文化祭三日目 小隊崩壊。絶望は、カタルシス前のお約束(後編)

第83話 心の読める綺麗で謎なお姉さんの瞳に、幼女は一体どう映るっ!

「おぉっ! わらし、童よ! こっちじゃこっち!」

「……大声を上げないでもらえないかなぁ。恥ずかしいからぁ」


 遠くの方からでっかい声で呼ばれています。

 見つかったのがきっと運の尽きに違いない。


 凜と共に文化祭を回っていた。


 相も変わらず周囲から「変質者」だの「犯罪」だのと囁かれているが、顔中に包帯を巻かれた俺と手を繋ぎながら、りんご飴をなめているこの愛らしい幼女とのツーショットが、どこか仲睦まじい年の離れた兄妹の図であると信じたい・・・・


 そうして遠くの方に、ミツグさんたちを率いて歩く止水さんを見つけたのだが、認めた瞬間、冷や汗が流れ出、身を隠そうと離れようとしたのだが、気付かれてしまった。


「んもぅかわゆいのぉ♡ わらわのことを探しに来たのかえ? もしや先のことが気になって……嘘でも嬉しそうな顔を作らんか。せめて心が嫌そうな色を出すなら」

「心が読めるなら却ってその方が嫌でしょう。外面で取り繕われているのが分かってるのに」

「むぅ、可愛げのない」


 そりゃ、嫌になる。


 声を遠くからかけてきた止水さんは、ずんずんと地響きを轟かせそうな強い足取りで俺に接近。

 俺の首を、その胸に抱き寄せるんだから。


 馬鹿言っちゃいけない。胸にうずまるのは大歓迎だ。

 しかし、幼女と手を繋いでいることでただでさえ変態判定を受けているうえに……


「フフッ! じゃが、正直者は嫌いじゃないぞえ? あまた衆目を惹く美貌のお姉さんに抱き着かれ、一層の嫉妬を受けるのが辛いか」

「分かっているなら離してください!」


 抱き寄せられ、オッパイに埋まって真っ暗な中、耳元にささやかれる。

 やっぱビビる様、わざとやっていやがったな。


「良いんですか止水さん?」

「何がじゃ」

「何って。こんなに多くの男の人たちからの好意を利用して。色々とお世話すぎるお世話になっているんでしょう? なのにこんな、見せつけるようなことをして」


 思わず離れて言ってしまった。

 身につまされる思いで、やりきれないから昂ってしまった。


 当然だろう?


 先ほどからの「幼女偏愛者」だの「ロリコン異常者」に追加して「爆ぜろクソ野郎!」だの、「なんであんな普通の奴があんなお姉さんと」とか「クソッ! 死ね!」って言われるんだから。

 つか、ねぇ。死ねは……酷くね?


 で、そんな中でさらに、止水さん逆ハー要員の反応が気になってしまってしかたがない。

 嫌だぜぇ? こんなことで恨み買って、何処かで刺されたらと考えると。


「あぁ、そういうことか。構わんよ? それ相応の例は毎日しておる」

「それ……相応ですか?」

「おっ♡ 察しがいいの」


 フッと、その言葉を受けて、止水さんの悩まし気な顔が浮かんでしまう。

 これにお姉さんは、前かがみになって、いたずらっ子のようにはにかんだ。


(……重力で、たゆんたゆん……)


「とはいえ、妾はバリバリ一途ゾッコンラブじゃからな。現実でそうさせるわけには行かぬ」

「……は?」

「男どもは、毎夜妾との熱い夜を過ごしておると信じておるよ。夢の中での?」

「はぁぁっ!?」

「何もおかしいことではなかろうの? 心を読める妾じゃ。心に介入することだって。その気になれば連続した強い印象を残し、当人の記憶を刻み込むこともできる」

「じゃ、じゃあ……」

「そうして、何もなかった一夜を越し、翌日の朝に、妾は男たちにこう告げるのじゃ♪」


 顔を寄せた笑顔の止水さん。急にとろんとした目、とろけた表情を浮かべて、顔を赤く染め始める。俺の頬に、手を添えた。


「おはよう。昨日は凄かったね。でも、貴方を感じられて……とっても嬉しかったっ♡」

「んなぁっ!」

「100人が100人、コロッじゃよ?」

「悪女!」


 やれやれと、肩をすくめて首を振る止水さん。

 催眠じゃねぇか。なんつぅ怖い人だこの人!


「……と?」


 悪戯好き(悪戯すぎる)な止水さんに、一つ力ある言葉を解き放った時、凜が手を引く。

 それによって、止水さんと距離を取られた。


「むぅ? なんじゃ、大人のお姉さんにお兄ちゃん取られそうでヤキモチかの。女はいくつになっても女じゃのぉ。いやぁ、これは本気で洗脳してでも手に入れたくなると思わせるほどモテるのぉ童」

「洗脳しなくていいですから!」


 変わらず凜は無表情で、しかし止水さんはそれに構わず、楽し気に声を上げた。


「ところで……なんじゃそのちんまいのは?」

「遅っ! 今更過ぎて遅っ!」


 ねぇ、いま貴女当たり前のように凜に笑いかけてたよね。!

