記憶喪失新参者。主人公系クラスメイトでザマァする

テストテストテスト。久しぶりに10

「本当にね、偶然でも今日、あの小川で山本君と会えてよかった」

「ぬぅ……」


 俺が話していたときとは、またちょっと違う。

 隣り合ってテレビを見ていた。


(話しにくい……か)


 俺の場合、おどけていなければ話すこともできなかった。

 テレビを流しながらというのが、月城さんが何かを打ち明けるために必要な状況なんだろう。


「覚えてる? 生徒会長になるのが怖かったって話」

「編入日当日の?」

「うん」

「訓練生全員が超優秀。だから気後れしてる……だっけか?」

「数か月前に話したことを覚えてくれるって、嬉しいね」


(そりゃ、初めて会ったときから俺は、ずっと月城さんを見てきたんだ)


 彼女の瞳はスクリーンに向けられているが、エヘヘと笑ったところに、ちゃんと意識を会話に置いてることが理解できた。


(くぅ、こんな時だけど、横顔も……可愛いな)


「今でも怖いのか? 座学も実習も、月城さんはトップクラスじゃない」

「私の……婚約者のこと・・・・・

「ッツ!」


(……来やがったっ)


 一言には絶句しちまうを得ねぇ。


「抽選会でのこと。いつかは、こんな日が来るんじゃないかって思ってたんだ」

「それはあの……キ、きき……チッス・・・のことか?」


(イカン。慌てすぎて噛んじまった)


「それもあるけど、学院を裏切っちゃった・・・・・・・・・・

「っとぉ?」


 重たい話。

 口にするのが、特に学院を大事に思う月城さんだからなおさらだ。


「あの時の振舞いで、三校生みんなを傷つけちゃった」

「アレは、無理矢理じゃないの」

「抵抗しなかった私が悪かったんだよ・・・・・・・・・・

「んなわけがあるか! 普通に考えて、アッチがトチ狂ってやがった!」

「あるんだ。魔装士官はかつての退魔の流れを汲む。『普通なら』って言ったね。言っちゃいけないけど、やっぱり私たち、普通じゃない・・・・・・

「おい、それは言いすぎじゃ……」

「しがらみがあるんだ」


(また、『しがらみ』かよ!)


 抽選会前、秀吉に言われてから時々耳にする「しがらみ」という言葉。

 それは退魔の人間の中での、暗黙の了解。

 まるで関係ない、パンピーだった俺にとって、伺い知ることも立ち入ることも許されない。

 ……悩んでいる月城さんの力になるのは厳しい。そこにムカついた。


「あはは、面白いね。この番組」


(……無理しやがって)


 わかってしまう。

 スクリーンを眺める月城さんの柔和な笑みは、無理して作ったものだ。


東北桜州地方にも、退魔の家系はいくつも存在して。私の家もその一つ」

「確か……実家は厳掌いわて県だったよな?」

「家々をまとめる桜州おうしゅう最大派閥の一門があって。そことは昔から主従関係・・・・があるんだ」

「チョ……は?」

「相手のお方・・は、その家の跡取りで。だから……」


(ならもちろん、月城さんもソイツに絶対服従を?)


 「なんだよソレ」って言ってやりたかった。


「いつか月城さんの家は、あのクソ野郎・・・・・・に仕えることになるってことか?」

「山本君……そんなこと、言わないで」

「だけどさぁっ!」

「結婚すれば、あの家とウチは親戚関係になる。家来格の家々の中では、頭一つ抜きんでる」

「お……い? それって……」

「笑っちゃうよね。まるで譜代大名と外様大名みたいに、そこに差が存在するんだ」

「くぅっ!」


(主従って……)


 時代は《英弘》だ。

 明治、大正、昭和、正化時代を経て、穢土えど時代が終わってから200年は経っていた。

 まさか、その関係を続けているところが今でもあるとは思わなかった。


「そんな婚約、いいのかよ? 月城さんが望んで……」

「個人的な感情なんて、どうでもいいんだよ・・・・・・・・・

「いや、だって……」

「それで家の格は上がるんだ。私が婚約者として選出されて・・・・・……」


(まて、『選出された』って……いったいどういうこった!?)


