テストテストテスト。久しぶりに8

「うわぁ。また、複雑だよこりゃあ」


 パチッと目が覚めた。

 頭は爽快。当然ながら眠気は無くて、疲れもない。

 寝すぎだ。


「迷惑掛けたんだろなぁ」


 体は快調そのもの。

 それでいて気がめいったのは、開眼一発、映したものが見慣れたものだったから。


「よっこらしょ」


 情けなさを感じつつ、身を起こす。


「……あ?」


 絶句。

 天井だけを映していた視界セカイは広がった。

 映っていたのは……


(月城さん?)


 ベッド脇に設置された折り畳み椅子。背もたれに体を預け、静かに寝息を立てていた。


(可愛い)


 俺も男。

 美少女が警戒もせず、無防備な表情を晒す。

 得も言われぬドキドキが胸に去来する。


(つーか警戒されていないって、どれだけ俺が異性として見られてないか……)


 寝顔をずっと見ていたい。

 一方で、意識されていないと分かるから落胆もある。

 知らずの内にため息が漏れた。


「ん?」

「あ……」


 数秒もない。

 短く声を挙げた彼女が、うっすらと目を開けた。


「山本君? 良かった。目が覚めたんだ」

「それは……俺のセリフじゃない?」

「へ?」

「え?」


(あかん。話が通っていない気がする。なんか俺の桐桜花語、間違ってたか? 一応、母国語のはず)


 話がかみ合わない。

 それゆえ互いの目が合って……


「えっと……月城さん?」


 先に様子が変わったのは彼女だった。

 急に見開いたかと思うと、顔を真っ赤にさせた。


(あらやだ。ひきつった顔も可愛い)


「も、もしかして寝ちゃってた?」


(今更気づくとか。ホントその隙のあるところが、反則というか)


「もう、起こしてくれれば良かったのに」

「ゴメン。気持ちよさそうに寝てたから」

「寝顔、見てたの?」

「う……」

「うう、恥ずかしいところ見られちゃったよぅ。駄目なんだからね! 確かに寝ちゃった私も悪かったけど、軽々しく女の子の寝顔を覗くなんて!」


(か……可愛……ハスッ! ハァァッス!)


 いじらしさがたまりません。

 胸中で意味不明な言葉を叫んだ。


「いや、そういうことなら俺の寝顔だって……」

「山本君っ!」

「ゴメン」


(ハァァッス! 激可愛っす! あざまぁぁっす! ご褒美いただきましたぁっ! ハァァッス!)


 不埒にも、興奮はなかなか収まることはない。


(さ……てぇ?)


 そろそろ本題に入るべきだろう。

 色々口にしにくいこともあるから、恥ずかしさから頭をかいた。


「俺の容体、どんな感じ?」

「あ、まずはその話をしなきゃだね」


 目覚めたのは、病院のベッド。

 最初ガッカリしたのは、天井に張られた壁紙が、良く見慣れたものだったから。


「極度の疲労だって。目覚めた日の翌日には退院していいって先生も」

「そっか……」

「少し不安?」

「当然でしょうよ。だってこの病院……半年前まで2、3か月を過ごした場所だ」

「交通事故の後の。また長期の入院を強いられるかもって?」


 弱音を吐いた。そんなことわかっている。

 

(よくもまぁ好きな子前にして、情けないこと口にするよ俺も。月城さん笑っちゃってるし)


「あ、あははは……」


 クスクスと笑う彼女に、俺も渇いた笑いしか出てこなかった。


「本当にあの山本一徹君なのか? 随分変わってビックリしたぜぇっ!」

「……は?」

「半年前、山本君の担当医だった先生がね。驚いてた」

「そ、そう?」

「逞しくなって。肌つやもよくって」

「骨と皮だったもんな。月城さんとは、そんとき初めて会って」

「覚えてる? 『中学生?』って」

「『高校生だよ! もうすぐ18歳になるのに!』でしょ?」


 図体ばかりデカい俺が、らしくもなく少しブリッブリな感じで物まねしてみた。


「そんなぶりっ子じゃないよぉ」

「クッククク……」

「フフッ」

「「アッハハハハハハ!」」 


 今度こそ本気で笑っちまった。月城さんも同じで、明るい笑い声が重なった。

 半年経ったのに昨日のように記憶は鮮明だった。


「なんで出会っちゃったんだろ。もっと早く・・・・・別の形で会いたかったな・・・・・・・・・・・

「あ、ゴメン。聞き逃したっぽい。何か言った?」

「え? うん。山本君ともっと別の形で……」


 お互い思いっきり笑ったこともある。笑いながら瞳にたまった涙を指で拭う月城さんの言葉が聞こえなかった。

 

