!」


 大人なはずなんだが。

 なぜこのワガママっぷりを、学生の俺が抑えているか、はなはだ謎だ。


(どっちが大人かわかんねぇ)


「いくぞ童っ! ゲーセンで一つ、全力ブイブイじゃあ!」


 にしても、時折見せる、この数十年前の表現は一体何なのか。

 っていうか、だから俺に抱き着いてこないでほしいのだが……


 ――焼き肉食ってお腹いっぱい満足した。

 珍しくゲームセンターなんて、密かに楽しみにしていたのだが。


ーアンタ、こんなところでなにやってんの?ー

ー見てわかんねぇかなぁ。こちとら楽しく宜しくやってんだよー

ーそういう意味じゃないっ! なにやってんの! もう何週間も学校には来ない。柔道部もやめたって聞いた! アンタ、そういう奴じゃないでしょ!ー

ーそういう奴ってなんだよ。お前が、何か言うほど俺のことを知ってるって? どこから突っ込んでやろうかぁ!?ー

 

(なぁんで、喧嘩の場面なんかに立ち会っちゃうかね。俺も)


 実際に、喧嘩が繰り広げられているわけではない。

 また、残像が目の前に思い浮かんだ。


「えぇーっと……うん」


 俺がこのゲームセンターに到着したこと。

 《誰かの記憶》は、過去にこの場所であったであろう場面を、突き付けてきた。


ー少なくとも私の知ってるアンタは、いまみたいに格好悪くなかった!ー

ーはっ! 無理すんじゃねぇ。どうせ俺は、元から格好いい方じゃねぇんだー

ーなに卑屈になってるわけ!?ー

ーお前がめんどくせぇから、さっさと話を終わらせてぇんだよ。気・づ・け・よ!ー


 鶴聞高校で浮かび上がった柔道少年の残像。

 恐らくだが、熱中症で倒れ《彼》に助けられたチアリーディング部の女生徒と、口論していた。


(この娘って多分、定期試験の下りで噛みついてきた女の子だよな?)


 確信はない。

 何故なら、いまだに二人とも顔の部分が《のっぺらぼう》だからだ。


ーダッサー

ーあ゛ぁ゛っ?ー

ー無駄に足掻いていた時のアンタの方が、まだ見どころあったー

ーあ、足掻いただぁっ!?ー

お兄さん・・・・に近づこうとして、色々頑張っていたとき。五月蠅くて、痛々しかったー

ーッツ!ー


(あれま……言っちゃったよ彼女も)


 よりによって《彼》に、その単語・・・・を持ち出しちゃうとか。

 少女も少女の方で、なかなか気合が入っているようだ。ぶっちゃけ凄い。


ーけど、それでもまだ、いまより……ー

ーまた……兄貴かよー

ーちょっと、人の話を聞いて……ー

ーるせぇっ!ー

ー……あ……ー


(ま、そうだよねぇ。そうなっちゃうよねぇ)


ー兄貴兄貴兄貴っ! 俺の前で、あのクソ兄貴の話をするんじゃねぇっ!ー

ーちが、私は……ー


 決定的な一言。

 その反応が返ってくるような気はしていた。


ークソッ! 父さんも母さんも兄貴! 学校の先公から友達まで兄貴! 部活の監督も! 先輩も兄貴! 好きだった・・・・・有菅刻先輩まで兄貴!ー

ーッツ!?ー

ーお前、お前もやっぱり……ー

ーそんなことが言いたいんじゃ……ー

お前が見てるのも・・・・・・・・やっぱり兄貴じゃねぇか・・・・・・・・・・・・!ー


「ぐうっ!」

「……さて? 青春の叫びという奴じゃの。言いたい放題言って、娘残して・・・・逃げ出すとは・・・・・・。ナイーブじゃのう」


 ほ、本当に性格が悪い。


「まるで……どこかの誰かを見ているようじゃ・・・・・・・・・・・・・・・

「んがぁっ!?」


 せめてこのタイミングで声を掛けてこなくなっていいじゃない。


「同じ女として許せんの。いまのは随分、そこな娘を傷つけたぞぃ?」

「えっと……止水さん?」

「なんじゃ?」

「よくわかりました。この記憶は、のじゃないんですよ」

「おい……」


 流石に、この判断には止水さんもドン引きの顔を見せた。


「げ、現金な奴じゃ。あれほど自分の記憶でないかと疑っとったろうに。見たくないものを見た途端、恥ずかしい光景を、他人の過去として斬り捨てるつもりかえ」

「どー見ても黒歴史。それを自分の物だって思うのはホラ、胸に来るものが……」


 駄目ですかね。やっぱり。

 止水さんからも、もの凄いジト目が突き刺さってきた。


(でも、信じたくないじゃん)