「家族はみんな、喜んでくれたんだ

「喜んだ……だと?」


 月城さんに対する俺の好感度はマックス。

 だからか、きっと家族全員、彼女のように良い人たちばかりなのだろうと思っていた。


「今年に入って、あの方が仙醍せんだい校の会長になったって聞いて」

「抽選会のようなことが起きる予想があった。それで三校生にショックを与えることも。生徒会長を務めることが怖かった理由……」


 一つだけ分かったことがある。

 婚約は、月城さんが望んだものではないということ。


(畜生。だからって、俺に何かできるってのかよ)


「でも本当は、婚約は私だけの問題。三縞校は関係ないのに」


 口ぶりから察する。婚約相手のことを快く思ってすらいない。

 いやむしろ、人として良い感情を持っていないように見えた。


「私のせいで、みんなに嫌な思いをさせちゃった。ちょっとね、苦しい」

「う……ぐ……」


(家同士の関係良好のため相手を受け止めるか。学院の誇りを貶めないよう拒否するか。その二択かよ)


 抽選会での月城さんは、せめぎ合いの中にいたということだ。


「受け止めるしかなかったんだな。月城さんには、立場があった」


 どちらかを選ぶしかなかった。

 キスを拒めば、婚約に支障をきたす。

 月城さんの実家が、東北圏の退魔の家々との付き合い上、村八分に会うかもしれない。


(結果、キスを受け止めたことが、三縞校からそしりを受けるきっかけになった)


 受け止める。

 拒絶する。

 それぞれに、犠牲とする何かがあったんだ。


「それは、月城さんのせいじゃない」


(選べるような選択肢を与えなかった環境セカイのせいだろうが)


「だけど……」

「それでも、悔やんでも悔やみきれない思いがあるのか?」

「結果的に私、みんなより自分自身の保身に走っちゃったから。最低だなって」

「そっか……」


 問いかけた。

 答えられるまでもなかった。

 スクリーンに映るバラエティー番組とは、あまりに俺たち二人にが感じる空気が対照的。


(でも……ね?)」


「……なら、俺だけ・・・でも月城さんの存在を肯定してやるさ」

「え?」

「月城さんが自分をどう思おうが関係ねぇ。周りからの感情だってどうでもいい」


 聞けば、随分な四面楚歌な状況にあったということ。

 しかも今のような状況に陥ってしまう危険性は、俺たちが出逢う前からこれまで、ずっと潜在的にあって、それに俺は気づけなかった。


「これで、初めて出逢ったときから今日まで、君の事ずっと見てた・・・・・・・・・。背中を目が追っちゃって」

「ッツ!」


 テレビを眺めていた彼女がクッと首を回したのが、同じくテレビを見ていた俺の視界の端に入った。

 目を見開いて黙っている。俺の言葉は的外れかもしれない。


「生徒の快適な学院生活のため、遊びたいの堪え、生徒会長として努力して来たでしょうよ」


 せめて俺も顔だけでもと、彼女に向き合った。

 月城さんは、どんな顔しても可愛い。これは間違いない。が、今見せる下唇を噛む表情はいただけない。 


「三縞市と友好関係を結ぶため、日々駆けずり回って。皆のためよくやるなぁってさ」

「ち、違うよ。ホントはそれも全部自分の為で……」

「あぁ。だろうなぁ」


(なんつー心細そうな。こちらの胸が苦しくなりそうだ)


「その答えは、予想済みさね」

「なん……」

月城魅卯として自由でいられる最後の一年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。自分という存在が確かに生きていたという証しを・・・・・・・・・・・・・・立て、残したかった・・・・・・


 その表情は、見る見るうちに驚きに変わっていった。


「話を聞いた。実際に会った。第四学院の生徒会長は傲慢だ。名家に嫁いだら制限は厳しいだろう。少なくとも月城さんは、らしく生きていけない」


(だから野郎の者になる前に、『自由でいられた頃の自分がそこにいた』って爪痕を残そうとした)


「だから全力傾けた。月城魅卯としてやり残したことがないよう。しっかり生きたと満足するため。後悔ない人生だったと思えるよう」


(それが夏祭り後に出会ったエメロードや、秀吉が言ってた『活きた証を立てるため、青春を燃やす』ってことの本当の意味)


 言い切った。


「……フゥ」

「ぬぅ?」


 彼女は、小さく息を吐いて……


「続き、きかせて?」


 俺の肩に寄り掛かった。


「最後の一年くらい、本当に自分のためにだけなることに集中すればいい。つーか、自分の存在が消えかけるなら、誰だって他の奴らのことなんて考えない」


 もう一度、静かに息を吐いた月城さん。

 俺なんざ、パンツ一丁で上半身裸で薄手の掛布団羽織っているだけだから、吐息が肌を撫でて、くすぐったかった。


「それでなお君は、月城魅卯としていられる余命・・・・・・・・・・・・・を、自分以外のために燃やし尽くしす決断をした。そこまでの覚悟を見せられちゃ」

「う……く……」

「自己中心的だと? 自分自身を最低と言ったな。折角の大事な一年。その中で自分を諦めるってのは悲しいだろ。だから、俺だけは月城さんを肯定する。何があってもだ・・・・・・・

「ダメ……だよ。これ以上は……」


(ん?)


