第59話 二人の相性最悪ですっ!
「どこに行くつもりなのよ貴方」
無理やり腕引っ張って二、三分うろうろしていた俺に、耐えかねたエメロードが口を開いた。
「しらんっ!」
「ま、まさか充てもないのに連れ出したってわけじゃないでしょうね」
「そもそもここに立ち入ったのも、お前とリィンに会うためなんだぜ? お前がもしリィンとあの教室にいたら、他に俺が向かうべき場所はないんだよ」
「じゃ、じゃあもう私に会ったところで目的は……」
「ツーわけで、お前のクラスの出し物以外眼中になかったからさ。いざ回るとなったら、他にどんな出し物があるのか知るわけがない。案内ヨロっ!」
「無理やり連れだしておいて、この私に案内しろって言うの?」
「文化祭に興味がなくて、他の出し物を知らなくたっていいんだぜ。だったら学校のいろんな場所を案内してくれよ」
「強引……」
「いーじゃんいーじゃん」
呆れた顔していたエメロードに、開き直ってガハハと笑ってやった。
諦めたような、疲れたため息をこぼしてきやがりました。
『ね、ちょっとあれ見て。確か今年編入してきた子じゃない?』
『三校生と歩いてる。え? いつもすまして、そういうことに興味ない風を装って……まさか、そういうことなの? それちょっとズルくない?』
『イケメンに限るならぬ、美少女に限るって? あの容姿は反則だってぇ!』
三島校の制服はこの文化祭でとにかく目立つから、周囲から視線が集まっちゃう。
「まったく、やめなさいよ。下衆の勘繰り」
この学校の女生徒たちが何か言っているようで、それに対し、エメロードは眉をひそめて呟いた。
「どーちーらーにーしーよーうーかーな」
「って、山本一徹。また勝手にっ!」
「かーみーさーまーのーいーうーとーおーり♪」
だが、俺も俺でこの後打ち合わせを控えている身。
いつまでも足踏みは出来ないから、彼女が乗り気でないなら俺が決めるしかない。
開いたパンフレットに指をさし、歌いながら各クラスの出し物名称をなぞった。
「うっし、占いの館だって!」
「行ってどうするつもりよ。そこ、恋愛占いじゃない。そういうのはルーリィ様とにしなさい」
「トリスクトさんは文化祭準備の別の仕事で、士官学院にいるんだよ」
「いないからと言って、別の女の子と遊ぶだなんて。そういうの、浮気っていうのよ!?」
「小隊長と小隊員のコミュニケーションだろ? それに、そういう方面で本当に気になった相手だったとしたら……」
「だとしたら?」
「恋愛占いに連れて行こうなんて思わないだろ。『相性最悪です』なんてメンタルクラッシュ。俺だったら立ち直れない。怖いじゃん」
「グッ! どうでもいい私だから行こうと思ってるってこと? 面白いこと……言ってくれるわね貴方。
「ハハッ!」
「失礼なことを言ってくれた貴方が、笑ってごまかさない」
おう、運任せだったが悪くないかもしれない。
口角両端がちゃんと吊り上がってる。チョーっとピクピクと痙攣しているけど。
目じりの方も。というか、視線が怖過ぎるんだが。
「冗~談だって冗談。あんまり何でもかんでも斜に構えんなよ。今回の場合は、単純に人間関係占いってとらえ方で受ければいいじゃねぇ」
「本当に軽いんだから。って、そういえば確か貴方。まだ
「は? その大学名、どっかで聞いたことあるような……」
「殺すからっ!」
「んがぁっ!」
こ、こいつ面倒くせぇっ!
連れ出したまではいい。
一番最初に訪れようとする場所を決めるのに、これだけ時間がかかるのかよ。
しかもなにやらブツブツ呟いたと思ったら、いきなり声を張り上げやがった。
「ルーリィ様をないがしろにしたら殺すからっ! それは
しかも何言ってんのかわかんねぇしっ!
『はいは~い。デート中の喧嘩ですかぁ?』
『空気が悪くなったら少し間を開けるといいですよっ♪ というわけで、三校男子のお兄さん。私たちとぉ……♡』
「ヒィッ!」
しかも、その瞬間だよ。
あまりにいいタイミングで、看護学校生が、俺たちの間に割って入ろうとして来やがったよ。
ずっと見られてたってことだよな。怖っ!
「とりあえず戦略的撤退だ。四の五の言わずに行くぞエメロード!」
「あっ! ちょっとまた腕を……」
まったく。なんて場所だこの文化祭は。
落ち着いて話も出来やしない。
◇
『お二人の相性は……残念ながら、最低最悪です』
「え、えぇぇぇぇっ! あ、あの、そこまで言っちゃいます?」
『ごめんなさい。その様に出ています』
言い争っていたとき群がってきた女子たちをまいて、件の占いを出し物とするクラスにやってきた俺たち。
受けたのは、いわゆるカードでのカップル占いだった。
結構な精神ダメージ、効果は抜群だ!
