第84話 英雄たちと落ちこぼれ。その差を全力吊し上げっ!?

『なんだ貴様、俺たちに何か用でもあるのか?』

『面白い仮装している。所詮は地方の学院ね。こういう形でしか個性が見せられないって悲しいわ』

「ギッ!」


(やっぱり俺、コイツらが大っ嫌いだ……)


 声を掛けようとして、京都校の連中から先に気付かれたまでは良い。

 問題は、開口一番が無礼極まりなかったことだ。


(おちつけぇ。コイツラも一応、魔装士官学院訓練生。対招かれざる者アンインバイテッドを使命としてる、いわば同志みたいな……)


『ねぇ、なんなのかしら。要件がないなら目の前から消えて頂戴』

『第三学院で京都校生に話しかて構わないのは、一握りなのだと覚えおくがいい』


(あぁ、やっべぇ! ぶん殴りてぇぇぇっ!)


 あれだよ、その高慢ちきで涼し気なキレーな顔に、拳突き埋め、鼻っ柱を砕いてやんよ。鼻血ぃ吹かせてやる。

 そして、俺専用脳内◇◇には、別のモノで突いてやんぞ? んでもって違うもの噴かせてやろうかコラ。


 湧きあがる物を抑え込み深呼吸して落ち着かせる。

 切り出した。


「いや。校内で迷子になっていたこの娘を見つけてな。はぐれたんだろうが、その保護者を探そうと……」

『なんと、言った?』


 京都葛切くずきりどころか葛餅くずもちどころか。ほんまもんのクズどすえ(いいね、お前これから《クズどすえ》決定な?)は、不快気な顔を向ける。ゆっくり立ち上がった。


ソレ・・の保護者を探しに来た……だと?」


 《クズどすえ》は、静かに紡ぎ、凜を見下ろした。


(お……い……)

 

 凜は、ギュッと目をつぶって俯き、両こぶしを握って震わせていた。

 まるで、これからの何かに構えるように。


『貴様……許可もなく口を開くなとあれほど……』

「おーっと、そこまで。お兄さんそこまで!」


 すべてを言わせ切ることはさせなかった。当然だ。話終わりには、すでに手が出ていたから。

 平手打ちを見舞おうとして振り上げた腕を、慌てて掴んで止めた。


(この野郎、マジでっ……!)


『放せよ? 誰の許しを得て触れている。愚物が』

「放すかよ。どう見てもまだ十も行かねぇ餓鬼ガキぃ手ぇあげるとか。どっちがプッツンなのか一目瞭然じゃないかぁ?」


 前回の抽選会では驚いてしまって動けなかった。

 今回は違う。許せるわけがなかった。


 ある程度確信はしていた、凜への虐待。

 それが自然と、《クズどすえ》への挑発へとつながった。

 わざとふらふら頭を揺らし、人差し指を頭の横でグルグル回して見せた。


「まずは安心しろよ。この娘は一言も俺と言葉を交わしちゃいない。アンタに声を掛けたのは、前回の競技会抽選のとき一度会っているからだ」

『冗談も休み休み言えよ?』

「水脈橋。洋食店のランチバイキング。東京校の最強小隊との邂逅かいこう

『なるほど? そういうことか』


 小刻みに首を縦に何度か振る《クズどすえ》。奴からの表情も挑戦的だった。


『良かったな。喜べ。貴様のことは覚えている。最強だのと過大評価される身の程知らずが俺を無視するきっかけとなった、鼻持ちのならない奴』

「そいつはどうも。とりあえず手ぇおろしてもらっていいかな? 前回の一件で、俺はアンタらが彼女に理不尽なことをするって認識してんだ」

『ほぅ?』

「ここに来るまで、アンタらに怒られないようにと、この娘は色々気を付けているように見えた。きっとアンタらとの約束事やタブーは破ってない。殴る理由はない」


 正直、綺麗な顔には似つかわしくない程に凄みがあったが、ここで俺も負けちゃいられない。

 必死に食らいつき、顔を近づけ、メンチをくれてやった。

 

(……届いてくれたか?)


 フッと笑って、《クズどすえ》は手をおろす。


「あっ!」

「てめぇっ!」


 否、おろしきったかというところ。急に腕をしならせ、凜の頬を打ったことが、彼女の小さな悲鳴を上げさせた。

 ノーモーション。止める暇もなかった。


『いいのか? たかぶりに任せ、第三学院生が京都校の生徒に殴りかかるか? これほど衆目がある中で』

「くっ!」


 襟首をつかんで顔を引き寄せる。が、その言葉に牽制され、身動きが取れなくなった。


『フ、フフフ、ウフフフフフ』

「んだテメェ。何がおかしいんだコラ。いっそホニャララしてニャンニャンからのピーピーで笑えなくさせてやろうか?」


 それを目に、俺専用脳内◇◇が口元に手を当て笑いだす。


『えぇ、おかしいもの。これがあの、三年三組の一員だなんて思うと。そうよね貴方?』

「何が言いたい」

『私たちが魔装士官候補生である前に、退魔師であることを忘れている』

「だから、それの何が言いたい?」


 あぁ、ハラワタが煮えくり返りそうだ。

 すぐにでもジャケットの胸元に両手をかけて、左右に観音開きさせてやりたい!


