文化祭三日目 失道。力なき英雄は無用なり。英雄でない力は……
第86話 おまじない。世界レベルも真っ青な女神系お姉さんとマウスツーマウスだとっ!
「シャリエール。トリスクトさん。《美女メイド》さんにアルシオーネ。石楠さん。刀坂と蓮静院。そしてナルナイ。準々決勝で残ったのはこの八人か。想定通りだ」
決定的な場面を目にし、逃げるように物産展に戻ってきた俺は、携帯端末に表示させた《天下一魔闘会》の進行状況に目を落とした。
(ここまでくるとオッズも拮抗。賭けは、退き際が寛容なり……かな)
なんだかんだ、賭けておいてよかったと思う。
勝ち金額は9億円。一万円から賭けを始めたにしては信じられない出来だった。
だが、自分を自分たらしめる支えも無くなってしまったいま、せめてこれくらい手元に残っても、罰は当たるまいよ。
「ん……いいよ。皆」
9億の当選金を思い浮かべ、今後どう遊んで暮らそうか想像を巡らせていたとき、じっと視線が集まったのを感じ頭を挙げた。
「気になるはずだ。せっかく準々決勝にアイツらが出場する。応援には駆けつけたいだろう?」
『でも……』
鬼柳が、《ショタ》らしい《ショタショタ》に悩ましげな顔をしてやがった。
(どこか違う場所で出逢っていたらなぁ。猫耳つけて猫しっぽつけて、そんでもって……)
「はは。この妄想も、もうこの辺にしておかなけりゃあな」
そんな冗談を思い浮かべられるほど、昨日までは楽しかったってこった。
「話はさっきの通りだ。片づけはやっておく。皆は俺の分まで応援宜しくぅ!」
でも、話はそれでおしまい。
何か言いたげな顔をしていた鬼柳は、ぐっと飲みこんで踵を返した。
他にちらほらいたクラスメートたちも、遠慮がちに鬼柳に続き、闘技場に向かっていった。
禍津さんなんてご丁寧に、ペコリと頭を下げていた。
「さ、て……やっちゃおうか」
全員がこの場から離れたのを認め、動き出す。
手だ、手を動かすのだ一徹。
そうして額に汗し、忙しくしてりゃ思い出さなくて済むはず。
時間は17時を回っていた。
他クラスは誰一人として準々決勝に上がっていないため、模擬店はいまだ営業していたが、うちは目標金額達成。人員もいない。
心おきなく店じまいできるってもの。
「……へぇ。なんだかんだ言って、合計4000万円は行ったのな」
売上高の記録を見る。
今朝の止水さんで、一挙3150万位まで至っていた。その後850万を売り上げたようだった。
三組のムードは崩壊。でも、これだけ成果を叩き出す。
改めて彼らの凄さを思い知るとともに、売り子だけでここまでやれることに、自分の不要さを理解した。
「あら、もう店を閉めてしまうのかしら?」
物産店屋台に高々と掲げた看板を下ろし終えたところ。後ろから声が掛けられた。
「すみません。在庫はまだあります。でしたらお客さんを最後に……」
気落ちしていることを、なんの関係もないお客さんに悟られるわけには行かない。
営業スマイルをもって振り返った。
「って、あれ?」
「じゃあ、三縞土産に、縁結びストラップでも貰おうかな」
「貴女は確か……山本長官の」
驚きを禁じ得ない。
立っていたのは、摘まんだストラップを高々と掲げ見つめる、世界レベルモデルも真っ青なほど別嬪。山本長官の秘書さんだった。
「随分辛そう」
「え?」
「長官の、今朝の言葉が効いた?」
秘書さんはそのままの姿勢で、問いかけてきた。
「大丈夫?」
「え、まぁ。正論というか、的を射てましたから」
「そうなの」
お客さんが来た。気分を一転させなければ。そう思って雰囲気を明るくするはずだった。
しかしその雰囲気か言葉に飲み込まれたか、物産店舗周囲だけ、神妙な空気に包まれた感覚。
「魔装士官になるだけの能力がないんです」
「そう」
「霊力だか、魔力だか、自然エネルギーだか。ないわけじゃないんですが、出力の方法が分からない」
