第101話 後夜祭のフォークダンス。不意に浮かんだ記憶にはっ!

「あぁぁぁ! なっつかしぃ! だのじぃぃ! こうして再び一徹様と踊ることができるなんて!」

「な、なんかテンションがおかしくないかシャリエール」


 トモカさんとトリスクトさんを残した俺たちは……


「ねぇ山本一徹。貴方、もう少し楽しそうな顔しなさいよ。私が躍ってあげてるのに」

「ブーメランって言葉知ってる? お前の顔が冷めてるから不安なんだよ!」

「そんなことないわ。とっても楽しい。ほら、笑っているでしょう?」

「表情、まるで変ってねぇよ!」


 あれから屋台に回っちゃ「女子侍らせるようなクソ野郎に、どうして無料の焼きそば作ってるんだ俺はっ! 死にたいっ!」的な罵詈雑言を浴びせられまくって。


「だらっしゃぁぁぁぁ! 一本!」

「あの……ね? 違うのアルシオーネ。手を合わせたからって、これはダンスであって柔道じゃないの」

「っしゃ! まだまだ! 立てやコラ! 師匠!」

「ねぇ、なんであれだけ戦っていたお前、そんなに元気な……ガハァッ!」


 色々食べた。焼きそばにフランクフルト。フライドポテトに唐揚げ。りんご飴にかき氷。

 屋台飯なんてイレギュラーをタダ飯できる。屋台ごとに売り子男子に罵詈雑言浴びせられて、HP90パー削られたのちに、50パー回復する気持ちだった(あれ、それってマイナスじゃ?)。


「……どーしたリィン。お前まで」

「え?」

「らしくないな。抱き着いて来るなんて珍しい」

「え、ええええ!? ご、ゴメン兄さん」

「あ、いや、別に困りはしないけど」

「わ、私いつの間に……」


 結構お腹いっぱいになって、疲れもピークで、ぶっちゃけ眠気がひどかった。

 しかしながら、屋台通りを抜けた先の広場に、煌々と炊かれたキャンプファイヤーなるものを、ナルナイとアルシオーネが目ざとく見つけてだなぁ。


「す、すまんナルナイ。また足を踏んだ」

「良いんですよ。やっと一つ願いが叶ったんですから」

「ん? それってどういう……」

「フフ。兄さまが、ことダンスではこんなにぎこちないなんて。たどたどしさがとっても可愛らしい」

「男子に可愛いとはこれ如何に……」


 文化祭後、本来開催が予定されていた後夜祭。

 四日目に入って、やっと執り行われたのは構わないんだが……すっげぇ振り回されてる。フォークダンス? マイムマイムって言えばいいのか。


 ラノベや漫画宜しく、文化祭の後のお約束ごとなんだとか。

 男子と女子が、仲睦まじ~くおてて繋いでダンス。


 ……青春かっ(ビシィッ!)! 


 (う、運がよかった。そんな相手がいなかったら、いったいどうしろって……)


「あぁ兄さま。兄さまの匂い」

「ちょっ! 何してんのナルナイ! んな、俺の胸に顔埋めて来やがって!」


 こうして、何とかいままで以上に体を酷使し、なんとか彼女たち全員と順番に踊っているわけなのだが、なんとも喜びきれない。


 一人一人躍っているときだけは、エメロード除いてみんな喜んではくれているみたいなのだが……

 踊り終わってダンスパートナーが変わったとき、踊っていない小隊メンバーたちの鋭すぎる目が痛すぎて、身につまされる想いだった。


 ちょっくら想像してみてくれ?

 そんな、パートナー待ちの彼女たちのシラーっとした目が集まる中、嬉しそうなダンスパートナーを胸に抱く。それも、「クソっ! なんであの野郎が!」とか、「死ね! 死んでしまえぇぇぇ!」とか、周りの男子からは呪いの声をぶつけられている。

 やヴぁい。怖くて体の震えが止まらない。


「踊りにくいですか?」

「いや、そうじゃなくて。汗とか匂いが……」

「そういう意味なら、戦っていた私の方が汗かいています」

「そういう意味じゃなくてだなぁ」


 その中で、一番グイグイと来るのは、ナルナイだった。

 俺にはよくわからなかったことだが、先ほど東京校のシャルティエから言われたことをかなり根に持っているのかもしれない。

 いつも以上に、積極的というか。半ばマイムマイムの振り付けを無視して、思いっきり両腕を俺の身体に巻き付け抱き締め、体を、首を、俺の胸に預けていた。


「こうして抱き合っても気にはなりません。何なら、もっと混じり合わせて大丈夫かどうか確か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・めてみます・・・・・?」

