118話 五つのオワタ要素っ!
(オワタ。オワタよ!)
『おうっ! 新入り! セメント袋持ってこいや! ダッシュで!』
「う、うぃす」
『声が小さい!』
「うぃぃぃぃっす!」
季節は12月。
澄み切った冷たい空気が、いよいよ肌を刺す季節なれど……
「はぁっ! ひいっ! ふぅっ! へぇっ! ほぉっ!」
たったいま下された命令を力の限りこなし、息も絶え絶えに天を仰ぐ。
自分から立ち上る湯気を目にできるほど、体は熱くなっていた。
滝のように流れる汗も酷い。この寒空の下でなお、支給された作業着の上を引ん剝いて、薄い半袖のシャツ姿になったってのに。
三島市のどこか。とある工事現場。
ここは俺のバイト先で、働いているのには理由がある。
んでもって少なくとも、俺には、最低四つ以上のオワタ要素があった(ORZ)。
◇
「フフゥン一徹♪」
「あ、あの……ですね。トモカさん」
感情こもらない、白々しい笑顔を浮かべる時のトモカさんは、俺にとって絶対強者である。
「正座」
「こ、これには海よりもはるか高く、山もよりもなお、深い理由があると申しますか……」
この表情を最後に向けられたのはいつだったか。
「正座♪」
「不可抗力という奴で。まともに頭の働かないうちの奇襲だったわけで」
「せ~いざっ?」
「も、物言いがあると言いますか。いやいや、それは別にトモカさんに対しての物では決してないんですけど」
(あ、そうだ。たしか神奈川県の鶴聞市に逃げ出した後、シャリエールに連れられて下宿に戻ってきたあの時。トモカさんは帰ってきた俺を出迎えてくれて……)
そしてそのとき、いまのような表情を浮かべたトモカさんに……
「……いいから、正座」
「はい、スンマセン」
開口一番……じゃあなくて、まず心配ゆえの想いっきりビンタをもらった。
「ねぇ、一徹。クリスマスが女の子にとってどんな日か、わかってるよねぇ?」
「えっと、あの、今回ばかりはその……貰い事故だと思う……のですよ」
そのことを思い出してしまうと、とてもじゃないが、トモカさんの方を見れない。
問われ、返した俺は、しかしシレっと目線だけはそらした。
「ふぅん。いま、なんて言った? もう一度、私の目を見て、ハッキリ言ってもらえないかなぁ」
「いえ、何でもありません。全面的に360度。完璧に120%。俺の不徳の致したことです」
が、トモカさんは俺を逃がしてはくれなかった。
「自分を見ろ」という言葉に、たまらず俺も、謝罪の言葉が出てしまった。
「はぁ。あまり私に怖い顔させないで? こういうの、赤ちゃんに伝わるみたいなんだから」
自分自身を客観的に見たら、とんでもない絵面に違いない。
生まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱いて、ゆさゆさとあやす、不機嫌そうなトモカさんの前で正座して、ガックシ
「で、状況は?」
なんだろう。「状況」という言葉を使うのは間違っていない。
ただ、魔装士官としてその単語は有事。つまり緊急事態や作戦展開中期間を指し示しているから、どうにもこう思ってしまう。
クリスマスとは、
「じゅ、12月24日は、ナルナイと過ごすことになりました」
「それで?」
「12月25日は、シャリエールに約束を取り付けられてしまって……」
「その他」
「12月23日はアルシオーネと、ナルナイのクリスマスプレゼントを買いに街に出る約束を……」
「さらに?」
「前日12月22日は、リィンと二人でトリスクトさんのクリスマスプレゼントを買いに行く約束を……」
「まだ、あるよねぇ……」
(トモカさん、ど・ん・ど・ん・声が険しくなって来とるぅぅぅ!)
