テストテストテスト。久しぶりに2
想像だにしない現実を前にしてから2か月が経った。
「へぇ? これがあの徹君とはね。見違えた……とは、きっとこういうことを言うんだね」
「ハッハハ! だといいんですけど」
「三か月前、病院を退院したときのアンタは、骨と皮だったのに。この短期間で、やっぱ若さって奴かしら」
「トモカさんも、茶化さないでください」
編入の合否を分ける学力診断テスト、体力診断試験にも無事合格。
(合格大要素の三つ目。異能力のポテンシャルについては百点満点中、見事零点だったんだけどな……)
どういうわけだか編入が認められ、いま、晴れて第三魔装士官学院三縞校の制服に袖を通していた。
(今でも不安だ。本当に大丈夫なのか俺?)
不安がないわけじゃない。
実際、異能力ポテンシャル試験では、試験官が青ざめた顔。「駄目だ。こんな無能力者を学院に入れて……編入生を殺す気か!?」なんて言っていたのを覚えている。
(とはいえ、ここで生きるしかないのな。なぜか他の普通科高校は編入先候補として上がらなかったわけだし)
ハッ! と、一つ大きく息を吐きだしてみる。気合を入れたつもりだった。
『ごめんください。山本君のお迎えに来ました』
「……来たな。月城さん」
下宿内のリビング。制服を身にまとい、そわそわした心持ちの俺は、玄関から聞こえてくる呼びかけを耳に、深呼吸した。
それもそのはず、今日は4月1日。
待ちに待った……というわけではないが、学院編入第一日である。
「おはよう月城さん」
「……あ……」
声の主に顔を見せるべく、玄関まで
「ど、どうかな。何もおかしなとこがなければいいんだけど……」
朝の挨拶とは珍しい。
出逢ってからこれまで、フォローアップは彼女の授業が終わって、夕方以降がほとんどだった。
せめて新年度最初の日くらい、一緒に登校しようと約束していた。
「つ、月城さん?」
「す……ごい……」
「え? って、うぇぇぇっ!? 月城さん!」
「ご、ごめん。なんか感動しちゃって涙が出てきちゃった」
今日ファーストコンタクトをとって、即、呆けた表情を見せたと思ったら、急に瞳に涙があふれだし、体を震わせる。
俺の方がビビるわ。
「ねぇ、ちょっと回ってみて? クルって」
「こ、こうか?」
「そう。うん……良かった。良かったぁ……」
「ちょっ!? え? ゴメッ……」
なんとかこれ以上月城さんの心を揺さぶらないよう。望む通りの動きを見せてやる。
駄目だ。かえって心の琴線に触れているらしい。
「違う。違うの。山本君の今の姿がとっても私、嬉しくて……」
「う、嬉しい?」
「ねぇ、覚えてる? 初めて会ったとき、山本君は入院ベッドの上で体を起こしていただけだったんだよ?」
「そう……だったか」
何をいまさら……とは言わない。
特に、出逢って彼女からフォローアップを受けると決まった直後、ひどいものだった。
「山本君、ゆっくり歩くことすらままならなかった」
「手すりに掴まりながらじゃなきゃ立つのも怪しかった。ま、掴まるだけでいっぱいいっぱいだったけど」
「身長、いくつだっけ?」
「180センチくらい。飯を良く食うようになったからかな。成長痛なのか。最近体の節々が痛い」
「ふふっ……グスッ……あの時のショック。まだ体が覚えている」
「ショック?」
「そんな上背ある山本君の歩行練習。なん十センチも背の低い私をして、支えるのが……あまりに軽くて……こんなこと、男のコに言うのはアレだけど」
「つ、月城さん?」
「あまりに心許なくて。支えている私の指の間を、山本君の活力が流れ、零れちゃうんじゃないか。手や指の骨が、折れてしまうんじゃないかって、そう思ったら」
(あ、アカンですよコレは……)
溢れかえってしまった月城さんの感情を、俺がどうにか抑えてやることはできないらしい。
「月城さん……」
「でもね、その山本君が、いまはこんなに……逞しく」
