119話 一難去らずにまた一難。またもや生まれた悩みの種は

『さ、ささぁ。どうぞむさ苦しいところですが、ゆっくり寛いでいってください!』

『申し訳ありません♡ 何かお気を使わせてしまって♡』

『い、いや、とんでもありません!』


 どうも、山本一徹です。

 えっと……ですね……

 あのぅ……さっそくで悪いんですが……


 オワタ要素四つ目の親方という障害は、あっけなくなくなってしまいました。


『も、もうっ! 人が悪いんだから山本君もっ。ま、まさか石楠グループのご令嬢のご学友だなんて聞いていないぞっ! このイケズッ!」


 なぁ、知っているか?

 工事現場で、汗して働く筋骨隆々の作業員を束ねる親方だったんだぜ? いま俺に、ブリッブリとした口調で体クネらせ恥ずかし気に笑うソレ・・

 で、「人が悪いぞっ。この、このっ♡」なんて。人差し指で俺の頬っぺたつついてくる。


『では、12月24日、25日は♡?』

『もちろん一徹君の希望日までが、バイト最終日です。なんならお給料に色も付けちゃいますっ♪』


(ひ、ひでぇ。なんつー光景だよコレ)


 あまりの衝撃。思わず白目をむきそうになった。


 話というのは、至極単純。

 

 俺に用のあった《美女メイド》さんは、要件を伝えてくる前に親方を相手取った。話の中に、一切の反撃要素すら与えなかった。


(っていうか、自己紹介一発目からなんて言葉を放りやがるんだこの人は)


 ぶっちゃけ、親方に対し、「ゼネコン最大手、石楠グループ会長付きの秘書兼メイドをしております」なんて。のっけの自己紹介からトドメみたいなもんだった。

 工事作業を生業とする人間にとって、石楠グループの看板がどれだけデカいか。

 

 親方の会社は、石楠グループ傘下じゃない。が、関連会社からの仕事を回されることもあるだろう。

 飯のタネ。お客さん。そういう観点から見たら、超VIPといっていい看板を持ち出されたら、下手したてに出るしかない。


『では、アルバイトの話が解決したところで、本題に入りましょうかぁ♡』


(あ、そういえば。親方の変わりぶりに気を取られすぎて、なんでここに来たか考えもしてなかった。なんというか嫌な予感しかしないな。この人がらみの話だし)


『では、お入りいただきましょう♡ どうぞ♡』

「は? 『お入りいただく』って。何言って……」


 で、話はよーけわからない方向へと進んでいった。

 気になって傾げた首……


「はぁっ?」


 さらに角度深くなってしまった。


『ご、ゴメンなさい。アルバイトが忙しいのに。私は、学院でもいいと言ったのだけど……』

『でも来てみてよかったではありませんか♡ 親方様との話もつけられ、その上本題にも入れる。効率的ですわお嬢様♡』


 工事現場の作業員拠点として置かれたプレハブに、ブラウンカラーのツインテールなびかせ入ってきたのは、これまた工事現場には不釣り合いな可憐な少女。もとい……


『《ヒロイン》? なんだってお前が?』


 登場したのは《ヒロイン》こと、石楠灯里。

 言葉通り、俺のバイトを邪魔していることに申し訳なさがあるのか、少し気まずそうな顔をしていた。


(なんだ? 本題ってどういう事なんだ。なんで《ヒロイン》が出てきた。わからないことだらけなんだが……)


 どういうこと説明してもらわなければならない。一歩、彼女たちに対して踏み込もうとして……


『お、お嬢様……だと?』

「お、親方? どうしたんすか? んな、驚いた顔して……」

『おい、山本。い、いまそこな美人メイドさんは、お嬢様と言ったのか・・・・・・・・・?』

「え? あ、ハイ。お嬢様ですが。な、なんでしょうか……」

『なんだっつったってぇっ!』


 だが突然、親方の焦りが一層激しくなってしまったことが、俺に二の足を踏ませた。


『ハハァ!』

「って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 というか親方。もはや焦りの限界を突破してしまった。

 正座して、額を床にこすりつけ、《ヒロイン》の存在に恐れをなして平伏してしまったのだ。


(あ、そりゃそうか。石楠グループの看板見せつけられ、すぐに会長の娘が現れたとなれば……)


