テストテストテスト。久しぶりに5

「なんというか、凄いものだね。肝試しというのは」

「たぶん、これをスタンダードにしちゃいけないと思うのよ俺は」


 お化け屋敷に入って三分も経っていないころ。

 不安になるくらい、暗くて長かった入場口のトンネル。やっと抜けることができたとき、トリスクトさんの呟いた感想には安堵が見えた。


「アイツらまさか、初っ端からとんでもなく恐怖をあおるこのトンネルを、市内の子供たちにも使わせてるんじゃ……って、アレ? アイツら……」


 まさかの事。

 トンネルを抜けて、墓場に出た俺は……トリスクトさんと二人きりになっていた。


「もしかしてトンネルの途中で……ったく、面倒を掛けさせやがって」

「っと、どこに行くんだい一徹?」


 はぐれたかもしれない。

 だから、来た道を戻って迎えに行くつもりだった。

 

「シャリエールやナルナイは別として、アルシオーネは怖いの無理そうだからさ」 


 おぼつかない足元。真っ暗闇。

 立ち往生して、泣いてなんかいたら……いや、アイツに限って泣いているのはあり得ないか。


「だからその、離してくれると助かるんだけど」


 それを、服の袖をトリスクトさんが摘まんで引き留める。

 伺いを立てるように声を掛けたのはそれが理由だった。


「灯理たち。余計な気をまわしてくれたものだ」

「あの、トリスクトさ……」

「ならばせいぜいこの状況、彼らの協力に甘えさせてもらうとしよう」

「え? いま、何か……」

「何でもないよ」


 服を摘まんだ彼女の手は、滑るように俺の腕をとった。

 隣に居場所を移しながら、触れる個所は、腕からまた少し移っていく。


(おっと……だから、この娘は……)


「三人に問題はないよ。肝試しは三組の出し物。少しは皆に悪戯心も生まれるかもしれないけど。彼女たちなら後れを取ることはない」

「そうか」


 突然二人になった状態に戸惑った俺に、トリスクトさんはこんな状況でも楽しんでいる。


「先に進もうか」


 ごくりと唾を飲み込んだ。

 自然な流れで、俺の手を取って引いたから。

 正直、彼女のこういうところには、まだ慣れていなかった。


「そういえば、君も随分と涼しげだね」

「ん、甚兵衛か?」

「ホテルの手伝いをしている時の君は、作務衣さむえだけど。うん。そちらも似合ってる」

「そっか? 俺としても本当は、浴衣を着たかったんだけど」

「へぇ?」

「勝手なステレオタイプなんだけど、どうにも甚兵衛って、DQNが着てるイメージがあるから」

「ドキュン?」

「ヤンキーだよ。よくタムロしてるんだ。深夜のコンビニ前とか……トリスクトさん?」


 いつまでも手を引かれるわけにはいかない。それって、つないでいるに他ならない。

 足早に彼女の隣に行って足並みを合わせた。

 が、途中でトリスクトさんが急ブレーキするから、今度は反対に前に出てしまった。

 握った手はピィンと張り、のけぞったことで、あわや前に転倒しそうになった。


「と、トリスクトさん?」


 気になって振り返る。

 面白くなさそうな表情で、じっと俺を見つめているから、ドキッとした。


「私は、君の装いを褒めたつもりだが?」

「あ、ありがとう」

「……君の、装いを、褒めた」

「あ……」


 はじめはその行動の意味が分からなかった。

 が、念押しされて、初めてわかる。


(どんだけ鈍感だよ俺も)


「に、似合ってる。浴衣姿、とっても」


(口にしたなら口にしたで、どんだけ片言やねん)


「それだけかい?」

「綺麗……だ。凄く。ごめん。あんまりこういうのに慣れてないんだ」


 嘘じゃない。

 それどころかトモカさんが浴衣を着つけたトリスクトさんを連れてきたとき、言葉にならなくて息を飲んだほど。


「君が無粋なのはわかっている」

「ハハッ! かなぁ?」


(マジで笑うしかねぇ)

 

