第三部エピローグ

第102話 クラスの輪。クーデレと、おてて繋いで踏み込んでっ!

『あ、来ましたね山本さん……って』

『ん、またフランベルジュ教官とだ。最低だよねー。ルーリィを待たせておいてイチャイチャとか』


 《ショタ》に受けいれて貰えた。

 だからシャリエールにしがみつかれながら《ショタ》の後に続いた俺は、闘技場で集まっていると聞いていた三組の皆が、俺のことを受け入れてくれると思った。


(ウゲッ! 女子ども。いったいなんつー顔して……)


 男子たちは、苦笑いを浮かべていた。女子は全員、絶賛不機嫌ですん。


『あ、貴方ねぇ、まだルーリィに対して謝罪だって済んでいないんでしょう? それがフランベルジュ教官連れとか、良い度胸してるじゃない!』


 その中でも一人だけ、とてつもなく殺気をギラギラさせていた。

 アカン。九死に一生じゃなかった。九死に一生からの十死かもしんない。


「いいよ灯里。私は大丈夫。ありがとう」


 そしてその中に、というか女子たちに囲まれていたのが、トリスクトさんだった。


 トモカさんと何か話をしていたようだが、俺たちがフォークダンスを踊っている間に、クラス皆と合流したらしい。

 トリスクトさんはそう言って、女子たちの囲いから、ゆっくりと俺の方に歩いてきた。


「……はぁ、結婚式。娘の旅立ちを後押しするためにバージンロードを歩く父親とは、きっとこんな気持ちなのでしょうか? でも……今日だけですから」

「分かってる」

『『『「え?」』』』


 意外なことが起きた。それが俺やクラス女子三羽烏同時に声を上げさせた。


 歩み寄ったトリスクトさんは、余裕の笑みを見せて俺に向かって腕を差し出した。

 シャリエールは、そう言ってクスリと笑ったかと思うと、しがみついていた腕から離れて・・・・・・・・・・・・・・一歩後ろに下がる・・・・・・・・俺の背中を押した・・・・・・・・


「っとと」


 一瞬前につんのめりそうになってしまったから、転ばぬよう支えとしてしがみついた。白磁のように滑らかな、ほっそりとしたトリスクトさんの腕。


「捕まえた」


 噛み締めるように口にした言葉。それは俺の心臓をあまがみにでもするかのよう。

 指を俺の顎に添えて、クイッと顔を上げさせる。


「うん。君の顔が見たかった」


 その動きと、言葉が、キュンと胸を苦しくさせた。


(図体ばかりデカい野郎がキュンキュンとか。乙女か俺は! そしてトリスクトさん、イケメンか!)


 掴み合っていた腕は、やがて手を繋ぐに至る。

 そのまま隣に立った彼女に手を引かれるまま、クラス全員に対して向き合う形となった。


「待たせたね皆。コレで・・・三年三組全員が出そろった」


 笑うトリスクトさんの声は明るい。皆は眉をひそめていた。


「山本、トリスクト。これで元通りか・・・・・・・? 俺たち三組も。そしてお前たちも・・・・・

「さて、むしろ皆も感じているんじゃないかな? 元通り以上なのだと・・・・・・・・・


 前に出てきたのは、刀坂。トリスクトさんの答えに、やれやれと笑って首を振っていた。


『元通り以上ですか。フフ、そうかもしれません』

『これが終わったら。皆で集合写真を撮ろうよっ!』

『あぁ。それを思うと失敗だったな。俺たちが闘技場に集っている間に、片づけは山本が済ませてしまった』

『確かにもったいなかったな。物産展前で僕も写真を撮りたかったものだが』

『ん。元通りになるか心配だった。山本をからかえない。つまらない』

『やれやれ。収まるところに収まったか。フン、苦労を掛けさせてくれる』


 眉をひそめる。それは……笑顔を見せながらだ。


 事件を文化祭最後のイベントとして押し通し、避難員に終幕の挨拶したときにはすでにそんな気もしていたが、今度こそ確信できた。


 俺たちは、また一つの3組として戻ることができたのだと。


『雨降って地固まるね。それじゃ、これで心置きなく発表が迎えられるわね鉄』

『あぁ、灯里』


 (お?)