「そうね。他の訓練生は世界の理に対し、言霊を媒介させ干渉する。事象変化によって力を具現化させる。もしくは武器に力を通して使役する」
「訓練生なら誰にでもできる当たり前のことができない俺が、英雄三組に編入。皆が上位回戦に進む中、俺は初戦敗退。さっきも他校の奴らから指摘喰らいまして」
なんでだろう。今朝初めて出逢ってこれで二回目なのに。
聞いても楽しくない話をしてしまっていた。
「皆と比べて劣っている自分が許せない」
「それだけならよかったんですけど。その事実を観ようとせず、あたかも彼らと対等であるかのように振舞ってました」
「ふむ?」
ここで、秘書さんは目をストラップから俺の方に向けた。
「好き放題やって意見して。でもそれが実は、身の程知らずに我儘してただけだってのに気付きました。本来程度の低い俺が、他の凄い奴らに対し、対等だったと思うことがおこがましかった。いじらしさに腹が立つ」
意識を向けてくれたからなのか、ドンドン溜ったものが溢れ出てしまう。
他人の苦労話なんてつまらないに決まってる。やめようと自分に言い聞かせようとして、だが止まらなかった。
「俺に、凄く良くしてくれた奴らがいたんです」
「……どうして過去形なの?」
「さっき、彼女たちが本当の気持ちを
楽しいわけない。
なぜ会ったばかりの男子生徒から、トリスクトさんたちの一件を聞かなければならないのだと、秘書さんも思っているに違いない。
「彼女たちはどんな時も、どれほど俺が迷惑をかけても受け入れた。
「何を、見たの?」
「別の男子にプロポーズを。浅からぬ関係性があったんでしょう。抱きしめたり」
「ま、また……タイムリーな」
秘書さんは困ったように頭を抱え、ハハハーと空を仰いでいた。
「すっげぇ奴なんです。全学院最強の……」
「《灰の勇者》、《聖女》ね」
「ご存じなんですか?」
「その触れ込みを言われてはね。私も長官の秘書。何より魔闘会での三校生偵察の為、一緒に行動していた蛇塚少佐が連れてきたから」
「前々からいい話は来ていたんです。彼と行動することが彼女たちのキャリア成功につながる。予想は出来ていた。俺の我儘が束縛していた」
「何を言ってるの?」
「彼らの雰囲気を見て。本当は、彼女たちは彼と共にいたかったんじゃないかと」
「ちょっと」
「何らかの理由で彼の代役になった。だから一緒にいてくれただけ。なのにそれを、『うざい』とかコキ下ろした癖して拘束してた。馬鹿だったんす。だから、締め付けられてきた彼女たちの想いは、彼との邂逅で爆発した」
「一番感情の膨れ上がった場面を目撃してしまった。ショックの理由はそれ?」
「どーしていいかわからなくなって。情けない。当たり前だと思い込んでいたことは、当たり前のことじゃなかった。学校や私生活。俺の世界を作ってくれた大きな二つの支えは、本当は俺の物じゃなかったことをいまさら知って……」
「……あー
「え?」
好き放題晒した。
吐き出せば心のモヤが晴れると聞いたことはあるが、まだまだ晴れるまでの放出には至らない。
次から次へと、悩みは飛び出した。
……俺の名前。
しかしそれが、負の放流を一瞬せき止めた。
自己紹介はしていない。顔だって包帯で巻かれている。
よしんば秘書だから俺の名を知っているとして、これだけ自然に、しかも下の名を呼び捨てにしてきたことに息を飲んだ。
「フッ!」
そうして、ストラップを摘まむ手とは逆の側が、一瞬残像のようにかすれたかように見えて……
「ぎゃぴっ!」
俺の頭は、パカンッと乾いた音を立て後ろに跳ね飛ばされた。
「え、ちょっ……!」
「聞きなさい」
「いきな……」
「いいから黙って聞きなさい!」
突然のことに尻もちをついた俺を、秘書さんは両手を腰に当て見下ろしてきた。
「
……さっきの、優しくて頭よさそうなお姉さん的な雰囲気どこ行った?
