第57話 キャバクラ中の過保護娘はっ!

(なるほど、これはキャバクラかもしんない。行ったことがないからわからないが)


 ただいま、たくさんの女の子に囲まれてウハウハしています。

 媚びるような笑顔、猫なで声が、俺のありとあらゆる個所をむずがゆくさせるほど。


 カウンセリングカフェ。

 足を運んだ、2年生のとあるクラスの出し物。

 

 カウンセリングというフレーズが、カウンセラー資格の有無で使用できるかできないかはわからない。

 しかしながら、日ごろの悩みとか疲れを、カウンセラーを称した看護学生に吐き出しながら、お茶とお菓子を楽しむことでストレスを発散する。


 なるほど? 若い女の子(といっても俺も18歳だが)に、「うん、うん、大変なんですねぇ。でも頑張ってるんだ。凄いなぁ」なんて言ってもらって、笑顔で頷いてもらうだけで、うんげー癒される。


 ……十五分、二千円は、法外だと思うんですけどね。

 お茶とお菓子で、百五十円も原価いってないよね。


(まさにキャバクラぼったくり価格か。行ったことねぇけど。だがぁ?)


『妹さんからお話は聞いています。三組なんですよねっ? お兄さんのクラスの催し、私たちも行ってもいいですか!?』

『三縞校の文化祭が終わった後、両校の文化祭終了お疲れ様パーティをしましょうよっ♡』


(悪くない。悪くないでぇこれは)


 しかしながら、なんということでしょう。

 僕ちん、無料でいろいろ接待してもらっています。


 たくさんの女の子に囲まれています。

 お茶もお菓子も食べ放題です。もう三十分以上います。


(加えて、ご厚意で無料でサービスを受けられるとか。至福。やばい。文化祭の準備作業がまだあるっていうのに、忘れそうだぁ……)


『あ、あの是非っ! 蓮静院先輩を紹介してくれませんか?』

『ちょっと、綾人様はみんなの綾人様よ! ファンクラブ会員の掟。抜け駆けの禁止っ!』


 あぁ、綾人様ね? 蓮静院綾人。

 いつも《王子》って呼んでるから誰かわからないじゃない。


『私は断然、壬生狼先輩! ただ頭がいいだけじゃなくて、訓練生で鍛えられてスタイルもいいし。絶対に恋愛も真面目そうじゃない!』

『ま、代議士の息子ってのは正直超優良物件だよね』

『そんなこと言ったら、綾人様なんて関東一大一派を占める超名門の御曹司よ!』

『そこらへん謎だよね。そういう噂は聞くけど、そんな名前の会社とか聞いたことないし。ヤクザとか?』

『な、なんですってぇ!?』

『はい、ファン同士で争わない』


 良かったな《政治家》よ。

 だけどお前たぶん、こういうかしましいのダメだろ。


 意外と、口数少ないが正直な発言してくれる《猫》みたいのが合うんじゃないか? 《主人公》のこと好きっぽいけど。


『ユキ君。絶対にユキ君! 可愛いもの。可愛くて強い。ギャップがたまらない!』

『一応言っておくと、あっち先輩だからね。でも、こう……面倒見てあげたいよねっ!』

斗真トウマさんの魅力がわかってないのは、正直痛いと思うんだ私は』

『あぁ言うのを彼氏にしたいよね。無口だけど、優しそうで頼もしい』


 鬼柳有希に牛馬頭斗真……か。

 アカン。名前を聞いても、思い当たるまでに20秒くらいかかる。

 でも、俺は嬉しいよ。《ショタ》に《縁の下の力持ち》も。お前たちも評判は上々だから!?