 元通り以上という言葉。悪くない。

 それに、あまりに自然に手を繋ぐ《主人公》と《ヒロイン》にもそれは言えそうで、なんだかホッコリした。


「皆、聞いてくれ」


 静かに、しかし確かなる喜びが胸に充足する感覚。

 《主人公》の呼びかけも、いまの俺なら快く受け止めることができた。


『最高の文化祭だった』


 一言が、胸にしみた。


『楽しいばかりじゃない。いや、もしかしたら楽しいと思えたことの方が少ないかもしれない』

『フフ。誰かさん・・・・が無茶な目標を立てて、無理やり振り回してくれて……』

『俺たちの絆を試すような厳しい試練が与えられた。正直なところ、あのとき閣下に言われたことは、無意識中に、俺たちが見ないようにしていたことを突き付けられたんじゃないかって』

『そう思っちゃったら僕たち、何も言えなくなっちゃったんだよね』

『だけどそれを……』


 《主人公》が胸に手を当て目を閉じた。何か気持ちを貯めていた。


『俺たちは乗り越えられた。山本が、俺たちにチャンスを与えてくれた』

「えっと……」

『確かにお前の戦闘能力は、俺たち含め、他の訓練生に届かないのかもしれない。それでも、いや、だからこそお前は、お前なりの戦いを貫いて見せた』

「……それが、お前たちの命を危険にさらすことになったんだけど?」

『違う。『信じてくれた』と、俺たちはそう思っている』

「何……を……」

『山本は自分の策のリスクを知っていた。それでなお、俺たちの戦力を信じ、俺たちに賭け、使ってくれた。だから俺たちは、なんとしてもお前の期待想いに応えたかった……ありがとう』


(ツ~~~ッッ! 分かっていたよ! 分かっていたけど……この、《野郎まで攻略主人公》がっ!)


 やめろ。やめてくれ。

 「手を当てた胸のなかの感情、君に届け」とばかりにこっち見んな。


『士官学院最後の文化祭は、試練を乗り越え、また一つ絆を確かにした最高の文化祭だった。記憶にも心にも……』

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ! もう分かったって! 俺が悪かった! だからこれ以上、恥ずかしいセリフ禁止ぃっ!」


 だめだ。体中がこそばゆくなって、とうとう耐えかねて口を挟んじまった。

 隣の、いつもはクールビューティなトリスクトさんなんて、俺の反応が面白かったのか、珍しく口元を手で覆ってクスクスと笑っていた。


「それじゃあ皆で、発表を聞き届けようか」

『ええ、そうね』

『そうだな』


 トリスクトさんが、話を進めてくれてよかったよ。このままなら、俺がこの場から逃げ出したくなった。


『『『『『パニィちゃぁぁぁぁぁん!』』』』』』

『もうパニィじゃないよっ!』


 それと同時。

 闘技場の中央に、制服姿に戻り、肩書も《非合法ロリ生徒会長》に戻った彼女が立ったことで、会場が湧いた。


(お、手を振って……)


 そんな《非合法ロリ生徒会長》は俺に・・、いや俺たち三組にパァッと光放つような笑顔を向けてピコピコと手を振ってくれた。


「はは、あの子もなかなかやる。《ヒロイン》隣の《主人公》に対し、勇気があるって言うか……はごぁっ!」


 瞬間だ。俺の手が、プレス機にかけられたのではないかというほどの痛みを感じたのは。


(え? え? どーしたトリスクトさん。笑顔が怖いけど……)


 さっきまで確かにご機嫌だったのに、なんというか一転したような。

 ……なんでやねんな。


『えー、発表会に先立って、皆に一点お伝えするねっ? 今回の最優秀賞模擬店大賞は……』


 気を取り直そう。折角発表会も始まったんだ。


 (まぁ、結果はすべてわかっているんだがな。4000万もたった三日で稼いだ俺たち三組に勝るものなし)


「あぁ、聞こえる。俺たち三組の勝利を称えるファンファーレが……」


(さぁ、クラス全員で迎えようじゃないか。我らが勝利の時を……)


『宣伝活動や売り込み方における手法が、健全な学生としては相応しくないとされ、3年3組は選考外となりました・・・・・・・・・

『『『『『『『『「「……え?」」』』』』』』』』


 あれ? あれぇ? 


 それってどういう……


 あれあれー?


 発表、ドンドン続いているのになぁんでウチのクラスだけ呼ばれないんだ?


