123話 夢かうつつか。目が覚めては、一層コトは非現実的になりましてっ!
「一徹、寝てしまったの?」
リィンのクリスマスプレゼントを買いに行くというお題目。
「この映画、楽しくなかった? 私は、面白かったと思うのだけど」
ルーリィとのデートの予行演習という言い訳。いまだけは、エメロードが
「映画って、活動写真とでも言うべきなのかしら。そもそも写真自体、私の世界にはないのだけれど……」
この買い物も、デートであるという認識を彼女は持っている。
ゆえに二人で入った映画館。上映作品は結末にいたり、エンドロールが流れる、暗がりのなか隣の座席で穏やかに眠る一徹の姿に、不安した。
「それとも、疲れたの?」
米国は、ハリウッドから鳴り物入りで上映されている恋愛映画。
その評判は、看護学校のクラスメートやら、下宿で皆とくつろぐさなか見ていたテレビで知っていた。
この世界はエメロードの世界ではない。つまるところ、ここは彼女にとっての異世界。
半年以上が経ち、今ではこの世界にも少し慣れてきたが、それでもまだまだ見るもの全てが新鮮。
体験してみたい。だが、一人では不安。
リィンと一緒に街を回る際も、やはり完全に勝手知ったるわけではない。
「私、貴方を色々なところに連れまわしてしまったものね」
一徹がいるとそれができた。
何のことはない。「一徹、遊びに連れて行きなさい」と、気兼ねなく言えばいい。
だがエメロードは普段、正直になれないでいた。そして彼には、ちゃんとした相手がいる。
そういう事もあり、今日は偽りの立場を利用して日々できないことを、並々ならぬ想いをエメロードが馳せていた一徹と二人で謳歌できる。
この状況に興奮し、酔いしれた。
「まさか私といることが、退屈だってわけじゃない……わよね?」
不安にもなった。
今日だけ正直になってよくて、だから普段押さえつけていた感情が、あふれ出して止まらない。
彼がエメロードの想いの洪水を受け止められるか否かにかかわらず、一方的に押し付けているかもしれないというのは、自分でもわかっている。恐れていた。
二時間の映画。その途中で、いつの間にか一徹は眠ってしまった。
作品にエメロードが目を奪われている間、強い意識をずっとぶつけられ、気を張り続けていた一徹が、やっと少し気を緩めることができたことで、ドッと疲れがやって来たからではないか?
そう考えると、胸が苦しくてならなかった。
「貴方には見せられない。こんな、恥ずかしくて情けない私」
普段強気な彼女が、彼が意識を手放している今だけは、狼狽えを見せていた。
それでもエメロードは、一徹に対し躊躇するそぶりはない。
色々矛盾していた。
罪悪感。背徳。
胸に去来するのはさまざま負の感情ばかり。なのに……
「……一徹」
隣の席に座り、静かに寝息を立てている一徹に向かって少しだけ身を乗り出す。ヒタリと、彼の額に自らの掌で柔らかく触れた。
優しく顔をぬぐうように掌を額から頬に。そしてその位置から……
「ッツ!」
親指の腹で、
だから息を飲んだ……が、それもつかの間だった。
「大丈夫……だからっ」
「もし、退屈だとして。それは今日だけ……だから」
葛藤を感じながら、そこまで至れた実績は、エメロードの中にさらなる欲望を生ませた。
「そう、今日だけ。今日……だけだから」
意を決した。
(明日にはまた、
ゴクリと、唾を飲み込む音を、エメロードは確かに認めた。
(
「んっ……」
エンドロールはまだ終わっていない。暗いシアター内、観客は皆、スクリーンに釘付けになっている。
だから誰も、全身脱力してシートに体を投げ出した
「う……ん……?」
……二秒、三秒。
起きてしまう。そしてそれを、彼にだけは見られてはならない。
完全に意識を取り戻す前に、起き抜けの彼の頭がはっきりと働く前に、離れなくてはならない。
だが、その時が近づけば近づくほど、却って彼女の
そっと触れ合わせるだけじゃない。
上唇を
(あとチョット。もうちょっとだけ……)
起きてしまう。バレたら、色々壊れてしまう。
だが、許されるなら少しでも長く。
ハラハラとスリルが胸を苦しくさせ、体を熱くさせた。
千載一遇の状況。簡単に逃がしてなるものか……と。
チュ、チュ……と吸い立てる小さい音が連続するのは、ギリギリ一杯まで彼の唇を貪りたいとする、エメロードの気持ちの
「ッツ!?」
秒もない。閃きという言葉を使うが正しい。
