第61話 彼女の涙のその訳はっ!
「へぇ? 面白いわね。この紅茶、渋みが過ぎると感じたけれど、ケーキの強い甘みにマッチしてる。このマリアージュの為に、あえて茶葉を湯に長く浸しているのね」
『え? あの、あああ、あのっ!』
えっとですね。こちらのメイドカフェ。客単価はケーキセットで550円。
しかしながらもはや、そんな雰囲気になっておりません。
机を挟んで正面に座るエメロード。
茶を一口すすり、フォークで一口サイズに切ったケーキを目を閉じて味わい、また茶をすする。
一つ息をついて、目を開けるまで、ケーキセットを俺たちに運んできた学生メイドは、お盆を胸に、緊張した面持ちで見守っていた。
『すげぇな。所作っつーの。滅茶苦茶綺麗じゃん』
『あぁ、ちゃんとお嬢様になってるよ』
『っていうか、お嬢様なんじゃねぇの? 本物の』
見守っているのはメイドっ娘や俺だけじゃない。
先ほどの挨拶で、盛り上がりに盛り上がっていた他の客の男どもなんて、惚けたように注目を集めていた。
「それにしてもやはり渋いかしら。冷めると一層感じられそうだから、お客様にお出しする際は、もっと熱い湯でご提供した方がいいわね」
『えっと、あの、その……』
「でもいい組み合わせよ。それで、こちらのお客様にも次のお茶は、熱めで用意してもらえるかしら?」
『は、はひっ! 失礼いたしました!』
そんな視線をものともせず、彼女は感じたことをハッキリ伝えた。
評価を受けた学生メイドなんて、恐縮しっきり。
逃げるようにお仲間の他の学生メイドたちの方へ走っていった。
「まったく、我が家のメイドともあろうものが、はしたない」
なんといいましょう。
先ほどの占い女子しかり。この席に通してくれた学生メイドA、ケーキセットを運んできたBしかり。
不憫だ。
『ねぇ、こわいよぉあの娘ぉ。一挙手一投足を見定められてる気がしてぇ』
『わかってくれた? 席に通すときに私が感じたプレッシャー』
『さっきのって、何かのパフォーマンス? ってか、客がそれやっちゃう?』
『無駄に、客で来てる男たちからのハードルが高くなったように思えるんだけど』
『二年生だよねあの娘。三年の私たちが圧倒されたんだけど』
『そういえば噂だけど、あの子外国の名家のお嬢さんだって話も……』
『ちょっと待ってよ! じゃあからかったんじゃなくてガチでやったってこと? 空気読んでよ! こちとら
『日本的空気読むは、無理なんじゃないかなぁ。外国から来たっていうなら』
あぁ、やっぱり不憫だと。店を回す学生メイドたちのひそひそ話で思っちまった。
「いい加減勘弁してやれよエメロード」
「あら、お客様には何か思うところがおありでしょうか? メイド喫茶というのはメイドを演じ、客人が主人やお嬢様を演じるものだと」
「もうそれはいいから。にしても、できるんじゃねぇか。あぁいう注意の仕方も」
あまり陰湿になりすぎない攻め方。
だったら先日の、ナルナイやアルシオーネに向けた注意も、彼女ならうまくできたはずだった。
「っん!」
「酷いものでしょう? ここの紅茶」
思うところもありながら、出された最初の一杯を口にした。声を失った。
「私にとって紅茶と呼べるのは、フランベルジュに時間があって、入れてくれたもの位」
渋い、エグい。だけじゃない。
「多くの来客が来ることを見越し、茶をポットに入れ置きして長く浸してる。長時間空気に触れてるから酸化して。後味に、若干の酸っぱさが」
「元はメイドのプロだった彼女の茶を飲みなれている貴方なら違いに気付くわよね。そしてこの茶は、ストレーナスとグレンバルドが入れたものにも遠く及ばない。当然よね。この私たちが仕込んでいるんだから」
「ガクゥッ! ちゃんと、アイツらの成長を認めてるんじゃないか。だったらもっと優しく……」
茶菓子はおそらく何処かで買ってきたものだから比較にならないとして、茶はアイツらが圧倒していた。
なら、注意するとして、本来はアイツらにはいまのように、こっちにはもっと辛らつに。
エメロードの性格なら、むしろその方が……
「いいのよ。目的が違うのだから。あの娘たちは本格を目指した。こちらは
「天邪鬼というか、なんというか。だけど……ハハッ!」
「何よ?」
答えを聞いたら聞いたで納得はあった。
だが、別のことが頭に浮かんだことで、声が上がってしまった。
「お前、良い奴だよな」
「い、いきなり何をっ」
「そんでもって正直じゃねぇ」
それが俺の頭に沸いたことやでぇ?
