第60話 厳慮系お嬢様は悪役令嬢かと思いきやっ!
「……徹?」
「ほげぇ~」
「山本一徹!」
「がっ!」
目の前での指パッチンと、ひときわ大きな声で、ハッと意識を取り戻した。
「何を自分の世界に行ってるのよ」
「いや、しょうがないだろ。いきなり抱き着かれるとか思わなかったんだよ」
「免疫がないわけじゃないでしょう? フランベルジュにストレーナスとか。ルーリィ様を差し置くほどに頻繁で。少し心配になるけど」
意識はあったのだが、正気を失ったというか。
占い所で抱き着かれ、緊張でぶっ飛んでいたから、
「……なに?」
「い、いや……」
結構な時間引っ張られて、目を覚まされて、改めてエメロードを正面にひかえると、
「フフ。貴方、顔が真っ赤になってるわ」
「るせぇ! 別に特別な意味なんてないんだからね。あくまでも生理現象に過ぎないんだから」
「そう?
「なっ!」
「冗談よ冗談。ちょっと貴方を試してみただけ」
あらためて気恥ずかしさが沸き起こった。
「貴方にはルーリィ様がいるのに、他の娘に揺れやすい。知っておこうと思って」
「何を……」
「どの程度貴方を揺さぶれば、
「なんだとぅ!?」
「う・そ。裏切りになっちゃうじゃない。ただ、その一歩手前までを知っておけば、他の娘たちからの貴方へのアプローチが、どの程度許容できるか知ることもできる」
こいつは……
本当に、女心と秋の空キャラだと思う。マジで掴みどころがねぇ。
「わっかんねぇ。さっきの占い女子の話じゃないけど。時々お前、難しすぎんの。考えとか話に、時々追いつけなかったりする」
「あぁ、さっきの。楽しめたのは事実よ。貴方なんて、占い女生徒の一言一言を真に受けて、表情なんてコロコロ変わっていって」
「いきなり『相性最悪です』なんて面と向かって言われたんだぞ」
「それはそうでしょう?」
おい、エメロードさんや、恋愛占いか小隊員関係占いかは別として、「それはそうでしょう」とか速攻同意しないでいただきたい。
こちとら結構なショックじゃない?
「あの占いは、別れさせるための占いなんだから」
「は?」
なんぞ、俺にはわからない話を切り出された。エメロードはその反応に、一つ息を吐いた。
「もう気付いていると思うけど、この学校では、三縞校の男子生徒はモテる。占いの娘は、私たちのことを、付き合っているカップルだと思ったのね」
「はぁ」
「彼女の目から見て、
ね、ねぇ。本格的に女子って怖い。
つーことは何か? そうして、俺とエメロードの間での付け入る隙を、彼女たちは作ろうってことだったのか?
なんつーか、子供たちがなりたい職業なんてランキングは聞いたことがあるが。
いつか正規魔装士官ってのは、「女の子を信じられない職業」ランキングで一位になるんじゃないだろうか。
そんなランキング、あるわけないだろうが。
「だから嘘をついたのね。テーブルに明かされたカード占いの結果、ほんとは……
「ごめ、なんかいった?」
「なんでも。それで次は?」
「あん?」
「まさか、あのエセ占いで終わりだというんじゃないでしょうね。この私を連れ出したくせに」
「あ、ああ。そうだなぁ」
本当に、よくわからない女子だわ。
占いについて皮肉っぽく笑っておきながら、次に回る出し物をきめる段にあっては、シレッとした顔に変わっていた。
「とは言っても、時間的に次の場所がラスト……かな」
「そっちの文化祭の準備で、市内のお店と打ち合わせする約束の話よね? 連れ出しておいて、先に連れ出した側が打ち切るとか、非常識」
「根に持つな。根に」
まったくこいつは。
んで、次はどこへ行こうかとパンフレットを開いてみた。
「
出店も色々あるみたいだが、お茶とお菓子をリィンのクラスでたらふく食ったこともあって、腹は減っていない。
「エメロードの方で、何処か行きたいところはないか?」
「貴方は、本当に身勝手なんだから。でも、まぁそうね。占いは貴方のチョイスだったし。それもいいか。あ、そうだ。それなら一度、行ってみたいところがあったの」
というわけで、エメロードの提案をお伺いしてみたのだがぁ、彼女は、俺が開いて見せたパンフレットを見もせず、また、悪辣な笑顔を見せていた。
(嫌な予感しかしない)
◇
『あ、お帰りなさいませ♡ ご主人……うぐっ!』
あぁ、三縞校の制服を一目見た少女の挨拶が、初めまでは可愛らしい。少女が着こんでいるコスチュームも可愛くて、魅力三割増しといったところ。
が、即座に息を詰まらせ、笑みは苦いものになっていった。
「えぇ、いま帰ったわ。急で悪いのだけれど、賓客をお連れすることになったの」
それは入店した俺が、女の子と手を繋いで入ってきたからだろうか。
そんな少女にお構いなく、
「我が家にとって、大事なお客様よ。くれぐれもおもてなしに粗相のないよう。それでお通ししたいのだけれど、すぐにでも茶の支度はできるかしら?」
『え? え、あ……』
「どうしたの? あまりお客様をお待たせしないで頂戴」
(おいおい、エメロード。楽しんでるだろお前、どう見ても声かけてきた女の子が困っているんだが)
『こ、こちらに……』
「お待たせし、大変失礼いたしましたお客様。それではどうぞこちらへ」
「あ、ああ……」
エメロードの言葉に、どうしていいかわからないような女の子の後に続き、俺たちは一つのテーブルに向かっていく。
(目立ってる目立ってる。そりゃあ、エメロードがゴイスーな美人さんっていうのもそうなんだろうが。やっぱ入店一番の、あのやり取りは異質だったんだろうな)
向かう途中、店内でサービスする他の女学生や、すでに店にいて、サービスを楽しんでいる男性客たちもが、固唾をのんで俺たちに視線を集めてくるからたまらない。
「あら、貴女」
『は、ハイッ!』
「今日、これほどにお客様がいるとは聞いていないのだけれど」
『え、えぇっ? それはその、ぶ、文化祭の出し物で、お客さんを呼んで……』
(やめて差し上げろ。せめて、席に着くまで突っ込んだりしない)
席にたどり着く前、エメロードが案内する少女に呼びかけた。
少女の方は、質問に対する上手い答えが見つからないのか、しどろもどろになるばかり。
「きっとお父様のお仕事上のお客様なのでしょうけど。お父様にも困ったもの。せめて一言前もって伝えてくれたなら、私もこのような恰好で屋敷に立ち入ることはしなかったのに」
『お、お父様? お仕事? 屋敷ぃっ?』
歯牙にもかけず、エメロードが話を進めるものだから、なんだか、案内する少女のことが不憫になってきた。
「お客様?」
(て、お……い?)