はじめは足を組んで腕を組み、やる気なさそうにそっぽを向いていた、隣に座るエメロードは、その言葉を耳にした途端、スッと占いをしてくれた女生徒に顔を向けた。
『
「へぇ?」
女生徒は言葉を続ける。エメロードは少し興味が惹かれたようで、少し身を乗り出した。
(なんでそこで興味湧いちゃう。コイツ、本格的に俺の事嫌いなんじゃなかろうか)
『いまはその、お互いが分かり合っているのだと思います。それゆえのその関係』
(わかり合えている感は、サラサラないんだが)
『ですが近い将来、
「お、俺ですか?」
『三校生の方ですよね』
「そうですが」
『七,八年前ほどから頻発する異世界問題対策。魔装士官は、ここ五年程で生まれた職業です。訓練生からいつか正規隊員になって以降、誰も予想しえない状況に陥るかもしれません』
「まぁ確かに」
『もしかしたらそちらの彼女さんでは、ついていけなくなってしまう可能性があるのかも』
そうなんだろうかね。
ついていけないかぁ。いまんところ、そんな感じしないんだけどね。
看護学校生ながら、日々肉体を酷使する小隊員のメンバーとしてともに訓練もするような奴だし。
ある程度、魔装士官と付き合いがあるなら、今後どうなっていくか予想もできるだろうし、エメロードは頭もいいだろうから適応も出来そうなものではあるが。
って言うか、そもそもコイツ、俺なんかよりはるかに強いし。遥かどころか俺なんて足元にも及ばないし。
彼女が付いていけないではなく、俺が付いていけないの間違いなんじゃないかとすら思ってしまう。
(いや、現実味を帯びない
『あら、これは』
「どうしました?」
『そんなお兄さんの過酷な運命にも耐え、添え遂げうる可能性のある運命の女性の影が、このカードから感じられます』
「なん……だと?」
まぁ、エメロードはいいか。
小隊員としての人間関係を占ってもらうつもりでいるのだが、恐らく占い師に扮した女生徒は、恋愛占いをやっているのだろう。
エメロード出ないとするなら、そして運命の女性がいるとするなら……
(やっぱり、彼女……なのか?)
「もしかしてイニシャル、R・Tとか?」
『違います』
(え、違うのっ!?)
思わず飛び上がりそうになってしまった。
当然だ。仮にも婚約者だぞ!?
しかも俺のこと凄く心配してくれて、俺だってまんざらじゃないっていうか、いやいやいや、むしろ俺には勿体なさすぎるくらいの高嶺の花というか。
(……まさか、あの時のキスが、俺の運命を決めて……)
「わかった! S・O(ミドルネーム)・F!?」
『あぁ、出ています。その人のお兄さんとの相性は良くないと出ています』
「そんなっ!」
(キスまでしたんだぞ! キスまで! って言うか、俺、どうするんだよ! 一人に決まるのかっ! 一人に決めるのか!? そもそも……あんな高嶺の花たちから
どんな俺で抱きしめて受け止めてくれる。普段鬱陶しいとか思ってる癖して、その優しさに甘えられるのはすっごく心強いはずなのに。
相性は、良くないというのか。
「N・S……」
『お兄さん自身は、本当にそう思っていますか?』
自分が自分を信じられないときにあっても「兄さま」と慕ってくれる少女の存在は、心の底から嬉しい。
16歳にしては相当な世間知らずで、目が離せない。
もっと歳を重ねた後なら……なんて思ったことがないわけでもないが、占い女学生がまさかそのような結末を口にするとは思わず、黙らされてしまった。
「ま、まさかA・Gだっていうんじゃ……」
「お兄さんの声の震えが、すでに答えになっていると思いますが(汗)」
三人ともに違う。
好意というのとは少し違うかもしれないが、それでももう一人くらい、懐いてくれる子がいた。
俺のことを師匠師匠と呼んでくれはするが、俺からしたら、放っておけない妹分みたいなもの。
多分妹と呼んでもいいのだろうが、俺にはなぜか妹分が二人いる関係で、そういう扱いはしていない。
年齢差も狭いから弟子として見ることもできないので単に、仲のいい後輩として見るようにしていた。
彼女でもないらしい(いや、アイツが俺の運命の人なら、それはそれで問題なのだろ)。
「リッ、L・Tは……」
『べ、別の異性のお相手の影が見えます』
「嘘だろっ! お兄ちゃんは認めないっ! 認めないぞそれは!」
渡さないっ! いっくら義理の兄だろうが、兄貴になった以上、生半可な男に可愛い妹は渡さない!
そうさ。俺も柔道少年の記憶で見た、あの器のデカい兄貴さんみたいな男になってやるんだ!
そうして、アイツに近づく男どものすべて……駆逐する!
『ちょっと待ってよ。一体何人、女の影が出てくるのよこの人。どれだけモテるの三校男子!?』
(ぜ、全員が、全員が違う……だと?)
個人的には、トリスクトさんとシャリエールの二人が違うって言われて、すっげぇショックだよ。
いや、まぁ、二人には俺とは違う別の男の人がいるってのは知っていたけどさぁ!