 まるで印籠を叩きつけられて水戸黄門に控えまくる、悪代官の心地なのかもしれない。

 とはいえ、それは……


「な、なぁ《ヒロイン》。場所を変えてもいいか?」

『そ、そうね。実家の名前で誰かが頭を下げる。私もいい気はしないし』


 癖は強すぎるが、いい人だと思っている親方の下で働いている俺にとって、いまの状況には非常に申し訳なさが募った。

 だから彼女がそう答えてくれたのはホッと一安心だ。


(《ヒロイン》がちゃんと《ヒロイン》してくれて助かった。普通大企業のご令嬢となれば、権威を傘に着て高飛車なんじゃとも思ったが……ちゃんと人情というのをわかってんだな)


 あくまで常識人として振る舞え、親方に対しても配慮を見せられる石楠灯里。


(当然か。あの《主人公》あってのこの《ヒロイン》なんだ)


 改めて彼女は俺が《ヒロイン》とあだ名をつけるにふさわしい女の子だと再確認した。

 

「《美女メイド》さんも構いません?」

『お二人に従いますわ♡』


 いつまでも親方に土下座させるわけにもいかない。

 迅速に、《ヒロイン》と俺の二人で、《美女メイド》さんの手を引いてプレハブから出ようとした。


 そのとき、親方から「行ってらっしゃいませっ!」という大きな挨拶を投げかけられたのが、非常に非常に申し訳なかった。



「な、な、ななな……なぁぁぁんですとぉぉぉぉぉぉっ!」


 絶叫を禁じ得ない。


 そりゃ、わざわざバイト先まで、しかも《美女メイド》さん連れて出向いてきたくらいだ。とんでもない話だとは予測してた。だがそれがまさか……


「じゅ、12月24日を……トモカさんの赤ちゃんお披露目会にしてくれないか……だと?」

『お願い! 協力して頂戴!』

『山本様♡ 私からもこの通り♡ お願いいたしますわ♡』


 こんな突拍子もないことを突き付けてくるとは。


 しかも向こうは至極真剣。

 あの、下手なこと口にすれば、秒で俺を四分の三殺しする《ヒロイン》が、恥ずかし気。顔も真っ赤に、深々と頭を下げてくる。

 《美女メイド》さんなんて、メイド服のスカートを両手指で摘まみ上げながらひざまづき、降頭を見せた。


(ちょっと待て。ただでさえクリスマス週は、予定詰まりまくって死の行軍デスマーチなんだ。そこになんてデカいのぶち込もうとしやがるよ!)


 あわや喉元より先に、思ったことが出てきてしまいそうになった。


 それだけじゃない。

 間違いなく、ナルナイが、傷つく。


「なぁ。先月、確かにお披露目会を12月ごろに予定してるって言ったが。赤ちゃんは逃げないんだ。慌てスケジュールを組むこともないだろ? 来年一月とか……」

『今年しか、もうチャンスはないの!』

「……チャンス?」

『ハッ!』


 ここまで真剣に頼んでもらってなお、申し訳ないが断ろうとした。

 が、興奮気味に彼女が声を張り上げたこと、「チャンス」という言葉に、疑問が浮かんだ。

 さらに《ヒロイン》が、失言してしまったかのように口元を手で押さえているのが気になった。


(つーか、俺も24日にナルナイと約束しちまったが。そういう意味じゃ、《ヒロイン》だって。だってクリスマス……)


「あ……そういう事?」


 完全に思惑に気付いたわけじゃない。が、《ヒロイン》がここまで必死になるのは一つしか思い当たらない。

 一人の男子クラスメートの顔が思い浮かんじまって、ボサボサと頭をかくしかできなかった。


「なぁ、《ヒロイン》と《主人公》は、同じ部屋に同居してる。深い言い方をすれば同棲。その日はクリスマスイブ。お前が、アイツ以外と過ごすっての、正直俺には考え難いんだが?」

『う……』

「試しに言ってみ? 去年までの二年間。あったはずの二度のクリスマス。お前たちは、どう過ごした……うぐっ!」


(や、藪蛇やぶへびだったかもしんない……)


 そうして、聞いてみる。彼女の表情は豹変した。

 歯を食いしばり、握った拳なんてブルブル震えていた。

 フーッ! フーッ! なんて発情期の雌猫みたいに息を荒げ、涙目で俺を睨みつけていた。


(イカン。殴りかかりたいのを何とか抑え込んでいると見受けられ。あんま刺激しない方がいいな。変に爆発なんざしたら、俺が終ることになる。うん)


『お、お鍋っ!』

「あん?」

『一年生のとき、クリスマスは鳥鍋だったの! 水から昆布出汁取って、根菜入れてっ! もも肉のぶつ切りを煮たのを、おろしポン酢で食べて、う……ヒック……』


(げぇぇぇぇぇぇっ!)