『『『『『『『『山……もとぉ……/さん……』』』』』』』』

「うひぃっ!」


 寒気がいたしんす。クラス全員に目を向けてみました。


『ってことは、まだ、物産展だけだったら受賞の可能性があったってわけよね』

『こんなことになるんじゃないかとは思っていたが』

『ん? 協力してあげた私たちのこの残念感。どうしてくれるつもり?』

『私オッパイですよぉ?』

『僕なんてショタだよぉ』

『フン、晴らすしかないだろうな。勝手に競走馬にしてくれた件も含めて、発散させてもらうしかないだろう』


 あ、あのぅ……皆さん?


「い、嫌だなぁ皆さん。そんな怖い顔しちゃってぇ!? あ、アハッ! あ……ハハハハハハハ(乾いた笑いと超絶汗)」


 とても、とてもお顔が……


『『『『『『『『山本ぉぉぉぉぉぉ!! /さんっ!!』』』』』』』』

「ぎゃびぃぃぃいぃぃ!!」


 あぁ、怒りの感情に飲み込まれる。

 囲まれて、馬乗りになられて、皆がドンドン群がってくるから、視界が埋め尽くされ……


(め、目の前が真っ暗に……)


 ……その後、山本一徹の姿を見た者は、皆、苦笑しながら手を合わせたそうな。



 (……アイツら本当に手加減がねぇ。また俺が気を失うくらい徹底的にやりやがったな?)


 そう思うには理由があった。

 俺はまた、誰かの記憶を、誰かの視界を通して見ていたからだ。


 先ほど突然彷彿とした、キスを匂わせた少女は、本当にトモカさんだったのか……というところは気になるところ。

 しかし残念ながら今回の記憶は、柔道少年否、別の一徹・・・・の物ではないらしい。


(なら、あの毎度傷だらけオッサンの?)


 不思議な光景。

 写真でかつて見たことあるヨーロッパの街並みによく似ている大通り。

 しかし細かいところまでは分からない。

 すでに夜は遅くなっているが、この街には一つも街灯がなかったから詳細を掴みにくい。


 建物は古めかしいようにも見える。いまいる場所に立っているだけで、ここは広い街だと思えた。

 沢山の人が住んでいるはずなのに、街灯がないなんてことがあるのだろうか?


(歴史的景観を大切にしている……とか?)


 街並みに圧倒されてしばらく、何処かの建物から二人出てきた。


 建物内から外に漏れる灯を頼りに、二人を眺める。

 一人目の面立ちには覚えがあった。確か、前に見た記憶で、《視界の主》のオッサンに掴みかかっていた美青年。だが今回は、あのとき見た姿よりずっと若かった。

 もう一人。そんな青年と談笑しているのは、純朴そうな少年。物腰は《ショタ》に近いか。


(ん? なんだあれ?)


 ずっと眺めていたとき。ふと、純朴そうな少年の後ろで、何か光が弾けた気がした。


(えっ!?)


 光が何か、俺には分からない……が、《視界の主》のオッサンは違った。

 大声を上げたかと思うと、光った何かに向けて躍り出たのだ。


 瞬間だった。

 その光がさらにキラッと閃いたかと思うと、ギシィンッ! と固い物同士の弾けあう音が甲高く響いた。


ーあ、貴方は……ー

ー刺客だっ! とっとと建物戻って戸締りをっ!ー


(刺客っ!?)


 純朴な少年は明らかに驚いていた……が、《視界の主》のオッサンは見向きもしない。

 鍔迫り合い。

 仮面をかぶった黒装束の、槍を握った何者かと対峙し、競り合っていた。


 もう一人の美青年と慌てて屋内に少年が逃げ込み、施錠されたことを音で認めた《視界の主》のオッサンは、黒装束と何合も矛を交える。

 珍しい戦い方をしていた。彼の得物は、左手に大ぶりのナイフを、右手に手持ちの斧を握っていたのだから。


 手に汗握った。

 刺客とは暗殺者。なら人殺し。

 そんな恐ろしい相手と、勇気をもって斬り結ぶ《視界の主》のオッサンは、相当に大バカ者に違いない。


(ッツ! この槍さばき。どこかで……)