それでも婚約関係があるってことは俺を評価してくれたはずだろう?
(お、俺を囲んでくれてよくしてくれる彼女たち6人(エメロードが俺に良くしてくれているかはもう一度考え直そう)が、いつかは、離れていくってことなのかぁぁぁ!)
まさか、将来的にはトリスクトさんが離れ……いやいや。
あの露天風呂で俺は何を感じた! 俺が彼女を、彼女たちを疑ってどうする!
「うぉぉぉぉああああああ!」
「ちょっと、五月蠅いのだけど。山本一徹」
他、知ってそうな女性なんて……あ、まさか。いやいや、あっちゃならない。で、でも試しにね。
「……トモカさん?」
「なんでそうなるのよ貴方は」
『この教室内にいるんですっ!』
ワンチャン(旦那さんがいて、お子さんがお腹にいてワンチャンがあるわけないけど)試しで聞いてみた。
あの、最初は静かな口調で話していた女子は、急に苛立たし気に、ぶっきらぼうに口を開いた。(エメロードは疲れたようにため息をついた)
『運命の人が、もしかしたらこのクラスの女子の誰かの中にいるかもしれませんから。この後お兄さんだけをバックヤードに招待します。そこでいろんな娘とお話してもらって……』
立ち上がって、カードを並べたテーブルに両手をついて身を乗り出していた。
「ここまでのようね」
そんな占い少女に反応するように、エメロードが口を開いた。
また一つ。新しい表情を目の当たりにした。
凄みのある笑顔。まるでイジメっ子が浮かべるような。
「ショーとしてはなかなか面白かった。あわや目を見張る部分もあって、サプライズ楽しめたし」
「エメロード?」
「すれ違いの相。歩み寄ろうとして分かり合えない未来。相手についていけないかもしれない将来。確かに十八の身に一徹に、
なんだろう。占い少女が静かに言葉を紡ぐ雰囲気に、神秘を感じた俺だったが。
こうして口ずさむエメロードのそれは、さらに凌駕していた。
「適当なことを言った割にはいろいろ当たっていて、驚いちゃった。まぁ、思惑があるのでしょうけど」
『うっ……』
エメロードの発言に、俺は息を飲んで悔しげな占い少女を見やる。
もしかしたら占いに疎い俺だから気付かないだけで、彼女の目には、何か映っているかもしれなかった。
「じゃあ、ここでの用は済んだし、行きましょう山本一徹」
「って、え! おまっ!」
なんて考えて、状況の流れを見守っていた時だった。
急に、隣に座るエメロードが、俺の肩に体を預け、腕に両腕を回して抱き着いてきたものだから、心拍が跳ね上がった。
突然のことに驚いたのは俺だけではない。
目の前で、突然俺たちが密着したのを目に、占い少女は唖然としていた。
「あ、そうそう、一つ忠告」
そのまま、引っ張られるように立ち上がる。
彼女に引かれるままに、占い所の雰囲気作る暗幕を出ようとしたところで、エメロードが振り返った。
「運命というのは、個々人にかかるものじゃないの。過去からこれまでに至る、数々の選択によって、法則と傾向がある程度定まっているなら、その先にあるのは、考えられるであろう可能性に過ぎない」
ぎゅぅっと、抱き着かれた腕に力が加わった。
「でもその可能性は、次に選択するときの、選択者の力量や状況で、二つにも三つにも増えるのよ。その選択肢を選ばざるを得ないのか。それとも、別の選択肢に手を伸ばしうるのか……ね」
立場逆転というか。
もはやエメロードの方が占い師なんじゃないかと思うくらいに、出てくる話は意味不なものばかり。
「さっき貴女は、未来の私たちの関係は良くないといったけど。いまの私の話を考えるならば、未来を不安するより大切なことがある」
(あぁ、俺の頭じゃ理解するのにたりませんねこれ)
「いつか来る選択肢を多く選べるようになるため、これまでの過去を反省し、いつ選択が迫られてもいいように、いまを大切にして努力すること。だからね? 貴女が未来のために彼に、新たな女の子を探すように仕向けるならば……」
『なっ!』
「んなぁぁぁぁぁっ!?」
「私は、
う、腕じゃない。
横から俺の胴体に、思いっきり……しかも抱きしめてきやがった。
皮肉屋ながら、滅茶苦茶ふつくしーエメロードがです。
頭が……真っ白になりました件につきやがりまして。
もはや、手を取って、握って、引く彼女に力なくついていくしかできなくなっていた。
『ひ、冷やかしはお断りっ!』
『見せつけてっ! リア充は爆ぜなさいよっ!』
『なんかウチ、負けた気がする。わぁぁぁん!』
『大丈夫、アンタの占い演技は一級品。次、頑張ってこっ!』
引っ張られていくうちに、俺の背中、占いをやっていた教室から檄が飛んだ。
声も色々、占い少女の後ろで控えていた子たちのものだろうか。
正直、そんなことより、俺はエメロードに抱き着かれて、手を引かれるこの状況に心が浮ついてしまっていた。
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