 寧ろ先にその質問をすべきだよねっ!


「ふぅむ……」


 じっと止水さんは凛を見下ろす。目を細めた。

 見つめられることが嫌だったのか、凜は俺の後ろに隠れて、脚にしがみついた。


「面白い……の、その娘」


 止水さんにはそんなことはお構いなしだった。しゃがみ込み、凜と同じ目の高さにして変わらず見つめ……いや、観察していた。


「童、本当にその娘、何者じゃ?」

「え? 迷子の女の子で。京都から来たみたいなんですけど、連れてきたであろう保護者は一応知っているので、文化祭を回りながら、連れて行こうと……」

「京都……じゃと? 妾は聞いておらなんだ。そんな話」

「話?」

「では、この世界の人間なのは間違いないのじゃな?」

「え? 質問の意味が……」


 質問してきたから、答えを返す。

 耳に入れたはずの止水さんは微動だにしない。ただただ凜だけをジッと見つめている様子が気になった。


「あの、面白いってどういうことです?」

「よくあるじゃろう? 昔別れた、かつては心の底から愛した男と再会してしまったあの感覚じゃ」

「ど、どの感覚ですか?」


(例えが分かんねぇよ。せめて彼女とかにしてくれよ。年齢イコール彼女ゼロ歴な俺だけど)


「再会してしまった元カレの隣には現在の恋人が立っておる。鉢合わせしてしまい、場には気まずい空気が流れた」

「はぁ」

「そんな元カレからは、会話や雰囲気の端々に、かつて恋人だった頃の自分が残した気配が感じられた。しかし同時に感じるのじゃ。現在の恋人が与えた影響もな」


(おっとぉ?)


 クイッと首をかしげる止水さんの、凜を見つめる瞳には、どことなく寂しさと慈しみの感情が見えた気がした。


「この小娘からは懐かしい匂いを感ぜられる。妾の良く知るものがの。しかしその上に、新たなエッセンスがかぶさり、纏っておると言うかの」


 鈍感乙ですよねぇ。

 まったく話についていけなくて、うなだれるしかない。


「まず間違いなく、母様の老廃物。その内訳は……いや、きっと知ることは出来なかろうな。管轄が違う。ククッ、心にプロテクトがかかっておる。さながら、証人保護プログラムでもあるまいし」


 急に、ブツブツと呟き始めちゃったし。


「じゃがこの小娘危ういのぉ。これ・・の存在を認め、放置したか。またなんとも冒険をしたものじゃて」

「あのー、止水さん?」

「……さすがはこの世界の神たちといったところか。あの馬鹿弟の姉御殿も、その他の数多神々も、妾とは格が違いすぎるの。妾なら間違いなく……」


 疑問がひらめいたようで、しかしすぐに答えが見つかったようで、凜を覗く止水さんは、ころころと表情を変えた。


「コロ……」


 しかし、俺がジィっと視線を送っていることに気付いたのか、慌てたように、なんでもないとばかりに両手を振って笑みを作った。


「童へのこの色が気になるのぅ。ま、ただ、どちらにせよ、妾らには干渉してよい領域ではなさそうじゃの。それは……童も同様じゃな」


 結局、俺には何の話か分からないまま、止水さんは立ち上がった。


「ちんまいのへの、虐待が心配かえ?」

「え?」

「童がその娘を連れまわしている理由じゃよ。ただ保護者の元に連れて行くならば、このように文化祭を回らず、直接行くのが筋」

「また、俺の心を読んだんですか?」


 ここで語り掛けてきたが、突っ込んだ話だからため息を禁じ得ない。

 そりゃ、この人の前で隠し事は出来ないが、こうも直接言ってくるかよ。


「あまり干渉しない事じゃ」

「あっ……」

「人にはそれぞれ、テリトリーというものがあるでの。不用意に踏み込み、荒らすことで、予想だにしない問題が起きる可能性がある。そしてそれは時折、当初あるはずのなかった因果可能性に繋がることにもなりうるでの」

「それって、どういう……」


 予想外の追撃。

 聞き返そうとしたところで、再び止水さんは豊乳に抱き寄せた。


「童がそれに黙っておれぬのは知っておる。そういう男じゃから。それでもダメなのじゃ。この世界の問題ゴタは、この世界の者が処理すべき。じゃが一徹・・お主はもう・・・・・……」


(『この世界のゴタはこの世界の』って、それはどういう……)