「何言ってんだ。どういうことだよそれ」

「の、望まれるなら、せ……セックスまでも……」

「セッ!」


(な、なんて言葉を放ちやがるよこの娘は……)


 とんでもない単語が飛び出してしまう。驚きが凄すぎて、俺もまともな反応ができず、張り上げた声は裏返りそうになった。


「アグゥアッ!」


 そのときだ。何の脈絡もない。

 急に俺の頭の中で、バチンっと何か弾けた音を感じた。

 それと共に、まるで脳の中心が、キィンと瞬間冷凍で冷え固まったのではないかと思えるような鋭い痛みが走った。


ー……うぐっ! なぁ俺たち、やっぱ踊り方が変なんじゃないか?ー

ー何で?ー

ーなんつーか、周囲の目が生暖かい。男子も女子も、ニヤニヤしてるしー

ーまぁ、そりゃそうでしょう? 満を持して・・・・・……ってところなんだからー

ーハァ? わからんー


 ……脳裏によぎる光景。


 柔らかな掌を、俺は目にした。

 引き締まった、しなやかでスポーティーなスタイルの少女と、手を繋ぎ合い、軽快な音楽に乗っている真っ最中。


(あぁ、これは……)


 すぐに理解した。

 

 これは、《彼》の記憶。

 俺が持つ、俺とは違う別人の記憶。

 つい二、三週間前、小隊メンバーの前に立てなくなってしまった俺が、自分のルーツをたどろうと逃げてしまった先、鶴菊の街で出逢った・・・・あの柔道少年の。


 随分タイムリーな記憶だと思った。

 学生服に身を包んだ多くのカップルが、キャンプファイヤーを踊りながら回っていた。

 きっとこの記憶はいまの俺たちと同じ、鶴菊高校の文化祭に連なる後夜祭での出来事なのだろう。


ーねぇー


 腕の中の少女は、柔道少年に呼びかけた。


(お?)


 そこで、俺は息を飲まされた。

 これまで、柔道少年と何かしら関係の深そうな少女の顔には、もやがかかっていた。

 それが、今回は顔下半分があらわになっていた。


 よく日に焼けた健康的な肌。だからこそ、腕の中の彼女が彼を見上げ、ニッと見せた歯の白さは際立った。


ー見せつけて見よっかー

ーハァッ!?ー

ー周囲の期待を一身に背負い、ついに我等が新生カップルここに誕生せりって!ー

ー周囲の期待? なに言ってるんだよお前ー

ーはっはー! まぁ、アンタだもんね。気づかないよねぇ?ー

ーおう、馬鹿にされた心持ちだー

ー馬鹿にしてんのー

ーおいー


 よかったと、素直に思えた。


 以前見た記憶では、柔道少年は、この女の子を泣かしてしまった。

 兄と喧嘩し、その結果をこの彼女に伝え、最後は仲が良くなったところまでは知っていた。

 俺は、ラノベによく出てくる鈍感主人公じゃないんだからね。ちゃあんとわかっていたのだよ。彼女が柔道少年に対して好意があったことくらい。

 

 トリスクトさんたちといられなくて、鶴菊に逃げたあの時の俺が追えた柔道少年の記憶はそこまでだった。

 だが、ここにきて、久しく、彼の記憶が現れたんだ。

 

(そうか。付き合えたのか二人とも。柔道少年もまんざらじゃなそうだねどうも。想いは、通じ合ってる。うん。いいじゃないか)


 誕生した新カップル。

 この場面を少し見るだけで理解した。二人の主導権を握るのは少女の方で、柔道少年はどうやら振り回されている。

 

(ま、さっそく尻に敷かれてるようだけどな)


 同じ男として、そんな彼に情けなさを覚えるとともに、トリスクトさんたちからの押せ押せである俺の現状にも似かよっているように思え、共感できてしまったから、バツが悪くて、思わず苦笑いを浮かびそうになった。


ーねぇ?ー

ー今度はなんだよー


 情況は動く。

 柔道少年の腕に抱かれた彼女が、彼の胸の中から至近距離で見あげ見つめてきた。 


(おっ……とぉ?)