 

『に、にね、二年生のときはぁ……』


 と、とんでもないことが起きちまった。


『出前の、お蕎麦だったのぉっ! うぐっ……ヒグッ……エグゥッ……ヒッ……』


(ひ、《ヒロイン》が……泣いちゃったぁ!)


『正しくは、一年生のときもクリスマスではなかったと申しましょうか。鉄様にとって、12月24日は他の日と変わらず。いつもの通り夕食を用意し、それが鶏鍋だったのです』

「に、二年目は?」

『お嬢様が、せめて料理からでもクリスマスであることを気付いてほしいと、鶏の丸焼きを作ろうとしたのですが、失敗してしまって……』

「それで、出前蕎麦になったと」


 嗚咽を上げ始め、もはやまともな会話にならないから、《美女メイドさん》が補足してくれた。それがまたよくなかった。


『お蕎麦屋のおじさん、部屋に来るなり、受け手の私と部屋の奥の鉄を見比べて、申し訳なさそうな顔してた。うわぁぁぁん!』

「わぁぁぁぁぁぁぁ! ゴメン! もういいから! 別に俺だって、傷抉きずえぐりたいわけじゃないんだから!」


 ボロボロに涙流して大声上げて泣いている《ヒロイン》に、俺もどうしていいかわからない。


(俺が泣かしたみたいになってるんだがっ! オイコラ《主人公》! お前のせいでまた、よくわかんねぇ精神的ダメージを俺が・・喰らってるんですけど!)


『……山本様♡』

「ひゃい!」


 はっちゃけてしまった《ヒロイン》のインパクトが凄すぎて、不意にかけられた声に対する反応は、上ずった。


『これが魔装士官学院なのです♡』

「は?」

『関東一大一派を占める蓮静院家。中級の鬼柳家。そして刀坂家は修験道の家柄♡ 他にも、牛馬頭様のお家も、古くからこの国に跋扈していた妖魔の大一族の末裔♡ そういう事もあり、西洋系にルーツのある催しに、馴染が無いのです♡』

「クリスマスを知らないんですか? 知っていながら、祝わないんですか?」

『知っていながら祝わないできたので、特別な日という認識が無いのです♡ それに異能の力は、崇め奉る対象の加護を得て初めて……というところもありますから♡」

「だから、それ以外の崇拝対象のイベントごとは……って、だったら《ヒロイン》だって……」

『女の子だもの!』

「ハイッ! スミマセンッ! そうだね! たしかぁに!」


 理由にならない理由なはずなのに。

 《ヒロイン》の一喝で、完膚なきまで押し込まれてしまった俺は、頷くしかなかった。


『実際は、他の崇拝対象を祝ったところで、別にその者の加護が断ち切られるわけではありませんが♡ そういうことで、魔装士官学院のほとんどは、クリスマスと離れた世界で生きています♡』

「昔から続く純和風ゆえの。そういうことか。祝うことを必要としない。それが、当たり前になっちゃったから……」

『特に男子生徒ならほとんどですわね♡』


 だから《ヒロイン》はここにいる。

 

 入学初年度。二人はクリスマスイブを同じ屋根の下で共に過ごした。だが《主人公》にとって、特別な日だと理解していなかった。

 そんな彼の振る舞いに、二人だけの特別な日にしたい・・・・・・・・・・・・・と思っていた《ヒロイン》は当てが外れ、やきもきしたに違いない。


(だから、2年目に頑張ろうとして……そういや、夏の強化合宿のとき、料理が壊滅的だって話を聞いたような)


 ちょっと想像してみた。

 

 一年目と同じてつを踏まないよう、《ヒロイン》は意気込んだのだ。

 チキン料理を作ろうとして、もしかしたら、ケーキなんてのも作ろうとしたかもしれない。


 すべては、二人の、甘い甘いクリスマスイブの為。


 しかし料理はことごとく失敗。そのときの《ヒロイン》は一体どんな心境だったのか。

 自分の手際の悪さと食材が駄目になっていく経過をその目に焼き付けると同時に、彼女の中にあった、理想の《主人公》との幸せクリスマスイメージが崩壊していく。


 ……結果、彼女は失意のまま出前の蕎麦をすすることになった。


(さ、流石にそれは不憫になってきた。だがなぁ……)


