テストテストテスト。久しぶりに7

(戦況はどうなってる。《アンインバイテッド》の討伐は? ホール封印は?)


 危機的状況。ゆっくり落ち着いて物事を考える余裕は与えられない。

 気になることは山積みだ。

 だが命の危機が迫る今、逃げるので精いっぱい。

 それだけじゃない。


『タカシ。運動会のかけっこ、いつもビリだったお前が随分速くなったねぇ。お母さん嬉しいよ』

「タカシって誰ぇ!? ってかおばあちゃん口開けないっ! 舌噛んじゃうから!」


 右腕に抱えるのはおばあちゃん。

 背負うのは、5歳にも届いていないだろう男の子。

 左手は、月城さんの手を引いていた。

 

 逃走に失敗したら、4人が危険にさらされる。


(なのに……)


『そうだったねヒロシ。勝負事が好きだったもんねぇ。賭け事が好きで、借金で首が回らなくなった話を聞いた時、お母さん心配したんだよ』

「待って! いまタカシって呼んだ俺にヒロシって言いました!?」

『そうさ権三郎。お母さん、アンタの元嫁のとこへ怒鳴り込んでいったんだ』


(き、緊張感が失せそうになる)


『汗水たらして働くお前の知らないところで、間男を家に連れ込んで。子供が五人もいたから共働きしようって約束を、あの女は反故した。嫌な女だったね』

「おばあちゃんそれ大問題! でもヒロシから権三郎になってる! 仰々しい漢字になってる! って、んな場合じゃねぇぇぇっ!」


 ドス……ドスドス……ドッドッドッドドドドドドッ! と、地面の振動と地鳴りが近づいて来るのが分かる。

 体長二,三メートルの蜘蛛型。鉱石と見まごう、非常に硬質そうな外皮。

  

 極まった状況にも拘わらず、身動き取れなかった月城さんを助ける為、全力ダッシュキックで蹴とばした《アンインバイテッド》。

 ピンピンしてやがった。

 俺を認識して、追走し始めた。

 ……芋づる式に、追いかけてくる脅威の数は増えていった。


「のっわぁぁぁぁぁああ!」


(怖ぇっ! さっきから鉄とか溶かす酸みたいの吐いてくるしっ! 一瞬追いつかれたとき振るわれた爪で、甚兵衛の袖口、キレーに裂かれたしっ!)


 なのに……


『離婚した。でも元嫁は子供一人連れて行かなかった。アンタは一人で育てようと……長い長い、マグロ漁船遠征だったね。やっと帰ってこれたんだねぇ』

「なぁっ!?」

『かわいそうに。育成能力不足とみられ、裁判所の判決で、五人とも児童相談所に引き取られ……』

「誰かっ! 誰かこのおばあさんの息子さんを探してくださいっ! 五人の子供との新たな生活応援してくださいっ!」


 おばあちゃんが、致命的(気を取られて追い付かれたら命にかかわるから大げさな表現じゃない)なほど個性的すぎた。

 

『おぉ、お母さんにお前の可愛い顔を見せてくれタカシ。ヒロシじゃったか? 権三郎? 違う……アルバード・ヴァン・グエル・ド・ギュンター』

「どこから来たおばあちゃん! ねぇ、いきなりカタカナクールな名前、どこから湧いて出……って、やべぇ!」


 ツッコミを入れる際、進行方向にやっていた目を、おばあちゃんに向けてしまった。

 その先に突然、《アンインバイテッド》が現れたというのに。


(しくじった!?)


 その出現に気付くことに一瞬遅れてしまった。


(くそ、こうなりゃやけだ! 一発も食らう覚悟で……って、おい! あの脚一振りのパワーは、計測何キロだ? 爪の破壊力はっ? 酸みたいなの吐かれたら……) 


 その進行方向に俺が至るのを、いまかいまかと待っているかのように、爪を振りかぶっていた。


(無理じゃね耐えるの! こちとら防御力ゼロ甚兵衛だぞっ!)