 彼の視界をジャックしているからかな、俺もドギマギしてしまって。

 それゆえ、きっといま俺が感じているこの気持ちこそ、彼女のまなざしを受け止める柔道少年のいま感じていることに違いないと思い至った。


(おいおい、まさか……)


 そうして、少女は一層顔を近づけた。

 背の高い彼に向かって、背伸びした。


(こ、こいつぁ……)


 この流れ、雰囲気。

 来るか・・・! とも直感した。


 なんというか、俺まで気恥ずかしくなってしまう。


 当然じゃないか。


 柔道少年の記憶を、彼の視点で見る・・・・・・・。ならその流れは、彼と共に、俺も彼女と・・・・・……


ーキス、してみよっか……一徹・・?ー


(なっ!)


 言われた……瞬間だった。


 顔上半分だった影は、バァッと晴れる。

 そしてそこに浮かび上がったのは、どう見ても、いまよりも、10歳以上若いであろう……


「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっ!!!」


 ……光景と、そして呼びかけられた際に出てきたその名前・・・・。あまりの……衝撃。


 己が上げた悲鳴。背中に感じた強い衝撃。

 そうして、俺は我を取り戻した。


「あ……れ? あっ!」


 目に入ったのは、巨人と見まごうほどに背の高い、マイムマイムを踊っている女の子たちの沢山のパンツ。そして、夜の闇が占める空。

 そして……


「に、兄さま?」


 少し離れたところで、尻もちをついた、スカートから激しくパンツがもろ見えているナルナイが、心配げな顔をして俺に眼差しを送ってくれている光景。


 どうやら意識ぶっ飛んでいたところ、覚えた強いショックに俺は背中から地面に倒れてしまったらしい。

 それが視点が低いところにある理由だった。


 彼女が尻もちをついたのは、きっと俺があの場面に・・・・・驚いて倒れる間際、ダンスパートナーナルナイを思い切り突き飛ばしてしまったからだろうか。


「大丈夫かナルナイ!」


 気付いた瞬間。罪悪感が胸一杯を占める。

 飛び上がる様に立ち上がり、尻もちをついたナルナイに駆け寄った。


「俺も、何がなんなのかわからないうちに……」

「い、イキナリすぎでしたでしょうか?」

「ご、ゴメン! イキナ……ん? 『イキナリ……すぎでしたでしょうか』って?」

「だから、イキナリ過ぎたでしょうか。その、ナルナイとの……セックスは?」


 手を引いて立ち上がらせるときのナルナイの言葉。慌ててフォローに入ろうとした俺ですらポカンとさせるには十分だった。


「やっぱりおかしいですよね。手を繋いで腕にも抱き着きました。次はトロトロにふやけるほどのキス。最後、二人を感じ合う。で、でも、他の人に兄さまがとられるくらいなら、私は……」


 盛大な勘違いをしている。

 記憶の中で見た光景に驚き、思わずその光景を遠ざけたいとして動いた結果、突き飛ばした形になってしまったのだが、ナルナイは「セックス」のくだりで俺が驚いたとでも思ったらしい(いや、十分それも驚くべきところなんだが)。


「な、ナルナイも本気なんです。私だけの兄さまになってとは言いません。せめてあの二人の間に立ち入れる隙を作れるなら、それくら……痛っ! 兄さまっ?」

「お前は……俺の前でそういう話するの禁止」

「な、なぜです!」

「なぜもヘチマもないの」


 ため息を禁じ得ない。

 色々と、ビックリさせるよ本当この娘は。


 可愛らしくて女の子らしい。そういう意味では小隊の中でナンバーワンと言って過言じゃあない。

 けがれを知らなさそうな、純粋な美少女のいで立ち……なのに。


(これはこれで結構気まずいんだよ。そういう娘が、そういう話を持ち出す・・・・・・・・・・とか)


 思わず首を横に振って払しょくした。

 いつでも恋人として付き合えるような・・・・・・・・・・・・・・・・・関係性とかを飛び越して・・・・・・・・・・・いつでもセックスができてしまう・・・・・・・・・・・・・・・距離感だなんてとんでもない・・・・・・・・・・・・・

