第85話 ひずみ。小隊の崩壊。最強の山本と最弱の山本。ここがラノベの世界ならっ!
『なんだ。結局京都校の二人と、言っていることは同じじゃないか』
「あ……」
『フッ。きっと君が考えていることは、こんなところではないかと思いまして』
「否定しないんですね」
体の後ろで手を組み、前を行く《蛇塚なんちゃら》。
後ろに続く俺からどうやって話を切り出すべきか悩んでいたところで、出鼻はくじかれてしまった。
『少し厳しいことを言うようですが、貴方には一足先に、大人の世界を見ていただきました』
「大人の世界?」
オッパイとか、〇〇とか、××とか、△△◇◇なぁんて、そんな期待するようなこっちゃないんだろうな。
『したいこと、出来ること。なりたいもの、求められるもの。これらは違うのです。どちらも社会に歓迎されるのは、後者の方』
「そうなんでしょうね」
『魔装士官学院ゆえ特にです。通常の大学を進路として重き置く、一般高校であれば甘いことも言えました』
「この学院は、大部分が
『就職です。正隊員になって以降、必死になるは、他人からの忌憚ない意見と評価。他人の要求を満たすことを求められ、ゆえに、力や才の足りない者は、活躍の場すら与えられない。採用不採用についても怪しい』
お前には別の分野で活躍できる可能性がある。だからそちらに進め。
暗に、そう言われていた。
『仕事に貴賤はない。どの仕事も重要です』
「別の道を行けってことですか? じゃあ、この学院での俺がやってきたことは……」
『別に、必ずしも学んだことすべてを投げ出せとは言いませんよ。一般教養では高いレベルにある山本君。戦闘訓練は勿論のこと、日々の訓練によって身体の基礎能力も高い。警察や自衛官という道もある。君なら、かなり上を目指すことだって』
「それを、第三学院ではなく、第一学院の教官頭が言いますか?」
『魔装士官というのが私のフィールドである以上ね。妥協はできません』
「魔装士官になれないなら警察や自衛官ですか。この二つを、少佐は軽視しているんじゃないですか?」
『いいえ。私はただ現実を踏まえてお話をしているだけですよ』
「現実?」
いくら別の学院の人間だからって、事実これは、教官から訓練生へのクビ宣言に等しい……のに、特段気にしてもいないようで。
話ながら《蛇塚なんちゃら》は、一度だって俺に振り向くことはなかった。
『海外との戦争やテロリズムの頻度より、昨今は魔装士官専門の異世界脅異転召事案の方が多い』
「そんなことは分かって……」
『国民の生命と財産を脅かすそれらに立ち向かうことを使命とし、ゆえに失敗は許されない。そこで働く者は等しく、任を全うできるレベルにあることが求められる』
「う……」
『ただでさえ数も多くない故、なるだけ無駄なく円滑に運用することも求められる。その中で、能力が全くない不確定要素は、スムーズな転召対策に邪魔になる』
「グッ!」
『なら、貴方の力は貴方が思う存分発揮できる場所で振るわれ、評価される方がずっといい』
穏やかな語り口調ではある。一方で突き放されるのも感じた。
『不快に思われること承知で五月にコンタクトを取ったのは、それが理由です』
苛立ちは隠しきれない。
それでも、その仕事に誇りをもっているようにも見て取れたから、真っ向から否定し噛みつくことは出来なかった。
思い出す。
あの時は結局、《蛇塚なんちゃら》の思惑通りにはならなかった。
(何がしたいかかぁ。あの時の俺は……)
卑怯にも、普段から「うざい、鬱陶しい」とか言っていた癖して、小隊員の彼女たちが離れなかった結果にとてつもない安堵を覚えた。
いなくなってしまう。怖い。
それが当時、トリスクトさんたちのキャリアにとって、大きなチャンスだとわかっていながら、転校を、強く勧め切らなかった理由だった。
(アイツらから離れたくないことを優先した)
五月。
まだ記憶を失った俺が目覚めてすぐの事で、第三学院に放り込まれたばかりの時期。
魔装士官や退魔、《対転脅》について左も右もわからなかった時期だから。
自分しか見えていなくて、自分の感情を優先してばかり(いまも大して変わっていないかもだが)だった。
そのときの判断が、いまの状況を作り上げている。
そんなことを考えると、どうにも不安は強くなった。
『そういえば逆にやり返されたこともありましたね。競技会抽選日。私はあの場にいませんでしたが、第一学院が誇る学生ツートップが、貴方の下につきたいと。その節は怒ってスミマセン。焦ってしまって』
「そういえばいまだ釈然としないんです。どうして全学院最強といわれる二人が、俺のところに来たいと言い出したか」
いや、変なことは考えるまいと、首を振った。
下向きに考えすぎては、ドツボにハマりかねないとも思った。
『なんでも、山本小隊にいろいろ興味があったみたいでしてね』
悩み込みそうになっては払しょくしようと試みる。
が、そのセリフが俺に頭を上げさせた。
「ウチの小隊に?」
『と言いますか。貴方以外のメンバーに』
「……どういう事でしょう?」
続けざま、《蛇塚なんちゃら》のよくわからない話は続いて、思わず首をかしげてしまった。
『ルーリィ・セラス・トリスクト。シャリエール・オー・フランベルジュ教官。他校生ではありますが、看護学生のリィン・ティーチシーフなど』
「えっ?」
ちょっと理解ができなかった。
あの場にはリィンがいたからそれは分かる。
なぜ、他の二人のについても名前が挙がったのかがわからなかった。それ以前にどうして名前を知っているのかが理解できなかった。
(俺もリィンですらも、あの場で初対面だったんだぞ?)