「い、一方通行?」
「周囲がなんと言おうと、どう評価下そうと、大事なのは当人同士の感情でしょ」
「当人同士の……感情?」
おい、何を言っているんだこの豹変美人秘書さんは。
ここまでの俺の話を黙って聞いてくれていたはずなのに。
「『何言っているんだこの人は』的な顔して首傾げない!」
「あの、もしかして、人の心の中分かったりします?」
「
(あれぇ、なんかキャラが……)
「せっかくせめて今だけは、綺麗で知的で落ち着いた優しいお姉さんを演じていたんでしょうがっ!」
……Oh、綺麗で知的で落ち着いた優しいお姉さんだと思ったよ。
演じたって……んなカミングアウト。
「なんで自分に問いかけない。因果律の色っ、答えはもう出ているでしょうが!」
「あ、あの……」
「馬鹿だ。やっぱり
ねぇ、わからない。わからないんだが……どう考えても、突然変異した秘書さんが言っているバカって、俺のことだよな。
「あの~……」
「何ッ!? って、い、いやね。ごめんなさい。ビックリしたでしょ? フフフ♪」
あまりの変わりように、気でも触れたかと心配するほど。
声を掛けてみた。
噛みついていたお姉さんは我を取り戻したのか、元の淑やかさを醸し出した……もう、落ち着いたお姉さん像は通用しないが。
「私は、その状況が貴方の思っているほど悪くなっていないと思っているけれど」
「それは……」
「貴方が知っているはず。この半年間、これまでをどう過ごしてきたか。何を感じたのか」
「い、言っている意味が……」
秘書さんは腰に手を当てた状態から、腕を組んだ形に姿勢を変える。一方の手を自身の頬に当て、微笑んだ。
「これまでの半年。貴方はこのクラスで何をした?」
「え? ソレに何の意味が……」
「いいからいいから♪」
お姉さんははにかんで、話を促す。
「た、対人訓練に付き合ってもらって。戦術理解の為、勉強も教えてもらって」
「それから?」
「ファミレスで小隊長ミーティングがあるとき、その後にカラオケ行ったり、ゲームセンターに遊びに行ったりして」
お姉さんが、どうしてそんな話をさせるのか知れないが、そういうことなら一杯あった。
カラオケに行ったら、絶対に蓮杖院と壬生狼と猫観さんは歌わない。
ほとんど俺ばっかりが歌って「曲が古い! いつの人間だ!」と笑われた。
そんな蓮杖院は「壬生狼にデカい顔はさせん」といってシューティングゲームが上手くて。
猫観さんのダンスゲームテクは凄かった。
壬生狼のクイズ形式ゲームと落下型パズルゲームのうまさは異常だった。「ゲームであっても脳の体操は怠れない」とか、俺もそんなセリフ言ってみたい。
刀坂ときたらカラオケも、ゲームはジャンル問わずそつなくこなすんだよなぁ。
定期試験が近くなって、皆で蓮静院の住む学生寮で勉強会を開いた。
他の生徒が一棟何部屋ある通常寮でそれぞれ一室使っているのに対し、奴は屋敷一棟をまるまる使っていた。メイドさんや家令さんがいたときは驚いたもの。
「皆で準備した夏祭りの肝試しなんてハチャメチャで。アンインバイテッドなんて現れて……」
だから、その後のレストランでのお疲れ会では、ネタ話が止まらなかった。
普段は物静かでいい兄貴然してる牛馬頭は、大道具と小道具の出来の良さを賞賛され、珍しく満面の笑みを浮かべていた。
トリスクトさんといい雰囲気になった時のことを、顔を真っ赤に両手を顔に添えて恥ずかし気に思い返す鬼柳(マジで、押し倒したくなるレベルで可愛かった)。
それに対して壬生狼は「納得できない。僕たちは命を懸けたというのに、その機会を山本は!」と悔しさと不機嫌さ会いまった表情浮かべて小言を述べてきた。
「刀坂が学院に寄せられた依頼で市民プールの監視バイトを教えてくれて、奴と行ったら石楠さんたちがいて。奴が水着姿を褒めると嬉しそうなのに。俺が褒めたらみぞおちに拳が……」
そんなこともあった。
顔を真っ赤にした石楠さんが「貴方は見ないで!」と叫んだ瞬間、みぞおちが燃えるように熱くなった。
