エメロードと。The Death March of Christmas 多忙すぎるクリスマス 12月21日
121話 12月21日 厳慮系お嬢様とのデートシミュレーション!
「遅い」
「んなこと言ったってなぁ」
三縞駅に合流したのは学院放課後になって18時。
ちなみに、本来の合流時間は18時半。
「約束の時間がどうとかではないの。大事なのは、私が待ったと感じたか否かよ」
「んな無茶苦茶な……」
三十分も前に到着したんだ。本来なら褒められこそすれ責められることはないはずなのだが、そこはエメロードといったところか。
まったくもって甘くない。
(ッツ!?)
会うなり説教をもらってしまったから、思わずそらした視線。
とはいえ、いつまでもそのままでいられるはずもないから、様子を窺うようにチラッとエメロードを見やって絶句した。
「10ポイント追加」
「え?」
「今日の私はいつもと違う。そして、貴方はそれに気づいたわね」
「あ、あぁ。化粧……だろう?」
それが絶句の理由だった。
化粧の薄い女子は美人だと聞いたことはある。
化粧をする必要がないほどに元から美しいからだというのは理解できた。
だが、だから化粧を必要としないわけじゃないという結論を思い知らされた気がした。
ただでさえ美人が、バッチリメイクを決めたのなら、それはそれで、元の美貌を数倍にも引き上げていた心地だった。
「そして、20ポイント減点」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
「勿体ないことをしたわね。着眼点は良かったのに、女は、
「ぐはっ!」
(しょっぱなから、マイナス10点かよ……)
つくづく自分は成長しない男だと思う。
女性をほめる。
これについて、夏休みの和装の着付けに対する感想と、ソレについて再びルーリィに聞かれてしまったこと。11月に志津岡駅に赤ちゃん誕生祝い品を買いに行ったとき、《美女メイド》さんに連れてアパレルショップに行ったときのこと。
思い出すだけでも三度ほど諭された経験はあったのに。
(今度はエメロードに言われてしまったぁ……)
「それで? 改めて、どうかしら。買い物に出るなら恥ずかしくないようにと、少しだけ時間をかけてみたのだけど」
「い、良いと思う。ほ、本当だぞ!」
「……語彙力。ま、いいわ。プラス10点」
「あ、あははは……どうも」
ため息をつかれてしまった。
こういう表情を見せられると、思っちゃうよねぇ。
甲斐性ないよなぁ……と。
「おっと?」
合流してさっそく情けなさを覚えて肩を落とす。
そんな俺の様子に、エメロードがクスリと笑ったことで、気付いたことがあった。
(まさか、全部冗談?)
そういえば、会うなりの評価で10点取得。20点減点。10点取得でプラスマイナス0ポイント。
配点に過不足もなく。ぎこちなさもない、あまりに会話と指摘がスムーズだったこともある。
もしかしたら話の流れを予測したうえで、あらかじめ彼女の中で用意した冗談だったのではないかという事が伺えた。
(ま、笑い話ですんじゃいるが、この結果に至ったのは俺が甲斐性がないからこそ成り立っているわけで)
つまりは、彼女の中でも俺は甲斐性なし男という認識であること。
(やっぱ情けねぇ)
「ん。そういえばおかしくね?」
「おかしい? 何がかしら」
そんなことを考えて、ふと質問が浮かんだ。
「買い物っていうなら、時々リィンと出ているだろう? その時はそんな化粧はしていなかったと思うが……うげ……」
なぜだろう。
分からないから質問した俺は間違っていないはずなのに。
失言だったようだ。
指摘されてハッと一瞬目を剥いた彼女は、秒で怒りの面立ち、目を鋭くさせて俺を睨みつけてきた。
シャープな輪郭を形作る顎にどれだけ力があるかはわからないが、歯噛みした口元からは、歯ぎしり音が響いている。
握った拳も、体も、震えていた。
「マイナス100ポイントっ!」
「嘘んっ!」
(なんで急に怒り出したんだ!)