『……と、どうやら噂をすれば影のようですね』
京都校の二人から引き離されてここまで。
図らずも話は続いた。そしてそれは、新たな展開に進むようだった。
見覚えのない四人の少女の姿。
話ながら《蛇塚なんちゃら》は、歩む方向へと俺の視線を促した。
『キーッ! いったい何なんですのっ!? あのメギツネ三人はっ! 徹様に向かってなんと破廉恥な!』
『私だけがいればいい……ハズ。信じていいんだよね徹君。徹君には、私だけでいい。私は、徹君だけがいれば十分だよ?』
『ますますモテるねぇ徹。こ・れ・は、一層気合入れて攻略っ! 妬けるねぇ。こんなとこでそんな貌見せてくれちゃって。私にだって一度も見せてくれたこと……』
『徹……先輩……その
(……うわぁ。いままでのシリアスな空気、返してくれねぇかな)
視線の先、少し離れた十字路廊下の付近。
4人が4人とも、それぞれ系統は違うが、ゴイスーに可愛くて美人にも違いない。
ただ彼女たちの、興奮ぎみに何かを非難するような雰囲気……というか強すぎる個性? いや、癖に圧倒されて、若干引きそうになった。
(勿体ねぇ。皆可愛いのに、総じて残念賞だよ)
全員が一方を見つめて憤慨している。
俺から見て十字路の左の死角になっているから、何に腹立てているかわからない。
「ねぇ貴女たち。ちょっと黙ってくれないかしらぁ♡ 耳障りだわぁ♡」
とそこで、なだめの声を上げた新たな少女が、死角となった所から姿を現した。
落ち着いた雰囲気ながら妖艶さを醸し出す、十八歳には見えない程の美貌を誇る褐色肌の少女。白銀の髪。
(アイツ、確か水脈橋で……)
『何悠長に見ていますの! そもそも、あ・な・た・が・
『なのにどうして君の隣にはいつも……シャルさんが立っているの? シャルさんは……いらないよ。シャルさんだけは……』
『シャル先輩はっ……この状況が心配じゃないんですかぁっ……?』
『随分余裕見せるねラブタカっち! もしかしたら
「さぁて。少なくとも狼狽するには及ばない。むしろ正妻としては味わってみたいものだわぁ?
(確かシャルティエだったか? 《灰の聖女》)
余裕な口ぶりでの煽り。他の4人はさらに興奮するが、張本人は相手にしない。
「せいぜい頑張りなさい。貴女たち如きがどれだけ彼の心を揺さぶれ……え?」
明らかに楽しんでいる彼女は、やがて俺たちの接近に気付いて顔を向け……
(なんだ? 急に……顔色が変わった?)