 肩に寄り掛かった月城さんは、本当に俺に体重を預けているらしい。

 脱力があるのか、俺に密着している側の手が、俺の手に重なった。


(ど、ドキドキする場面なんだろうが、話が話だから、ドキドキというより……)


 変な気分だ。

 好きとか嫌いとか、そういうドキドキじゃない。


「いいじゃん。何なら月城さんの自己中上等だよ。月城さんの自己中で受けた依頼で、俺は今ここにいる」

「あ……」

「前に言ったろ? フォローアップに協力してくれた。第二の人生、俺の世界は一気に広がったよ。それに鍛えてくれたから、学院の訓練も体力的にギリついていける」


 とにかくこの話が悪い方へ行かないかどうか。

 そのために選んだ言葉が、ふさわしいかどうかを悩むところでドキドキだった。


「訓練こなすだけの体力が無かったら、祭りの《アンインバイテッド》襲撃もしのげなかった。思ったら、月城さんが自己中で生かした俺も、君の実績にならないか?」

「山本君が、私が活きた証……」 

「いわば命の恩人に違いない。そして第二の人生の道しるべだ。目標ってね?」


(言葉、間違ったか?)


「だから俺は、月城さんが自分を否定しても肯定してやる。周囲が君に失望しても、俺だけは憧れてやる・・・・・・・・・。君は、そういう存在だ」


 重ねられた手に、力が加わったような……


「って、月城さんっ!?」


 とんでもない展開。

 肩に寄り掛かっていた月城さんの顔が、俺の胸に。うずめてきたんだ。


(ちょっ、待てぃ。俺ぇ、上半身ハッダーカ!)


「……本当、羨ましいな。トリスクトさん」


(と、吐息が俺のニップルなんかくすぐっちゃって!)


「んぎぃっ!」


(く、悔しぃ。でも感じちゃう!)


 そこに吐息が掛かると、全身に弱い電気が走ったようで、むずがゆいというか、気持ちがいいというか。


「ねぇ山本君。私さっき『肩書だけで、本質が見えてなかった』って言ったでしょ。アレ、違うかも」

「違うって? いや、それはそうと、息が、息をそこに当てちゃ……」


 弱弱しい声。当然ながら吐息だってフェザータッチかのように……


「山本君は肩書を過ぎた評価って言ってたけど。実はそれが本当に、山本君の本質を現したゆえのものだとしたら?」


(チ……ティクビィ……ッ)


 何か大切なことを言われているはずなのに。

 そっちにはまるで意識が行きませんORZ


「なんでかな」


(……って……待て)


「山本君には、凄く安心感があるから……」


(ちょぉ……待て俺の身体!)


どんなことでも許してしまいそうになる・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(こんな状況で! 反応するな《・・・・・》ぁぁぁぁぁぁ!)


 隣同士に座ったまま、上体だけ俺の胸にうずまる月城さん。

 まだ、上半身だけ密着して助かった。

 もし、体ごと俺に密着でもされようものなら……

 間違いなくバレてしまう。バッキ・・・バキになってしまっているアレ・・を。

 

「ゴメンね。苦しいよね。すぐ離れるから」

「あ、いや別に……」


 俺の様子がおかしいと気づいたのか。顔を胸から話そうとした月城さん。


(ってちょっと、ソレも・・・待てぇぇぇぇぇぇ!)


 だが、すぐにとあることに気づいた。

 顔が離れる。さすれば彼女の視界が広がり、明るくなる。

 さて、そうなると目に触れてしまうのではないか……と……


(それはっ! らめぇぇぇぇぇぇぇっ!)


「ッツ! 山本君っ?!」


 そう思うと、瞬間的に腕が伸びた。

 彼女の首と背に、腕を回す。抱き込んだ。

 今、彼女の顔を俺の胸から話すわけには行かないから。


「駄目。今はダメッ! これ以上優しくされたらっ……スイッチ入っちゃう・・・・・・・・・! 我慢できなく……」


(アカン! アカァァァァン! コレマジでアカン奴!)


