11月 家族の一人と生まれる命に祝福を(前編)

余談 第三魔装士官学院三縞校。生徒会長の受難

「それで残りの予定だけど……」


 目を通した書類から顔を上げ、出来栄えを気にする書類制作者の男子生徒を見やって問いかけたのは、に《パニィちゃん》と名付けられ、《非合法ロリ生徒会長》と密かに呼ばれている彼女。


 第三魔装士官学院三縞校の生徒会室。

 ただいま、会員職の真っ最中だった。


一八○○ひとはちまるまる時、会長には三校生代表として三縞市役所での感謝状授与式に出席いただきます。のち市長、市議らと会食。それでやっと……」

「一息つくんだね。文化祭での事件がらみの諸対応」


 会長美少女が困ったような、疲れた声を挙げた途端。


「やっと終わったぁ!」

あの野郎・・・・。余計な仕事を増やしやがって!」

「ほんっとにとんでもないことしてくれるわよ。おかげで私たちだけ、あの事件をいまもまだ引きずっているみたい」


 生徒会全員が、両手を天井に、胸反らして体のストレッチを行っていた。

 とある生徒・・・・・に対しブーブーと文句を垂れていた。が、顔には達成感が満ちていた。

 言いたいことが分かるから、彼らの言葉には苦笑いを浮かべるしかない。

 

 文化祭終了後、各方面からの連絡、問い合わせが殺到した。

 そして学院内の状況は、文化祭前とまるで変ってしまっていた。


(三年間生徒会に所属してきたけど、今年が一番忙しかったな。たぶん歴代生徒会長のなかでは私が一番……)


 流石はがキャワワでロリリと評すだけあって、会長を務めあげるだけの素晴らしい人間性を会長美少女は持っていた。

 が忙殺を強いられたら、「やってらんねぇ!」と悪態をつく場面。

 それを会長美少女は、ただ苦笑するだけにとどめていた。


「会長、学院を出る前に休んで来るといい」

「いいの?」


 嬉しい提案をしてくれたのが、生徒会副会長の男子生徒。


「会長承認の必要書類は、いま手元にあるもので最後。各方面へ発送はやっておく」

「ごめんね」

「気にするな。謝るべきは本来あのクソ野郎。他8学院への、あの日の対処についての詳細説明。緊急要請による他校生への協力の取り付けに対する、感謝と謝罪の文章。殺到する取材申し込みに向けた公式声明その他もろもろ」

「ん……」


 それが生徒会全員、多忙を極めた理由。


 刀坂鉄という、学生でありながら傑物が率いる英雄三組が、第三魔装士官学院三縞校にあるからなのか。

 きっと引っ張られるところがあるのだろう。この学院には、他校に見られるような高慢がちな退魔師像というのは見られない。

 退魔の名家や大家の家人が集う一組のような学級もあるが、酷いという程でもない。プライドを守ることより、使命を優先できる者ばかり。

 だからこそ先日の事件では、一丸となることができた。

 

 だがそれが、学院文化の違う他校には面白く映らなかった。


 有事が発生したからと、おいそれと事態にあたった三校と三校生のフットワークの軽さに、「もっと政治を学ぶべき」や、「その判断が魔装士官ひいては、退魔師の価値を下げる」など、多方から苦言が集まった。


 アンインバイテッド討伐は構わない。

 が、例えば「破壊活動がもっと進んだ状況で動くことで、市民たちの退魔師へのありがたみが向上する」……という、アドバイスにならないメッセージに目を通したとき、さすがの会長美少女をして憤りそうになった。


 大衆に魔装士官の有益性を知らしめる。

 さすれば異能の力を持つ者たちが、公に対する発言力も強くなる。


 それは、退魔の者が、それ以外の者たちが大多数であるこの国において、主導権を握ろうとしているのに他ならない。


(刀坂君なら絶対にそんなことを言わないのに。だって……) 