蒼白の表情を見せていた。
『やぁ皆さん。シャルティエ君も』
「ちょ……まって?」
『彼はまだいるかな。彼女たちと」
「あ……なたぁ何連れてきて……」
《蛇塚なんちゃら》は、シャルティエの驚きの表情を気にしない。
「ま、待ちなさい。いまはまずい」
『何がまずいと言うんです?』
ドンドン先に行く。
彼女の表情が気にならないわけじゃなかったが、ここまで引っ張られてきた手前、ついていかないわけにもいかない。
『また会えた。よかった。よかったぁ――様。もう二度と――覚悟してくださいね♡ ――様♡』
『シャリエール。いつも――を想い続けてくれてありがとう』
(ん、この声……シャリ……)
『もうっ! 心配したんだからっ!』
『く、苦しいよぉリィン――も、もっと優しく』
『できるわけないでしょ! 本当にっ! 心配したんだから。私も、皆も、――も』
『……ごめんね』
リィンの声が聞こえ、心は逸った。
なら、たったいまのシャリエールの声は、俺の聞き間違いであるはずがないからだ。
そんなことはどうでもいい。
十字路左曲がった死角。向かう先から漏れてくる声。
それに、会話。
ところどころ聞こえないが、それでも決して、双方共の深くない関係性をうかがわせた。
(待て。だったらあの四人の慌てようってのは……オイオイ。ウソだって言ってくれよ!
「ま、待ちなさいっ! 待って!」
いつの間にか小走りになってしまって。
シャルティエの前を通り過ぎたとき、かけられた声はよく聞こえなかった。
当たり前だろうが。聴力を集中すべき対象は、他にいるんだから。
『正直、この言葉を伝えることは出来ないと思っていた……こんなに嬉しいことはない』
(なんで!)
『
(なんでなんだよっ!)
『承諾……ですか?』
(どうしてトリスクトさんがここにいるっ! 《灰の勇者》とあんなに親しげに話してるんだ!)
『――との結婚を、許して……
(なんで、なんでなんでなんでっ! トリスクトさんっ!)
『私は……――のことを心より……』
(トリスクトさ……っ!)
『……愛しています。徹新殿』
「
……やっと十字路にたどり着き、声の方へと角を曲がった。
吠えた。そしてそれは……
「えっ……どうして貴方が……」
遅かった。
目に入ったのは4人。
《灰の勇者》山本・徹新・ティーチシーフ。とめどなく涙を流すリィンによって後ろから抱きしめられていた。
そのさらに後ろから、巻き込むように抱くシャリエールも、目を赤くはらしていた。
そして……
「い……いって……?」
その二人に後ろから抱きしめられる徹新を前に
「一徹?」
名前を叫んだからかな。
トリスクトさんは、信じられないといった顔で見上げていた。
他の3人も絶句。凝視していた。
「クック……ククク」
(なんて……おめでてぇ)
俺が叫ぶまで、号泣していたはずのリィンとシャリエールは顔を真っ赤にして笑っていた。
トリスクトさんは、愛を叫んだ。
そういうこと。
「一徹。君は何を見た……聞いた?」
そういう事なんだ。
(ずっとおかしいとは思っていた)
この学校に編入したばかりのころ。
シャリエールとトリスクトさんから、大事な人の話を聞いた。
聞けば聞くほど、その人物像は、俺なんかと比べ物にならない。かけ離れた存在だった。
確か、俺がシャリエールに可愛がられているのは、彼女にとって大事な人との強い関りがあるからだったか?
彼と俺にどれだけのかかわりがあるかは不明。
しかしながら……
(名前の漢字三つも同じってぇのは、どう考えても偶然じゃねぇよ)
山本・徹新・ティーチシーフ。
ティーチシーフの名前から、リィンとの関係性だってうかがえた。
トリスクトさんが愛しているといった誰かは、日本人だったと聞いている。そんな彼がどうしてティーチシーフの名を持っているかは不明。しかし、横文字ネームをもつ日本人なんて腐るほどいる。
(義姉妹の誓い? 違う。仮にリィンが《灰の勇者》の実妹なんだとしたら、そりゃ相手のトリスクトさんは
二人が愛する誰かさんは、強いんだそうだ。
全学院最強の生徒なら、その可能性は十分にある。
彼女たちが挙げた心の弱さについて。
凄まじくよく整った中性的な顔立ちは少しナヨっとした雰囲気を醸し出す。年上や自立心の強い女性をコロッとイかせる破壊力があるだろう。
(俺じゃねぇ。俺じゃ……なかったんだ)
「兄さん。どうしてここにっ!?」
「一徹様。いつからそこに。どこまで聞いていたんですか? 何を知って……」