『あぁん! みんないいなぁ! 好きな人がフリーで。私なんて刀坂先輩だもん! いっつもいる人すっごい綺麗でスタイルもいいしぃ!』

『あぁそれは……壁が高いわね』

『高くて厚いし、たぶん強い』

『ごめん、勝負にならないかも。あの灯里って人、話だと超大手企業経営者の娘だって噂も……』


(しかも《主人公》は、安定の《主人公》だぁ)


 いや、ここまで他校の女子に皆が人気ってのにも驚いたけど、《主人公》お前も、どんだけ女子を虜にすれば気が済むねん。


『で、でも、まだ彼女じゃないんじゃないかな。クラスにいる女子も刀坂先輩に気があるって話だし』


 あぁ、その話はあながち外れてはいない。


『そうかなぁ。じゃあ万が一の可能性が……』


 きっとこの場では言っちゃいけないんだろうが、でも、言いたいなぁ。二人は、同棲にしてるってところまでは発展していることを。


(というかぁ、ここは、アイツらへの義理と人情を立てて言っておくべきところなんじゃなかろうか)


 ちょこっと予想外。

 あんな美少女からの分かりやすい好意に、超絶鈍感で何もしてこなかった《主人公》が、いつか間男に《ヒロイン》を取られるのじゃなかろうか? なんて心配はしてきたつもりだったのだが……


(間女が、《主人公》をNTR……いやぁ、それが《委員長》や《猫》に《非合法ロリ生徒会長》だったらまだ許せる気もするが……)


 何となく、ここの看護学校生には、《主人公》を渡したくない。そんな気が……


(ハッ! べ、別に今のは、俺が《主人公》に恋をしていて、『取られるかもしれないっ!?』って警戒しているわけじゃないんだから! 絶対に違うんだからね!)


「ち、ちなみに念のために聞いておくけど、俺なんてどうかなぁ?」


 皆さま童貞ディフェンスタックル

 これがブサメンとかなら、まだ「恋愛ごとに興味ない」なんて言葉が、強がりにしか聞こえないから心に安定がもたらされるんだが。

 ウチのクラスは全員イケメンすぎでね。

 恋愛に興味はなく、あえてまさしく賢者の道を歩むから、本当はいつでも選び放題の状況であるんだなというのが分かって、悔しくなって、たまらず聞いてみてしまった。 


『あぁ、いけないんだ山本先輩♡ 先輩にはちゃんと彼女さんがいるって聞いているんですよ』

「カノッ!?」

『すっごく綺麗な人だっていうじゃないですか』

「だ、だよねっ!?」


 んだけれども、彼女たちの反応は、俺に息を飲ませるものだった。


(彼女……ねぇ? 俺とトリスクトさん。結局俺たちってどういう関係なんだ? 婚約者って話は結局正だったとして……)


 ついつい先日の、あの露天風呂でのことを思い出してしまう。

 はっきりと「君と一緒にいたい」と口にしたことがよぎって、顔から火が出そうになった。


(彼女……なのか? 自分で言ってしまってなんだが、あれは『好き』って意思表明に……告白に……いやいやいや。落ち着け山本一徹)


 色々と思ってしまう。

 もし恋人とか付き合うとかなら、告白が必要な気がした。


 意思表明だ。


 婚約関係なら、前の俺か彼女かがプロポーズしたのだと思う(前の俺にそんな勇気があるとは思えないが)。

 しかし改まって、彼女は今の俺のことも心配して想ってくれる。

 なら、いまの俺としても、改めて意思表示するべきなのではないか……なんて。


(彼女の好意とその関係性に胡坐をかいて流れに身を任せるってのは違うって気もする。だけど「好きだっ! トリスクトさん!」って彼女の目を見て言えるのか!? 俺が? いやいやいや!)


「……さん♡?」


(そもそも向ける想いを『好き』という感情にしてしまっていいのか。いや、大事だぞ大切。凄く、本当に。アレ? でも俺、あの時シャリエールとキス……えっ? ナルナイとか……アレ? こうなった場合って、どうすればいいんだ?)


