第58話 まるで自分を見ているようでっ! 

「ひ、ひどい目にあった……」


 リィンのカウンセリングカフェから解放されたのは、外回りの二人の女子が帰ってきて、一斉に抱き着かれてから30分が経った後だった。


 「是非とも合コンのセッティングを!」なんて言われたのは、別に構わない。

 「何でもしますから!」や「その為なら抱かれても構いません!」なんて言葉が飛び出した。しかもリィンの目の前で。そりゃ流石に熱も冷めちゃうね。


「はぁ、一時間もいちまったよ」


 彼女たちの執着と粘着じみた働きかけを何とか引きちぎって出てきたのは、その光景を目の当たりにしていたリィンの顔色が、真っ青から真っ白になったため。

 あの場に俺がいること自体、リィンの精神的衛生に良くないと判断したゆえだ。


 他にも、俺以外の男性客が、あの過剰接待を見せつけられた結果、ショックを受け、者によっては嗚咽を挙げて泣き始めてしまったこともある。


(最初は優越感もあったが、考えてみると悪いことしちまったな。いや、むしろ感謝されてもいいかもしれん。あのクラス、ろくな女子がいない。変に引っ掛からなくてよかったと、そう思ってくれると……)


 えぇ、完全なる自己弁護でありんす。


『あの、三校男子さんですか? よかったらウチのクラスの見て行ってくれませんか?』

『サービス、しちゃいますよぉ♡』


 (まずいな。とっとと次のとこへ向かおう。さっきのような目に会いかねないな)


 カウンセリングカフェを脱出できても、どうやら油断してはいけないらしい。


 廊下を行き、教室をすぎ行く度に、客引きの女生徒たちから媚びた声を掛けられた。

 見せてくる上目遣いなんてなんとまぁ蠱惑的。だがそれは、罠だ。


(一時期、記憶現実を求めて躍起になったが、知らない方がいい現実もあるんだな)


「あーくそっ!」


 現実を知らないままでいられたら、きっと彼女たちのいまの誘い声を、俺は楽しむことができたのだろうか。


 だが、時すでに遅し。


「さて、次はエメロードだが……」


 で、次に向かおうとしていたのが、エメロードのところ。


 厳しさの中に厳しさがあって、さらにそのなかに厳しさがあり、少しだけ配慮が見える彼女の事だ。

 実は俺がリィンに会いに行っていて、そのくせアイツには顔を見せなかったとあっては、後で何を言われるか分かったものじゃない。


 もしかしたら、会いに行っても冷たい態度を取られる可能性がないわけじゃない。

 それでも、念を押しておくに越したことはない。


「えぇっと、ウチの出し物に協賛してくれる商店さんとの約束が16時だから。あと一時間半ってところか」


 一応、先日エメロードが忠告してきた、リィンを守るというのは何とかなるだろう。


 俺が直接守ってやることは出来そうにないが、リィンのクラスメートたちにお願いしてきた。「合コンの為にも、リィンの貞操は死守します」だそうです。


 貞操って言葉を、女の子から聞きたくなかったな。しかしながらこれで、変な虫がリィンにつくことはないだろう。


(ははぁ、今回のことで、リィンの交友関係が非常に心配になってき……うっ!)


 いかん。心配事にウツツを抜かしている場合じゃなかった。

 ゾクリとした寒け。

 獲物を狙って舌なめずりする肉食動物の視線が、四方八方から突き刺さる感覚。  


「にしても意外だ。エメロードがまさか、あそこにいるだなんて。とりあえず、ここからとっとと離れよう」


 いつ捕食されるかわからないから、爛々とした光輝くその一帯から、そそくさぁっと離れることにした。


 なぁ、男ども。特に中学生で、何か特殊能力のある奴は是非、魔装士官学院を受けてみるといい。

 これまでモテから縁遠くて、正直イケメンでもないフツメン(単純にブサメンだと思いたくない)俺でも、無条件にモテるみたいだから。


 たぶん容姿とか性格は関係ない。

 将来性。魔装士官とは、きっとそういう社会ステータスなのだ。


 ◇


「はい、それじゃあ次の人、入ってきて」

「ヨッ!」


 通称ヤンキーホイホイ(俺命名)の緊急治療室。


 まるで待機中の患者が、お医者さんから呼ばれて診察室に入室するがごとく。

 声に応え、声の主に顔を見せたのと同時の挨拶は、努めて明るくしてやった。

 

「山本……一徹?」

「あんまり嫌そうな顔してくれるなよ。こちとらノミの心臓なの。嫌われているんじゃないかって心配になるじゃない。寂しくて死んだらどーする」

「寂しさで死んでしまうのはウサギでしょ?」


 あからさま過ぎる表情に、俺のガラスのハートが粉砕してるのは事実だぜ?