「おっと! 時間を取ってしまったの」


 ささやかれたことの意味が分からない。

 疑問は頭を浮かんでしまって……それ故なのか、急に止水さんは俺を開放する。頭を、なでてきた。


「あ、何処に?」


 それが、止水さんとの別れ際だった。


「チョーット、学院内の散策に。そう言えば、校内裏手の池に小さなホコラがあるようじゃな。寺社仏閣マニアとして、是非とも参拝せねばの」

「寺社仏閣マニアって、初耳なんですが」

「当然じゃ。童とは今日初めて会ったんじゃからの」


 うん、それが信じられないんだが。

 踵を返し、俺に向けた背中に対して、どうせ心の中が判ってしまうのを承知で、疑いをぶつけてみた。


「ウヒッ!」


 まずい。

 怒ってしまったかと思った。

 

 離れて行くと思ったところで、振り返ったからだ。


「……いつまでも、童の心を縛り付けるなよ・・・・・・・・・・・? それが一番主の望まぬところであろ・・・・・・・・・・・・・?」

「は?」

「さて! 行くぞいミツグ君AtoZ」

『『『『『……はい』』』』』


 しかし俺に振り返ったわけではない。

 止水さんが流し目で射止めたのは、凜の方だった。 

 

 何やら凜に対し、口ずさんだかと思うと、ミツグさんたちを率いて、今度こそどこかに行ってしまった。


 ◇


〘勝者! 蓮静院綾人選手! 次の試合進出です!〙

『『『『キャァァァァァ! 綾人様ぁぁぁぁぁっぁ』』』』

『ネコネたんが。俺たちのネコネたんがぁぁぁぁ!』


 ひとしきり模擬店を回り、たったいま司会者のアナウンスが聞こえた通り、闘技場に到着する。


「蓮静院と猫観さんの戦いだったのか。ま、賭けには乗れねぇけどな。どっちも互角に見えたし。それよりも……」


 試合数も進んで、盛り上がりも決勝に向かって高まっているように思えた。

 少なくとも俺の試合の時より、観客の人数も応援の声も大きい。


 特に、綾人様ファンクラブとネコネファンの数は多いから、相当な盛り上がり。


 その他にも、気になる者はちらほら観客席にいた。


『さすがは東の名門の御曹司といったところだな』

『でも、対策は纏まりそうね。競技会までに仕上げてみせる』

『当然だ。人ならざる妖魔と友好関係にある、退魔の面汚し。いつまでもデカい顔をさせるわけには行かない』


 どこかの学生さんには違いない。

 詳細のところまではいかないが、俺と似たタイプの制服。ならば……


「他の魔装士官学院生ってことになるんだろうな」


 先刻予想したのは大当たりだった。  


『ん~カーワイイねネコネちゃん。あの子も俺のものにしちゃおっかな♪』

『悪い癖が始まったよ。ウチの学院のように簡単にいくと思うなよ? パートナーの槍使いの男、さっきの戦いヤバかったろ?』

『あぁ、人ならざる者っしょ? ヨユーヨユー! ちょっと今回ばかりは俺も本気出しちゃうから。クソ妖魔なんて瞬殺だって。三縞校、女の子皆結構レベル高いんだよねぇ』

『石楠灯里もだけど、禍津富緒だっけ? もうでっかくてでっかくて!」

アレ・・絶対俺のモノにするから。あぁいうの好き放題滅茶苦茶にしたいんだよねぇ~』

『随分余裕じゃねぇか。あのクラスには……』

『刀坂だっけ? 俺アイツ嫌い。混じってる癖・・・・・・して退魔師名乗るとか』

『んなこと言ったら、石楠灯里も……』

『バァカ! 俺のハーレム要員所有物ならいいんだよ。他にも狙っている子が多くてさ。一年生ですっごく可愛い娘が二人いたじゃん? 爆乳の娘なんてもう……爆乳っ! それにあの三年のクールビューティ。あの娘、コトの最中・・・・・どんな顔すんのかな♪ ヒィヒィ言わせて、でも許してやらねぇの』


 この大会を敵情視察として訪れた他学院生の多いこと。

 こうして戦略を練って、本番にぶつけるのだろう。

 

 ……口数の多い何処かの生徒には苛立ちしかないが。

 一年生の可愛い子二人と三年のクールビューティが誰かは分からんが、刀坂にボコボコにされちまえばいいと思う。割かしマジで。


「……と、いた」


 その中に、いた。

 抽選会で悪印象しか残さなかった、京都校の二人組。


(クズ男は別として……あぁ、やっぱり俺専用脳内◇◇、綺麗だなぁ……)


「……それで、大丈夫だな? 凜」


 認めて、凜に声を掛けた。

 

 クズども二人が凜に何をしているのかは気になってしょうがない。

 でも、いつまでも二人から離れていたことで、前回のような凜への仕打ちが再び発生するかもしれないと思うと、帰すしか手がなかった。


「うぐ……」


 あぁ、胸が痛い。


 んな、手を繋いでジッと俺を見上げないでくれ。

 俺だって本当は、帰したいと思っていないんだから。


 それでも……


「行こうか」


 手を引いた。一歩踏み出した。

 クズどもの元へ、凜を返すために。

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