そしてこの昂りよう。この4回目の評価は、きっと彼女があらかじめ用意した冗談に含まれていなかったに違いない……
◇
「それでどうするつもり?」
「どうする……とは?」
「皆まで言わせないでよ。決まっているじゃない。ルーリィ様と、ストレーナス二人についてどう筋を通すのかって聞いているの」
「うぐっ!」
やっぱり、甘くはなかった。
三縞市よりもほんの少し栄えている隣街。
「まずは論外。クリスマスでルーリィ様を最優先にしなかったこと」
「グッ!」
「そして失望よ」
「失望って……」
「自主性を持って女性陣をエスコートしてこなかったこと。結局貴方は押せ押せになって、意思に関わらずストレーナスとの約束を受けてしまった。とても期待していたようだったから。赤ん坊お披露目会が入ったことに意気消沈していた」
「いや、それは……」
「まさか、あのメイドのせいだっていうんじゃないでしょうね」
(うぐ! そう言いたいとこだが、あの一件の裏には俺も絡んでる。アイツを泣かせたのは俺のせいでもあるから。「違う」と言い切ったら人間として駄目な気が……)
「お、俺にどうしろって……」
「簡単よ。ルーリィ様を選べばよかった」
「24日の予定をトリスクトさんにしたところで、結末は変わらないだろう。結局お披露目会が入って……」
「本当に……わかっていないんだから」
悪態というか、本当は俺だって弱音の一つは期待ところだった。
だが、いちいち言葉に俺の胸が反応してしまうのは、それが俺の腹の中で正論だと思っているからなのだろうから、文句は実際に口にできなかった。
「ルーリィ様とストレーナスでは、覚悟が違うのよ?」
「覚悟?」
「貴方に傷つけられても構わないという覚悟」
「……は?」
「好きな人ともにいたい。でも、ときに一緒にいることで互いに傷つくこともある。口では簡単に『痛みを分かち合う』なんて言えるけれど、ルーリィ様のソレは物が違うわ? それは私が保証する」
多分、心配はしてくれている……と思う。
それゆえの説教だろう。
メイクアップしたただでさえ超絶美人が、3倍増しの超超超美人になった癖して、不機嫌そうな表情を向けてくるのは、非常に心を消耗させにかかっているが。
「あ、だからといってソレに甘えて、ルーリィ様を多分に傷つけていいわけじゃないから。悲しませたなら、許さないわよ」
「言われないでも分かってるよ! 俺はどこのクソ亭主だ!」
本当に、コイツは難しい。
不快気に言い放ったものに対して、噛みついた俺に、今度はクスリと小さな笑みを作るんだから。
「ルーリィ様がクリスマスイブの相手なら、仮に予定が立ち消えになっても、強く受け止められた。ストレーナスはイブの相手ではなかっただろうから、予定が立ち消えになることもなかったし、イブの相手になるほどの過剰な期待もしなかったはず」
「へぇへぇ。全部俺がわるぅございますよ!」
「ちゃんと二人の心のケアはしてあげること」
「いいのかよ。お前が応援するのは、ルーリィの方じゃないのか?」
「そうしたいところではあるけど、その前に、女としての失意は理解できるから」
コイツは、何が楽しいのだろうか。
俺を相手取って、言葉マウントをかましていることだろうか。
はたまた、いま言った「女」目線で俺の情けないこれまでに呆れて笑っているのか。
(いや、それはともかくとして……)
「お前さぁ、それを言って、自分で『どの口が言う』とか思わないのかよ?」
「何言ってるの?」
「状況を見て見ろよ! お前はいま、何やってんだよ!」
「え? あ……」
本当にわからん。
説教してる癖に、楽しんでいて。女子をないがしろにした俺の事実に怒りながら……
「なんで、俺の、腕に、抱き着いて来る」
俺に抱き着いていた。
「どうして……私……いつの間に?」
「俺が聞きたいわ!」
そのことを言及されてハッと目も見開いたエメロード。一瞬唖然とした顔をみせたの……だが、それも不敵な表情に転じていた
「嫌かしら?」
「嫌って言うか。もう俺には、お前の考えていることが判らないんだが」
「安心して? 貴方をからかうのが楽しいだけで、好意はないのよ?」
「せめて「からかうのが楽しい」でとどめてくれ! その後の言葉は、泣くぞ!?」
コイツ、開き直りやがった。
寄り掛かって、同じ歩調で前を行く。
バッチリメイクのエメロードなんて、美人キリィッ! 的なもんだから、行き交う人のいぶかしげな眼だって痛かった。
「……こんなこと、
「は?」
身につまされる想いに苛まれているなか、静かにエメロードは口を開く。
「じゃあ……これは?」
「おまっ!」
今度はするりと、巻き付けた腕を俺の腕からほどくと、おもむろに彼女の手は俺の肌をすべる。
ドキッとしたのは仕方ない。
「こ、これって恋人繋……」
「あの
右て指の一本一本が、俺の左手指一本一本に絡まる。キュッと、力がこもった気がした。
「う……」
「どう?」
で、真隣至近距離から俺を見上げた。
上目遣いというか、とても蠱惑的な瞳で、見つめられて、心がざわめく心地。
「……他意はないから、答えて」