「お兄さんっ♡!」

「あ、ゴメン!」

「いま、彼女さんのこと気にしたでしょう。しょうがないなぁ。たまにお食事するとかならいいですよ♪ もし合コンをセッティングしてくれたとして、先輩だけ彼女さん気にしている……なんて申し訳ないですから♡」

「あ、そう? 悪いねっ! アへへへへへェ!」


(なんなんだこの場所は、徹底的に持ち上げられて、気分が良くなってならない。これがキャバクラか! うん、いや、難しいことはいま考えないようにしよう)


『お、おい。なんであそこの野郎だけにあんな沢山女の子が……』

『俺なんて最初の30秒入店の挨拶されて、それっきりだぞ。うぅ……少なくとも十五分間は一対一じゃないのかよ。畜生ぅ』


(特別扱いがなんとも心地よい。心地いいんだがぁ……何はともあれ、これは……一つちゃんと言い聞かせなきゃならないか)


「ウチのクラスの情報、漏れすぎじゃない? リィン」

「わ、私じゃない。私じゃないよ。ほんとだよ?」


 と、ここでやっと、周りを囲んでいる女の子たちとの会話に一区切りをつけ、向こう正面で気まずそうに顔を伏せるリィンに呼びかけてみた。


 そう、この催しこそが、リィンが看護学校で所属しているクラスの物。


「3年生というか、三縞校各学年の三組は特別なんだもん」


 気まずそうな表情のリィンは、囲む女の子たちにも聞こえないような小さな声で囁いてきた。


「特別?」

「他の学年の一組、二組ともに、基本的に由緒正しき退魔の家の人間が集まるから、そういう付き合いも仲間内で行われる。でも……」

「三組は名門の御曹司に、一般家庭出身で力に目覚めた奴、その他、一般には伏せられているが、人ならざる者者が所属したり、バリエーション豊かだもんな」

「色んな人がいるから、他の二組と違って開放的。狙い目だと思われてる。長い間警戒されてきたテロや戦争のリスクだけじゃない。異世界関連の対策に、有効な手段として最近注目が集まっている魔装士官は、将来を嘱望される職業だもの」

そういう力がある・・・・・・・・奴じゃないと、なれるものでもないから数に限りがある。一人あたりの給与も、他の公務員に比べて高そうだ」

「特に三年三組は刀坂先輩が率先して、三縞市と、依頼を通して交流していることも有名で。色々、良い評判が看護学校に伝わっているの」

「ここの娘達が三組に詳しいのは、そういうこと」


 なるほどねぇ。


 将来の高給取りとなりうる可能性の高い魔装士官と、お近づきになりたい。

 特に、各学年一組や二組が少し内々ということがあって、三組というあけっぴろげなクラスは、彼女たちにとって魅力的。

 《主人公》は三縞市内じゃ有名で、関連して知られる三組男子どもは、みんなイケメンと来た。


(そりゃ、女子たちが放っておかないわけだ。うぅっ、リアル知ったら一気に寒気が)


『どうしたんです? 兄妹きょうだいだけの内緒話ですか?』

『ズルいっ! 私にも教えてくださいよぉ♡』


 俺も随分現金かもしんない。


 さっきまで女学生からチヤホヤされ、ウッハウハしていたのだが、彼女たちが変わらず向けてくれる笑顔の裏に、思惑がうごめいているとわかると、女の怖さを知った。


(なるほど。キャバ嬢か)


 エメロードに言われた言葉を思い出す。また寒気がした。


「だから兄さんに来てほしくなくて、これまで文化祭の話をしてこなかったのに。普段いい子たちだけど、この話題に見境なくなっちゃうの。見られたくなかった」

「はは、あはははは」


 恥ずかしそうに顔を両手で覆って、椅子に座ったままのリィンが俯く。

 なんぞ、俺も乾いた笑いしか出てこなくなっちゃったよ?


『どうしたのリィン。いきなり恥ずかしそうに』

『お兄さんが目の前で、私たちクラスメートに囲まれたら、恥ずかしくなるよねぇ』

『あーもう、本当に可愛いんだから。妹みたぁい!』

『実際、十四、五歳だからね』


(……悪い娘たちには見えないんだが。いかんいかん。『妹さん可愛がっている私TUEEE』アピールかもしれん。いやいやいや、リィンがいつもお世話になってる娘たちだぞ? そんな思い込みは失礼……)