「うぅん。なんで最近、刀坂君と一緒に出て来ちゃうんだろ」

「……会長?」

「ふぇ?」

「言ったろ。少しは休憩を挟め。ここにいては休めるものも休めない。気分転換に学内を回ってみたらどうだ?」

「う、うん。そうするね」


 考え込んでしまい、副生徒会長に諭された。

 照れ臭そうに笑った会長美少女は、残るメンバーに不在を託す。にこやかに笑って手を振って、出入り口のスライドドアに手をかけた。



「風が気持ちいい」


 季節はもう十一月。

 本年の終わりまで、ひと月半を残すところまで来ていた。


 校舎エントランスから外に出た会長美少女をすり抜け、吹きすさぶ風は、実際冷たい。

 が、生徒会室では暖房を炊いていたため暑いくらいだったから、火照った体には丁度いい。頬や首筋を撫でる風が心地よかった。


「んん~~っ! はぅっ……」


 すぐ近くのベンチに腰掛ける。

 まとった枯葉を、吹き抜ける風によって少しずつ落としていく庭木を眺めながら、胸を反らし両手を天に向かって伸ばし、座りながら両足にも伸びを意識する。

 ストレッチを終え息をつく。深呼吸して体をリラックスさせ、ベンチの背もたれに体を預けた。


「秋……だなぁ……」


 目に映る静かな様は少し切なくて寂しげ。だが意外と、そういった風情も嫌いじゃなかった。


『ゴーコンに行く奴この指止まれなんだな! 早い者勝ちなんだな!』

「……あ」


 静寂を、弾むような明るい声が切り裂いた。


「あー、悪いでがんすね。今日は少し予定があるでがんす」


 会長美少女と同じ、三年二組の男子生徒。いつもよくつるんでいる5人組が、校舎エントランスから現れた、


 呼びかけに対し、答える男子は笑みを浮かべ右手小指を立てた。

 

『予定はないでフが、俺のところ・・・・・付き合い始めて・・・・・・・日にちが浅いでフし。別の女子・・・・と遊ぶのは、いまはやめておくでフ』

『右に同じたい。おいどんは、いまがあの娘・・・と大事なときたい。失敗は出来んたい』

『こっちはバイトだもんよ。初カノ・・・だから、クリスマスプレゼントで失敗したくないもんよ。あっと驚くすっごい物を、プレゼントして見せるだもんよ』


 他の3人も続く。

 悩ましげでいて、柔和に目じりを下げ、照れ臭そうに顔を赤くしていた。


『なんなんだな! 最近付き合いが悪いんだな! 三年ものあいだ固め合ってきた俺たちの絆、女の影が現れるだけで揺らぐのかなんだな! なぁんて……』


 提案した男子生徒は憤慨する。しかし見せかけだった。ニカッと歯を見せ、他の四人に向け手を差し出した。

 認めた四人はガハハと笑い、その手の甲に自らの手を乗せた。


『季節はもう秋なんだな。だけど俺たちには、春の兆しが舞い込んできたんだな』


 全員の手が重なってから、提案男子が嬉しそうに口を開いた。


『俺たち5人、この三年女っ気が一つもなかったんだな。だから文化祭の事件をきっかけに舞い込んだこの千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかないんだな!』


 コクリと、他の四人も自信と不安が溶けまじった笑みを浮かべながら、ゆっくり頷く。

 そして……


『素晴らしい縁を。我等5人の色恋沙汰、最高の結果がもたらされることを期待する! 諸兄らの健闘を祈るっ……なんだな!』

『『『『おう!』』』』


 まるで集団スポーツ、試合前の円陣のよう。

 四人は重ねた一人の手の甲にグッと力を込め、下に押し込む。反動を使うかのように、今度五人の掌は、同時に天に向かって掲げられた。


「恋愛か。良いな。青春……しているなぁ」


 少し遠目から彼らの様を眺め。フフっと笑みがこぼれた。


「これも……彼が動かした賜物なんだろうなぁ・・・・・・・・・・・・・・・。去年この時期は、三年にとって殺伐するものだったのに」


 賑やかなクラスメートたち5人を見ながら、会長美少女が思ったのは二点。


 一つ目は、第三魔装士官学院三縞校が文化祭の一件で、名実ともに、この町で英雄認定を受けてしまったこと。

 二つ目、三年生のこの時期の余裕ぶりについて。


 三縞校と三縞市は、これまでもいい関係を築いてきた。

 学院の先達が、関係の発展と強化に腐心してきて、彼女も生徒会長になったときに想いを受け継いだ。

 

 市にとって学院は、アンインバイテッド対策だ。

 これまでそういう名目でやってきた・・・・・・・・・・・・

 だから、発生するであろう緊急事態に向けて関係を良くしていこうと、防衛恩恵を受けるため、あらゆる面で学院に便宜を図ってくれた。


 しかしその関係はこれまで、「緊急事態が発生した場合」という、あくまで想定に対する保険・・・・・・・・・・・・

 それが今回、現実のものとなってしまった。

 いよいよ本格的に三縞市は、訓練生による対アンインバイテッドにおける有益性を身をもって知った。


 便宜を享受してきた三校生だから、この町への思い入れは深い。自分たちの町を守るため、彼らは全力を振り絞った。

 それは一種、市に対する恩返し。


 戦場で必死になった訓練生たちに、当時そんなことを思い浮かべる余裕はないはず。

 それでも全訓練生、使命を全うし、命がけで戦った。そして実際、町を守り切った。市民たちの目にそのように映ればそれでよかった。

 恩ある三縞市を愛し、アンインバイテッド対策への市民からの期待に応えて見せた。


 これで文化祭以降、市民から訓練生への好感度が一層上がらないわけがない。


 近隣の看護学校生だけじゃない。それ以外からの訓練生への人気はうなぎ登り。

 男女関係なく、交際のアプローチがひっきりなしだとか。


(大学生や社会人は別として、高校生だからできるんだろうな)