「ナルナイとアルシオーネの頑張りと成長は認めている。そのくせ、評価は辛辣。言葉もキツイ」
「だからそれは……」
「リィンの事を気にかけて、俺に看護学校の文化祭を匂わせる。お前は、あのクラスの出し物に協力していないのに」
「言ったでしょう? 別にやる気なんて……」
「時にお前は、アイツらに牙をむいて、敵意を引き付ける。俺が不甲斐ないんだろうけど、トリスクトさんとの関係性を心配してくれているんだろ?」
「ッツ!」
「シャリエールとは……何か確執があるんだろうが。でも、いい奴だと思う。無理やり文化祭を回るのを強要して、嫌な顔してたが、なんだかんだ付き合ってくれるし。おかげで驚かされてばかりで、結構楽しかったりする」
嘘じゃない。
シニカリストで大人な感性と考えを持っているから、常日頃厳しいことも言ってくる。時々、近づきがたいオーラすら纏っている。
でもなんだかんだ言って、俺も、小隊連中全員のことも、気にかけてくれるのは感じていた。
「楽しい……私といて?」
「今日なんて特に。普段『氷の女王様ですかぁ?』的な頑なな表情ばっかりだから。嗜虐的だったり、皮肉っぽかったり、怒ったりさ。いろんなものが見えた」
(ほら、いまだって驚いた顔しちゃって。お前が驚くかよ。驚きたいのは俺だよ)
ヤンキーホイホイから連れ出したはいい物の、ちゃんと空気が保てるか心配だった。でも実際は意外と何とかなるじゃないか。
「でもさ、面白いよなぁ」
「何が?」
「笑った顔が珍しいんだよお前」
「……え?」
「面倒くさげだったり、不機嫌だったり。そんな、
「ちょ、ちょっと。それって……」
「
「だ、駄目。待ってお願い。そこから先は、言わないで……」
「エメロード。
「はぁ……あ……」
いまだって。うん。目ぇ見開いて、口なんか半開きにしちゃって。
「なぁんて、ちょっと自分でも恥ずかしいセリフ吐いちまった」
「は……あ……い、いって……つ……」
「……って、エメロード?」
(って、なんだぁ?)
目ぇ向けてくるってのはそうなんだが。
何処か俺を見ているというよりはぁ、俺をすり抜け、さらに遠くの方にいる何かを遠目で見ているかのような。
それに……
「エメロード」
「あっ!」
呆然とした表情。無意識と言えばいいのか。恐る恐る、右手をスゥっと伸ばしてきていた。
どこかに魂が行ってるんだろうが、このままにしておくわけにもいかなかった。
伸ばされた掌にハイタッチよろしく軽くぶつけてやったところ、やっと彼女は我を取り戻したようだった。
「山本……一徹?」
「おう、その一徹だ。大丈夫か? お前どっかに逝ってたぞ? それに……」
「それに?」
「なんというか、顔が赤い」
顔なんて真っ赤になってた。
見せつけてやるように俺は人差し指で、自分の顔回りをぐるぐる囲んでジェスチャーをした。
「ほ、本当に?」
「ほんとに」
「気のせいだから。ほんとに。絶対。確実に」
あれま、今度は狼狽してるよ。
これもまた、面白い。
「なんてタイミングで、
「は?」
「落ち着いて、落ち着くのエメロード。揺れちゃダメ。そんな資格はもうないってことくらいわかってるはず」
「あ、あれぇ? エメロード?」
「
「おーいエメロードさんやぁ? もしも~し?」
「資格はない。私には、そんな資格はない。資格は……資格は……駄目。
「エメロード!」
「ッツ!」
またもや自分の世界に入っていきやがった。
今度はも少し深くダイブしたらしく。両手を膝に、顔を落として、うつむいたまま動かなくなってしまったから。
呼びかけて、肩に手を置いた……とたんだった。
「ごめん。今日はもう帰って」
「いや、いきなりそんなことを言われても……」
「帰って!」
払いのけられてしまった。
そうして、急に立ち上がったかと思うと、一目散にカフェから走り去ってしまった。
(え? なんで? 何が……どうなって……ていうか、最後、ちょっと泣いて?)
んなことを言われて、納得できるわけがない。
もちろん消えてしまったエメロードを追おうとした……のだが、
『ちょーっと待った。お客人』
『お嬢様を追いかけるつもりじゃあるめぇなぁ?』
「え? いや、皆さんは……」
どこからともなく、ズシリとした重さが、俺の右肩にかかった。
『お嬢様はお帰りになるよう申されました』
『いただけねぇなぁ? いただけねぇよ。あんな剣幕で飛び出して。アンタ、俺たちのお嬢さまに何言ってくれちゃったんだ?』
『お可哀そうに。お涙なんて、お流しになってよぉ』
『い・く・るぁ(巻き舌)三校生がモテるっていったって……なぁ?』
肩に手をかけてきたのは、俺たちが店に入るよりも先にここにいた男性客。
ゆらぁり……全座席から立ち上がり、取り囲んできた。
『帰らねぇっていうならぁ……』
『せめて何言ったかだけでも、吐いてもらおうかぁっ!?』
(ていうか、いつの間にアイツがアンタらのお嬢様になった!?)