「あぁ畜生っ!!」


 車は急に止まらないと申します。

 この場を脱出するために、全力疾走している自分も例外にないのでございます。

 突っ込むしかないじゃないですか。


(それでも……)


「かわすぞ月城さん!」


(急ストップ出来なくてもいい。的さえ絞られなければ、爪の軌道上にさえ俺の身体がいなけりゃ……)


「手を放す。これを抜けたら合流する!」

「山本君っ!?」

「俺の心配は良いから自分のことだけ考えろっ!」


 フッと、月城さんの手を離した。

 この状況で女の子から離れるとか、恋心を抱く俺としちゃ複雑。

 だが大丈夫に決まっている。彼女は俺と違って雑魚じゃない。


「ヒュッ!」


 前に走りながら、左斜めに足を出す。

 待ち構えていたアンインバイテッドの爪がピクリと動いた。


「シャァッ!」


 前方に傾いた慣性が、少しだけ左方向に逃げたのを利用する。

 一気に逆側、右足を踏み抜く。

 更に上半身も振ることで、最初の見せた小刻み左フェイントは、本格的に左サイドステップへと移行した。

 見せかけからの本移動。


 瞬間だ。小刻みの最初のフェイント状態の範囲より、大外に出たことで、アンインバイテッドは爪を慌てて突き出した……が……


「MA・GA……REEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!」


 それこそが、一振りを誘い込むための本フェイク。


 左サイドステップなら、着地時に左足にストレスがかかる。

 このまま衝撃を吸収しきる前に、そのストレスにさらに力を加え、無理やり反対方向へ地面を蹴った。


 ……イメージは迸る雷。

 左重心ずらしからの左サイドステップ、瞬間での右サイド大幅ステップ。


 行く手を遮る妨害者を抜き去るための、走法カットと言うのが正しいか。


 フェイクを見せ、本フェイクから一気に逆サイドに跳ぶ。《アンインバイテッド》と距離が詰まったこともある。

 なら、間近に俺をとらえた視界は狭くなっていたはず。

 急激な逆サイドへのステップに、姿が掻き消えたように見えたならありがたい。


(ぶっつけ本番つか、思いのほかうまく行った)


「うっくっ!」


(つっても、婆様抱えてサイドステップ思いっきりって。めちゃ脚に負担が……)


「ついてきてるか月城さん!」

「うんっ!」


 抜き去ったなら、振り返らない。

 前方を睨みながら張り上げた声に回答があった途端、左手に、また彼女の柔らかい手の感触がよみがえった。


「月城さん! いよいよヤバくなってきた! 救援頼めないか!」

「インカムも情報端末もさっき壊されちゃったよ! 山本君はっ!?」

「全力疾走しまくってたら、どっちも落としたっ!」

「ツ~~~ッ! 山本君の馬鹿ッ!」

「面目ねぇっ!」


 好きな子とお手てつないで、なんて喜ぶ暇もない。

 特に、壊されたなら別として、理由が落としたとか。この状況でそうなった自分の情けなさに、呆れから笑いそうになった。


【フッフフ……ハァーッハッハッハ!】


 と、ここで響く耳障りな笑い声は俺のモノじゃない。


【僕、参上ッ!】

「まさか……秀よ……」

「《カンパク》ッ!」


 名を呼びそうになった。月城さんが反応したから、口を閉じた。

 流石に、正体をばらすわけには行かない。


 二人かついで月城さんの手を引いて、前へ前へと走る俺たちの頭上に降りてきたドローン。


【官兵衛の罠ッ! これこそ官兵衛の罠だよねっ!】


 スピーカーからの声は、どことなく悦に入っていた。


【友達を月城さんに売り込む僕! 不確定要素はあったみたいだけど、こうして二人がランデブーしている。全部僕がキッカケって思っていいよね!】


(な、なにを言ってんだあの野郎……)


【いやぁ、自分で言うのもなんだけど、ちゃんと親友やれているなぁ僕。良かったね徹。友達冥利に尽きるでしょ】


(だから何言ってやがるんだ!)


 爆発しそうになるいら立ち。 

 俺は悪くないはず。この場にあっても、安定の空気を読まない奴が悪い。


【さ、冗談はここまでとして、二人とも僕についてきて。空から誘導する】

「ありがてぇっ!」


 急旋回して、俺の少し前方を低空で飛ぶドローン。

 まともな人間性は欠如しているが、抜け目のない秀吉がその様に言うなら、間違いないだろう。


「で? どうだよ戦況は?」

【ずいぶんよくなったかな。英雄三組、山本小隊員に、徹の舎弟たちが頑張ってる】

「怪我した奴はいないか?」

【流石にゼロじゃないけど、重傷者はいないよ。避難員のほとんどは避難所に収容済み。会場から流出した敵生体の数も今のところゼロ。ホールもそろそろ閉じるよ】

「うぉっしや!」


 「自分を見失うな」と言わんばかりに、蛇行しながら抵抗飛行を続けるドローンの後姿は、ただの機械であるはずなのに、妙に嬉しそうに見えた。


【ねぇ、月城会長さん】

「……あ……」

【あの時の話は、全部本当なんだってわかってくれた?】

「うっ……」


(ん、何の話だ?)