『あくまで魔装士官というのは、アンインバイテッド討伐をお題目とした、各要素に秘匿性高い退魔師一族それぞれを纏める、大義名分に過ぎないの』

『使役する力は、加護を、仏から受けた者か、はたまた神か、自然エネルギーから受けたかで違う。当然、属する各退魔一族の訓練方法から、各種儀式まで、他家に明かせないものも存在する』

「いったい何が言いたいってんだ!?」

『もし、ソレ・・が受けている苦行すべてが、鍛えるための儀式の一環。修行の一部だと言ったら? その中に、私たち以外の者との接触を限りなく控える必要があるのだとしたら?』

「なっ!」

『魔装士官を目指して訓練している貴方は、知らずのうちに退魔師の世界と道を歩んでる。なのに他流派の修行方針に口を挟む。それこそが問題であるという事を、どうしてあの三組の人間が分からないのかしら』


 飛び出したのは、予想だにしない話。


 魔装士官というのが、多種多様な力をそれぞれ専門とする各派閥を纏める一種の概念である……というのは、聞いてこなかったわけじゃない。

 だがそれゆえ、門外不出の修行方法について、厳しく管理してることまでは考えが及ばなかった。


 それに何より……


(俺が、凜の打たれた理由を作っただと? うかつな行動が凜を殴らせたのか)


 諸悪の根源は俺にあると、さも当然に京都校二人が語ってきた。


『筋を違えていることをこの男が自覚していないのは当然だろうな。何しろこの男は、三組の落ちこぼれだ』

「ッツ!」


 そうして、また言われてしまった。

 今日になって何度も聞くようになってしまって、そしてもう聞きたくない言葉を。


『腹立たしい。英雄と讃えられるのは、混じるような者・・・・・・・が、妖魔と仲の良い退魔師の面汚し共をまとめるクラス』

『そして今年、そこに能力も何もない編入生が入った……というのは、かなり知られた話なのよ?』

「なん……だと?」

『貴方よね。武術大会の試合結果を見ればわかる。貴方以外の全員、上位回戦に進んでる。貴方は一回戦負け。早めに来場しなくて正解だった。試合を見るに値しない』

『少し哀れみすら感じるな。どうだ文化祭は楽しかったか? 滑稽こっけいじゃないか。いずれ大会で判明する貴様の劣等ぶりを、刀坂たちは気遣い、他の奴らは優しく接してくれたか?』

「がっ!」

『フフッ。図星のようね』


 何も、何も言えない。


 京都から来たような奴が、俺が噛みついてからのたったの3分で、まるで今日一日を見てきたかのように、ここまで言ってのけた。


(それだけ酷かったってことだ。この結果になると予想でき、三組に所属すること自体が懐疑的な話題として広まるほど、英雄たちと落ちこぼれの差は酷かった)


『それともそうではないのか? 当人たちの話を聞いてみたいじゃないか。なぁ、刀坂鉄。石楠灯里?』

「え?」


 予想外の展開は終わらない。


 とうとうと語ってきやがった《クズどすえ》は、急にあらぬ方向に声を上げた。


(……最悪だ)


 奴の視線の先を追うように、振り返った先。刀坂と、石楠さんが立っていた。


 声を掛けようとでも思ったか。

 刀坂は手を伸ばしたまま固まり、石楠さんは、下唇を噛んでいた。


「貴様らの方はどうだ? ひがしの。そしてそこのソイツは」


 さらに、蓮静院と猫観さん。苛立たし気な顔をしていて、歯を食いしばっていた。

 他にも数人、三組の人間はちらほらいて、複雑そうな表情で、俺から視線をそらしていた。


 当然のこと。


 準決勝のカードに向け、上位回戦は佳境。

 先ほどの蓮静院、猫観さん戦しかり。多くの三組連中は、出場や応援のため、この場にいなければならないのだ。

 

『おい、見ろよ。アイツらしいぞ? 例の』

『あれだろ? 英雄クラスの落ちこぼれ』

『っとにバラエティ豊かというか。自分で退魔の格を落としていることにどうして気付かないのかね。妖魔に、混じってるやつに極めつけは……無能とか』

『何が英雄三組なんだって。仰々しい《人魔の暁》って称号も、ただの皮肉だってことに気づいていないのか?』

「ハハ……ハハハ……」


 ま、当然だろうが、やっぱり心には来るわけで。


(……コイツらにだけは、聞かれたくなかったんだがなぁ)