唇ではない。自らの口腔内、彼の
人にとってそれはとてもとても敏感だから。
思わず手放し……いや、口放してしまう。
が、そのアクシデントは、エメロードにとっては幸い。
「あー、なんだぁ? 映画、終わっちゃったのか。って、エメロードォォォォ!」
思わず口放したことで、起き抜けの一徹の頭が完全に回る前、唇から緊急離脱を果たせたのだ。
一徹といえば、目覚めて一発目に入ってきた光景、目の前にエメロードの顔が、あることに驚いていた。
「あ、あれだ! いやぁ! 楽しかったな! さ・す・が・ハリウッドクオリティ! 楽しかった! 楽しかったですとも! 決して寝てなんかないですとも!」
目覚める直前まで二人がどんな状況であったか、彼は知る由もない。
目の前に顔があるのは、映画の最中に眠ってしまった一徹にエメロードが怒っているとも勘違いするくらいだった。
「え、エメロード?」
が、その早とちりを目のあたりにしたエメロードといえば、楽しくなってクスリと笑みがこぼれた。表情が、「彼が馬鹿でよかった」と告げていた。
「おはよう。一徹」
「だ、だから寝てないですよ! えぇえぇ、最後二人はハッピーエンドを迎えて俺もハッピーにだなぁ……!」
あぁ、慌てる彼のなんと可愛らしいこと。
……何が「今日だけ」なものか。
我慢できなかったことが、エメロード最大の失策。
焦る一徹に対し笑う彼女は、舌に残り続ける刺激を、口をモゴモゴとさせながら味わっていた。
味わう程に、彼と唇を重ねた充足感と気持ちよさが蘇ってきて。
……そんな状態で、エメロードが一徹のことを割り切れるなど、簡単にできるはずがない。
◇
(なんかおかしい。おかしいぞ。おかしいって絶対。おかしいだろ)
語彙力すくねえと思うだろ。
同じ言葉使うなんざ、幼稚だと思うだろ。仕方ねぇんだよ。
「ねぇ一徹。コレはどうすればいいの?」
「あ、ああそれはぁ……って、専門外だよ。いままで一度も使ったことなんて……」
「じゃ、一緒にやりましょ?」
場所はゲームセンター。
フォトスタンプマシンブースの中の一台に、二人して入った所。
フォトスタンプマシンってのは、マシン内で撮影した写真をシールにして発行できる奴。
よくカップルが、二人の記念だの、デートの思い出作りにツーショットを撮っていて……
(フォトスタ? 俺が……エメロードと?)
「へぇ? 撮影画面端にフレームが選べるの。まるで美術絵画の額縁みたいね。面白い。こんなのどうかしら?」
「あ、ああ、いいんじゃないか?」
「凄い。撮影した写真を別スクリーンに表示させて付属のタッチペンでなぞると、書いた文字が写真に反映させられるのね。確かに、クラスメートの娘たちがハマるわけよね」
カップル。もしくは女の子同士。
フォトスタンプマシン(略してフォトスタ)のメインターゲットはそういう奴らだから、俺が専門外なのは当然。
だからこそ……
(やっぱりおかしいってコレ)
「一徹、どうしたの? 表情が硬いけど」
「あ、いや……」
困惑というか、不安みたいなものがどうやら表情に出ていたらしい。
「な、何も思わないのか?」
「思う? 何を」
キョトンとした顔をエメロードは浮かべていた。
色々、撮影までの設定を決める際の期待に満ちた笑顔をたったいままで浮かべていたから、こんなことを言っていいのか不安になった。
「俺とフォトスタを撮ることだ。こういうのは普通、カップルで撮るもので……」
「だからこそ、撮るんじゃない。
「うっ……そうだけど……」
(そうなんだけど、なんか違う。なんだよ。うまい言葉が見つからない。それに……)
ただ言葉が見つからないだけじゃなかった。
映画館で目覚めたときから、
「ねぇ、ルーリィ様とフォトスタ、撮ったことある?」
「え?」
「撮りたい?」
(なんだ、なんなんだよこの感覚はっ!)
「そ、そりゃ、いつかは……」
「じゃあ、猶更私と一緒に練習しないと」
(なんだってこんな、こんなに……)
「フフッ♪」
「い、いきなり何を笑って……」
「申し訳ないなぁって。食べさせあうことも、フォトスタも。まるで……
「うっく……」
普段はスンとした表情を向けて来やがるエメロードが、今日はこんなにも……
「もっとルーリィ様に積極的に、物おじせず、してあげたいことはして行かないと」
「エメロー……」
「じゃないと、あの
(揺さぶられるっ!?)