 あの高校に、俺が在籍した記録はない。

 が、いま俺が高校3年生であることを踏まえ、万が一、俺イコール柔道少年だとする。

 彼女に、辛辣な言葉をぶつけて逃げ出したのは、去年一昨年の話ってことになる。


(またタイムリーな物を見せやがる)


 そりゃ、いまの光景を見たくもないってものだ。


(《旦那様》重ねられて苛立つ俺に、兄と比較される弟の葛藤図。好き放題ぶちまけて逃げ出すところまでソックリだ)


「人生というのは、総じて酸いも甘いもある物じゃ」


 昨日、アイツらに、特にトリスクトさんにぶつけてしまったことへの後悔。

 猛烈に湧きたってきた。

 それも、いま見た光景を切り捨てたい理由。


「にしても失敗したの。腹ごなしにダンスゲームで遊ぶつもりが、侮れん。この鶴聞。どこに童の記憶を呼び覚ますキーがあるか。で、どうする?」

「どうするも何も、あの柔道少年を追いかけるしかない」

「思い当たることは?」

「あんなん見せつけられて、すっごく複雑ですが一応」


(マジ頭が痛くなってきた……)


 止水さんの手を引く。

 たったいま入ったばかりなのに、ゲームセンターの自動ドアくぐって、外に出た。


「ッツ!」


 その時だ。


「どうした?」

声を掛けられたような・・・・・・・・・・……」


 声を、どこからか聞いた気がした。


「誰にじゃ?」

「たぶん、柔道少年の話に上がった兄なんだと思います。《彼》は、逃げ出してしまったから……」

「だから?」

あの事件が起きた・・・・・・・・。また場所を変えます」


(おかしい。本当)


 記憶をたどっていくほど、鮮明になっていく。

 それでも柔道少年の、喧嘩相手の少女の顔も名前も思い出せない。


(なんで俺、いま呼び止められたと思った? 名前は聞こえなかったのに)



「こっちです」

「童、焦るのは分かるが急ぎすぎじゃ!」


 止水さんが全力ブイブイなら、俺は全力グイグイ。


 喧嘩の場面を見せつけられ、詳しく追及するのは本来乗り気じゃない。

 ただ、その後の出来事に思い当たることがあった。

 だから勃発する場所に急いでいた。


(なんで気づかなかった。学校? ゲーセン? 違う。柔道少年はずっと鶴聞に住んでた。ならもっと、関係深い場所があったじゃないか!)


「そこです! その角!」

「ちょっと待っておくれ!」

「この角を曲がったらそこに……」


 興奮を抑えきれなかった。

 歩くのは早くなって、途中から走りだしていた。

 

 見覚えある陸橋を超えた。見知った踏切も通り過ぎた。

 なぜならそこには……


「住んでいた家が……!」


(あるはずなんだっ!)


 これまで、数えきれないほど通ってきたであろう道。

 目的地に吸い込まれるように、最後の角を曲がった。


「ッツ!」

「……何も……ないの」

「そ……んな……」

「童よ。少し残酷じゃが。そこは……」

「そんな……」

更地・・じゃ」


 ……何もなかった。


「あ……」


 家一軒分の更地。

 他が建物にひしめいている。

 だからぽっかり空いていた空間は、とても寂しく見えた。


「童?」

「あ、ああ……」


 鶴菊に到着してからこれまで、記憶は色々湧き立ったはずなのに。

 

(なんだよコレ……)


 俺がこの町に存在していたとする、目に見える痕跡は一つとして見つけることができなかった。


(滑稽こっけいじゃねぇか。俺が)


 更地なんて、最低でしかない。 

 雑草は伸び放題。身長180ちょっとの俺を超えるほどに背が高い。

 1、2年で生い茂るはずがない・・・・・・・・・・・・・・


「そんな。じゃあ一体、何のためにここまで来て……」

「童よ」


 鶴菊高校の職員にも言われ、嫌な予感はしていた。

 ここにきて、改めて思い知らされた。

 去年も一昨年も、この更地に家など建っていなかったことは明らか。


 山本一徹は、この鶴菊という町には存在していなかった。

 その、何よりの証明だった。


「だったら……どうしてあんな記憶ばかり目にして……」


 分かってしまったら、急に力が抜けた。へたり込んでしまった。


「……一徹・・?」

「止水さん」


 今日出会ってばかりで、いろいろ面倒事に巻き込んでくれた止水さん。

 初対面なのに抱き着いてきて、驚くことも多かった。


「今日は……よう頑張ったのう」


 だが、会えたのは本当は良かったのかもしれない。


「俺の家がないんです」

「大丈夫」

「俺の家が……ないんだ……っぅ!」


 心が読めるから、気を効かせてくれたのか。


「大丈夫じゃ。には妾が付いておる」


 耳元で、ささやいてくれた。

 後ろから、抱きしめてくれたのが、心強い。


には、あやつら・・・・がついておる」


 そうじゃなきゃちょっと……耐えられそうにない。


「それで……これで二度目・・・・・・じゃ。これ以上、不安にさせるなよ・・・・・・・・?」

「……ハイ」

「一つ置き土産をしておく。あとは任せてよいな?」

「つつがなく」

「……え?」


(止水さん何を? まるで、誰か別の人・・・・・がいるみたいに……)