 妙に腑に落ちない何かが生まれた。

 俺にはわからない話をドローンから届いたところで、彼女の手を引いた俺の手に、キュッと力が加わった気がしたからだ。


【さてさて、ここからはちょっと真剣になった方がいいよ。敵さんも馬鹿じゃないみたいだから】

「は?」

【不用意な活動が止まった。天敵である訓練生に近づかないようにしている関係で、散らばることはなくなったけど……】

「なんだよ?」

【離れたところで固まってるんだよね。それがね、ちょうどこのあたり一帯】

「それを早く言わねぇか!」


(あかん。やっぱりコイツ、曲者とか、そのレベルを越えている)


 不安にさせたいのか、安心させたいのか。

 このような状況であっても俺たちを振り回す秀吉。


【大丈夫大丈夫。僕は空から見てるんだよ? 確かに数は多いけど、ちゃんと密集地点から距離を置いた抜けるルートを……あっ……】


 だが……


【ヤバッ! チョッ……笑えない!】


 それでも、この場から安全に離脱するための一縷の望みだった。

 

(マジかよっ!)


 突然の出来事に声が出せなかった。

 誘導するために低空飛行していたところを、死角から飛びついた《アンインバイテッド》に叩き落とされた。


【ゴメッ! 徹! 先……抜け道……】

「お前っ! いったい何のために姿を現した!」


 墜落したところに、飛び掛かった《アンインバイテッド》が駆け寄る。

 ゆえに、かろうじて聞こえる重要そうな情報も、聞くために立ち止まるわけには行かなかった。


「山本君! 周りをっ!」

「クソッ!」


 いや、そんな暇は与えられない。

 ただでさえこの辺りは、前進できなくなったアンインバイテッドが大量に滞留していると聞いていた。

 更に、俺たちは、芋づる式で捕食者に追われている経緯もある。


(完全に……ロックオンされちまった!)


 いわば狼の群れの中、子羊と婆ちゃん羊を担いだ羊二匹が走っている図。

 見逃してもらえるわけがなく。


 後方、左右の側からは、すでにとてつもない勢いで《アンインバイテッド》が群れで押し寄せてきた。


(前に進むしかないって!?)


 ここまでひどいと笑うしかない。


 どこにアンインバイテッドの群れが潜んでいるかなど分からない中、抜け道を通るなんて出来るはずがない。

 そもそも、俺たちを追っている奴らがうるさすぎるから、散らばったアンインバイテッドたちもすぐに気づくはず。


(少しでいい。奴らの視界から逃れねぇと!)


 訓練生として、ひいては人間として、駄目な考えが浮かんだ。

 救助対象者は足手まとい。事実として、こちらの機動力が落ちる。


(注意をそらす手、その間の戦闘員と非戦闘員のセパレート。必要なのはその二つ)


 保護対象が多ければ多いほど、訓練生だからこそとれるだろう策は絞られる。


(クソッ! なんだってこんなに月城さんとの縁がないんだ!)


 彼女の手を引き、二人を担ぐぎ、前だけを見る。

 胸の中で、この状況への毒づきが止まらない。


 確かに今、憧れの月城さんといる。

 だが、こんな状況で、カウントされるはずがない。


(こちとら、いろいろ考えていたんだ)


 夏祭り、月城さんと回ることに意気込みを向けていた。

 蓋を開けてみると、小隊員や、担当教官が引っ付いて離れてくれなかった。

 本当だったら肝試しだって月城さんを誘うつもりだった。


 暗闇を怖がる彼女が、俺に抱き着くかもしれない。

 デッカイオッパイが、ふうわり腕に押し付けられたなら。なんてムフフな妄想まで……


「あ……」


(肝試し? ッツ!)