何か呼びかけられている。とても耳に入らなかった。
「わかっていただろうがそんなこと。何をぬか喜びしていやがった。おめでてえ!」
「どうし……一徹?」
もちろんいまだわからないところもあった。
シャリエールが「旦那様」と呼ぶにしちゃ若すぎる。
「亡くなった」と聞いていたが、バリバリ生きていた。
(いや、いまとなっちゃあ些細なこと)
なら、彼がいながらどうしてトリスクトさんは、俺を婚約者だなんて言ったのか。
その話に、リィンやエメロードたちが合わせたのか。
(違う! もう考えるな! すべては些細なことじぇねぇか! 見たものが答え。奴に
瞬間で、足に力が入らなくなった。
フラッと後ろに倒れこみそうになった……ところでだ。
『大丈夫ですか山本君っ!?』
支えてくれたのが、《蛇塚なんちゃら》だった。
「少佐、一つ……質問を」
『何なりと』
「仮に……彼女たちが東京に移ったとして、各方面、最大限配慮していただけますか?」
『だけではありません。貴方の予備校費用1年分。進学先4年間の授業料すら約束しましょう』
……なんでかな。
ここに立つ直前まで、彼女たち三人を一刻も早く視界に収めたいとして急いだ。
いまは、顔を向けることすらできない。《蛇塚なんちゃら》に逃げた。
まるで道化じゃないか。
彼女たちには彼という大切な人がいた。それが何らかの理由で、俺を構うようになったのだ。
いつの間にか俺の中に、「もしかしたら、もしかするのでは?」なぁんて身の丈に合わない希望が生まれちまって……
(本来、そんな立場になかった。わかっていたじゃないか。あり得ないスペック差。美味しすぎたこれまでの展開もろもろ)
蓋を開けてみたら、現実。
しかも判明の仕方は、最悪だ。
「い、一徹。聞いてくれ。私たち三人は……」
「いい。良いんだ。大丈夫」
「何が大丈夫なものか。君が大丈夫と言うときは、大抵……」
「ちょ、ごめんね。やめてぇ。心が痛くなっちゃうからぁ」
「いまは、冗談を言っている場面では……」
本当にやめてほしかった。
俺が「大丈夫と言ったときには……」ね。
出会って半年で、こんなに俺のことをわかってくれたんだってのを、こんな場でこんなとき示されるってのは、マジで痛い。
(んだよこの展開。ラノベなら主人公が他の女の子と修羅場になって、で、本命ヒロインが現れ、誤解生まれてドタバタラブコメ……)
「また、同じか」
独り相撲。
この半年間、全部俺の独り相撲だった。
三組の皆と打ち解けられた。一員になれたと思った。
そう思ったのは俺だけだった。いつの間にか、勝手にそう思ってしまっていた。
多分、この三人だけじゃない。
エメロードにナルナイ。アルシオーネもきっと同様。
つたないながらなんとか小隊長をやった。
婚約者やった。
訓練生やった。
お兄ちゃんやって、師匠をやった。
少しは、「何とか様になったかな?」と気にしたりもした。
とんでもない。あくまでそう思うのも俺だけの話。最強の彼と比べたら、稚技にも等しい。
「こうなることがわかって……彼をここに連れて来たわねぇ?
『さて、青春とはすべからく、淡く切なくほろ苦く』
駄目だ。頭がぐるぐるする。まともに声も拾えない。
「そもそもが違うだろ。これがラノベなら、主人公は徹新なんだ! トリスクトさんら三人が修羅場作って、だからシャルティエや他の4人が……って! 何が言いたいんだよ俺はぁっ!」
それが最後。
「ま、待ってくださ……とっ……!」
「「「一徹! /兄さん! /一徹様っ!」」」
この場から一秒でも早く去りたくて。
最低だ。
記憶がないから、今を生きようとした。
だから、目の前のことを大切にしなくてはって思った。
それしか、俺の
何とか、頑張ろうと自分自身を保てたのは、二つの大きな環境が支えてくれたから。
学校は三組。下宿、つまりは小隊メンバー。
人と人とのつながり。支え合い。
昨日の物産展大盛り上がりまでは、全てが上手くいっていたと思ったのに。
(どっちももう、なくなっちまったよ。いまの俺の世界を構成する、
三組に居場所はなかった。
だからかな。セカイの片方を失くした俺は、きっともう片方、トリスクトさんたちの存在を心のよりどころにすることで、何とか平静を保とうとしていた。
(……漫画だけの話じゃないんだな。本当に、心から、ポキッて音が弾けるものなのか)
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