122話 動揺。俺に辛いあの娘、今日は可愛く見えましてっ!

 早速だが、甘ぁい絶体絶命がこの世にあるとは思わなかった。


「え、エメロード? これは……」

「ハイ。あ~ん」


 ある意味、俺の心臓を破裂にかかるその行為。


「いや、自分でも出来るから……」

「あ~ん?」


 口元に近づけられたソレが立ち上らせる、甘い香りを鼻孔で認めてしまう。


「い、いや、そのだな」

「あ~~~ん」


 心臓だけじゃない、甘ぁい声に、脳みそさえも弾けそうになった。


「山本一徹、あぁぁぁぁん」

「う、ぎっ……あ、あ~ん」


 人体最重要部位脳みそのさく裂に備えなえておかなければならない。

 ゴクリとつばを飲み込む。

 恐る恐る口元に近づけられた、ストロベリーパフェ。しかも、エメロード自身が使ったスプーンですくわれたものを、目をつぶり意を決して口を開け放り込んだ。


「美味しい?」

「お、おう」

「うん♪」


 口に含んだ瞬間。心臓が誰かの手にぎゅぅっ握られた感覚を得た。脳みそは、盛大に騒めき波立つように痺れたのを感じた。


 おう、ぶっちゃける。

 いま、とても緊張している。

 

 俺の感情の揺れをきっと楽しんでいるのだろう。

 わざわざ味の感想を聞いて、俺が答えると、いつもは見せたことない屈託ない笑顔で満足げにうなずいた。


(美人に食べさせてもらうことがこんなに恐ろしいものだったなんて。《視界の主》のオッサンの記憶で目にした、筋肉ダルマのカエル顔の化け物がそうだったときは、羨ましいと思ったものだけど)


「ルーリィ様は、こんなことをしてくれた?」

「それは……」

「じゃあ、貴方のやることリストに追加ね」


 エメロードと、リィンのクリスマスプレゼントを買いに出かけた。

 三縞市のお隣、沼都市に到着してから、ずっとエメロードに押されまくっていた。


「ねぇ……一徹・・

「ッツ!」

「今度は、私にも一匙ひとさじ返してくれないかしら?」


(う……)


 ここはパフェの有名なカフェ。


 いつもは俺をフルネームで呼ぶ彼女が、「一徹」と呼ぶ。

 これまで一度だって見せてこなかった、手放しで楽しむ、あっけらかんとした笑顔を浮かべる理由。

 リィン向けのプレゼントを二人で買いに来たこの機会を利用し、いつかルーリィと二人でデートするときを見越し、予行練習に付き合ってもらっている為。


(……の、はずなんだが)


「いいかしら?」


 ねだられた通り、スプーンを取って、パフェをすくおうとしたときだった。

 

「あぁ、駄目よ。いま貴方が口にしたスプーンでなければ」


(ば、バッカ! だから・・・未使用だった俺のスプーン手に取ったんだろうが!)


恋人同士が・・・・・、そんなことするかしら?」

「わ、わからないわけじゃないだろ? それは、か、か……間接……」

「間接キス? 構わないわ? 本当のキスではないもの」


 彼女は、こうして俺の心を騒めかせた。


「ホラ、あぁん♡」

「う……く」

「うん、美味しい」


 このパフェだけじゃない。

 ここに来るまでのいたる場面で、普段見せない年相応というか。とても可愛らしい女の子の表情で、雰囲気で、俺を驚かせ、心を鷲掴みにしてきていた。


(か、可愛い。可愛・・……すぎる・・・)


 いつもの鉄面皮を知っているから、いま見せる可愛さとの振れ幅ギャップは、そのまま強いエネルギーとなって心を揺さぶって、そして休ませる隙を与えてくれない。


 こんなの、好きに・・・……


(いや、いやいやいや。思い出せ一徹。これは演技。演技なんだ。俺があまりにヘタレだから、ルーリィを前にして緊張しないよう、予行練習の為に付き合ってくれているだけでだなぁ)

 

「凄いわねぇ。このパフェも、アイスクリームも、果物も。なんて冷たくて、甘くて、瑞々しい」


 俺の手ずからパフェを口にしたエメロードは、甘い口どけに表情をトロかせていた。手なんて頬に当てていた。

 

 その表情が可憐さと共に、言いようのない色気を醸し出していた。


(あくまで予行演習。『ルーリィだと思って今日限定で』って話だったけど。とてもじゃないが、この女の子らしさは彼女には……)


 浮かんではならないことが頭をよぎりそうになって、思わず首を振った。


(違う。そうじゃない。あくまでルーリィとのシミュレーションだ。比較して、エメロードにしかない部分にばかりに目ぇ奪われてどうする)