 そこまで至った刹那。


(視界から逃れる。非戦闘員とのセパレート。ってぇことは……)


「……《オペレーションクロスドライ》」


 モヤが立ち込める頭の中に、パシィッと稲光が走ったような気がした。

 

 入り口は一本。トンネルは長く暗い。その間に、肝試し三コースにそれぞれ分かれる分岐点がある。

 なぜかは分からないが、三組連中は戦闘を想定していた。

 それにより、それぞれのコースに空間誤認、防音、耐衝撃障壁術を施していた。


(いったんコースに入りこんだら、出てくるまでに時間を要する。なら……)


「行けるか?」


 状況は最悪。通信手段もない状態では助けを呼ぶことすらできない。

 出来ることと言えば、少しでも《アンインバイテッド》から追いつかれてしまうまでの時間を先延ばしにすること。そしてコース外にあふれ出させないこと。

 

(会場外への流出は抑えられているって通信も聞いてる。ほとんどの非戦闘員も避難所に収容済みって話じゃねぇか)


 《王子》と《ショタ》にナルナイを付けてから、声に余裕が感じられた。

 そこにアルシオーネが合流するという。


(ホールの封印による、新たな敵生体の転召は食い止められる。楽観的か? だがもしその通りにことが運んでいるなら……)


「残るは会場内に残った《アンインバイテッド》の殲滅。月城さんっ!」


 声がおのずと張り上がった。


「何か策は?」

「それは……」

「いい! なら、俺に試したいことがある!」


 呼びかけへの回答は重苦しい。

 構わない。

 もしここで彼女に策があったら、俺は案を述べることに戸惑っていた。

 妙手かもしれない。悪手かもしれない。

 しかし、現状浮かび上がった策に賭けるしかない。


(ただ……怒れられそうだ。今のうちに覚悟しとかねぇと)


 手元から足手まといを切り離すことで、少しでも訓練生の作戦効率を上げる策。

 もちろん、保護対象者最優先というのは分かっている。


 とはいえ案を押し通した時、どんな顔されるか予想できてしまう。苦笑いしかない。 


 ☆


『ねぇ、何をやってるの?』

「アッハ! アッハハハハッ!」

『笑い事じゃないよ! 早く山本君もこっちに来て!』


 優しい娘だから、必死な声で呼びかけられることは分かっていた。


「月城さんの怒った声を聴いたの初めてかも。鬼教官だった時もここまでじゃ……」

『冗談言っている場合!?』

「……冗談でも何でもない」


 三組連中が俺に仕掛けた《オペレーションクロスドライ》。

 俺とトリスクトさんは、長いトンネルを抜けたのち、知らずの内にとある1コースに出た。

 シャリエールたちが抜けたのは別コース。

 

 これを今の状況に当てはめた。


「分岐点はそれぞれ抜ける先が違う。コースは3つ。俺がAコース。月城さんでBコース。Cコースの方は開放しておく」

『待って! このメンツって……』


 分岐点にいたり、無理やり彼女をBコースルートに押し込んだ。

 俺がここまで背負っていた子供と、担いできたおばあさんも一緒だ。

 三人を押し込んで、Bコース分岐点に取り付けられた黒塗りの扉を閉じた。


『格好つけたつもり!?』


 更に扉に施錠する。

 ゆえに、扉越しに怒鳴られた。


(転じて《オペレーションクロスドライ》は役に立ったな)


 ただでさえトンネルは暗い。

 黒塗りドアは暗闇に同化する。Bルート分岐の入り口は、気づかれにくいはず。 

 

(対シャリエール達用で、俺と合流させないよう扉に施錠設備があったのが幸いだ)


『囮なら私がなるから!』


(……気づいちゃったかよ)


「なわけには行かないって」

『でもっ!』

「『我らはインペリアルガード!』ってね? 同志どもに怒られるのも面白くない」

『山本君っ!』


 怒声には違いない。

 それが俺のために心配してくれるゆえと分かるから嬉しいに決まってる。


(だけど、らしくない・・・・・。)