「月城さん?」


 だが月城さんは、そこから笑顔のまま凍り付いた。


(変な事を聞いたつもりはなかったんだが)


「私、今、何を言ったの・・・・・・?」

「俺が聞きたいんだけど?」


 おかしい。

 固まったかと思うと、自分の発言を思い起こしたのか、可愛い顔はさっと蒼白になった。


(狼狽えている?)


 信じられないと言った表情で、瞳が小刻みに揺れている。

 ふと、俺の方を見た。


(違う。怖がってる。俺を?)


 一目見て、すぐに俺から視線を逸らす。俯いた。


「大丈夫か。もしかして、なにか失言したかな」


(ハッ! まさか欲望に任せ、本能のさまに行動に起こす男と思われ警戒されてるとか……)


「あの、聞いて……」

「キャッ!」


 誤解が生じたままではよろしくない。

 起こした上体。少し腕を伸ばして、彼女の肩に手を置いた。


 悲鳴。そして沈黙。

 ただ、俯いていた顔は上がり、俺をうかがうような表情で見つめてきた。


「山本君」

「な、何?」

「その、あの時の言葉だけど……」

「あの時の……言葉?」

「え、えっと、そのね……分岐点で・・・・別れ際に山本君が・・・・・・・・……」

「ごめん。声がどんどん小さくなって。聞こえにくい」


(な、なんちゅう蠱惑的)


 見つめてくる表情。赤ら顔。

 

(破壊力抜群……)


 完全に、魅了された。

 彼女が向けてくれた視線から目を反らせなかった。どことなく体も熱くなってきて。


「う……」

「ぬぅ……」


(誰か説明プリーズ)


 月城魅卯VS山本一徹の構図が出来上がった。

 互いに対峙。動くことも出来な……


「随分……入院ライフを謳歌してるわねぇ♪ 山本?」

「は? って……んげぇっ!?」


 二人で状況に新展開を作ることが叶わなかったからか。

 新たな流れを作ったのは、月城さんをおさめた俺の視界の外からの声だった。


 振り向く。声が張り上がった。


「普段から私が何を言ってきたか。忘れたとは言わせないわ?」

「しゃ、しゃ……しゃしゃしゃ……石楠すわぁんっ!」

「前々から自覚の無さに思うところはあった。ここまでくると……ねぇ?」

「ひうっ!?」

「ん、残念。まさか憎き《アンインバイテッド》の代わりを務めることになるとはね」

「んね、猫観さんっ!?」

「これは……フォローできませんよ山本さん。正直失望しました」

「禍津さんまでぇっ!?」


 同じクラスの女子三人娘。綺麗に横並びに立っていた。

 ゴミを見るような目で・・・・・・・・・・見下してくる・・・・・・じゃ、あーりませんか。


「知ってる? 恋人がいないところで他の異性に粉掛ける。浮気や不倫って言うの」

「ちょっと待て! いったい何の話だ!」


(なんだ。笑顔なのに……酷薄さを感じるというか……)


『フン、止めなくていいのかヤマト』

『僕もマズいと思うよ。血を見ることになる』

『それはまずい。俺はいつでも看護師を呼べるよう準備をしておこう。折角あの事件にあっても山本との縁は潰えなかったんだ。大事にしたい』

『そ、そういう問題じゃないと思うぞ僕は』

『な、なんで俺だけ死地に向かわせるようなことを? みんな、楽しんでないか?』

『『『『全然』』』』


(男子共。てめぇら病室入り口曲がってすぐのところにいるの丸わかりだ! 薄情者ども!)


 ひどい。

 入り口の陰から、ちらちらと男子たちの顔がのぞいていた。

 必死に助けを乞う俺の視線は受け止めているはず。

 なのにすっと顔は隠れてしまう。


「あっ?」


 何をされるか分かったものじゃない。

 当然、心の準備が出来ようはずがない。

 だが……


「ん、覚悟した方がいい。女の怒りは怖い」

「ゴメンなさい! ごめんなさい山本さんっ!」


 そんな俺の都合、彼女たちは考えてくれない。


 羽交い絞め。無理やり両腕を広げさせられた。

 左腕を《猫》が抱え込み、右腕は《委員長》に両腕で抱きしめられていた。


(おっほ♡ 《委員長》の巨乳柔らかっ! 《猫》のつつましやかで小ぶりなオッパイもなかなか……)


「さぁ、己の愚行を呪いなさい。山本」


(って、それどころじゃねぇぇっ!)


