第82話 はぐれ美幼女が、仲間になりたそうにこっちを見ているっ!-2
(ほんっとうに、何もかもぶっ壊してくれやがったなあのオッサン)
『や、山本……』
「おう、お勤めゴクローさん。売り上げの方はどうだ? 捗っているか?」
『あ、あぁ、何とか……』
試合が終わって、さっさと物産展に帰ってきちまった。
帰りずらいってのは本当。外回りや売り子どころか、完全にサボってやろうとも思った。
だがオッサンの襲来によって、コイツらにでっかい爪痕がつけられちまったから、モチベーション最悪の状況を捨て置くわけにはいかなかった。
試合で離れている間、少しは物産展運営のやる気も戻っているかとも思った。
戻っては、いなかった。
『し、試合の方はどうだった?』
ひっでぇの。皆は俺から目をそらすし、《主人公》の笑顔はぎこちなさすぎ。
どうやって付き合っていいかわからないって顔していた。
(ハッ! 編入して初めて会ったときよりも不自然だっての)
「負けたよ。相手は《美女メイド》さん。何が何だかよくわからないうちに終わっちまって。
『あ、すまな……』
「気にすんな。俺だって最初からわかっていたことだし」
さぁて、どうしよう。
こちとら、クラスメート達にウザがられても、しょっちゅう突っかかっていたものだった。
反対に、コイツラから声を掛けてくれたことも多かった。
(それがいまじゃ、同じ場所にいるだけで、こうも心が重くなる……)
「これから外回りに出るよ」
申し出てみる。気づいたことがあった。
文化祭で二日間はずっと外回りに徹していた。
どうして最終日だけ、物産展で活動していたのだろうと。
それに……
(そうか、だからこれまで問題はなかったんだ。
そこに至ると、この半年間、思い当たることは多かった。
みんなと合わせるのが怖かったから、最終的に俺は山本小隊という自分の世界に収まり、安心してしまった。
山本小隊という世界があったから、以前の肝試しも、トリスクトさんと二人でビラ配りなど、三組とは一つ離れたところで行動ができた。
(なのに、三日目は
卑屈な考えだろうか?
でも、良いじゃん。言い訳はできるだけで、気持ちは少し楽になるんだから。
根本的な解決じゃなかったとしても。
「皆、ゴールを決めよう」
分かって、呼びかけた。
何を言っているのか皆はわからないような顔をしていた。
(なんだよ石楠。苦しそうな顔すんなよ。お前らしくない。蓮静院も猫観も。そんなキャラじゃないだろう?)
「
『あ、あのあだ名……いえ。なんでしょうか……』
「牛馬頭も」
『……あぁ』
「悪いんだけどチャッタラーにも告知しちゃって、それ目当てで来てくれたお客さんにはお金を使ってもらっちゃった。ツアーガイドの件だけはお願いしてもいいかな。申し訳ないんだけど」
今日がツアーガイドの番だった二人も、どんな感情を表すべきか悩む貌を見せていた。
「
なんだろう。自分でもこんなことは言いたくない。
あえて、遠ざけている感満載だし、聞きようによっては悲劇の俺KAWAISOOOO! 感あって、一層嫌われそうだし。
でも、事実にはちがいない。
「文化祭は準決勝以降も続くが、三組に限っては、大会にかかるメンバーも多い。付き合い長い仲間が優勝を争うんだ。応援駆け付けたいだろ?」
『それって、もしかして……』
いいね、刀坂。理解が早くて助かる。
「
モチベーションは地に落ちた。
このまま継続するのも、きっとみんな苦しい。だとするなら別に悪くない考えだと思った。
「在庫整理や物産店舗の後片付けは俺がやっておく。皆はシッカリ応援しとけ。そしたら決勝が終わって以降もスムーズに、文化祭は終わる」
『山本?』
「本当は俺も応援に駆け付けたいところなんだが。なんつーか……闘技場恐怖症? さっきの試合が色々トラウマでさ。しばらく見たくない」
だってそうだろ? ちゃんとこうやって応援に行く皆と、後片付けをする俺で、
「もうこんな時間か。大丈夫か? 人によっちゃ試合近いんだろ? 闘技場に向かった方がいいんじゃないのか?」
そう。セパレートだ。いつもと変わらない。いつもと……
「頑張れよ! お前たちは、憧れの存在みたいなもんなんだから。これでも応援してんだぜ!?」
憧れているのは本当。
完璧人間や完璧超人集うこのクラス一人一人、俺にとって恩人だから。
「狙うは優勝! 優勝だ!」
少しでも気分を盛り立てようとして、おどけてみた。
当然だ。暗い顔は彼らには似合わない。
最後の文化祭。途中でケチが付いちまったが、最後くらいはいい思い出で締めくくらせてやりたい。
◇
「さて、そろそろ
風俗店客引き看板とコキ下ろされた我が相棒(大戦斧にベニヤ版を張り付けたものだから間違ってはいない)を掲げながら、道を行く。
包帯で顔をグルグル巻きにしているから、通りすがる色んな生徒や来場者から悲鳴をあげられてしまった。
たった数時間前。今朝の事を思い出した。
石楠さんにボコボコにされたときは酷いとも思ったものだが、いま思えば、じゃれ合いにも思えた。
どうなのかね。きっと元の関係には戻れないと予想できてしまうから、一層に良い思い出のようにも思えるのかもしれない。
(まただ。大切なものはなくしてから気付くってやつ。どうして俺ってのはいつも……)
「えぇと。次は禍津さん対リィン戦か。ちょっと助かったな。リィンだ。間違いなく。ハハッ!