 一方で、それはリスクにも思えた。


『私なら追いつかれても時間が稼げる! その間に山本君が二人を連れて……』

「ストップ。《カンパク》の言葉を思い出してみ?」

『え?』

「攻めあぐね、行進できなかった故、この辺りでたむろしているんだろ?」

『それは……』

「仮に俺が君を見捨て三人で逃げたとして、抜けられる確証はない」

『だけどっ!』

「非難員収容は完了間近。敵生体の会場外への流出も抑えられた。ホールも間もなく封印される。残すは、会場内全訓練生による徹底した敵の殲滅」


 挟んだ扉の先にいる彼女は、今どんな顔をしているんだろうか。


(そりゃ嬉しいさ。月城さんが、自分の立場を無視してでも俺を気にかけてくれる)


 鬼気迫った声を先ほどから耳に入れる俺は、そんなことを思ってしまう。


「まもなく三縞校生が進軍を開始する。駆逐漏れの無いよう、会場内をしらみつぶしに回る。殲滅しながらの救助を期待して待機するしかないって」


(でもさ、月城さんの立場じゃ、俺を心配しちゃダメなんだろうよ)


「作戦は、要は時間稼ぎってことだよ」

『駄目……』

「俺が囮になって敵の目を引き付ける。派手に振舞ってやるさ。奴さんは俺を狩るのに躍起になってくれるかな」

『駄目っ!』

「身を潜めた月城さんたちを探される前に、訓練生の救助が間に合えば、俺たちの価勝ちだ」

『負けでしょう! 私たちが探される段階に至ったら、それは山本君が捕まったってこと! 死んじゃっているってことだよ!?』


(君は、三縞校俺たち生徒会長指揮官だろ……)


『なら保護対象二人だけを隠し、私と山本君の二人でかく乱して……』

「俺たちにつられなかったどうする? 婆さんたちにいきなり襲い掛かったら? 誰が守るのさ?」

『なっ!』

「仮に俺の囮に惑わされなくても、君が二人といれば守れる。リスクヘッジだよ」


末端兵枝葉が揺れたって、将兵が気にしてどうするんだ)


 よろしくないかもしれない。

 説得しようと、追い付いて説明を試みた。

 反対に、月城さんは昂っていた。


『嫌! そんな策、絶対に認められない!』


 挟んだ扉を、向こう側から何度もたたいていた。


「ッツ!」


 その……扉を、思いっきり叩き返す。

 「黙れ」と、そのつもりだった。


「そろそろ追い付いてきたみたいだよ。月城さん」


 トンネル内、少し離れたところから、轟轟と音が近付いてきている。

 ならここから先、物音を立てていいのは俺だけ。


(月城さんも感じ取ったのかな。静かになった)


 何が何でも俺に、奴らの目を向けてもらわなければ。


「……あのさ、無事コレが終ったら。月城さんに……」


 どうしてここまで彼女が必死になってくれたかはわかっていた。

 俺は無能力者。ただのパンピー。

 敵に追いつかれたなら、成すすべがない。


「あぁ~サイアック! このタイミングで言いかけって。自分で自分の死亡フラグ立てんじゃないよ」


 悪いイメージは先ほどから頭によぎっていた。

 ボサボサと髪をかきむしって払しょくしてみるも、それが消えるわけがない。


「お、俺……月城さんが・・・・・……好き・・……っす・・……」

 

 だから、呟いた。

 小さい声だがそれでいい。届かせるつもりはないし、届いたら大問題だ。


 想い残しは作りたくはなかったから。

 何かが遮蔽していようが、そこにいるとわかる彼女に、決定的な一言を語り掛けられさえできればそれでよかった。


「だぁぁぁ! どこまで行ってもヘタレか俺ぇ! こういう時勇気出ねぇでいつ出るってんだよ!」


 吠えると共にだ、ドドドっと地響きのような音が、一層早く感じられた。

 

「おぉ固羅コラッ! テメェらのエサは、こっちだってんだよぉっ!」


 でかい声を挙げちゃ、柏手を何度も打つ。

 暗い場所だから、奴さんは音を頼りに殺到してくるだろう。


「おーにさんこちら! 手の鳴る方へってなもんだ!」


 トンネルにいて、暗闇に目が慣れてきたこともある。

 一見闇と同化したんじゃないかと見まごう《アンインバイテッド》が迫りくるのが見て取れた。


「んじゃ、行くぜ相棒。死にたくなきゃ、せいぜい硬くしておくこった」

「ちゅうっ!」


 さぁ、自分への怒りを込めた叫びをあげたときから、この作戦は始まった。


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