 エメロードといやぁ、そんな苦悩も知らず、ため息をついてきやがった。


「看護学校の文化祭について、私が話したのはリィンの方だけよ?」

「リィンには会った。この学校には、お前もいるんだ。顔見ておきたいじゃないか」

「小隊長として?」

「またその話かよ。小隊長、同じ下宿で共同生活してる身。何でもいいだろう? 会っておきたいってのと、肩書は、また別の話だ」

「別かもしれない。でも、肩書があるから、同じ会うでも目的が違う。完全に関係がないとは言えないんじゃない?」

「それは……」


 言葉に、詰まっちまった。

 正論ではある。だけど、なんというか、とげとげしすぎるというか。


「もし、俺と会いたくなかったってなら謝る。先日の一件がまだ残ってるってなら、そうさせたのは俺なんだし、素直に受け止める」

「……あ」

「自分勝手が過ぎた。会っておきたいって思うのと、お前が会いたいかどうかってのもまた別。悪かったな。忙しそうなところ邪魔しちまって。それじゃあ俺は……」


 態度から、顔を合わせたくない感がひしひしと伝わってきた。


 ツンデレ特有の、「別に会いたくて会っているわけじゃないんだからね」的な照れなどあるはずがない。

 なぜならコイツはツンデレではなく、厳慮系お嬢様。フラットにうっとうし気な表情をしているから、その様に感じとった。


「ちょっと待って」

「ん?」


 顔を合わせたばかりだが、帰ろうと思って踵を返す。

 後ろから、呼びかけがぶつけられた。


「ごめん。感じが悪かった」

「安心しろって。エメロードはいつもそんなもんだろう?」

「フォローになっていないって、わかってる?」

 

 俺も人が悪いっていうか。

 謝罪をもらってちょっと驚いた……一方で、変に空気が沈むのも嫌だったから冗談を返してみた。


 彼女が浮かべるのは、当然ムッとした顔だ。


「どうだった? うちのクラスの出し物の感想」

「あ、そうか。そういえばあのクラスってお前も所属していたんだったな。いやぁ、ひどい目にあった。女子たちから抱きつかれてさぁ」

「まさか、ルーリィ様やリィンを悲しませるような振る舞いはしてないでしょうね?」

「冗談だろ? とんでもない目にあった。『合コン、セッティングしてください!』って散々」

「そう、悪い娘たちではないのよ? 貴方が三年で編入したように、私たちも二年で編入して、でも、良くしてもらっているわ」

「そっか、ちょっと安心。俺は今日一日の彼女たちしか知らないから。お前がそう評価するなら、俺の知らないお前たちの学校生活についても不安しなくていいな」

「私がそう評価するなら……かぁ。そういえばリィンは? 山本一徹の登場に喜んでくれた?」

「どーだか。合コンセッティングに躍起になる同級生たちを恥ずかしがって、あの場面は見られたくなかったと、泣きも入ってたから」

「いいのよ別に。今回は、実績が大事なんだから」

「何言ってんだお前」

「確かにその姿は見られたくなかったかもしれない。でもね、大好きな貴方にクラスメートたちとを楽しむ姿を一目でも見て貰えた。後で思い返して、その実績は、あの子にとって大切なものになるはず」

「大好き……とか言われると恥ずかしくて、むず痒くなるんだけど。そういうものかね」

「そういうものよ。この私が言うのだ・・・・・・・・もの・・。信じていいわ」


 (自信満々に信じろって。まるで実体験のように言うじゃないか)


 目を閉じて、エメロードが疲れたように笑っていたのが印象的。

 というか、疲れたようにじゃなくて、本当に疲れているんじゃなかろうか。

 

「でもね……私の方は正直、貴方に見られたくなかった」

「なんだよ。そこはいまの話と被せ、『実は私もなの♡』みたいに言うところじゃ」

「ハートを付けないでよ。それに貴方、勢いに任せて私が、貴方を好き的方向に引っ張ろうとしない。自分の容姿を考えなさい」

「ハイ。スミマセン」


 俺も手を変え策を変え、エメロードと、何とか和やかに話ができればなぁとか。

 いんやぁ、なかなか届かないわ。


(別に関係を悪くしたいなんて感じはしないが。なんかコイツ、遠ざかろうとするんだよな。女心は秋の空っつーか。わっかんねぇ)


「私はあの娘とは違う。何に対しても一生懸命な頑張り屋。認めてもらいたいからってわけじゃないのだろうけど。それでも、貴方に見てもらえるだけで嬉しいと思うリィンと違う。だからカウンセリングカフェには参加しなかった」

「一生懸命じゃないって。頑張っているように思えるが。ヤンキーホイホイもとい、連行されたヤンキー共の、制圧時に受けた傷を治療してるだろ? 大・盛・況!」

「文化祭で、こんなに問題が発生し、怪我人がたくさん出ると思わなかったの。はじめは、きっとそんなケースは少なくて、楽できると思ったんだから」


 面倒くさそうに吐き捨てて、自嘲気味に笑うその様子。そんな彼女に、何か思い当たる節があった。


「これで分かった? やる気があってこの場所にいるわけじゃない。連行されるヤンキーを治療するのだって面白くない」


(あぁ、わかった。わかっちゃったよお兄さん。いまこいつが感じてる苛立ちっての)


「見られたくなかったの」


(コイツ……似てるわ。っていうか、俺じゃねぇか?)