 両手の指をポキポキ鳴らす《ヒロイン》の発言の物騒さよ。


「い、嫌だなぁ三人とも。何か勘違いしちゃって……」

「「「問答無用! /Deathです!」」」


 この流れ。俺にとって決して良くないことが起きることは……


「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」

「ほがぁ! んぎぃっ! ぐがぁっ! ぎゃびぃっ!」


 ……人間の身体から、決して鳴っちゃいけない音が弾けた。

 ゴシャァッ! とか、パキィッ! って音。

 潰れている、砕けていた。


「ゴファッ! そこは……みぞおち……」

「ん、わかってる。狙ってやってる」

「がはぁっ!」


 選手交代。《ヒロイン》から《猫》へ。

 二人とも、その細い腕にどれだけの腕力を宿しているのか。

 《猫》の拳の鋭さなんてとりわけ。

 腹に突き埋まった瞬間、ひどい鈍痛がずっと腹部に残る。

 吐き気がヒドイ。

 ただ、夏祭りで気を失ってからさっきまで寝ていたから腹の中には何もない。

 とんでもない。

 むしろこの場合、吐けた方が幾分も楽になったかもしれなかった。


「ん、タッチ。いいんちょ」

「任されました」

「あっ♡ はぁっ♡ ひゃぁっ♡」

「へ、変な声上げないでください!」


 《委員長》からは往復ビンタ。

 痛くないと言えば嘘。しかし前の二人に比べたらこんなもの、休憩時間。否、ご褒美タイムにしか思えなかった。


「やれやれ。一徹の周りはいつも賑やかだ」


 地獄のルーティーンは繰り返される。

 あと一歩で、もう一度暗闇に帰還してしまいそうなところ。

 耳に入った声に願うのは救いだった。


「ど、トリスクトさんどでぃずぐどだん……」

「お、怒らない。怒っちゃだめですよシャリエール。一徹様を害したとはいえ、曲がりなりにも三人は私の生徒……」


 ボコボコにしてやられたから、声の方に向いても景色はぼやけていた。


「に、兄さまっ! 先輩方っ! これは一体どういうことですっ!? 兄さまは患者なんです!」


(この声ナルナイか? よくぞ言ってくれ……)


「仕方ないじゃない。山本が月城さんに欲情した顔してたのよ」

「なっ! 兄さま!? 今の話は……」

「マジもんの話か! 固羅ゴルウァァァェェェッ!?」

「がぁぁぁっ!」」


 あかん発言を、あかん奴にぶちまけたと思う。

 ナルナイがいるなら、その隣にはアイツがいるに決まっている。


「ギ……まってる。アルシオー……極ま……死ぬぅ……」

「おう! 殺してやる! ナルナイの物にならねぇ師匠なんていらねぇよ!」


 柔らかなものが背中に押しあたる。

 抗うことなど不可能な万力が、俺の首を絞めていた。

 背中は天国。首は地獄。


「……全員、黙りなさい・・・・・


 これ以上の状況の悪化は命に関わろうか。

 そこに、至極冷静な声が響いた。


「アナタたち仲がいいのは分かった。でも病院よ。静かにするべきではないかしら」

「……あ?」


 瞬間だった。

 病室に凍り付いたような静けさが満ちた。


「え、エメロード様。もう少し柔らかい言い方をした方が……」

「いいのよリィン。類は友を呼ぶ。山本一徹バカの友達だって言うなら、全員バカに決まってる。ならちゃんと伝えるに越したことはない」

「でも……」


(この声、誰だ? 聞き馴染みがないような……いや、待て)


 新たに聞こえた声は二つ。

 確かに聞き慣れはしない声。が、覚えはあった。


「そこの入口に隠れた男子なんて見てみなさいよリィン。全員ヘタレじゃない。山本一徹そっくり」

『『『『うっ!』』』』


 淡々と、しかし痛いところを突くものだから。誰も反論ができない。

 言及された三組男子たちなんて、気まずそうな顔で病室に入ってきた。


「言っておくが、助けを求めたからな?」

 