 そんなリィンを、クラスメートの女の子たちが構う。

 抱き着いたり、耳元で「大丈夫」って囁いたり。


 女の子同士っていうのは、見ていて可愛らしいものが……


『やられたっ!』


 パァン! と、この催しの開かれる教室の引き戸が強く開け放たれた。


『警備に来た三校生男子、全員がもう、合コンの予約が埋まっちゃったって! それも二か月分!』


 駆け込んできたのは、恐らくリィンの同級生。


『うそでしょ! まだ開催二時間だよ!』


『三年の……ババァどもが色目を! ちょっとエッチな服装でDQNを釣り上げて、駆け付けてきた警備の三校生男子に助けてもらった後、可愛い子ぶるスタイルッ!』

『その時、合コンのセッティングを? 悲劇のヒロインを演じて? あの……メギツネどもぉっ!』


(あ、あれぇ? あれあれぇ?)


『ねぇっ! 誰か助けて!』


 たったいま入ってきた女子のすぐ後に、別の女学生が新たな報せを持ってきた。


『さっき正門過ぎたばかりの、警備依頼で来てくれた男子生徒に声を掛けたら、もう合コン予定入っているんだけど。どういうこと? 入場したばかりだよ?』

『……うかつ』

『警備に来てくれる三校男子情報は、学校からまず、学祭実行委員の上層部に伝えられる。その上層部こそ三年だから……』

『情報を仕入れ、先の利を三年だけが独占できる』

『女郎蜘蛛だよ。そうしてネットワークを張り巡らせた同学年に、情報を回しているんだ。それも……自分たちだけ先に合コンのセッティングを済ませてから!』

『あぁ、死ねばいいのに、三年!』


(こ、これは、先ほどの俺への接待からこの豹変は……一体……)


 先ほどまで、取り囲む何人もの女の子は、優しく、安堵を誘う笑みを浮かべながら人懐っこく、可愛らしいものだった。

 外から二人の女子が持ってきた報せに、修羅の形相を浮かべるまでは。


『って……ちょっと待って? 客引きしている私たちは、そこの人知らないんだけど……』

『その制服、三校だよね』


 あまりの変わりっぷりに、絶句を禁じ得なかった俺。

 しかして、たった今現れた女の子二人の問いが、一層俺の女性へのイメージを壊してかかった。


『ふふーん! 三縞校の三年生♪』

『しかもぉ、話に聞いてたリィンのお兄様♡』

『ちょっと、待ってよ!』

『まさか……じゃあ、三組の?』

『私たちのぉ、上級生ビッチたちへの逆襲へ至る隠し玉♪』

『最終兵器♪』

『大穴馬券♪』


 なんだろう。さっきまで楽しく宜しくお話していた時、かるーいボディタッチに興奮すら覚えた。

 しかしいま、さらに激しいボディタッチを喰らっているのに、背筋に冷たいものがなん筋も流れているのを感じた。


『ど、どうもぉ♪ いつもリィンとは仲良くさせてもらってますぅ♡』

『こんにちはぁ♡ 一度お会いしてみたいと思ったんですぅ♡』

「あ、あの、初めまして。その、リィンの兄、張らせてもらってます。義理ですが」


 (あれあれあれあれぇ?)


 鬼の形相して現れた女の子二人は、一転、とろけるような笑顔を見せて……


『リィンのお兄様なら、私たちにとってもお兄様みたいなものですねっ♪』

『可愛がってください♡』


 手櫛てぐしで髪を整えて、挨拶をしてきた。


『と、いうわけで……』


 そして……


『『『『『お願いしますねお兄様っ♡』』』』』


(何のことだぁぁぁぁぁ!!)


 囲んできた女の子たちに加え、新顔二人まで思いっきり抱き着いてきた。

 甘い声を上げて、ねだってきやがった。


 なんなのよこの変わりっぷり! 女って、女って……怖いっ!!


「り、リィン。これ……」


 なんとかね、彼女たちのクラスメートであり、俺にとって妹分であるリィンに助けを求めて視線を送る。

 そこで認めたのは……


「お願い。見ないで。私を見ないで兄さん。こんな欲にまみれたこの子たちの中にいる私を……どうか見ないで。もう嫌っ! ここから消えてなくなりたいっ!」


 半泣きで声を震わせる、絶賛ブルーな哀れな少女の姿だった。

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