 だからあの時、トモカさんに頭を小突かれたんだ。


(こういうところで素直に褒められる奴が、モテるんだろうねきっと。もちっと男として、スマートになりてぇもんだ)


「トリスクトさんもホテルの手伝いの時とは違う。仲居装束も和装だけど、涼し気で鮮やかで……本当、引き付けられた」

「ん……」


(まぁ、ぶっちゃけ美人は、何を着ても様になるわけだけど)

 

「まずは合格。君からそう言ってもらえただけでも、この格好をした甲斐がある」


 薄く笑って深くうなづくトリスクトさんの反応に、胸をなでおろすばかり、

 ほんに情けない。


「引き出してやらないと、何も口にしてくれない。それが分かってからは、私もそうやって努めているんだ」

「え? 何の話?」

「こちらの話さ」


 彼女が再び歩き出す。今度は俺も最初から足並みをそろえる。

 肝試しの中間地点を目指した。


 どうやら不安を駆り立てたのは、はじめの長トンネルだけだったらしかった。

 そこからあとは、子供にも大人にも耐えうる、実にバリエーション豊かな肝試しになっていた。


 可愛らしい手作りの幽霊マスコットが、風に揺れていた。

 何か仕掛けがあるのか。その場に近づくと、飛び出してくる人形もあった。驚かせ重視なのか、こちらは血のりに塗れた精巧な怪物のマスクをかぶっていた。


「なかなかよく出来ている」

「これなら確かに子供も大人も楽しめる。正直なところ、俺も結構ビビってる」

「そうだろうか。私には少し物足りなさがあるね。肝試しというからにはもっと怖くてもいいはずだが……」

「あぁ、それなんだけど」


 確かに、トリスクトさんの言うことはもっとも。

 だが、よくよく考えれば当然っちゃ当然の結果がここにはあった。


「魔装士官って、対異世界からの脅威向けに最近建てられた概念だけど……」

「概念だけど?」

「元は、この世界の人ならざる存在、霊や化け物に対する専門家。退魔師、除霊・霊媒師、修験者に陰陽師。闇祓いとかって」

「なるほど。三組の皆は肝試しを運営する側というより、そもそも霊を成仏させ、悪霊を祓う側なんだ」


 餅は餅屋というコトワザがある。

 この場合は、一体どういう言葉が当てはまるのだろう。


「万が一が起きるわけないね。言っちまうと、この肝試しは世界で一番安全だ」

「フフ。もはや肝試しじゃないね」

「肝心な醍醐味、ドキドキ感は、なくなっちゃったかな?」

「構わないよ。何をするかではない。誰とするか・・・・・が、私にとって重要だから」

「は?」

「なら、転じて静かな夜の散歩と行こう。墓所はひんやりして気持ちもいいし」


(あれ? 説明をしている間、なんかいま、どさくさに紛れてすごい恥ずかしいこと言われたような)


「と、残念。そんなことを思った矢先で、中継地点に到着してしまったらしい」


 そうこうしているうち。

 トンネルを抜け広がっていた墓地の奥まった場所に、ボゥッと炎が浮かび上がっているのが目に入った。


(これだけの暗がり。ちょっと離れているから、蝋燭も闇に溶け、空に炎が浮かんだ人魂にも見えるね)


「一徹、ちょっと待ってくれないか?」


 火を、自分の持つ蝋燭に移して帰るのが肝試しのルール。

 なんとなしに、火に向かって蝋燭を持った腕を伸ばそうとしたところで、トリスクトさんが待ったかけた。


「せっかく二人できたんだ。一緒に灯そう」

「一緒に灯すって……ちょぉっ!」


 ……とんでもないことが、起きました。

 隣から腰に、キュッと。少し、キツく腕が回されまして……


「と、トリスク……密着して……」

「じっとして?」


 そして彼女のもう一方空いた手。

 火に向かって、俺が伸ばした蝋燭を持った手に重なった。

 

(や、ヤバいっ!? これ……)


 美少女と密着して、手が重なる。

 頭がおかしくなりそうなほど、ドキドキしてしまう。


「君は、キャンドルサービスという言葉を知っているかい? こちらの風習だと聞いている」

「キャンド……何それ。っていうか……」

「新郎新婦が披露宴の席で、来賓たちのテーブルに火のついた燭台を持って回り、一つずつ感謝の意を込め、そのテーブル無点灯の蝋燭に火を移す」


(め、めちゃくちゃ近いって!)