「12月21日……エメロードと、リィンのクリスマスプレゼントを用意する名目で街に……」
「……へぇ?」
「に、26日は、ナルナイとアルシオーネ三人で街に出て、ナルナイと二人でアルシオーネの欲しいものをその場でプレゼントするっていう……」
ねぇ、腕の中の赤ちゃんがキャッキャ笑ってる。
さながら、携帯端末バイブ機能がオンしているように、トモカさんの腕が振るえてるのが、赤ちゃんにとって気持ちいいのだろう。が……
「ねぇ……一徹?」
俺は、気付いている。
「バカなの?」
「ガハッ!」
「スケコマシ?」
「ギッ!」
「それとも甲斐性なし?」
「クフゥッ!」
「あぁ、全部か」
「あ、あ……あ……」
(や、やめてぇ。俺の精神耐久性はもうゼロなんだからね)
腕の振動。トモカさんの冷めやらぬ怒りの行き場がないことから打ち震えているだけなのだと。
「どうしてそのスケジュールに、ルーリィがいないっ」
「え? い、いや、リィンとの外出で……」
「ルーリィのプレゼントを用意するから大丈夫……なぁんて、本気で言ってるわけじゃないでしょうねぇ?」
「ヒィッ!」
これが漫画だとしたら、まるで後ろにゴゴゴッ! と空気揺れる擬音譜でも乗ってそうな雰囲気。
そんなトモカさんに、俺が、どう口答えできようか。
「分からないじゃすまされないけど、念のために言っておく。アンタ、女の子に愛想尽かされるようなことしている自覚は、あるよね」
「う、ぐ……」
「俺は……ラノベ主人公のように鈍感キャラじゃないんだからね」……なぁんて言っていた時期がございました。
えっと、ですね……
ただ……ですね……
鈍感キャラと、ヘタレキャラは、当然ながらまったく別だったというかぁ。
トモカさんの怖い目を前にして、「蛇に睨まれた蛙」宜しく、身動きができない。
一応ね、俺だってもしかしたらそんなことしているんじゃなかろうか? いや、絶対にそんなことをしている。なんてわかってた。
「だ、だからちゃんと、埋め合わせは考えていたんです」
「埋め合わせ? 殊勝な考えじゃない。それじゃお姉さんに言ってみなさい? アンタの言う埋め合わせって……」
「しょ、正月の
「却下」
「え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!」
トモカさんに怒られるまでもない。
俺の方で、ルーリィに対して何かしたいとは考えていた。
(い、
「女の子にとってのクリスマス、舐めるんじゃねーわよ。クリスマスの借りはクリスマス熱が冷めやらぬ前に、可及的速やかに返しなさい」
「あ、あははは……」
「笑い事じゃない。何を、前年やり残したことのケリを翌年に回そうとしてるのよ。年末に忘年会やったとして、その心残りは忘れられないってものよ。気持ちよく新年だって迎えられないでしょうが」
「お、仰る通りで……」
提案してみる。速攻で潰された。しかも完全論破。
「まったく、ルーリィもルーリィでなんとも思わないわけ? 何か言われなかった?」
「え? いや、なんとも。というより……」
「というより?」
トモカさんに聞き返されたけど、答えることができなかった。
クリスマスについて、実のところまだルーリィには切り出せていなかった。
いや、いやいやいや、ヘタレとか言ってくれるな(その通りだけど)。
だって仕方ないじゃない。
クリスマスというものをルーリィ自身よくわかっていないようだった。西洋系にルーツを置いてるような顔して、それが事実。
じゃあ、どうするんだ?
12月24日はナルナイと。12月25日はシャリエールと。
すでに約束が固まっている状態で?
それはもう、「クリスマスという日本じゃ、男子と女子の間で特別な日があるんだぁ。俺はもう、ナルナイとシャリエールと予定が埋まっているんだけど」と言っているに等しい。
(それはまずい。主に俺の血を見ることになる。明らかに喧嘩を売っているし。一体どうするよ俺! 背に腹は代えられない。ならいっその事、ナルナイには涙を呑んでもらって……)
そんなことを考えてみる。ふと、本当に楽しみにしてくれていたナルナイの笑顔が思い浮かんだ。
だから、ブンブンと、思いっきり首を横に振った。
(駄目だぁ! OKしたのは俺だ! すっごい喜んでたんだぞ! 今更そんなこと言えるか! 最悪泣かせることになる。って言うか、俺が泣くことになる。アルシオーネ全キレという意味で)
「……あぁ、なるほどぉ? ルーリィからは、何も言われていないんだぁ」
と、そんなとき、ねちっこい口調が耳に入った。
「そっか。そういうこと?」
「と、トモカさん?」
「ルーリィから、クリスマスについて何も言われてない。まぁ、そうかもしれないわね」
気になってしまって顔を向けたところ、俺が目にしたのは、目をツイっと細くし、ニィッとあざける様に口角上げた悪意のこもった笑顔だった。
「あ、あの、一体何を……」
「もしかしたら、すでにルーリィも、誰かとクリスマスを過ごす予定が入っちゃったのかも」
「なぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「あら、おかしいことじゃないでしょ?