 突然変異でもない限り、異能力を遺伝的に連綿と繋いできた退魔師一族出身の彼らだから。

 力無い者との婚姻は難しいはずだが、それと関係ない交際であれば、問題ないのだろう。


「でも……」


 そのことが伺える会長美少女は、先ほどの5人組から見て取れたように、最近、それら恩恵で訓練生の気が少し抜けてしまっているんじゃないかと思えて苦笑いを浮かべてしまった。


「気も抜けちゃうか。まさか三年ほとんどの内々定が、このタイミングで決まっちゃうなんて」


 さて、文化祭の一件が変えてしまったのはそこだけではなかった。

 

 数%を除き、三年ほとんどが卒業後の進路として、正規魔装士官としての内々定を《対転脅》から受けていた。


「……あれ? 着信だ……もしもし? 《ディレクター》君? 久しぶりっ♪ 例の件で連絡をくれたの?」


 話は変わる。

 突然、携帯端末に連絡が入った。

 相手は《ディレクター》。文化祭で、とともに、とんでもない作戦を敢行した協力者の一人。


「ふふっ。え? うん。先日のの唖然とした顔を思い出して、笑っちゃった」


 文化祭で行われた武闘大会。預かり知らぬところで賭け事は行われていた。発覚したのは文化祭以降。

 校内の結構な数の訓練生が、賭けに乗っていたことにも驚いたが、とりわけ、とんでもない勝ち額を叩き出した生徒がいた。


 言うまでもない。9億円を約束されただ。


 「誇り高い使命持つ訓練生たちの試合を賭け事にするとは何事か」と。学院上層部、全魔装士官および訓練生を管轄する《対転脅》内で大問題になった。

 あわや、《対転脅》の監察官(組織内の汚職蔓延による腐敗を防止する)が三縞校に出張るところだった。


 一体どのようにもみ消したのか。

 「すべては上層部の勘違い」だと、あの手この手で疑いの目をかいくぐった《ディレクター》は、そう発言したらしい。


 類まれなハッキング能力をフル活用したとのこと。

 海外のベット分、掛け金額について放棄し、国外で賭けに乗った者たちへの払い込みや還元を速攻で済ませた。

 債権債務残をなくし、取引を終わらせることで、主催者としての海外のギャンブラーとの繋がりを断ったらしい。


 となれば残りは、をはじめとした、日本国内での賞金当選者との繋がりのみ。


 そもそも、「賭けの実績はなかった」と《ディレクター》は強調したようだ。


 の9億円含め、国内だけでも払い戻し金額は十数億円を超えていたらしい。

 これに《ディレクター》は、「自分の預かり知らぬところで賭け事をやっていた海外連中が、賭けの舞台となった三縞の惨状に心を痛め、損害に対する善意の補填として速やかに募金してくれた」という嘘を押し通した。


「ちょっと申し訳ないなぁ。だって9億円だもん」


 と……こういう発言をして《ディレクター》が疑いの目から逃れたなら、とばっちりを受けたのが大金が舞い込んでくるはずであったのほうだった。


 損害回復用の募金という名目に9億は転じてしまった。当然すでに賞金という名目ではない。手元に入るはずがない。

 責任の追及や処罰を逃れられたことより、賞金を失ったことに絶望し、人目はばからず、わき目振らず、大声上げて泣きまくっていた。


「え? 本当に彼の9億円から協力代として三百万円を抜き取って……に言っちゃったの? やめとけばいいのに。また泣いちゃったんだ。フフ♪」


 通話によって、あのときのをイメージしてしまう。

 大柄な体躯に、情けない顔と動き。そこに生まれたギャップが、会長美少女には可愛らしく・・・・・愛おしく思えてしまった・・・・・・・・・・・


(また、同じ顔して泣いちゃったのかな)