 戦況は《視界の主》のオッサンが有利だった。

 とはいえ、俺が注目しているのは別。


 彼と違って、仮にもし俺が、目の前の刺客と斬り結んだとして、たちまち切られてしまうに違いない。

 それでも、何とか刺突、薙ぎの軌跡は目で追えた。

 目を奪われてそうなったというのが正しいか。その槍さばきについて、俺には覚えがあったから。


ー映画やマンガじゃ、刺客は存在が知れた時点で逃亡ってのが相場だが? 純朴少年いなくなってなお、俺を押し通そうってか。殺す気満々じゃねぇか。だってんなら……手加減なしで行かせてもらうぞー


 刺客がそこから撤退したのは、その言葉を彼が発した途端だった。


(速っ! ヒトの走りじゃねぇぞあの刺客!)


ー逃すかよ。幾ら憑依ディペンデンス闘技使えたってな、こっちもこっちでいい素材、脚装具に使ってんだー


(おいおい! このオッサンも無茶苦茶かよっ!)


 《視界の主》のオッサンの速さも尋常じゃない……どころではない。

 三角跳びの容量を狙ったか。突然壁を蹴りだし、壁走り数歩、踏み込む。そして……


ークゥッ!ー

ーだ・か・ら・言ったろうが! 絶対に逃がさねぇってなぁ!ー


 壁を蹴って天高く飛んだ。

 まるで空高くから獲物を襲う猛禽類のように、逃亡を図った刺客に対し、落下の勢いと共に両手の武器を振り下ろした。


 それが刺客には嫌だった。

 急ストップから振り返った。振り下ろした《視界の主》のオッサンの攻撃を、何とか槍先と柄の部分で防ぎ切った。


 しかし……


ーあっくぁ!……ー


 猛スピードで距離を詰める勢いと落下エネルギー。

 重量も相当であろう二振りの得物を、腕力思いっきりつかって振り下ろされた一撃に、さらに上乗せされた。

 刺客の身体が思いのほか細身なのがよくなかった。

 衝撃を殺しきれず、刺客は槍を両手に握ったまま後ろにのけぞってしまった。

 

 そしてそんな隙を、《視界の主》のオッサンが見逃すことはなかった。


ーむぅんっ!ー

ーかっは……ー


 のけぞったことで前に突き出た刺客のみぞおちに、思いっきり前蹴をつきこんだ。

 耐えがたいほどの衝撃に違いない。

 そのインパクトと勢いで、後ろに蹴飛ばされた刺客は片膝を地面につかされてしまった。


ーいつつっ! 中にプレ―ト仕込んでいやがる……なっ!ー


 ……終わる・・・


 何となく直感した。


 片膝をつき身動き取れない刺客に対し、突き込んだ足の痛みを口にした男は、そこにあった間合いを一気に潰し切った。


「しゃぁあっ!」


 超スピードによる接近その勢いを殺さぬまま、サッカーボールキック。

 地面から低い位置、肩膝をついてしまった仮面をかぶる刺客の顔があるのだ。


 パキャァァアン! と仮面の砕け散った音が、冷たい夜の空気に響いた。

 衝撃たるや、刺客を2メートルも3メートルも蹴り飛ばしてしまう程。


ー……あの純朴少年を死なせるわけには行かない。妹の、クラスメートでねー


 痛みに身動きが取れないのか、刺客は全身を震わせるしかできないでいた。


ー実は俺にとっても大事な子なんだ。壊れかけていた妹との関係を、すんでのところで繋ぎとめてくれたー

 

 のたうち回る刺客に、《視界の主》のオッサンはゆっくりとした足取りで一歩一歩歩み寄っていく。


ーだからね、彼が死んだら、妹が悲しむ。それも文化祭最終日の夜にかよ。楽しかった気分から、どれだけの落差だと思ってるー


 彼が両手に下げる武器の握り手にはググっと力が入っていった。


ー俺は、妹を悲しませるような奴を許さない。だから……ー


 ギャインッ! ギャインッ! と、大ぶりのナイフと片手斧痛そうな形二つの刃頭を強くこすり合わせ、痛そうな音を出す。


 直感。それは刺客にとって、死の足音・・・・


ー妹を……リィンを悲しませる奴は……ー


(リィン! リィンだと!?)


 《視界の主》のオッサンは、刺客のすぐそばに立つ。

 そして片手斧を振り上げ……


ー俺が殺すー


 振り下ろ……


ーッツ!ー


(ッツ!)