 そんなことを、仮にも彼女の小隊長で、先輩で、「兄さま」呼びをされるなら、兄貴分には違いない俺が考えていいことじゃない。


 軽く、ノックするように額を小突いてやった。


 小突かれたことに驚いて、その部分を手でこする仕草なんて、本当に見ているだけで笑顔になってしまう程に魅力的。


(仮に、それを望んだら……いやいや、何を考えてやがんだ俺も。こういう娘に汚れを教えてしまうとする。それはそれで、自分のことが嫌になりそうだ)


 そんなことを考えながら、ナルナイの頭をなでた。


『山本!』


 納得いかなさそうにふくれっ面するナルナイ。

 なだめるように俺が苦笑いを見せたところで、後ろから声を掛けたのは……


「おう、きりゅ……」

『もう《ショタ》でいいよ』


 《ショタ》だった。

 俺も反応し、彼の名を呼ぼうとした。


『それが三組の一員として、山本が親しみを込めてつけてくれたあだ名でしょ?』


 だが、彼は制した。そして諦めたように笑っていた。


『それで……闘技場に来てよ。皆が待ってるよ』

「……《天下一魔闘会》の?」

『文化祭は4日目に入っちゃったけど。日の出は6時半ごろだし。もうあと2時間ちょっとだから。その間に、当初のスケジュールをこなしたいって生徒会長が』

「《パニィちゃん》が?」

「うん。模擬店優秀大賞発表について」

「あ!」


 それが、俺を呼びに来た理由。

 他のクラスでは緊急物資として屋台をやっているのがほとんどだから、クラス代表者が出席するのだろうが。

 俺たちの模擬店は閉店済み。だからすでに三組全員が待機しているのだろう。


「じゃあ、行きましょうか一徹様?」


 そのことに気付いてあっけにとられる。

 そこに後ろから、シャリエールが俺の首に腕を回して抱き寄り、のしかかってきた。


「あっ! フランベルジュ特別指導官! また不意打ちを!」

「これは三組担任教官として出席すべき特別な催しですから。では行きましょう鬼柳君?」

『あ、あはははは……』


 真っ先にナルナイが反応した。シャリエールは、余裕の口ぶりで一蹴。

 目の当たりにしている《ショタ》なんて苦笑いを浮かべていた。


(結構この空気、恥ずかしいんだよな)


 シャリエールが背中から抱き着いてきたことで、またやいのやいのよ騒がしくなる山本小隊。

 両腕にナルナイとアルシオーネがしがみつく。

 リィンは乾いた笑い声をあげていて、エメロードは呆れたようにため息をついていた。


 まだ、彼女たちに謝罪は出来ていない。謝りあぐねている。しかし、すでにある意味、いつもの山本小隊の雰囲気に戻っていた。

 

(にしても、なんなんだろうさっきの記憶)


 しかし、いつも通りでないこともある。気持ち悪さがぬぐえない。

 あの時、柔道少年にキスしたいと背伸びまでした美少女は……トモカさんとそっくりだった。


(本当にアレは、俺の中にある誰かの記憶なのか? いろいろ飛躍した妄想が光景として出てきただけじゃないのか?)


 若かりし頃のトモカさんなのではとすら思えるほど面影の似ていたスポーティーな美少女の出現。彼女が口にした俺と同じ名前・・・・・・


(でも、なら、どうして俺の名前が出てきたんだ? あの、柔道少年の名前は……一徹・・?)


 理解が追い付かない。

 トモカさんは、現在三十代中盤で、もし本当にあの記憶に出てきたのが高校生時代のトモカさんなら、最高でも18年前のこととなる。


(どういうことだ。俺とは別の一徹が、18年前もの昔にいたってことか。そしてそいつは……高校時代のトモカさんと? じゃあなんでそのころの記憶を、俺が持っているんだ!)


 俺の名前は山本一徹。

 記憶をなくしてトモカさんに引き取られ、第三魔装士官学院三縞校に編入した当年18歳の三年生である。


(突き詰める……べきなのか? いや……なんかわからねぇけど、考えるのはやめた方がいい……んだよな。いろいろ……壊れちまう気がする)

 

 あり得るはずがない。


 なら俺は……俺が生まれるか生まれていないかの瀬戸際の時期の記憶を有していることになる。


(違う。調べないつもりか。それでいいのかよ。本当のところがわからないままで。無くした記憶は取り戻したいと考えていた。なのに、俺はいま恐れて……いるのか?)

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