「見られたいわけないじゃない。目的も何もない学園生活を。そんなつまらない場面を」

「目的?」

「私は婚約者でもない。弟子でもない。妹分でもないわ。なのに、三縞まで来てしまった」

「俺がらみ……か。スマン」

「本当よ。だから話し相手という役割は出来たときはアレでも嬉しかったのに……」

「俺の行動の結果が、お前にとっての役割を奪ってしまった」

「役割がない、目的がない。そうなると自分がここにいる意味が分からなくて、自分が何者か分からな……あ……」


(記憶に引っ張られた挙句、記憶をなくして以降の生活に身が入らず、目的も作らねぇで日々惰性で過ごしていた俺に、そっくりだ)


「あぁ、もう最悪。こんなつまらないこと、本当は言うつもりなんてなかったのに。ねぇ、いまの話、忘れて頂戴」

「そっか、つまらねぇか」


 苛立ちは、募る。


 自己弁護をいまさらしても意味はない。反省してないんじゃとも思われるかもしれないが、俺だってそうして積み重なった結果、鶴聞への逃避行に繋がった。


(成果らしい成果。鶴聞が俺の街じゃないってこと。そしてあの記憶が俺の物じゃないってわかったこと。最終的に、トリスクトさんとの1件もあって、俺はストレスを解消できたけど……)


 対して、エメロードはどうだろう。

 行き詰っているのが見て取れた。それに対して、ガス抜きはちゃんとできているのだろうか。


(……それが、ナルナイ達への八つ当たりか?)


「なぁ、エメロード」

「何? もういいでしょう? これ以上、貴方がここに留まる理由はないはず」

「あぁ、まったくないことが分かったわ」

「ッツ! そ、そうよね。よかったわ。わかってくれて」


(だから表情に余裕がないんだよ。切羽詰まった顔なんてらしくない。いつもの堂々と、それこそ立場の優位を思い知らせるような高慢傲慢で涼しげな顔はどこ行った)


「リィンのクラス以外でも、出し物は沢山ある。せいぜい楽しんでくることね。でも、ちゃんとルーリィ様とリィンへの筋は通……」

「ハァイそこまでっ!」

「……えっ?」

「お前、ちょっと付き合え。出るぞ。このヤンキーホイホイから」

「な、何を言っているのかわからないのだけれど」


 あの八つ当たりは、ぶっちゃけ陰湿極まりなかった。


 常識人。一歩引いて、客観的に物事を見ることのできる大人でもあるエメロード。

 しかし大人ゆえ、多くの我慢に耐え、耐えかねているようにも感じとれた。


「ちょーっとばかり、サボタージュッ!」

「あ、コラッ!」

「ガッハハハ!」


 腕をつかんで無理やり連れだしてやる。

 エメロードに決定権はあるはずがない。有無など、言わせないのだよ(ビシィッ)!


「すんませ~ん! 三縞校三年三組、山本小隊隊長の山本で~す!」

「貴方いったい何をっ!」


 いきなりの行動に、エメロードは明らかに狼狽えていて、まともな抵抗も出来ない。

 だからこそ、い・ま・が、チャ~ンス!


「小隊の諸事情により、アルファリカを緊急召喚させてもらいますねっ! お怒りは後で幾らでも受けつけますんでっ!」

「ま、待ちなさいっ! 山本一徹!」


 エメロードには急に持ち場を離れさせることになる。


 だから一言、彼女の所属小隊隊長の俺の方からお断りを、このヤンキーホイホイに連行されたヤンキーたちの処置に当たっている、別の看護学生に入れておいた。


 理由もなくブッチさせたとなれば、後で怒られるのはエメロードになっちまう。


「と、これでしばらく暇だなお前も」

「か、勝手に話を進めないでよ!」

「じゃあ、遊びに行こうぜ!」


 おい、なかなかに面白い顔をしてるぞエメロード。

 いつも憮然とした表情か、皮肉じみた笑顔しか見せないお前がいま、


「ちょっと、人の話を聞きなさいよっ! 一徹! 山本一徹!」


 凄い焦った顔してる。

 始めて見たが、そんな顔も出来るんじゃねぇか。


 ……ちなみに、ヤンキーホイホイから出て離れるとき振り返ったのだが。

 俺が入った時には三十分待ち(エメロードが所属する隊の隊長って言ったら、顔パスだったけど)だったプラカードが、五十分待ちに切り替わっていた。


 この女、どんだけ治療に貢献してたねん。

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