いや、そんなことはどうでもいい。
立ち上がって近づいてきたお兄様方が、両拳の骨をボキャンバキャンと鳴らし、首をゴキャァァァン! と高響かせる姿に。ひしひしと感じるのは身の危険。
この場にいては、俺の命が……
「し、失礼しましたぁぁぁぁ!!」
『『『『『待てやコラぁぁぁぁぁぁぁ!』』』』』
「ヒィッ! 追いかけてくんなぁぁぁぁっ!」
『クソッ! あの野郎いい脚してやがる!』
『絶対に逃がすな!』
『おい、先回りして看護学校の正門を塞げっ!』
そこからは結局、追われるままに、エメロードが消えた理由もわからず、もちろん別れの挨拶も出来ず、さっきまでいたメイドカフェどころか、文化祭どころか、看護学校すら追い出された。
もっと言えば、エメロードを悲しませてしまった俺を討伐せんとする、エメロード親衛隊(あのカフェの男性客が、どんだけ心奪われてんのよ!)はしつこくて、学外まで追いかけてきた。
青年騎士たちをやっとまいて、当初から打ち合わせの約束をしていた三縞市の商店に入った時には、滝のような汗が全身から流れていた。
こぉんなあっけない形で、看護学校の文化祭への立ち寄りは終わってしまったのだった。
◇
商店との打ち合わせを終え、一度自分の学校に帰って、《主人公》に打ち合わせ内容を報告した。
帰宿してからは、夕食の為、小隊員全員(ナルナイとアルシオーネは離れたところで飯)が居間に集まるのだが、当日は、エメロードだけ顔を見せることはなかった。
……翌日の朝食にはシレッと現れやがった。
どう見ても、「昨日のことは聞いてくれるな」という空気がビンビンだったから、結局釈然としないままや。
因みに、話は変わる。
看護学校の文化祭で、警察の待機所と自衛隊入隊受付がある理由が分かった。
エメロードを気にしている俺の空気を感じ取ったのか、なんとか別の話題で空気を紛れさせようとリィンが教えてくれたんだ。
ウチの訓練生に連行されるヤンキーは、
聞くと、その担当になる看護学生には、四つ用件があるらしい。
一つ、治療技術に秀でていること。
二つ、男性がすぐに墜ちちゃうレベルで、容姿が華やかであること。
三つ、ドSであること。
連行された先で、治療に当たってくれる看護学生が美少女であることで、ヤンキーは強がったり、自分がどれだけ凄いのかをアピールする。
転んでもただでは起きない。その場でもナンパを決行する図々しさがあるんだと。
「三校生に喧嘩で負け、あっさり制圧され、しょっ引かれる雑魚の自慢程、惨めで哀れなものはないよね」……と、即座にそんなヤンキーを、看護学生は鼻で笑う。
それはヤンキーにとって、我慢のならないこと。が、その場には連行してきた三校男子も同席しているから、暴れることはかなわない。
そこに、「警備の人が怖いんだ。もっと気概があると思ったけど。やっぱ弱い男って駄目ね」と、傷に塩を塗り込んでいく。
徹底的に、ヤンキーのプライドを、還付なきほど粉々に砕く。
とうとう弱り切ったところで、「強い人ってかっこいい。魔装士官もいいけど、自衛官や、警察官もカッコいいな。己を律する内面の強さもあるんだろうな」と甘く囁く。
自分の弱さと、世界の広さをヤンキーは思い知り、打ちのめされ。しかし美女とお近づきになりたいのも本心で。
治療が終わるころには、ヤンキーホイホイをたまらず飛び出したヤンキーは、強さを求めて警察官待機所か、自衛隊入隊受付に走ってくらしい。
そこまでは納得。ただ、四つ目の用件だけは……なかなか要領を得なかった。
四つ目、付き合っている彼氏がいるか、好きな異性がいること。
そもそも、男を落とすほどの容姿が求めらるポジションという事もあるのだ。
その、対策らしいのだが。
(エメロードに彼氏がいるなんて聞いたことはないし。好きなやつとか、いるんだろうか?)
そんな感じで、色々消化不良になりつつも、時だけはどんどん過ぎていく……
とうとう、俺たちの文化祭も、開催日があとわずかに迫っていた。
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