急にエメロードが振り返った。それは、いい。
教室の窓から日光が差し込んでいて、それが、振り向いた彼女の背中に降り注ぐ。
「是非とも屋敷に招待差し上げたいと無理を申しました。しかし、父の来客で屋敷内はダブルブッキングとなってしまった様子。誠に申し訳なく」
「い、いや……」
(な、なんだこれは。この、こいつから放たれる何かは……)
「この埋め合わせはいつか必ず。そしてその前に、一つ、お許しをいただきたく」
「お許し? 何を……」
優しく、明るく、清らかな光のせいに違いない。
いっつも皮肉屋で俺にて厳しい美少女のはずなのに、後光が、まるで彼女を清純なお嬢様に変貌させた気がして……
「お客様がた、失礼いたしますわ」
俺だって、この変わりように追いつけないっての!
いや、祭りで初めて出会ったときに、やんごとなきお方、雅な家のお姫様感はビシビシ感じた。
ウチの小隊に加わって以降だって、朝食で味噌汁飲んでるときも、焼き魚つついている時だって、
それすら、優しい光を纏わせるいまの彼女のいで立ちは、
「あ……あ……」
語彙力が足りない。光に溶け込んでしまうんじゃないかと思うほどに、白い肌はさらに清く、透過していくかのような。
彼女自体が、聖なる光と一体化してしまうのじゃないかと思わせるような神々しさ。
「ッツ!」
そんな彼女に、目はくぎ付けになる。
が、彼女はフッと俺から視線を外し、この出し物をやってる教室の中心部に一歩踏み込んだ。
意識を外されたとき、図らずも感じてしまった、小さな喪失感と言ったら……
「この度は当アルファリカ家にようこそお越しくださいました。アルファリカ家第二息女、エメロード・ファニ・アルファリカにございます」
「がぁっ!?」
だが、俺がそんなことを感じているなんて、彼女には関係なかった。
胸に手を当て、背を張って、凛と顔を上げて、ぶち上げやがったのだ。
演説にも見える突然のことに、先ほどから注目していたこの場にいる全ての者たちは、黙ってしまった。
思わず声上げちゃったのは俺だけ。
「至らぬ点もあるやとは存じますが、我が家名に恥じぬよう、使用人一同含め、精一杯の歓待をさせていただきます。どうぞ本日は心行くまで、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
(こ、口上……述べ切りやがったぁぁぁっ!)
挨拶が終わったなら、後に店内に残されたのは静まり返った状況のみ。
(どうする。どうしてくれんのこのシンとした空気っ!)
いかんともしがたい状況。当然ながら俺も慌てるのだが、驚きの方が強すぎて、声が出なかった……が、
『うぉぉぉぉ! なんだいまの挨拶!』
『何かのアトラクションかっ! 凄いこだわり様じゃないかこのカフェ!』
『キャストか? あの凄い可愛い子もこのクラスの生徒なのか? なんとしてもこのクラスの子に連絡先を聞いて、合コン取り付けてもらって……』
『いや、じゃあ隣のモブ顔は誰なんだよ。手まで繋ぎやがって! まさか、彼氏だっていうんじゃねぇだろぉなぁ(怒)』
ドッと、店内の空気が猛烈に沸き立った。
断言する。ここには今日初めて入ったが、いまこのときが、この店が開店してから一番盛り上がった瞬間に違いない。
「お待たせいたしました。それでは参りましょう」
「うん……」
(この盛り上がりは、しばらくは落ち着かなさそうだねどうも)
盛り上がりに、正直圧倒されて置いてきぼりになってしまった。
エメロードに呼びかけられても、頷くしかできなかった。
改めてエメロードに声を掛けられ、案内の少女は大慌てで席まで案内する。
「お客様? 如何なされましたか?」
「なんでもない。なんでも」
「そうですか」
「っつ!」
ついていくさなかにも、俺の手を引いてくれるエメロード。
呼びかけてきたのだが、まともに返すことができなかった。
当然だ。
俺は、またこれまで見たことのない彼女の表情を、認めてしまって。再び驚かされてしまったから。
後光によってそう見えているのだろうか? それとも今の立派な口上を目にしてしまったからか?
ここは、看護学校の文化祭でとあるクラスが開いたメイドカフェ。
そしてエメロードは、お嬢様を演じている……はず?
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