 俺も、そんな奴らに苦言をぶつけてみる。

 全員、しらじらしそうに俺から視線をそらした。


「さて、とはいえ、目の前の騒動の原因について、そろそろハッキリさせた方がいいと思うのだけれど」


 ズバズバと思ったことを口にしてしまう声の主、アルシオーネという名だったか。

 再び口を開いた時には、男子たちへの興味が失せた声色だった。


「第三魔装士官学院生徒会長。月城魅卯」

「え? わ、私?」


 発言した先が意外だったこと。

 それが月城さんに混乱を生じさせたようだった。それは俺もだ。


「貴女は……山本一徹の何?」

「ふぇっ!?」


 月城さんは素っ頓狂な声を上げた。

 俺もあわや上げそうになった。

 俺だけじゃない。この場にいる全員が、唖然と口を開いていた。


「三縞校への編入を目指した。彼の体力、学業面のフォローアップに協力した折は聞いている。それで間違いないわね」


(なんだこの状況。ていうかこの娘……)


「貴女と山本一徹はそれまで・・・・。そうよね?」


 無遠慮に聞いてくる少女の失礼さに苛立った。

 本来は怒るべき。

 反面、俺が知らないエメロードという少女が、まるで俺を知っているような口ぶりなのは気になった。


「わ、私は……」

「だとしたらこの場にいる全員、人が悪い。知っているはずなのに」

「……知っている? それってどういうことだ?」

「山本一徹。貴方には、皆は知っていて貴方だけが知らない話がある」


(あ……すこしずつ輪郭がハッキリして……)


 息を、飲んだ。

 見慣れぬ対照的な美少女二人が俺の病室に立っていた。

 その中でもお嬢様然とした品が際立つ美少女の方は……悪辣が過ぎる笑みを浮かべていた。


 こういう表現がしっくりくる。

 ライトノベルに登場する悪徳公爵令嬢。


「そう思ったら、そこの女生徒三人良い性格してる。それを・・・、生徒会長は許されないことを知っているはず」


(なんだ。空気がまた一気に……)


 室温が二度も三度も下がったような。

 三組三人娘は。目に見えて苦しそうに顔をゆがめていた。


「待ってほしいエメロード。君はここで何を放つつもりだい?」

「これは貴女のために言わなければならないことですのに。ルーリィ様、悲しいですわ。それに我が親友のためでもあります」


(何の話をしている)


「月城魅卯。そこの下郎は阿呆。あまり期待を持たせないこと」

「えっと、何の話をしているか分からないよ」

「へぇ? 可愛い顔して案外女狐。それとも、単純に私が誤解しているだけかしら。だったらごめんなさい」


 ねめつける様な目。底意地の悪い笑み。

 見惚れさせるほど綺麗だが、どうにも好きにはなれないタイプ。


「山本一徹と貴女とでは……無理でしょう? 違うか。貴女の方が無理よね・・・・・・・・・

「ッツ!」


 明らかに月城さんの表情が変わった。

 一言に、場の空気は更に重くなる。

 月城さんは、思い切り後ずさってエメロードなる美少女と距離を開けた。


「知っているかしら山本一徹。月城魅卯が寸暇を惜しんで生徒会長職に没頭する理由。様々なことに挑戦し、精力的に卒業年を、青春を燃やす理由」

「青春を……燃やす?」

「あるいは、必死に日々を生きていると言ってもいいかもね。生きた証を立てたい・・・・・・・・・のよ」

「生きた……証?」


 俺は違う。 

 エメロードの話題に、ひきつけられてしまった。


「やめて……」

「誰も教えてくれないなら、私が教えてあげる」

「お願い。やめて……」


 知らず内に、体ごとエメロードに耳を傾けるように……


「月城魅卯。彼女はね……」

「「黙れ。エメロード/黙りなさい。アルファリカ」」


 病室の空気が質量を持ったかのように、俺を含めてこの場にいる全員を押しつぶすような感覚。


「か……はっ!」


 怒声ではない。むしろ静かなものだ。

 なのに、トリスクトさんとシャリエールが同時に放った言葉は、雰囲気は、この場にいる全員の命を握ったのじゃないかと思わせるほどの凄み。

 

(呼吸が……)