「ありがとう。感謝してる」
新年度第一日。編入第一日目となれば、入学式にも近いおめでたい日。
本来なら涙なんかそぐわない。
でも、そこまでの不安を胸に秘めていたことを吐露された今となっては、止められなかった。
「違う。感謝しているのは私の方なの」
「え?」
「山本君のフォローアップをしている裏で、本当はとても不安だった。今年度の生徒会長を私が勤めること」
「それは……」
はじめは俺の体力の回復に驚き、笑ってくれた月城さん。いつの間にか涙で顔をぐじゅぐじゅにさせ、肩を震わせていた。
「編入試験で分かったと思う。学院の皆はとても優秀なの。ヤマト君のような同級生がいる中で、生徒代表に指名されちゃって」
「全部わかるわけじゃないけど、怖いなそれ」
「でも、私のメニューを歯を食いしばってこなし続けていく、山本君の頑張る姿を見て、私もいつしか背中を押されていくような気がして……」
「そっか。ゴメン。気付かなかった」
「気づいちゃ駄目だよ。私、必死に隠してたんだよ?」
(憧れの完璧な女の子がそんな思いをしてたとか。ハッ! 気づけよ俺ぇ。どんだけダメダメなんだよ)
泣きじゃくり……というわけではないが、涙がこぼれるにつれ引き付けにも見えて呼吸が荒くなっていく。
なだめるように、その肩を、両手で挟み込んだ。
「極めつけは、この二か月。三縞市の案内の最後、学院に連れて行った後」
「フォローアップは……さらに厳しくなっちまって」
「でも、山本君は期待に応えてくれたよ?」
「打ちのめされちまったから。どう見ても学生らは文武両道成績優秀。特に体力面なんて、さすが自衛隊内の専門機関の傘下だ」
「編入してからも食いついていかなきゃ。それを山本君も理解してくれたから、一層頑張ってくれたよね」
(まったくこの娘は。だから反則だっての……)
「求められるのは心身の壮健。うちの学院の制服は、ただ細いだけじゃ映えないよ。良くここまで頑張ったね。ありがとうねぇ」
(だから、なんで、君が、俺に感謝してるんだっての!?)
俺なんか、彼女が感謝するに及ばない。
むしろ俺の方が感謝して足りないくらいだ。
事故で家族を失った。記憶をなくして三縞市の病院のベッドで目覚めた。
引き取ってくれた親戚のトモカさんと、旦那さんが、俺の新しい家族になった。
看護師さん、
俺の
「山本君を見ているとね、頑張った甲斐があったなって。私も……」
(その小さな世界を広げてくれたのは、君だろうが!)
……月城魅卯という同い年の少女が現れた。
歩くこともままならなかった俺のリハビリに付き合ってくれた。
外に向かって一歩踏み込むことができたのは、間違いなく彼女のおかげ。
一緒に三縞市を散策した。おかげで商店街の人と知り会うことができた。
仲のいい悪いは別として、刀坂ヤマトとかいう
「だから私も、生徒会長として頑張ろうって思えることができた。山本君には感謝してもしきれ……うっく……ありが……」
「……月城さん……」
恩人たる月城さんが感極まっている。見ていられなかった。
「感謝するのはさ、どう考えても俺の方だって」
両手で両肩を抱いた彼女を、知らずの内に引き寄せる。
トッ……と、胸板に彼女の頭が触れる小さな音がした。
「……うぅむ。いいじゃないの。青春してるねぇ徹君」
……何秒沈黙が下りたか知れない。
「「え゛?」」
切り裂いたのはトモカさんの旦那さん。
腕を組みながら指をアゴにやっている。声にはからかいが混じっていた。
「あぁぁぁぁっ!?」
「ひゃ、ひゃいぃぃぃぃっ!」
楽し気に細めた目がじっと見つめていたから、気付いた俺も月城さんも声が張りあがる。
慌てて互いを押し合って距離を置いた。
「なんだいなんだい? 折角いいところだったじゃない。まさか僕が茶化したから……なんて言わないでくれよ?」
(茶化したとか思わないけど。もちっと空気読んでくれてもいいじゃないか!)