 どぎまぎしてしまう。

 エメロードのことが気になってしょうがな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くなった・・・・


「ぱ、パフェ。気に入ったようだな」

「えぇ。これだって私の元の世界あちらではとても口にできないもの」


 いかんいかんと。このままではエメロードに見とれてしまうと。そう思ったら色々、まずい気がして、慌てて気を紛れらせるべく何か口にしなくてはと思った。


彼方あちら? エメロードの故郷の話か?」

「あ……まぁ、いいか」


 そのツッコミに対して、一瞬困ったような顔を見せたエメロードだが、しばしの沈黙のあと、ゆっくり口を開いた。


「文化も技術力も、この国と比べそうとう遅れている。それは、物流面も同様」


 懐かしむ様に頬杖をつく。遠い目をしていた。


「冷やす技術がないわけじゃない。でも、継続して一定の温度を保つのは難しい。そうなると、まずアイスクリームは作れない。ホイップクリームは、どちらも新鮮な、生卵と生乳が必要よね? 痛んでしまうもの」


(……前々から気にはなっていた。どうやら俺以外の皆、同じところからきているようだけど)


「ケーキに塗るのはホイップクリームじゃない。新鮮さを保てない。やれてバターに砂糖を練りこんで……」

「バタークリームってところか……」

「果物はそうね。生産地から大都市に運ぶまでどれだけ要するか知れないけど、瑞々しさは抜けてるでしょう」


(文化というか、技術力というか、文明レベルが違うような気がするんだよな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。確か、以前ルーリィは、この国のオムツに関心を寄せていたし)


「本腰入れれば同じものを作れないこともない。でも、数か月前から備える必要がある。お金もかかる。砂糖だって私の故郷では高級品。パフェが食べたいと思い立って1、2時間で作ることのできるこの世界は、正直奇跡といっていい」


 時々、気になるところはあった。

 どうしてエメロードは、魔装士官学院の学生小隊に加わる一方で、看護学校に通っているのだろうと。


 ルーリィについては、婚約者という立場が縛ることもあって(そうは思いたくないが)、俺の傍にいるべく士官学院でクラスメートをやっているところもあるだろう。

 だが、そんなルーリィとの関係が強いからと言って、エメロードまで同じような道を歩む必要はなかったはず。


 (一般の学校に留学することもできたはず。仮に文明レベルが日本の後を追うような故郷なら、寧ろ一般の学校に編入した方が、経済に政治に、つぶさに、間近に見ることが出来たろうに。そうしたら、留学が終って、故郷にいい土産だって……あ……)


ー技術や知識は持ち帰えらない。そういう契約だー


 と、そんなとき。

 編入してすぐ、まだ、ナルナイやリィンたちが下宿に加入する前に、ルーリィと食事している最中に言われたことを思い出した。


(契約……いや、その制約はルーリィだけじゃない。エメロードや、他の皆も同じなのか?)


「……まだ終わったわけじゃないけど。今日は付き合ってくれてありがとう一徹」

「あ、いやぁ……エメロード?」


 不意に呼びかけてきたエメロード。

 パフェをスプーンで突つきながら、ジッと見つめてくるその笑顔に、胸がすくような感覚を覚えた。


「こんなことを言ってはいけないのだけど。貴方に逢えて、こちらの世界・・・・・・に連れてきてもらったから。彼方あちらでは知り得なかった様々な体験を得ることができる。驚かされたことばかりよ」

「は? こちらの世界・・・・・・に連れてきた……っていうのは?」

「電車に自動車。ライターにテレビ。携帯電話。お湯を注いで三分のカップラーメンに、5分で出来てしまう温かな食事。いつでも冷たいものが口にできて、炭酸飲料だってシュワシュワな口当たり。私たちから見たなら、そう、全てが魔法のようで・・・・・・

「な、なぁ。何を言っているのか理解が……」

「貴方が彼方で……金や権力で懐柔されても屈しなかったわけよ。こんなの、時代ときの国王や最大国土を持つ皇帝。果てはただ一人で魔族すべてを治める魔王。獣帝や、投票で選ばれるエルフの指導者ですら思いもしない奇跡だもの。これを日常的に享受していた貴方から見れば、あの世界で得たものただ一つすら、一切の魅力を感じなかったでしょうに」

「お、おい……」

「でもね、私たちの知らない多くのことを知っていた貴方だからこそ。いつだって私に、沢山の初めてを与えてくれた・・・・・・・・・・・・・。初めて出逢ったときから今日にいたるまで。その発見は、何度私のことを喜ばせてくれたか。だから……」