 欲望が血中に溶け込み、駆け巡りすぎて、戦闘時の銀色マンジュウが如くリアクトしている。


「ッツ……う……うぅ……ヒクッ……ヒグ……」


(ちょぉわぁっ!? な・ん・で……俺の胴体に腕回してきたぁぁぁぁ!?)


 ただでさえ吐息だけでも快感を体中に駆け巡らせるというのに。

 

「ひぅっ!?」


 何か冷たいものが伝った気がした。

 首元あたりから、ティクビィ。次いで腹へと。

 何かがゆっくり通る感覚がして、こそばゆいどころじゃない。

 そして通った痕に筋が残ったのか、しかも冷えて冷たいのも気持ちが良かった。


「私、好きでもない人と結婚したくない!」

「んがっ……!」


 強すぎる言葉。語気にも力が入っていた。

 それが、状況がつかめず、色々聞き逃しまくっていた俺を我に返らせた。


「中学二年生の時に決まったの! 年が近い娘たちと何人かで、裸で横一列に並ばされた。恥ずかしくて!」

「なっ!」

「私たちを見る主家みな様の目は、品定めをするように感情がなかった! 私、選ばれたよ? でも嫁いだとして、きっと人間扱いされない。私は……物なのっ!」


(お……い?)


 ガツンと、まるで言葉に質量が孕み、頭を殴りつけられたような衝撃。


「お裁縫やお掃除の仕方も……仕込まれた! 花嫁修業だって言われて! 他の同年代の女の子たちはみんな、蹴落とすべきライバルだって!」

「ぐぅっ!」


 背中に迸る痛み。

 かかる圧の十点、多分両手指による。

 抑えきれない感情。抱き着いてきた彼女の爪は突き立てられ、俺をひっかいてる。

 たぎる思いによって、拳を握るところまで来たことを容易に分からせた。


「お料理だって頑張って覚えた! どうせ……隆蓮様のお家にはお抱えの料理人がいるはずなのに!」


(それが、これまで料理を褒めたとき、月城さんが複雑そうに笑った理由かよ)


「選ばれたよ。実家は……上に下への大騒ぎ。『名誉なことだ』って。あの方の家に『月城家の血が貢献できる・・・・・・・・・・・』って」

「お、オイッ!? ちょっ、月城さんそれ!」

「『これで月城家の血は・・・・・・・・・未来永劫保証されたも同然だ』って! 『他家と比べても格は上がり、会合でも発言力を得た』って!」

「ぐっ……く!」


 そこまで聞けば、あとは考えるまでもない。

 

(月城さんが……家族から政治の道具として利用された)


 珍しい話ではない。しかしそれはあくまで……戦国時代やらなんやらの話だと思った。


 月城さんの婚約者の実家が、東北の退魔衆の多くを統べるという。

 一種の社会がそこにできている。

 そこに月城家が最大派閥の元締め一家の親戚筋となれば、確かに派閥内での権力は強いものになる。


 だけど……


「候補の女の子たちの中で、私が一番力が強かったから。卒業したらすぐ……跡継ぎを作るんだって・・・・・・・・・・

「うっぷ……」


 話を聞けば聞くほど、吐きそうになった。

 あまりに、前時代的。

 しかし、前時代的な概念を現代まで引き継いでいるのが事実。

 そして、それを思えば、月城さんの発言で予想できるものがあった。


 嫁候補の中で一番異能力のレベルが高い月城さんを選んだ。

 東北一帯の退魔衆を治める有力一族の跡目と言うなら、あのクソ野郎も間違いなく異能力はとんでもなく高い。

 ……かけ合わせる・・・・・・

 二人の力を受け継ぎ、有力一族に、さらなる力を持った子孫を作り出す。


ー個人的な感情なんて、どうでもいいんだよー


(ふざけるなっ!)


 ふと、先ほど言われたばかりの言葉がよみがえった。

 許せるはずがなかった。


「卒業したら早く、そういうことも覚えなきゃ・・・・・・・・・・・・


(ふざけるなよあの野郎っ!)


とついだのにいつまでも子供ができないと、私は……」


(月城さんに……)


「正妻として失敗作って言われちゃうだろうから」


(何てこと言わせやがるんだ!)