式の準備期間中・・・・・・・大好きな人から聞いた・・・・・・・・・・

「どーいうことっ!?」

直前になって・・・・・・お預けを食らうこと・・・・・・・・・になった・・・・んだ。これくらい、構わないだろう?」


(なんか言ってるぅぅぅ! 興奮して、全然きこえなぁぁぁぁい!)


 まずい。全然火がつかない。


(駄目だ。緊張して手が震えて……)


「大丈夫」


 ……穏やかな声。耳元がくすぐったくなった。

 それと共に、緊張してならなかった心が、不思議とふぅっと軽くなった気がした。


「大丈夫だよ一徹。今のこの状況も、そしてこれからも、私が……」

「あ……」


 どうしても集まってしまう耳元への意識。

 なぜかはわからない。

 語り掛けてくるトリスクトさんに、俺は、顔を向けてしまった。


「私が一徹を守ってみせる・・・・・・から。今度こそ。君がかつてそうであったように・・・・・・・・・


 言っている意味が、相変わらず分からない。


(なんだこの感覚)


 声に対して向けた自分の顔は、ひどくトリスクトさんと近かった。

 それこそ、唇が触れ合ってしまうほど。


(ちょっと待て。抗え……ない?)


 鼻先三寸。普通なら驚いてしかるべき状況。


 ……妙にこの状況に動じず、落ち着いている自分がいた。


(いい……のか? だってトリスクトさんには旦那様がいて。話を聞けば一途じゃない。なのにこの流れは一体? そしてこの感覚。俺は……)


 困惑は、胸に渦巻いているはずなのに。


「一徹?」


(俺は、この光景を・・・・・……知っている・・・・・?)


 澄んだサファイアブルーの瞳が……俺を見つめていた。

 抗えない。視線をそらすことができなかった。


『ねぇ、やっぱりまずいよ。この状況を覗くのは』

『ん、ルーリィも山本も決めるべき。変な虫はつかない。私たちも安心』

『わ、私も緊張してきましたっ』

『頑張ってルーリィ。クラスイベントで、押しも押されぬカップル誕生の実績をここで作って頂戴っ! そしたら私だって……』

 

(だとしたらどこで? これまでの十八年に、彼女の存在も、記憶も、いない・・・・・・・・・・・・・・はずなのに)


「ッツ!」


 そうして、とうとう動けなくなった。

 じっと見つめてきたトリスクトさんは、フッと目を閉じる。


(ちょっ……と……待て……)


 そうしてさらに、顔を寄せて。

 ただでさえ数センチの距離に彼女の顔があった状況。

 さらに寄せられるとなると、考えられることは一つしかないはず。


(待て。待てって! だってそれは……)


 となればもはや俺の目は、彼女の目をつむった表情を。

 俺の耳は、彼女が動いた時の浴衣の擦れた音を。

 俺の鼻は、甘い香りを。


 全神経が、トリスクトさんだけに集中しちまった。


『あ、ルーリィさんが踏み込みましたっ』

『ダメだぁ。見ている僕が恥ずかしくなってきちゃった』

『ん、しかとその目に焼き付けるべき。クラスの実績。みんなの成果』


 ゴクリっと息を唾を飲まざるを得ねぇ。身一つ動けないとなったなら、あとはもう受け止めるしか……


(って、受け止めちゃまずいだろう! トリスクトさんには好きな人がいるんだろうが!)