 エメロードを変に意識するわけには行かない。

 それゆえ強引に、模擬デートに関わらない話題を提供したはずだった。


「私にとっては……貴方と一緒にいられることが・・・・・・・・・・・・・一番の幸せ・・・・・

「え、エメロッ……」


 蓋を開けてみたら、これだ。


 俺がどんな逃げ道を探して、走ろうとしたところで、彼女はその都度逃げる先で待っている気がした。


「……なぁんて、ルーリィ様ならきっとそう思うはず」

「あっ?」

「代弁よ代弁。あの女性ひとなら、きっと思うだろうな……ということを口にしてみただけ」

「そ、そうか。そうだよな」


 どこへ逃げても、エメロードは、俺にエメロードを意識させないことを許さない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というか。

 

 なんて情けないんだ俺も。何をエメロードを意識しそうになってやがる。

 コイツはあくまで、俺の練習となる様に。ただ買い物に付き合っているだけなのに。


 彼女のその言葉は、ルーリィを演じたゆえのもの。

 エメロード個人としての考えじゃあない。

 


 自分の感情が抑えきれない。


 あくまで今日の買い物は、一徹のルーリィへの煮え切らない態度に苛立ちが募ったエメロードが、この機会を利用して助言を与え、サポートするためのものだったはず。


(どうしよう。楽しすぎる)


 平静を努めてみるものの、三縞駅で交流してからずっと、胸の鼓動は高鳴りっぱなし。


 自分が狡猾なのは分かっていた。

 一徹の腕に、意識すらせずしがみついてからというもの、慌てて口にした言い訳は、予想以上にエメロードに喜びをもたらす形となってしまった。


 今日一日、ルーリィの代わりとして。


 その言い訳が通ってからというもの、この状況をエメロードは、思う様に味わっていた。


 なぜなら、ルーリィの変わりという名目であれば、腕に抱き着いてもいい、恋人繋ぎだって敢行できる。


 今日一日だけは、大手を振るって一徹と恋人になれる・・・・・・・・・


 胸に迫るのは、一徹と一瞬でも共にいれる嬉しさ。ルーリィと、親友リィンを裏切っている背徳感。

 100%内の半々ではない。コインの表裏と同じく。表全面を100%嬉しさが占めるなら、反対に不安と恐れが裏面100%を占めていた。


 だけど、止められなかった。

 一徹に対して、言い訳が効いてしまうことも大きかった。


 いつものエメロード・ファニ・アルファリカであれば、表に出せない感情も、「ルーリィの代役」という言い訳を使うことによって、秘めたる正直な感情をさらけ出すことができるから。


(駄目。駄目。駄目……)


 それができるのは、あくまで「ルーリィの変わり」だから。

 この予行演習デートの状況、普通であれば、「一徹が見ているのはエメロード自分ではなく、自分を通してルーリィを見ているだけ」とも見ることができるかもしれない。

 であれば、エメロードが躊躇ちゅうちょしてもおかしくない場面だ。


(でも……)


 違う。

 エメロードは確信していた。


 一徹は、正直になって女を曝け出すエメロードを意・・・・・・・・・・・・・・・・・・・識している・・・・・


(もし、私が告白をしたとしたら・・・・・・・・・・・……)


 もしかしたら、堕とせる・・・・


(一徹は、受けてくれる?)


 欲望が、頭をもたげ始めていた。


(駄目よ。駄目。どの口でそんなこと言えるの。だって私は彼方あちらの世界で……だから、彼の隣にルーリィ様がいるのに)


 だが、それはすべてを壊してしまう可能性と隣り合わせの選択。

 だから必死に自分に言い聞かせた。


 顔を真っ赤にして、おろおろしながらチラチラとエメロードを見やる、人差し指で頬をポリポリやりながら隣を歩く一徹が可愛くてならない。

 だから、手を繋ぎ、彼の指一本に、己の指を絡ませたエメロードは、どんなに欲望を抑えようとしても、知らずのうちに笑顔が浮かび上がってしまった。


(でも、それは……あくまで彼方の世界でのこと。そのとき私が斬り捨てた一徹は、三十も超えた後の頃・・・・・・・・・)


 その笑顔の裏で……


(じゃあ彼方の世界でなければ? せめてこちらの世界の中だけでも、あのときの私を知らない・・・・・・・・・・・18歳の一徹なら・・・・・・・・、あるいは……)


 ルーリィから奪ってしまいたい。


(……なんて最低な女なの私。恥知らずもいいところじゃない)


 ルーリィから、ルーリィを選らんだ一徹を奪ってはならない。


 葛藤が、せめぎ合っていた。

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