 否、止まった。

 そして俺は……《視界の主》のオッサンと同じく、驚愕してしまった。


ー……それがお前・・が望んでやまなかった武の形なのか? これが、こんなものが……ー


(な……んだと……)


 《視界の主》のオッサンが、たったいま、あと少しで手に掛けようとしてた相手に対し、曝け出したのは落胆。

 

ー失望したよ。もう二度と俺たち兄弟の前に姿を現すな。お前が姿を消すことでアイツは悲しむだろうが、死によって彼を失う事よりはまだいいはずだからー


(う、嘘……だ。そんなはず……あ、あり得ないっ!)


 蹴り飛ばされたことで砕かれた仮面の半分。


ーそれでなお、お前が彼を狙うというなら、それによってリィンを悲しませるというなら……ー


(どうしてだ! なんだって彼女がここにっ・・・・・・・!)


 奥から覗けたのは、驚愕によって半開きになった口。

 星明りに照らされた白い肌は薄青く光っていて、だから高い鼻筋から溢れるヌメヌメとした河は、毒々しいまでにドス黒かった。


 いつもはクールな印象を与えてくる、あの怜悧なまなざし……


ー今度は俺が、お前を殺すぞ? ルーリィー


 しかしこの場では見開かれ、命潰えることに怯えて小刻みに揺れる……青い瞳があった。


ルーリィッ・・・・・!!」


 その衝撃が、俺を、もとの俺に呼び戻した。


 パッと目が開き、世界が目に入る。

 なんとしても、なんとしても彼女を探さ……


「……あ?」

「なんだい。一徹。随分うなされていたけれど。大丈夫かい?」


 探す必要なんてなかった。

 クラスメートたちによってされていた俺を、膝枕してくれて見守ってくれていたようだった。


 いや、そんなことどうだっていい。

 どうだってよかった。


 あんなものを見せられて、平常でいられるはずがない。


「もしかして怖い夢でも……ッツ!」


 跳ね起きる。止まらなかった。


「い、いって……」


(いなくなる。殺される。彼女が?)


 あってはならないから。


「どうしたんだい。いきな……り……抱き着い……」

「奪わせない。絶対に」

「一徹!?」


 自分に何ができるとも思えない。むしろ俺よりも彼女にできることは多いに違いない。


 それでも……


お前は・・・……殺させない」

「なっ、君……は、夢の中で何を見た……」

「どこにも行くんじゃねぇ! ルーリィ・・・・

「……あ……」


 すがる様に、ルーリィ・・・・の生存を貪るように。


「お前は、何処にもいくな!」

「うっ……くぅっ………」

「もう《大事な人》とか関係ねぇからっ! 山本徹新がどんな存在かもどうだっていい! 誰にも渡さねぇ! 離れんな! ちげぇ! 離さねぇ! お前は……」


 ググッと、彼女の身体に回した腕に力が入る。もしかしたらそれが彼女を苦しめているかもしれない。


「だ……大丈夫だよ一徹。私は、君を置いてどこにも……」

「俺と一緒にいろ!」

「ッッッッッッッッッッツ~~~!!!」


 言わせない。

 彼女がそれにどう思うか……など、昂ったいまの俺には関係ない。


 精神的な制限とか気にしていられない。感情が先走った。

 それは間違いなく、取り繕いない心から叫びだった。

 

「困った……なぁ。私はまた君に、あの二人だけのおまじない・・・・・・・・・・・・を言ってもらおうと思ったんだよ? 先手を打たれては促すまでもない。おまじないの更に先の言葉で、私を塗りつぶしてくるなんて……」


 彼女は虚ろ気で、声にならない声で囁き返す。


「ねぇ、一つお願いを聞いてほしいんだ。前回、一度だけその名で呼んでくれて、でも戻ってしまったときガッカリしたものさ。知っているかい? 私だけなんだよ? 君が小隊内で家名で呼ぶのは。少し寂しかった。だから……」