「な……なんです……って……」
「別に、狼狽するには及ばないじゃない。アンタと同じ。アンタがナルナイとシャリエールと過ごすように、ルーリィにも誰か別のいい
聞いた瞬間。胸がぎゅうっと締め付けられる思いだった。
「アンタからは積極的に行動できないだろうし。ポケーッとしている間に取られちゃったのか。相手は誰かしら。すっごいイケメンかも」
「あ、あああ、あああああ……」
怒りはない。むしろ湧きあがるのは恐れ。
そりゃそうだ。もし仮にそうだったとして、俺は憤慨する立場にない。
結局クリスマスには誘えずじまい。それどころか、ルーリィ以外の女子と予定を入れてしまったのは事実。
「
やばい。本格的にトモカさんの方が見られない。
胸の中でキャッキャと笑っている可愛い赤ん坊とは打って変わって、いつもは可愛らしくて綺麗なトモカさんの笑顔は、いまや般若が笑っているかのように恐ろしく思えた。
「それが相手からはどう思われるのかしら? さっき『愛想尽かされるかもしれない』って言ったけど、もしかしたらルーリィが、アンタにクリスマスについて聞いてこないのは、本格的に愛想をつかしたんじゃ……」
「ぎゃぁぁぁぁぁああああああ! やぁぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇぇぇぇ! うわぁぁぁぁぁん!」
とうとう、説教に耐え切れず……
「あぁ、ちょっと待ちなさい一徹! 男の子が、大声上げて泣きださない!」
山本一徹。18歳。
体もデッカイ健康超優良児は、恥も外聞もなく、大泣きしたままその場から逃げ出しちゃったってさ! チャンチャン♪
「い、イジメすぎた。ナルナイには悪いけど、
逃げ出す俺の背中の方から、何かトモカさんの声が聞こえた気がした。
俺が大声を上げたことで、赤ちゃんが驚いて泣き始めちゃったから聞きずらい。でも、耳は済ませないことにした。きっとトモカさんの発言は、俺の心を深くえぐるはずだから。
耳すら塞いで、その場を後にした。
☆
そんなこんなで、俺はいま工事現場でバイトしてる。
オワタ理由の二つがこれらだった。
誰とクリスマスを過ごすか。誰を優先すべきか。
選択できなかったことで、クリスマス前後、スケジュールは体力的にも精神的にも殺人的になってしまったこと。
その結果、割かし真剣にルーリィに愛想を尽かされてしまった可能性があるっぽいこと。
(ルーリィが、何処かの野郎とクリスマスを過ごすのか! クリスマスって言ったら聖夜で、
「ハッ! まさかルーリィが、他の野郎と
『るせぇぞこらっ!』
「アイテっ!」
入り込んでしまった自分の世界。
それを拳骨で連れ戻したのは、いまバイトしている工事現場責任者の親方だった。
オワタの理由の三つ目はここにある。
アルバイトをしている。それはお金を稼ぐためで、そしてそれは……
(小隊員、トモカさん全員分のクリスマスプレゼントを用意するためとはいえ。授業や訓練で体を酷使して……か・ら・の・バイト掛け持ちは地獄すぎるぅぅぅ!)
それもヘタレゆえの、全員とクリスマス期間を共にすることになってしまった弊害に違いない。
プレゼント購入費用を稼がなければならない事。
全員と何かしらで付き合うことになってしまったから、プレゼントの用意を一つでも欠かすわけには行かなかった。
(うぅ……文化祭時の9億円が手に入ってさえいたらこんなことには。トホホ……)
なぁ? そう思うだろう? オワタ……だろ?
『あぁん? また
(んでもってこれだよ……)
オワタ四つ目。
バイトの親方である。
『人の
いい人なんだ。
本当はこのオッサン、とってもいい人なんだよ。
働き始めてから二、三回もしないで、「魔装士官の高校生っていやぁ食い盛りだろ。ほらもっと食えもっと」なんて、休憩中出された弁当を食っている最中に、自分の唐揚げや卵焼きとか、良い笑顔でくれるような人でさ。
仕事終わりに、缶コーヒーなんて奢ってくれたりよ。
バイトが遅くなった時なんざ、夜道は危険だからってトラック乗せてくれて下宿まで送ってくれたり……
『テメェにゃあれだ! 俺たちといるのがお似合いってもんだ! 世間のリア充を毒づきながら、クリスマスは仕事終わり一杯やろうじゃねぇ! 作業員集め宴会開くんだ!』
「え、ええと、親方……」
『心配はいらねぇ! ご馳走だって任せろや! 寿司にチキンに、なんだって用意してやらぁな! 酒飲んで楽しもうぜぇ! まだ未成年だって、飲めねぇってこたぁねぇだろ!』
(いい人なんだが。この人に巻き込まれたら、ルーリィどころじゃねぇ、ナルナイやシャリエールに対しても不義理しちまう)
「いや、飲めないというか、飲んじゃだめですよ!? 法律的に!」
『
(だ、駄目だ。人の話聞いちゃくれねぇ)
「お、お腹が……」
『ガーハハハハハ‼』
「お腹が、痛い」
いい人なんだが、悪い方でも俺様過ぎて、
『……あぁ、さすがにそれは困りますわぁ♡』
「え?」
『あん、お! 滅法な
振り向いた俺と親方。
特に俺は、この場にはあまりに場違いな格好した、見知った人の姿が目に入って、唖然としてしまった。
『少しだけお時間を頂きたいと思っていたのですが、まずはコチラの現場監督様とお話をしなくてはならないようですわね♡』
「び、《美女メイド》さん?」
『うふふ♡ 御機嫌よう山本様♡?』
佇んでいたのは《美女メイド》さん。
彼女は、とてもいい笑顔を見せていて、一目見て、俺は胸の内がざわつくのを感じ取った。
すがすがしい笑顔を見せる彼女には、どうにも悪い予感しか生まれないから。
もしかして、オワタ5つ目発生なんて言うんじゃないだろうな。
勘弁してくれぇ~(泣)
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クリスマス章、始まりました。
また、ラブコメに戻れたらいいな。
いつもありがとうございます。
年末で、プライベートで日々死んでます。
ストックはありますので、体裁整い次第、なるはやで更新します(汗)
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