「うん。あ、ごめん。それだけは駄目」


 がらみの話となると、自然とにやけてしまう顔。

 が、続く話には、会長美少女は表情を硬くし、きっぱりと答えた。


「あの動画はただでさえイレギュラーだから。返せそうにないよ」


 話は、文化祭事件で敢行した、戦闘動画の撮影に至った。


 文化祭の翌日。《対転脅》の人間が、突然捜索令状と共に、《ディレクター》のところに押しかけたのは聞いていた。

 その話が自分のところにやってきたのは、捜索が終ったあと。会長美少女にとっても晴天の霹靂へきれきだった。


 訓練生の死闘を動画公開する。

 予測できない事ではなかったが、やはり禁忌の所業だったらしい。

 それを理由とし、《ディレクター》は、動画編集に使っていた機材一式、パソコン含めて押収されたのだ。


 そこまでの徹底ぶりを見せられて、それでなお学内施設、通信機材への《ディレクター》のハッキング形跡、ギャンブル痕跡が見つからなかったのは、謎としか言いようがないのだが。

 

(でもあれが、色々変えちゃった……)


「うん。私の方からも陳情書は出してみるから。ゴメン。またね」


 《ディレクター》とのお話はここまで。

  通話をきって、携帯端末をポケットに収め、ため息をつく。秋晴れの空を仰いだ。


 文化祭が終って今日で一週間。

 それまでの間に、ほとんどの3年生に対して正規魔装士官としての怒涛の内々定が送られた。


 訓練生としての現時点での能力。

 正規魔装士官になったあとの伸びしろ。

 作戦実行能力に戦闘力。

 小隊長なら統率力。

 一隊員としてなら、作戦命令に対する実行力と従順性。

 

 あの動画が、採用活動において相当なる参考になったらしい。


 だ・か・ら、ほとんどの三年生の気が抜けていたのだった。

 例年、内々定が下りるのが卒業年の1、2月。そこから考えると、二か月も進路決定のタイミングは早い。


 本来なら、先ほど声を挙げた彼らもデートどころじゃないはずだった。

 正規魔装士官になれるかどうか、進路関係でピりついてもおかしくない。


(三縞校の、三縞市との一層の関係強化。評判の向上。訓練生たちの進路早期決定。全部全部……が動かしちゃったな)


 ほぅっと、大きく息をつきながらそんなことを思う。

 先ほどまで吹きゆく空気は心地よかったが、しばらくベンチに座っていたからか、寒く感じるようになってブルっと身を震わせた。

 

「でも、だからこそ……わからないなぁ」


 文化祭の彼の功績を、会長美少女は一番身近で見て来たから理解ができなかった。


「なぜには内々定が出なかったの? だけじゃない」


 理解ができないというより、信じられなかった。


 三年生の約98、9%が正規魔装士官としての内々定を手に入れた。

 惨劇をイベントとして押し通した、会長本人や《ディレクター》の二人ですら内々定は下ったというのに。立役者の進路だけは開かれなかった・・・・・・・・・・・・・・・・


の小隊員は、一年コンビですら内々定が出た。それを、彼女たち全員・・・・・・……辞退した・・・・。どうして?」


 分からないのはそれだけじゃない。


 異例は連続した。

 今年入学した一年生二人。3年目を残して・・・・・・・正規士官の内々定が出た。

 の小隊に所属する二年生など、看護学校の生徒だ・・・・・・・・


 飛び級もいいところ。

 噂では、彼女たちに配属を求められたのは、超エリートコースだとのこと。

 輝かしいキャリアを約束された・・・・・・・・・・・・・・と言ってもいいはずなのに、彼女たちはあっさりと捨てた・・・・・・・・


「貴方には……わからないことが多すぎる」


 取り巻く美女たちの事も含め、彼にはわからないことが多すぎた。


「今日だって本当は……」


 このあと予定していた感謝状授与式、会食。彼が来てもよかった。


 確かに全隊を指揮したのは会長美少女。

 しかしそれを可能にしたのは、彼の思い切った策が功を奏し、背中を後押ししてくれた故。


「それに……」


 ふと、先ほど生徒会室で、副会長に言われたことを思い出す。

 あの事件は世間からの注目を浴びた。メディアからの取材申し込みも殺到していた。

 