変なことを考えるのはやめだ。
目の前のことに集中しなくては。
「一、二回戦は全試合終了。参加者全員が戦いを終え……三回戦目か。結構煮詰まってきた。おっとこのカードもったいね。壬生狼対蓮静院。もちっと後で見たかったけど。ここで二人のパワーバランスが決まりそうだな。
どんなところにも、悪い奴というのはいて。この学校も例外ではない。
《天下一魔闘会》の勝敗で賭け事を行う不届き者がいた。何を隠そう、
「英雄三年三組は勝率は高い。一年最強の二人とトリスクトさん。なぜかシャリエールも参加しているが、全員強いって認識が広まってるからな。手堅くかけるなら間違いはないが、リターンは少ない」
俺の実績を言いましょうか?
大勝ちでやんす!
「ククッ! だからリィンとエメロードは大穴だ! 可憐な美少女。看護学生が戦いに強いはずがない……だが、俺だけは知っている!」
それが大勝ちの理由。
決して強くないどころか、戦いとは無縁そうな見た目の美少女二人。
対戦相手は、軒並み腕自慢を自負する。
強そうな奴に賭け金が集中する中で、俺は常に逆に張った。
「俺の試合の時も、まさか訓練を積んだ訓練生に、《美女メイド》さんが勝てると誰も思わなかったんだろな。1万が45万になり。リィンとエメロード二人の2戦で大穴配当。6000万なんだよなぁ」
うん、非常に複雑だね。
クラス目標を3000万円にしたのに、ギャンブルで倍額買っているとか。
「まぁ、流石に3戦目からは二人にも票が集まるだろうが、今回禍津さんってのが助かった。ただこれに勝っちゃうと……6億近いんだけど。元締めの野郎、払えるのか?」
元締めの野郎については、一応この学生の生徒だから知っている。
そもそも、言っちゃあ闇賭博に間違いない今回、話に乗ったのは、それが大きかったからだ。
ただ、ここまで賞金がデカくなると不安は禁じ得なかった。
元締めがこの学院の生徒。話も、そいつから持ち掛けられたこと。とはいえ、面識はまだ一度もない。
急に、俺の携帯端末あてに、学年、生徒番号、連絡先と名前が表示され「やぁ、魔闘会の勝敗で賭けをやらないかい?」というメッセージが送られてきただけだから。
(最初は少額の小遣い稼ぎくらいにしか思ってなかったから、特に気にも留めなかったんだけど、ここまで膨れ上がるとはなぁ)
一応、魔装士官(訓練生)を賭け事にするのは何でも世界初(アメリカとか中国、ヨーロッパには同職がいるらしい)という事だから。
裏の方で世界相手に、試合中継をするとともに(お、俺世界デビュー?)、賭け金出してもらえるよう展開していると聞いてはいるが。
「この際、期待するしかないんだろうなぁ。就職は無理そうだし。老後まで賞金を少しずつ崩してだなぁ……ん?」
と、そんな時だ。
上向いて妄想していたところで、制服のすそがクイッと引っ張られた。
「え? おま……」
目を落とす。息をのんだ。
「……凛?」
まさかのお客さん。
相も変わらず無表情のまま。純粋そうな瞳が、見上げていた。
「どうしたんだ。久しぶりじゃねぇか。元気にやっていたか?」
年度末の競技会に向けた、東京は水脈橋で行われた抽選会。そこで一度だけ会った美幼女こそ、俺のすそを引っ張っていた相手だった。
「ん、どうしたんだ? 首なんてかしげて」
久々の再開。
笑いかけてみたのだが、凜は不思議そうに首をかしげて、俺の頬をポンポンと優しく叩いてきた。
「お、これか? ちょっとばかりオイタが過ぎてボッコボコに。お仕置きってやつ。にしても、包帯グルグル巻きの俺を良く気付いたな」
「お仕置き」という言葉に反応したのか、彼女はびくりと体を震わせた。
口をへの字につぐみ、今度は撫でてくれた。