「あ……あの……」
「えっと……」
やばい。
知らずの内にとはいえ、自分の行動の深刻さに体が熱くなった。
「ハイハイ。青春ごっこはそこまで。始業式も近づいてるんだから。さっさと外に出なさい。すぐに撮るわよ」
救いは、トモカさんがパンパンと手を叩いて話を進めてくれたこと。
「撮るってどういう……」
「家族写真よ。大事な弟分の始業式。最初の制服姿を写真に収めるってのは、家族として当然でしょうが」
「そ、そういうものですか?」
「徹君は運がいいよチミィ。ただ家族写真を撮るだけじゃない。折角だから月城さんとのツーショットも行ってみよう。もしかしたらいつか、それが家族写真に……」
「「えぇっ?」」
登校初日の記念撮影。
言いたいことは判る。が、冗談であっても旦那さんの発言は、俺と月城さんを同じタイミングで驚かせた。
「貴方も質の悪い冗談は言わない。そうだ、私からも月城さんにお礼を言わなきゃ。これまで三か月、面倒見てくれてありがとう。長かったでしょ?」
「いえ。私もとても楽しかったですし。勉強にも……」
「これで貴女の
「……えっ?」
いや、真に驚いたのは旦那さんの発言よりもトモカさんの言葉。
月城さんなんて、言われたことの意味が分からず、感情の抜けた顔をしていた。
「貴女には申し訳ないと思ってる。でも、そういうわけだから。一徹?」
「ハ、ハイ!」
「玄関前に立ちなさい。貴方も早く一徹を撮って」
「ト、トモカさん。いったいどうしたんだい?」
「そうしたら家族だけの写真を。そしてさっさと見送らなきゃ。初日から遅刻させるわけにはいかないんだから」
有無を言わさないというか。
普段のトモカさんを知っている俺も旦那さんも、今日は少しだけトモカさんが冷たいことに唖然とした。
「今日から
「え、いま何か……」
「いいからさっさと外に出るっ!」
「はいぃぃぃぃっ!」
何か言ったようだが聞き取れない。取り付く島もなかった。
結局、俺個人の制服写真は旦那さんに撮ってもらって。家族写真の方は月城さんに撮影してもらって……
なんというか、家族写真撮影で俺たちにカメラを向けたときの、物寂し気な月城さんの表情が気になって仕方なかった。
☆
(ある程度、予想していたこととはいえ……)
「こ、これほどとは……」
登校日初日。初登校は月城さんと隣同士。
三か月前に出会って、二か月前に地元商店街で彼女の人気っぷりは聞いていた。
今日、三か月目にしてその現実を身をもって知ることになる。
『おい、あれ……』
『見慣れない顔だけど。あんな男子いたかしら』
『んなこたぁどうでもいい。俺たちの生徒会長と、なんであんなに馴れ馴れしくしやがんだぁ?』
(は、針のムシロ……)
学院に向かうとなれば、通学路を行くわけで、当然目的地が同じな学院生たちもいらっしゃるわけで。
『彼が噂の転校生なのかなぁ?』
『しょっぱなから全訓練生にとっての
『アンインバイテッドってことなら、俺たち魔装士官訓練生が討伐する大義名分が立つわなぁ』
(視線が痛い。っていうか全部聞こえてんだよ。登校初日からシメるターゲット認定やめてくれ)
「なんか注目の的だね山本君。編入生が珍しいからかな?」
「決してそれだけが理由じゃないと思う」
不安でならない。
これが普通の高校なら、少しくらい大立ち回りができるだろうか?