 会長美少女には立場があるから、学院が認めた取材なら応えないこともない。が……人々の注目は自分にはなかった。


 あのときの動画は、《ディレクター》のPCごと押収されている。

 だが、あの場所にいた避難員が、シーンを映し出した大スクリーンに対し、スマートフォンカメラを向けて撮影、ネットにアップしたものは、その限りではなかった。


 注目は……あの場で避難員全てに口上を述べた、とある一人の少年に向けられていた・・・・・・・・・・・・・・・・


 だから生徒会は、学院と協力し、事件への一貫した公式声明文を作成し、発表した。


 はじめはメディアからの攻勢から、を守ろうとする学院の配慮かとも思っていたが、最近こんなことを思うようになった。


 ……もしかしたら彼について、調べてはならない何かがある・・・・・・・・・・・・・のではないかと。


 「を取材させてほしい」という依頼は引きも切らない。

 「には喋らせるな」というオーダーが学院からはおりていた。


 あくまで噂だが、彼に近づいたメディアの者が、次々と行方をくらませている・・・・・・・・・・・・・とかなんとか。そんな陰謀説のようで、お笑いのような話も、聞かないわけではない。


 評価されない。周囲から認めることもさせない。

 まるで彼の存在を、これ以上多くの者に知られてしまうこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・が無いように・・・・・・


(流石にソレは、私の考えすぎなのかな?)


『だぁぁぁぁぁ! 重いっ! 飛びついて来んな!』

『ハッ! デリカシーってものがねぇのか師匠! 女の子にそれは禁句じゃねぇ!』

『お前も、思いっきりしがみついてきやがって! こ、転ぶって!』

『絶対に離しません! 兄さまは私と一緒にいるんですっ!』

「……あ……」


 会長美少女の頭の中一杯、最近は占めてばかりしてしまう存在の声が耳に入って、惹きつけられる様に目が行った。


『ねぇ、こういうの『舌の根の乾かぬ内に』っていうのよね。あのとき彼女に送った決意はなんだったわけ?』

『……さすがに、見損なってしまいます』

『ん、下衆の中の下衆』

『ドイッヒィィィィ!』


 校舎エントランスから、出てくる集団がいた。

 背中から一人の少女に思いっきり飛びつかれて抱きしめられ、片腕を別の少女にしがみつかれ、随分歩きにくそうな男子生徒が、後ろに続く苦言ばかりのクラスメートたちを率いていた。


『フン。本当に元通り以上なのか? ただ元通りにしか見えんのだが?』

『成長というものを、君もときには示したまえ』

えにしは決定的だった……が、それ以外の縁も強固か』

『ねぇ。カッコよく聞こえるけど、平たく言えばそれってただの女たらしだよね』

『うぅん。何股に……縁も何もないもんな』

『お前ら、好き放題言わないでちょーだいっ!』

「フ、フフフ♪」


 自らの身に起きていることと、仲間たちからの発言に悪戦苦闘している表情。それを遠目から眺めている会長美少女にとっては面白かった。 


『助けてくれ! ルーリィ・・・・!』

『さて、私に助けを求めるなら、まずはその娘たちを振るい落とす根性を見せ、『私と共にいたい』のだと、せめて行動で証明してほしいな』

『そ、そんなぁぁぁぁぁ!』 


 その前を歩く、余裕をたたえて笑う美少女の背中に向かって、は命からがら逃げだすかのように手を伸ばす。


「あはは♪ 本当に不思議な人だなぁ」


 やり返されてしまって、悲鳴を上げている様が、また会長美少女を笑わせた。


「英雄三組に異能の力を持たずして入ってきた貴方は、文化祭の場であれだけの力を示した。それが自分の能力だと知ってたからあの場に立ったんだよね。全部計算のうち……だったんだよね? もしそうじゃなかったら……怖いよ・・・?」


 ひとしきり笑って、一つ深く息をついて落ち着いた彼女は、英雄三組……を率いる平凡訓練生に向かって呟いた。


「とりだって長所は見当たらない……はずなのに。どういうわけか貴方の下には人が集う。それはとてもとても稀有な才能。特別な星の下に現れたとしか言いようがない。だから……思っちゃう」


 はじめは優しげ。しかし、言葉を紡いでいくさなか、次第に表情は不安げになっていく。


英雄たちすら魅了し・・・・・・・・・彼らの力を使役してしまえるほど・・・・・・・・・・・・・・・に心を奪ってしまえる・・・・・・・・・・貴方が、なぜ評価に値しないのか。認められないのか。どうしてそんな扱いを受けるのか。何か理由でもあるのかな。わからないよ」


 視線の先。集団の先頭にいる彼は、やれやれと呆れた笑顔を見せるクールな美少女に、手を引かれている。

 

「ねぇ、貴方は一体誰? 何者……なのかな。山本君」


 山本一徹。

 英雄三組一の落ちこぼれにして、確かに一度、英雄全員を手駒として扱って見せた異端者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その存在、立ち振る舞いもろもろが、会長美少女には理解ができなくて、最近は四六時中彼女にそのことを考えさせる。


 そう。一徹は会長美少女に……一徹のことを、一瞬でも意識させないことを許さない。

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