頑なで、大人びた綺麗さという形容詞が似合う彼女に「可愛いらしい」とか。
ちょっと子ども扱いをしているかもしれないが。そう思わせるくらいに、いまのエメロードは警戒を解いていた。
ありありと、わからせる。
それはすべてを俺に曝け出し、信頼し、委ねているからだと理解できてしまう。
「ぐぅっ!」
それが耐えかねる。思わず、掌を頭におしつけるレベルだ。
(落ち着け! 違う! 違うぞ! 揺れるなよ!)
かつてエメロードといて、これほどに楽しいと思ったことはない。
そう、とてつもなく楽しかった。一緒にいることで、こんなにも心が浮ついたことはない。
(待て。待て。待て待て待てぃっ!)
不可抗力的事象だ。コイツとリィンの誕生日プレゼントを買いに出る。失策だったかもしれない。
(これは演技だぞ! エメロードの……演技!)
エメロードはいつも俺に
それに、
ルーリィにシャリエール。ナルナイ。彼女たちからの猛アプロ-チを、これまでずっと受け続けてきた。
満更じゃないとか思ったりしたものだが、そこで浮ついた心をいつも引き締めてくれるのが、エメロードの塩対応。
ある意味じゃ、彼女たちとはまた一つタイプが違う
だからだ、俺には抵抗力が全くと言っていいほど無かった。
こんなに
情けねぇ。
演じるエメロードのソレは、本心じゃないってのに。
「ホラ一徹! 画面見て!」
「うっく! おまっ!」
「いーから。前を見て!」
駄目だ。
左右に揺さぶられた心は、まるで次第に勢いづく振り子のように、振れ幅が大きくなっていく。
「これくらいいいじゃない。グレンバルドが貴方の背中に抱き着いてくるのを目にした
(やめろって!)
フォトスタの設定は終わった。
撮影のカウントダウンも始まった。
そこに、アルシオーネの奴がいつもするように、エメロードは俺の背に飛びつき、後ろから俺の首に腕を回してきた。
おんぶしていると言えば可愛らしく聞こえる。
……実際それは、後ろから、
(オイ。ヤキモチってなんだよ。誰のだよ! ルーリィの言葉を代弁している。そうだろ? それでいいんだよな!?)
【じゃあ、シャッターを切るよ? スマイル~♪】
フォトスタマシンから、フレンドリーなアナウンスが聞こえてくるが、それどころじゃなかった。
「ひゃっ!」
エメロードのよく整った鼻筋が、コメカミに押し付けられるのを感じる。
俺の耳元にかかったのは、彼女の吐息か? くすぐったくて変な声を挙げちまった。
「今日はもともと、ストレーナスとのクリスマスイブを、貴方にとって大切なものにさせない牽制のつもりだったのだけど」
「エ、エメ……」
「本格的に、私との今日で、ルーリィ様の貴方を……
「チョッ……」
【3・2・1……】
「塗りつぶして……」
何かを……言われた。
嫌なタイミングで鳴った大きめのシャッター音が、エメロードが何か言葉にしたものをかき消してしまった。
「フフッ。見てよこの写真。おかしいの。なぁに貴方、顔なんて赤くしてしちゃって。さ、別スクリーンに行きましょ? タッチペンで文字を書き込めるみたいだから」
撮影は終わる。
俺を開放し、俺から降りたエメロードは、恥ずかしそうに顔を赤らめてクシャっと笑っていた。
これもまた、これまで見せたことのない表情。
彼女はそう言って、別スクリーンがあるフォトスタマシンの外に向かって踵を返した。
俺といえば、ドクンドクンと、ウチから胸を叩く鼓動の苦しさにあえぎながら、別スクリーンに向かう後姿を黙って見やるしかできなかった。
「うっく……」
そうして、別スクリーンに向かったことでエメロードに残されてしまった俺は、気付いてしまった。
写真撮影が主目的のフォトスタマシンだ。そして、撮影した写真は、カメラのすぐそばの大型スクリーンに表示されるのだが……
「なんだよ。何なんだよ今日のお前。わっかんねぇよ」
そのスクリーンに表示された撮影したばかりの写真を一目見るなり、頭を抱えざるを得なかった。
「なんだよこの写真。どうして……」
当然というものだ。
安心したような貌のエメロードが、俺のコメカミに目を閉じて口づけする写真なんざ……
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明けましておめでとうございます。
……はい。言いたいことは判ります。
オイ、キャトル。
2020年入ってんぞと。クリスマス通り越して、正月も越したぞ?
テメェ、何やってんだよと。
ごめんなさい!
とりあえず、ゴールまでのストーリーは固まってるので、粛々と続けてまいります。
二言。
本当に……亀展開で申し訳ありません。
今年もよろしくお願いいたします!
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