 京都校の奴らだけじゃない。

 今日ここに足を運んだ、他の魔装士官学院生も話を聞いていたようで、皆好き放題口にし、嘲り笑っていた。


 惨めだよ。

 俺が笑われること。それは当然ある。だけど……


(まただよ。また俺のせいで、クラスの奴らが馬鹿にされちまう。株が……下がっちまう)


 自分の心配だけしてろってやつ。

 俺が、英雄たちを心配するのはおこがましいかもしれない。


(改めて思っちまうな。たった半年で、随分俺の中でのコイツらに占めるウェイトは大きくなっちまった)


 でも、俺のせいでコイツらに迷惑をかけてしまっているという自負が、胸を苦しくさせた。


『おい貴様、いつまで落ちこぼれと共にいるつもりだ。さっさとこちらへ来い』

「……いいよ。行きな? ごめんな。助けてやれなかったわ」


 《クズどすえ》の命令に、手を繋いでいた凜は顔を見上げてきた。


 ただ、謝るだけしかできなかった。


 手を離し、彼女の背中を軽く押すことで、自分の手で《クズどすえ》の方に促すのが、自己嫌悪に陥らせる。


『ではもういいかしら。身の程が分かったなら、さっさと下がりなさい』


 畜生。

 悔しすぎて、俺専用脳内◇◇で妄想する元気も、もう出てこない。


『……いけませんねぇ。学院は違えど、同じ目標を持った同士だというのに』

「え?」


 そんなとき。新たな声が、後ろから降った。


『まぁ、それでも貴方たちの言うとおり。彼には魔装士官としての才能はないようですが……』


 ポンと、肩を叩かれる。

 そうして、俺の前に出て、京都校二人との間に割って入った者がいた。


『それでもやはり、言いすぎなきらいは見られます』

『こ、これは蛇塚少佐』

『ご無沙汰しております』


 現れたのは、東京校の教頭。

 本職としては、少佐位にある《蛇塚なんちゃら》だった。


『戦術講義。戦略シミュレーション。戦闘考課その他。確かにそれら科目は魔装士官として必要不可欠な知識。山本君は難しい状況にあるかもしれません。が……』


 いつも見せるような悪辣な笑みは身をひそめ、優しく諭そうとする。まさに教育指導者の顔をしていた。


『落ちこぼれと連呼するのはいただけません。一般教養課程ではなかなかの成績優秀者。半年も対策を取れば、最難関国私立は十分狙えるポテンシャルにある。まぁ、一般総合大学ではありますがね』


 《蛇塚なんちゃら》は、「後は自分に任せろ」と言わんばかりに、俺にウインクを送ってくる。

 再び、京都校の二人に声を上げた。


『確かに昨今、異世界からの脅威が転召されることで、魔装士官の重要度は今後一層高まる。ですが忘れてはなりません。この国のまつりごとを回し、法でもって秩序を保ち、経済をこねて発展させるは誰かを』


 京都校の二人は、想定外の人物の登場にプレッシャーを感じたのか。明らかに戸惑いの表情を見せた。


『我々の職務は確かに重要。しかしそれ以外の業界や分野も捨て置けません。そこで活躍し貢献できる者も確かなる国の宝。彼にはそうなりうる潜在能力を感じます』


 だが、困惑をしているのは実際のところ、


『山本君』

「は、ハイ」


 俺も同様だった。


『君も今日、色々思うところはあったでしょう。ですが悲嘆してはいけませんよ』

「それはそうかもしれませんが。ただそれでは、蛇塚少佐のお考えは……」

『いっその事、屈辱をバネにされてはどうです? 『財務省に入省し、予算面でいつかは魔装士官業界に倍返ししてやる』とでも思うだけの気概……いえ、それでは私も困ってしまいますが」


 なんだろう。

 いつも見せるのは毒蛇のような笑顔。いまは安心できるような優しい物なのに。

 それが気持ちが悪い。


『この場は私が預かります。お三方がこの場にい続けても、きっと状況は好転しない。何より、他の観客から注目を浴びるのも良くないでしょう」


 それに、結局。

 この人の言っていることも、他の奴らとまるで変っていなくて……


『山本君。少し付き合いなさい。貴方にこの件について、もう少し深くお話したいと思いますので』


 ただ単純に、やんわりと。

 俺は魔装士官業界にはいらない存在なのだ……と言っているに過ぎないんだ。


 こうして俺は《蛇塚なんちゃら》に続いて、魔闘会場を後にする。迷惑をかけた3組連中に、視線を向けることも出来なかった。

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