 俺の突然の抱擁を受け止め、そして……


「これからは……私をルーリィと呼んでよ。一徹」


 強く抱きしめ返してくれた。


 その申し出に、応えることはしない。

 なんでかな。口で答えてしまう方がどんなにか簡単であるはずなのに。


 抱擁を解く。改めて彼女と。顔を突き合わせた。

 うるんだ瞳に、恥じらいがちに赤い顔。少しだけ震える肩。


 そのどれもが、俺だけにしか向けてくれないであることを、いまの俺なら確信ができた。


「ん……」


 静かに、目を閉じる彼女。

 これまではその段に・・・・至る際、その瞳に吸い込まれてしまいそうだったのだが、いまはちょっと違う。

 吸い込まれるとかそういうのじゃない。

 俺が自分の意志で、彼女の唇に、己の唇を……


『しちゃうの! ねぇ、この場で行っちゃうの!』

『もはや一点の曇りもないんですね。いまの大胆な告白に接吻。しかも私たちの目の前で・・・・・・・・……ポッ♡』

『フン、だからあれほど領分を弁えろと常日頃から……』

『ん、なら背を向ければいいのに。蓮静院も二人が気になってしょうがないんだね』

『だ、黙るがいい』

『気まずいぞ。非常に気まずいぞ』

『縁は、これにて決定的……か?』

「「……あ?」」


 重ねるはずだった・・・・・・・・。周囲から、聞き知った馴染み何人もの声を聞くことさえなければ。


「え? ちょ……え? 待っ……なん……お前たちが?」


 というか、「馴染み何人」じゃねぇよ。

 三年三組全員が雁首揃え、俺と彼女を、まるで円陣組む様に取り囲み、一部始終をガン見していることに気付いてしまった。


『わ、悪くない。今回ばかりは私たちは悪くない……はず』

『えぇお嬢様♡ 私たちはただ、少しやりすぎてしまったことに罪悪感を感じて、気を失った山本様を皆様で見守っていただけ♡ コレは・・・予想外の出来事なのですから♡ 突然始まってしまった♡ 不可抗力ですわ♡』


(……へ?)


『え、えぇと二人とも。優秀模擬店大賞の発表から、まだ30分もたっていないこと、わかっているか?』


(…………へ?)


『鉄様♡』

『な、なんでしょうか……』

『お嬢様とはぁ、お二人以上のドラマを、期待しておりますね♡』

『い、一体何を言っているんだ……』


 そんなとき、恥ずかしそうな声で、恥ずかし気な顔で……《ヒロイン》が上げた声に《美女メイド》さんがフォローを入れる。

 俺たちに指摘を与えたやっぱり気まずそうな顔浮かべた《主人公》は、別角度からのツッコミに、息苦しそうに眼を閉じた。


 やっと……気付いてしまった。

 目覚めたとき、目に入ってきたルーリィだけしか見えておらず、周囲まで意識が行き届いていなかったから。


 恥ずかしいこと、してしまっていた。クラスメートたちが取り囲んでいるその中心で。


 いんや……クラスメートたちだけじゃない。


「うっく……確かに『今日だけ』とは申しましたが、み、見せつけてくれますねお二方ぁっ……」

「分かってはいたけれど、いざ目の当たりにすると……」

「あ、あああ、あのあのっ! シャリエールさん、エメロード様。落ち着いてくださいっ! 手が震えて、お顔も怖く……」

「に、に……さまがついに名前呼び……兄さまが……『俺といろ』って……いま……キス……しよう……と……」

「な、ナルナイ!? おい、戻ってこいナルナイッ! ナルナイィィィッ!」


 小隊員全員に、シャリエールまで。

 慌てふためくリィンは、必死になって、体をワナワナと震わせ、口角をピクピク引きつらせるシャリエールとエメロードに呼びかける。

 呆然と表情の抜け落ちたナルナイの、がらんどうな虚ろの瞳に光はなくて、アルシオーネが肩を抱いて思いっきり体を揺さぶっていた。


「そう。これでいい・・・・・。アンタたち二人とも、それでいいのよ・・・・・・・


 つか、極めつけにはトモカさんまでこの場にいて……安心したようにハニかんでいて……


「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」


 思い思いに注目してくる彼らに対し、俺とルーリィの驚きの声が重なるのは当然だった。


 ……こうして、長かった俺たちの4日間にわたる文化祭は幕を閉じる。


 皆で集合写真を撮った話。

 お疲れ様会。

 《天下一魔闘会》の賞金9億円について。

 文化祭の事件をきっかけとして、俺を取り巻いていた環境や他者からの見方が変わってしまったこと。


 話したいことも、生まれてしまった疑問も、山ほどあるけど。


 いまはここまででいいだろう。

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