(そうか、この娘は確か……)
「お前は、あれからどうだったんだ。大丈夫だったのか? その、京都校の奴らと」
問いに示されたのは、俯き黙ってしまう反応。
なら、やはりあの後、相当に厳しい処遇にあったことが伺い知れた。
得も言われぬ苛立ちが体を占める。が、それで俺が怖い顔をしていては、きっと凜がおびえるかもしれない。
何とか、葛藤を飲み込み。彼女の両肩を手で抱いた。
「あの二人も、今日ここにきているのか?」
彼女は口がきけない(話したところを見たことがない)からか、俺のスマホに指をさす。
例の
「参加者には、京都校からの人間はないはずだけど」
始めこそ、意図が分からず、俺も首をかしげることになってしまったが、理解した。
「偵察か。年度末の競技会に向けた、三縞校トップランカー対策のための情報収集」
凜はうんうんと頷いた。
考えてみたら当然。
年度末の競技会は、全訓練生総動員して競い合う、全学院初めての試み。
当然学院同志、にらみ合いは今後過激になる。
第一回最優秀の栄誉だってつかみ取りたいにちがいない。
改めて立ち上がって周囲を見やる。気付いた。
ところどころに、ウチの制服ではない、どこぞの魔装士官学院の生徒の姿がちらほらあった。
(昼過ぎまでは少なかったんだが、ここにきて一挙に増えた。全試合みるより、確かにトップが集まりうる後の試合の方が、情報収集には効率的)
「と、それよりも、まず優先させなきゃだな」
前回、俺の勝手で凜を連れ出したことが、のちにどれだけ迷惑をかけたか知れないから。考えるのは後だ。
「はぐれたんだろう? 探してやる。どうせ大会観客席にいるだろうからって、おまっ!」
それゆえの申し出。
これに凜は、急に脚に抱き着いてきた。
ムフーっと鼻息を荒くしているのは、嬉しいからなんだろうか?
「……って、お前……」
いや、そんなことがないことは分かった。
周囲に点在している、模擬店で扱っている屋台料理に目が奪われていたのだ。
(じゃがバターに唐揚げ。普通の料理に、どうしてお前はそこまで……初めて見たような表情を見せる)
頭には浮かんだ。考えるのをやめた。考えたくはなかった。
今回三縞校にきた京都校の生徒二人が、以前出会った奴らだとするなら、まともな食事を、凜にさせていない。
「……凛、屋台料理に興味があるのか?」
しがみついている美幼女がパッと顔を上げて俺を見上げる。
おそらく俺の予測は的中しているから、胸が苦しくなりそうだった。
「一つ、お兄さんと約束しなさい」
クッと、また凜は首を傾げた。
屋台に目を輝かせた少女の顔が、俺にとっては痛々しくて見ていられないから、頭に手を置き、ワシワシ撫でながら俺も屋台の方へ視線を移した。
「これから好きなものを、好きなだけおごってやる。それを、京都校の二人には内緒にできるか?」
あぁ、頭に乗っけている手が上下しているのを感じているってことは、大いに喜んでいるってことなんだろう。
「じゃあ行くか? 俺も6億が目の前にあるんだ。一つ前祝い……凛?」
話が通ったから、一歩踏み出す。そこで裾を引かれて、立ち止まった。
何かあったかと振り向いてみる。凜は俺の手を握ってきた。握って、無表情で見上げてきた。
「やれやれ……」
そうして今度こそ、凜との屋台巡りは始まった。
余談です。
たぶん名目上は、外部からの来客を三縞校の生徒として接待している形なの。
凜の美幼女ぶりと、包帯グルグル巻きの俺を交互に見て、「変態よ!」、「少女が危ない! 通報をっ!」ってあちこちで口にしているお客様たち?
やめてもらっていいですかっ!?
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