「ん」って猫観さんの声を聴いたそのとき、首筋に感じたのは衝撃。意識を失った。
目覚めた頃にはもう夕方になっていて……傍には困ったような笑顔浮かべて禍津さんが座っていた。
顔にタオルを掛けられプールサイドで伸びていた俺を、ずっとウチワであおいでくれていたのだ。残念だ。その時すで、水着から私服に着替えた状態だったから。
「結局、何もしないでバイトは終了。刀坂に『何しに来たんだ?』と言われて……」
「楽しかったでしょ?」
「それは……」
思い出せばキリがない。
スッと問いを差し込まれ、息を飲まされた。
「それが答えなのじゃないかしら」
「えっと……」
「本当に落ちこぼれに対して人がよかったからと言って、彼らと貴方がそこまで至るとは思えないけれど。危険じゃない。付き合いが深くなり、頼られ、依存されてしまったらさらにドツボ。彼らは貴方を切りたくても切れなくなる」
「だから、それがいまの状況じゃ……」
「貴方は常に自分にできることはしようとした。対等であろうと、恥ずかしくないクラスメートであろうと努力した。そういう見方はできない? だから周囲も安心して、仲間として受け入れようとしてくれた。どう?」
染み入る。
今日、いろんな奴から釣り合っていないと言われたのに。
たった一人に、このように言われただけで心がじわりと温かくなった気がした。
「貴方のクラスメートたちに対する想いは、本当に一方通行だった? 自分の世界は、自分だけの独りよがりの物だった?」
「それは……」
何も言い返せない。
「なっ!」
秘書さんは膝を折る。
目の前で膝立ちして、俺の頬に手を当てた。
確かに一瞬驚いたが。なぜか、すぐに落ち着くに至れた。
「相手を切るのは、貴方の自由。でもね、せめて相手の気持ちを確かめてからでも遅くはないはず」
(あ……れ? なんだこの感覚)
「それは三組だけじゃない。彼女たちについても同じ」
(この人……何処かで……俺は……知っているのか?)
「確かに貴方は別の男子との場面を目の当たりにした。でも、それまでの彼女たちからの貴方への想いに、嘘を感じた?」
ジっと覗いて来るのは優しい表情。暖かいまなざしに、釘付けになった。
その面立ちは少しずつ近づいてきて……
「んっ!?」
チュッという音が、小さく、確かに聞こえた。
それに、唇に当たるこの感覚。
「おまじないよ。貴方にとって、今後すべてのことが上手く行きますようにっ♪」
少しだけ俺から顔を離した秘書さん。
フッと笑って、頬に手を当てたまま、何処かの指で、俺の下唇をなぞった。
(き、キス……初対面の俺に対して? 一体……どうしてっ?)
信じられない事だった。
こんな……超絶美人ではあるがビッチ臭が時々すごい止水さん(心を読めるのが遠距離では不可であること切に願う)とはまるで毛並みが違う。むしろ神々しいくらいで女神様では? と思えるような佇まいのお姉さんが。
「さて、仕事に戻るか。さっきから連絡がうるさいし。どうやら次は決勝戦みたいね。興味はないけど、流石に授賞式は抜けられないかしら」
立ち上がり、携帯端末で何やら確認した秘書さん。踵を返した。
「あ、あのっ! 秘書さん!?」
呆然としていた俺も、流石に離れて行ってしまう彼女に声を掛けてしまった。
「調整者よ」
秘書さんは、ニィッと笑って振り返った。
「休暇中の調整者。職位は課長」
「……え?」
「かつて
「は?」
「カラビエリ。それが私の個体識別名。まぁ、いまは覚え得ておかなくても構わない。いずれ
だが、挑発的な視線で告げてくるどれもが、俺にとって良く分からないことばかり。
「と、でもねこれだけは言っておかなきゃ。
カラビエリと名乗ったゴイスー美人は、それだけ言って離れていく。
その背中が見えなくなるまで、目を離すことができなかった。
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