「一徹様?」

「シャッ……!」


 そんなことを思った矢先。

 間近に感じたのは、聞き馴染みある声。


「よかったぁ。ご無事で、安心しました」

「シャリエー……」


(待ってくれ。抱きしめてくれていたのは、止水さんだったはずなのに)


 声に反応し、さっきまで抱きしめてくれていたであろう止水さんに振り返った俺は……


「ん……んっ!」


 いつの間に俺のことを後ろから抱きしめていたのか。彼女から・・・・……


「ちょっ……待……」


 口一杯。唇が、歯茎が、それから舌が……甘さに沈みこまされてしまった。

 逃がしてもらえない・・・・・・・・・


「ンムゥ……ッ」


 舌を絡めとられて引きずり・・・・・・・・・・出され・・・

 解放されたかと思うと吸い出され・・・・・、再び絡み重なり・・・・・……


「んんっ!」


 甘い痺れが、後頭部から首筋を走る。

 ヌルヌルとした舌・・・・・・・・が感じる・・・・強すぎる刺激・・・・・・

 口の中を占めた・・・・・・・

 そこから、全身にビビッと電気が走っているようで。


「んっ……ん゛ッ!?」


 体は何度も脈を打ってしまう。

 頭の中をくすぐられているかのようなむず痒さが、あまりに気持ちよすぎて、何も、考えられなくなった。何もだ。


 そうして、やっと唇は開放された。

 振り向いた先、ゼロ距離。ジッと見つめてくるのは、ここにいるはずのない相手。

 その上、たったいまの出来事に、俺は何もできなかった。


「鶴聞高校の受付の方から三縞校に連絡が。お迎えに上がりました。一徹様」

「なんで……だって鶴聞には止水さんと。受付の人には催眠が……」

「止水さん? 私が来た時は、貴方様お一人でした」 


 駄目だ。頭はグルグル。まともに働かない。


 止水さんは確かにいたはず。

 じゃあどうしてシャリエールがここにいる・・・・・・・・・・・・

 っていうか、なぜ俺を抱きしめていたはずの止水さんの……代わりに、シャリエールが抱きしめてくれている。

 彼女が、止水さんを「見ていない」と言ったのは。 

 

(だったら俺は、誰と一緒に鶴菊を回ったってんだ!)


「サボタージュの件は、三縞校で叱責されると思います。ですがご安心ください。私が傍におります。たとえどんな時でも、貴方が、私をどう思おうとも・・・・・・・・・

「シャリエー……」

「それでも私たちの本気では・・・・・・・・まだ貴方様には物足りませんか・・・・・・・・・・・・・・?」

「んくっ……んん……」


 ……まただ。

 唇を、ふさがれた。


 一度目の、歯も、舌も、上顎、下顎。口内全てをシャリエールに染め上げられたことも驚いてならなかった。

 ただ、あまりに普通に顔を寄せ、今度は軽めに自身の唇を、俺の口に押し当てた二度目のキスも、俺に何も言わせることを許さない。


「帰りましょう一徹様。私たちの家に・・・・・・


 少しだけ顔を赤くし、優しく笑うシャリエール。

 目が、離せなかった。


(なんでなんだよ……)


 わけが、わからない。

 俺の十八年の記憶に、シャリエールはいない……はずなのに。

 

(どうしてシャリエールとのキスには、こんなにも安心感がある)


 あり得ないことのはず。


 ファーストキスもセカンドキスもナルナイに奪われた。

 止水さんから奪われた三度目も同様。

 しかしながら先の二人と違って、シャリエールに奪われた俺の4度目、5度目のキスは、なぜか俺にしっくりと馴染んでいくような気がした。

 ……彼女の舌遣い、唇の味にどこか心当たりがあった・・・・・・・・・・


(なんで俺なんだよ)


 分からない。

 全然わからない。


(だってシャリエールには《旦那様》が……グゥッ!)


 ふと浮かんだのは、《旦那様》の件。

 だが、頭に何かがズキッと迸って、考えることができなかった。

 《旦那様》と繋がりがあるから、俺のことを大切にしてくれていると思ってきた。

 だからと言って、キスまで至るなんてあっていいはずがない。


(じゃあなんで、当たり前のように……)


 全然状況に追いつけない。

 ただ、シャリエールとのキス。俺。そして《旦那様》。簡単に紐づけてはいけない気がした。

 すなわち、《旦那様》のために俺にキスをしたわけではないということ。

 

 なぜかは分からない。ただ、直感的に思った。

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