 突然のことに心の準備ができていなかった俺は、何とか酸素を取り込もうと、胸に手を当て、大きく口を開いてあえいだ。

 病室に視線を巡らせる。

 全員が、驚愕に顔をゆがめていた。


 迫ってきたナルナイや、チョークスリーパーを掛けていたアルシオーネも飛びのいた。


「エメロード。私は、君のそういうところが嫌いだ」

「存じ上げています。私は貴女と違って、輝かしい存在じゃないもの。そんな怖い顔しないでフランベルジュ。これでも彼の為を思って言ったのよ?」

「……次、口を開いたら殺します。何が『一徹様のため』ですか。貴女の、どの口が……」


 剣呑とした空気になっていた。

 殺伐と言うのをもはや通り越し、寧ろ一触即発。

 しかして、他の誰もが声を挙げることも動くこともできなかった。


「……三人とも。これ以上ここで論じるつもりなら外でやってください。改めますがここは病院です」


 いや、俺にとって見慣れない、もう一人の美少女だけはその限りじゃなかった。

 正直、疑った。

 これほどのプレッシャーが立ち込めた中で、毅然とした顔ではっきりと物事を告げたのだ。


(確か、名前はリィンだったか? ん……)


 気付いた。

 恐れていないのはリィンなる少女だけじゃない。

 ナルナイに、アルシオーネもだ。

 二人は油断のない顔で、トリスクトさんたち三つ巴を睨みつけていた。


「……やっぱり、色々変わっちゃったな」

「え? 月城さ……」

「同じ病院。同じく山本君は入院していた。でも初めて出逢ったときは、二人だけだったのに」


 まさかの事。

 他にここで動いたのが、月城さんだった。


「……ゴメンね。山本君」


 それだけ言い残す。

 苦し気に笑ったかと思うと、何も恥じるところなんてないはずの彼女が、人目を避けるように俯いて病室を後にしたのだ。


(え? どういう……)


「ったく! なんなのよこの重たい空気」


 それと入れ違い。


「トモカさん?」

「お、やぁと目を覚ましたかね一徹少年? この親不孝者っ!」


 トモカさんが姿を現した。


「今、月城さんが……」

「何の事? 私は見てないけど」

「そう……ですか」


(嘘だ)


 彼女がいなくなってからものの数秒で顔を見せた。

 すれ違っていないわけがない。


「それでエメロード?」

「何よ」

「アンタは、もう少し言葉をオブラートに包むことを覚えた方がいいかもね」

「……わかっているわよ」


(そういうことか。大人らしくいろいろ考えたうえで嘘をついたんだ。馬鹿野郎だな俺も。トモカさんだぞ。一番疑っちゃダメな女性ひとだろ)


 頭を振った。少しでも変な考えをしてしまった自分が嫌になった。

 天涯孤独になった俺を引き取ってくれた恩人を疑うなんて罰当たりだ。


「にしても盛り上がってるわね。山本組の子たちからのお見舞いをお断りして良かったかも」

「アイツらが?」

「さっき病院のエントランスで鉢合わせして。50人もいたから」

「そ、そうっすね」


 トモカさんはやっぱりすごい人だ。

 あれほど空気が悪くなった。トモカさんが姿を現した途端、和らいだ気がした。


「そうだ、いきなりだけど一徹に言わなきゃいけないことがあった」


 と、そんなトモカさんは思い出したように口を開いた。


「そこのニューフェイス二人の名前はもう聞いた?」

「一応、エメロードさんと、リィンさんってのは……」

「『エメロードさん』って、気持ちわる」

「エメロード様っ!」

「わかってるわよリィン。でも、なんか虫唾が走るのよ」


(リィンって娘はいい子そうだが。エメロードって奴は、顔だけがいい性格ブス……)


「山本小隊に新規加入するから」

「……いま、何て言いました?」

「だからアンタの小隊の新隊員になるのよ。で、下宿にも入る」

「はぁぁぁっ?」


 折角目覚めたってのに、今日という日は俺に優しくないらしい。


「エメロード・ファニ・アルファリカよ」

「リィン・ティーチシーフです。宜しくお願いします。兄さ……一徹さん」


 ただでさえ、意識を失っていた俺には知らないことが山積みなのに。


「二人は、市内の逆地堂看護師養成学校の二年生だから。学校もカリキュラムも違うから、日中は別行動になるけど、それ以外は基本一緒だから。仲良くしなさい?」


 更に処理しきれない事案が発生して、頭が真っ白になった。

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