「そ、そんな娘じゃない。もっと凛と、騎士みたいに気高いって言うか……」
「近寄りがたいとは思わないけれど、イチャイチャするには物怖じしてしまう?」
「イチャイチャって……」
まさか、いっつも俺に厳しくて大人なコイツから、しかもゴイスーにふつくしー顔から「イチャイチャ」なんて言葉が飛び出したこともまたわからなくて、言葉を飲み込んじまった。
「貴方は、ルーリィ様とどうありたいの?」
「え?」
「二人は婚約者。そんな関係、貴方もあの人もとうにわかってる。最近は、無くした記憶、前の自分がルーリィ様とどうだったか悩むことなく、あくまでいまの山本一徹として関係を構築し直したいと思っているのも見ていてわかる。でもね……」
「お、おい」
「行動が伴わなければ、婚約者の肩書があっても、本当の意味でその関係性にはなりえないのよ?」
エメロードは薄く笑っていた。
「配慮は大切。あの人が眩しいくらいに輝かしいのも私も知ってる。だから貴方は物怖じして、精神的な距離が縮まらない。でも、そのままで次の段階に進めると、本当に思ってる?」
「次の段階?」
「聞きたい?」
「いや、いい。遠慮しておく。」
「貴方とルーリィ様は、周囲から恋人同士として見られている。婚約者としての名目もある。貴方だって、大切に想っていて、でも、その関係性をどうやって維持、進展、発展させていくか、悩んでいるんでしょ?」
目は少しだけ挑戦的で、じっと俺の瞳をとらえ続けてくるから気まずくなって、そらすに至った。
「私なら、貴方にしてあげられるのに……」
「ええっ!?」
急にぼそりと小さく、そんなことを呟く。
それが、俺に思わず声を挙げさせたのだが、改めて彼女を見てみると、いつもの憮然とした高慢お姫様のようなスンとした顔だった。
「何を勘違いしているの? 今日だけの限定よ。でも、驚きに飛びあがってしまったというなら、何かしら貴方の心を穿ったのかしら。どう? いまの、
(……なんだよいまの。一瞬、確かにエメロードは弱弱し気に見えたのに……)
俺の勘違い。
そういう事なのだろうか? 「自分ならしてあげられる」と言葉にしたことも、気になったところはあった。
いまの言葉は、まさかルーリィとエメロードを見比べさせ、評価させるために言った言葉なのだろうか?
(いや、だったらなんで……)
「山本一徹」
「はい!」
考え込んでしまって、それゆえエメロードに改めて名前で呼ばれて心臓の鼓動が跳ね上がった。
しかし、エメロードの表情は、まるでいま、特別なことはなにもなかったように思わせた。
「言ったでしょ? 今日限定よ」
「限定? 何が?」
「今日一日、私が……貴方にとってのルーリィ様の変わりをしてあげる」
「はぁっ?」
また不敵な笑み。セリフは、一層俺を困惑させた。
「バカね。つまりは貴方に……婚約者として、恋人としてふるまう練習をさせてあげようとしているだけ」
「え? え?」
女子の方では背が高い方だが、俺よりは背が低いエメロードが、首をかしげて見上げてくることに、目を奪われてしまう。
「貴方はどんなことをルーリィ様としたい? ルーリィ様にしてあげたくて、ルーリィ様にしてほしい? その関係を確かにしたいなら、ときには貴方から行動し、求めることも必要」
「え、エメロード?」
いまいち飲み込めていない彼女の言葉に狼狽える俺をそのままに、彼女は、指全てを絡めた俺の手を引いて前を行き始めた。
「これから、いつか来るルーリィ様とのデートの予行演習として、私が付き合ってあげる」
「なっ!」
「山本一徹。貴方は私をルーリィ様として、大切に大切に扱いなさい? その代わり私も……」
腕を引いて全身続ける彼女だから、引かれる俺からはその表情は見て取れなかった。
一拍をおいて、言葉は連なる。
「貴方のこと、恋人として
「ッツ!」
「いままでのエメロードは……忘れてくれていい。あの
「エメロ……」
「あぁ、でもキスと抱きしめるのと、セックスは禁止」
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
「当然でしょ? あくまでシミュレーションなのよ。ロールプレイング」
「そ、そうじゃなくて、そういうことをそんなサラリと……」
「あ、あと、本目的も忘れないこと。リィンへのプレゼントも心を込めて選ぶのよ?」
話はどんどん分からなくなって、それでも話は進んでいて。
彼女は少しだけ顔を向けていた。しかし全容は知れなくて、ただ口角が上がっているしか俺には認識できなかった。
「そう……キスやセックスとか、そんなレベルじゃない。ただ抱きしめるのだって、貴方からなら、スイッチが入ってしまう」
なんか言ったぞ? なんか言ってるぞ?
まったく話についていけていないのに、理解しようとして脳汁絞り出すので必死なのに、小さい声で発言するなよ。
思惑だって飲み込めていない俺にとって、聞こえ無い発言ってのは、不安しか煽らないんだよ!
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