 なぜか、彼女は俺に笑顔を向けた。

 恥ずかしさをごまかすためにだろうか。それとも笑うことで、俺が今感じる壮絶な違和感を、和らげようとしているのか。


(こんな状況ですら、月城さんは俺に気を使っているっつーのに……)


 高ぶりを、彼女が俺の胸にいる状況で言うわけには行かない。

 格好つけるだけならなんとでも言えるのに…… 


(俺には……何もできないのかよ!)


 話しは、無能な俺には無縁。なおかつ遠く遠くの異能力者間の風習の話。

 何もできない。

 気休めな言葉を放ったところでどうしようもない。

 慰めの言葉を吐いたことで、俺には何もできないことを改めて月城さんが知ってしまったら、受けるショックをさらに強くなるはず。


(クソッ! クソがっ!)


「……心配してくれてありがとう。私はそれだけで、十分だよ」

「なん……で……」

「鼓動が早くなってる」

「あ……」

「そういうの、今は凄く……嬉しいかな」


 俺の胸に顔をうずめたままの月城さんが、ささやく。

 言われ納得した俺は、しかし気を使わせてしまったことに心苦しさを覚えた。


「……ゴメン……本当に」

「ううん、私のために本気で怒ってくれてる。ちゃんと分かってる」

「なんで……」

「だって私、山本君の気持ちを知って・・・・・・・・・・・……」

「ん……ん?」

「あの、夏祭りのお化け屋敷での告は……やっぱり、何でもない」


 何の話をしているか分からない。


「ねぇ、山本君。一つ、お願いがあるんだけど……」

「お願いって……」


 そんな月城さんは、今までに増して、胸に強く顔をうずめてきた。


今日だけだから・・・・・・・。もう少しだけ……甘えて・・・……いいかな・・・・ぁ?」

「さて、俺にゃ……どうしようもできない話だし。少しでも月城さんの役に立つなら、好きにしたらいい」

「フフッ……本当、トリスクトさんが羨ましいな」

「なんだってここで、トリスクトさんの名が……ッツ!」


 ここまでの話に、トリスクトさんの名前は出なかったはず。

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そう言う月城さんの意図が掴めない。

 ただ……


「あ……うあ……ウグッ……うっ……」


(なるほど。俺には、こんなことしか出来ないのか)


「うわぁぁぁぁあぁぁ……」


(情けねぇ……)


 背中に回された腕が、いや、俺の胸にのしかかる彼女の身体自体が小刻みに震えていたなら……

 

「ごめんな。俺には……何も俺には出来なくて……」


 さっき胸のあたりに一筋何かが通り、冷たくなった理由が分かった。


ー最後の一年、良いものにしていこうねっ! これから宜しくね。山本君!ー


 初めて出逢ったとき、弾けるような笑顔に、完全に俺はしてやられてしまった。


ーだから私も、生徒会長として頑張ろうって思えることができた。山本君には感謝してもしきれ……ー


 彼女に褒められたら、柄にもなく、その気になっちまったものだった。


ーうーん。おかしいなぁ。私の知っている山本君は、いつから私と一緒にいるのが嫌になったの?ー


(ハ……ハハッ……あの時はまだ、楽しかったのにな)


 そんな月城さんは、今……


ー忘れられても関係を維持しようとしている。それは婚約関係にトリスクトさんが

縛られているから?ー


(思えば……会うたびに嗤った顔には、どんどん影が落ちていた……気づかなかった)


 嗚咽を……上げていた。

 俺にとって、第二の人生、活きる世界を広げてくれた月城さんがだ。


(俺が、もっと《主人公》みたいだったら、何とかなったのか?)


 ふと、思い浮んだのが刀坂だ。

 パンピーでモブな俺にはできないことが出来る。《主人公》たる所以だ。


 (いや……)


 払しょくした。


 慣習だろうがなんだろうが、曲がったことは許さないのが《主人公》。

 俺と違い、きっとアイツは月城さんの婚約事を知っていた。それでいて、これまで何もできてこなかった。


(《主人公》としても、無理ゲーな話か)


「ゴメン月城さん。ゴメンな?」

「嫌だ! 私……結婚なんかしたくないよっ! もっと自由に生きて行きたかった!」

「ゴメン……」 


 どうにもならない。

 俺が至った帰結。


 取りなすことも何もできず。

 笑っちゃうね。

 彼女の興奮を抑えるように、体に回した腕に、更に力を加えちまった。


 一瞬はすっごい自己主張だった俺の聞かんなんて、話の重さに、萎えてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る