「う~ん……」


 哀れだとは思う。可哀そうだ。

 だけど、食指が動くまでには至らない。


 当たり前や。

 二度あったチャンスを不意にしたのは、「今日はクリスマスなのよ!」みたいに強気で行かず、無駄にした《ヒロイン》の不徳。


 三度目、三年目の正直。

 《主人公》がクリスマスイブを特別な日として捉えてなくても、もはや《ヒロイン》は別に構わない。

 しかしながら、せっかくならこの日を、《主人公》と《ヒロイン》で共有できる何か特別な日にしてしまいたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それがトモカさんの赤ちゃんお披露目式。俺に、24日の予定を開け放てという理由。


 だがこちとら反対に、ナルナイが、俺とクリスマスイブを過ごすことを楽しみにしてくれているのは感じてた。


(アイツを泣かすことになる。あの楽しんでる感。泣く。アレは泣く。絶対に泣く……)


『……すでに、24日に入った予定は動かせない♡』

「は?」

『心配な点は、そこのところでございましょう♡』


 相変わらずとでも言えばいいか。

 神がかり的な鋭さを《美女メイドさん》が見せた。


「そればかりは、どんな手使ったところで、約束の相手が傷つかないことは絶対にありえない」


 24日の相手がナルナイであることまでは言わない。

 流石に「夜道に気を付けろ」なんてことはないだろうが。


『これで私も女ですから♡ 案を押し通したとき、傷つけてしまうのは承知しております♡ ですが……コトはお嬢様と鉄様についてですので♡』


(これだよ)


 特に今回は、《美女メイド》さんにとって何より優先される《ヒロイン》案件。目的の為、何をしでかすかわからない恐れがあった。


『まず……大前提として24日の山本様のお相手様を傷つけてしまうのは予定調和です』

「決定事項ですか」


(泣かせることは、もう確定ってことかよ。それを予定調和という一言で斬り捨てるのか)


 頭を手で押さえ呻きそうになった。

 この人が現れた時点で、それがアルシオーネだろうがエメロードだろうが、24日に俺と約束をした奴は、《美女メイド》さんの策によって、スケジュールブレイクされるのは確定事項なんだろう。


『ですが、山本様はご安心ください♡ トモカ様の娘様お披露目会で、24日のお約束を潰してしまう事によるお相手様の怒りは、全てこの私が受け止めましょう♡ 山本様に、ご迷惑はおかけしませんわ♡」


(アカン。勢いに乗ってしまった。これはもう、止められんぞ)


 多分、もう止まらない。止められない。


 俺は、24日のスケジュールが立ち消えになった原因を全て《美女メイド》さんのせいにすればいい。彼女はそう言っているのだろう。


(だが、そんな簡単なものじゃないだろうよ。《美女メイド》さんくらい優秀なら、わかっているだろうに)


「山本様♡」

「え?」

「この私、そのあたりも抜かりは作りませんわ♡」


 何か言いたげな俺の顔に対して、彼女が見せるのは不敵な笑みだ。

 なんてこった。この女性ヒト、そういうところまでシッカリ先読みしてやがるのかよ。


『すべてを私のせいにしてしまえばいい♡ さすれば、残念な想いはあるでしょうが、山本様に対する感情がマイナスになることはないでしょう♡ ですから、アフターフォローについても、しっかり対応させていただきます♡』

「あ、アフターフォロー?」

『えぇ。大事なのは、お相手様の心を満たしてあげることですもの♡ 本来お二人で過ごすはずだったクリスマスイブ以上に、お相手様の中に充足感の安心感をもたらして差し上げればよろしいかと♡』

「あの、言っている意味がわからないんですけど」

『さすれば、山本様にも、後ろめたさは残らない」


(24日でナルナイに感じてもらう以上の喜びを、別で感じてもらうことをアフターフォローとするってことなのか?)


『あくまで、相手の心を満たすだけよ・・・・・・・・・・・? 山本にとっての特別な日にしちゃだめ・・・・・・・・・・・・・・・・・。それによって、あの娘以外に山本にとって特別な相手が・・・・・・・・・・・・・・・・・・できてはまずいんだから・・・・・・・・・・・。』

『えぇ、わかっていますわお嬢様♡』

「は?」

『フフフ。こちらの話です♡』


 なんやよくわからないが。「全部任せろ」と《美女メイド》さんは言ってのけた。

 

『と、言うわけで山本様。なにとぞ一つ、ご協力のほどを♡』


 途中で、《ヒロイン》が鋭い目つきでツッコんだことは気になったが、俺を訪ねてきた二人が、ここにきてまた深々と俺に頭を下げてくるから。


「うっぐ……」


 もはや、諦め。

 首をすくめ、肩を落としてため息をつくしかなかった。


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