無理でございます。
この学校は、普通の学校じゃござぁせん。
敵意ビッシビシ全身くまなく刺さる俺に、月城さんが笑ってくれる。
笑えるのは、理由が分かっていないからだろう。
「そういえば、ごめんなさっき」
「え? いいんだよ」
そんな折、ふと先ほどのことが蘇る。
自然と謝罪の言葉が出てきてしまった。
「いや、あれは気になった。いつものトモカさんとちょっと違うというか。普段あんな風に振舞ったりしないんだけど」
「家族写真を撮るなら、私は確かに部外者だし」
「家族写真って言葉を額面通りとらえたらそうかもしれない。でも俺は、
「え?」
「ん? なんか変なこと言ったか?」
「う、ううん。何でもない」
トモカさんの振舞いようは、いまだ釈然としない。しかし、急に様子が変わった月城さんの方が気になった。
「編入生、山本一徹君でよろしいでしょうか?」
「え?」
目を伏せ、体をモジつかせる月城さん。
その動向に注目しているさなか、名を呼ばれた。
「違っていますでしょうか?」
「いえ、あの、山本一徹です。編入生の」
確認されて返す。まるでアホな子よろしく単語ブツブツ。ただ羅列しただけ。
(はぁ~なんだこのお姉さん)
そうなるのは無理もない……はず?
美人とか可愛いとか。多分そんな表現で片づけてはならない美貌というか。ちょっと人間離れしていた。
『うっはぁ、あんな人いたかよ!』
『見ろよあの腕章! 教官だっ! 今年から入った新任教官かも!』
『ハイハイ! 俺あの教官のご指導キボンヌ!』
『ていうか露出しすぎじゃない? あぁ、また男子共の視線が……』
『これは……全女学生の敵ね』
顔立ちから見るにアジア、桐桜花人がルーツではなさそうだ。
浅黒い肌、背は高く、引き締まった肢体。
「そうですか。山本一徹。山本……一徹……やっと会えたっ」
(大人のお姉さんっていうか……エロいっ!)
「ね、ねぇ山本君?」
出るとこ出たボンキュッボンでありながら、豊満なバディを惜しげもなく強調したファッション。
あれがチューブトップというやつか。
履いているのは膝上なん十センチの超ミニなタイトスカート……なのに。スリットから艶めかしい太腿が……
「いっっっってつさまぁぁぁぁぁぁぁ!」
「「え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!?」」
重なり、天にまで上るは俺と月城さんの悲鳴。
『『『『『はぁぁぁぁぁぁっ!?』』』』』
大気を震わせるのは、同じ通学路を歩いていた周囲の学院生の怒声。
そりゃ、そうもなる。
編入初日。月城さん以外のほとんどが初対面。当然、声を掛けてきたお姉さんだって初めて会ったはず。
なのに……
「この日が来ることを、私は一日千秋の思いで待っておりました! 一徹様♡」
(こ、この状況はぁぁぁぁっ!?)
一目見て、呆けてしまう程にエロくてきれいなお姉さんが、俺の頭を思いっきり両腕で手繰り寄せたのだから。
「シャリエール・オー。フランベルジュと申します! これから一年、一徹様の担任教官を務めます! 一緒にめくるめく学園生活を過ごしましょう!」
「や、柔らか……」
どこに頭部が埋まったかはあえて言及しない。が、例えるなら……
「
突然の、それもうれしすぎるハプニングに浮ついた心。
「そして早いうちに、教師と生徒の禁断の園へのランデブーを……」
……速攻、平常に引き戻された。当然だ。
なんだか、とても刺激的なセリフを吐かれているのだと思う。普段の俺だったら、テンション即MAXに至っている。
しかしながら、周囲の通学している訓練生の殺意のこもった目(特に男子)。
そして……
「ちょっと見損なった……かな。山本君」
あろうことか憧れの月城さんが、俺に向かってムッとした顔で、蔑んだ視線を送ってくるから、一転、涙目になりそうだった。
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