 いつしかその流れに逆らうことを諦めようとしたのか。

 そのことがよぎった途端、慌ててしまった。

 

(俺もバカ野郎が。月城さんを誘おうとした俺はどこに行った! これを受けちまったら。これを……受けちまったなら……)


 身動きなんて必要ない。

 ただ、黙っていたなら、極上に柔らかいものが俺の口をふさぐだろう。

 これほどの美女だ。

 据え膳食わぬは男の恥とも申します。

 瞳に移す、彼女のつややかな唇を受け止めたとき、きっとものすごく気持ちよいのだとは理解できた……のに……


(いや、でも、別におとなしく受け止めればいい。こんなせっかくの機会、もう二度とないぞ)

 

 自制心と男としてのプライド。男としての動物としての本能。

 唇が俺の口元に到着するのに秒もないはずなのに、それらがせめぎ合う一瞬は、何十秒のようにも思えた。


『行けっ。あと少し、あともう少し……って、ちょっと三人とも押さないでよっ』


(って、あれ?) 


 トリスクトさんの生じる音しか入ってこないはずの耳に、なんか、いま違うものが入ってきたような。


 ガゴンッ! という音。

 ただでさえ、静寂に満ちた夜の墓地だからこそ、盛大に響き渡った。


『ヒャッ! 鬼柳さん。どこを触って……』

『ぼ、僕じゃないよっ』

『ん、鬼柳のえっち』

『僕じゃないったらっ』

『ちょっと、静かにしな……キャッ!』


(ん、んんんんんん? 待て、なぁんかいま、聞き知った声が……空耳か?)


『ちょ、三人とも、それ以上詰めて……』

『『『『わぁぁぁぁぁぁぁぁ!』』』』


 ……空耳では、なかった。

 パカンッ! と、乾いた大きな音が弾けた。


 いやぁ、トリスクトさんとの間にできた、神妙な空気を斬り破いた……ことは別に重要じゃない。


「「あ……」」


 物音とともに出現した四人の人影。

 いまの音と彼ら・・の悲鳴を察するに、何処かに隠れていて、何かの拍子に出てきてしまったのだ。


 うん! これについても重要じゃない。

 大事なのは……


「ど、どうもお二人とも。き、奇遇ですねこんな夜にこんな場所で。お散歩ですか?」


 三組全員で取り決めて準備、開催した肝試し。ここはその会場。

 空々しい笑顔でペコペコと頭を下げながら、「奇遇」とか宣りやがる。


(ねぇ《委員長》。入場チケットを俺に手渡したのは、一体どこの誰ですか?)


「あ、いや……これは決して興味本位とかそうわけじゃなくってね!?」


 目を回しながら慌てふためき、違う違うと両手を思いっきりふるう。

 《ショタ》は、ろれつが回わらなくなっていた。


(その挙動不審がすべてを物語っている。ご自分でお判りでしょうか?)


「ん、私たちのことは気にしないで。続けて」


 何もなかったかのような、きょとんとした表情で言葉を紡ぐ《猫》。


(いや、きょとんじゃねぇよ。苦しすぎるだろうよ。自分は関係ありませんよって今更取り繕うとしてもさぁ!)


「お、お前ら……」


 《ヒロイン》なんて……


「あは、あははは。オホホ♪」

「お前らぁぁぁぁぁぁぁ!」


 笑ってごまかそうとしてやがった。


本部クォータ! 本部クォータ聞こえるか! メーデー! メーデー!】


 さぁ、どうやって怒ってやろうか……なんて考えていた時。


 不測の事態となって飛び出てしまった弾みで、誰かの耳から地面にこぼれ落ちてしまった無線通信インカムから、必死な呼びかけが聞こえてきた。


【山本とトリスクトの二人は、まだ決められないのかっ!】


(……あ゛?)


【これ以上の時間稼ぎはもう出来ないぞ!】


 それを拾い上げ、掌にのせて立ち上がる。

 聞こえたのは、《王子》からの通信越しの悲鳴。

 

「俺と……トリスクトさんがなんだって?」


 認めた俺は、左に振り向き、《委員長》と《猫》を見やる。そっぽを向かれた。


「決めるって、どういうことだ? 時間稼ぎって?」


 右を見て、今度は《ヒロイン》と《ショタ》に視線を向けた。顔を背けられてしまった。


「お前たち……さぁ……」


 だから、確信してしまった。

 きっとこの状況は、全てコイツラによって仕組まれたことなんだということに。

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