過保護娘と厳慮系お嬢様 逆地堂看護学校文化祭
第55話 蛇に睨まれた蛙。蛇はエメロード。カエルは俺っ!
「おう、テメェ旦那様コノヤロー」
一日が終わって、皆(ナルナイとアルシオーネはその限りではない)で夕食を囲んで。
食後の一服として出されたのが紅茶とクッキーだった。
最近は毎日こうだった。
文化祭まで日数が近くなってきたということで、一層シャリエールからのメイド指導は厳しくなっているらしい。
(なんかいたたまれないよなぁ。俺専属メイド宣言してから二、三週。あれから一緒に飯も食えてないし、何より過度な接近禁止命令が出ているから、コイツら悔しそうで、悲しそうな顔をしてばっかりだ)
チラッとそばに立って、両手を前に重ねる二人を見てみる。
お茶と菓子の味について、不安しているらしいのがよく分かった。
「うん、旨い。腕上げたんじゃないか? クッキーの方も、お前ら側味覚じゃなくて、こちら側に近くなってきたし」
「ほ、本当ですか! よかったぁ!」
「だっしゃらぁ一本!」
「うん、確かに。美味しいよ二人とも」
「と、当然です。貴女に褒められなくたって、確信していましたものティーチシーフ!」
「誰にモノ言ってやがるリィン!」
だからせめて、そうやって喜ばせてやった。
いや、お世辞抜きに、茶もお菓子の方も、メイド修行開始時より格段に良くなっているから嘘ではない。
その証拠に、リィンだって同じように感じたのだろうから同意してるのだろうしっ。
パァッ! と表情輝かせるナルナイと、勝利を噛み締めるようにガッツポーズするアルシオーネの眩しいこと。
ここしばらくは緊張気味の顔ばかり見せてくるから、却ってその表情は輝いて見えた。
「駄目よ。全然駄目」
が、そんな二人にぴしゃりと言葉を叩きつけたのはエメロード。
「湯の温度もいい、お茶も葉も確かに開いて香りも悪くない。でもミルクの風味が飛んでいる。強火で急いで温めたのね。そのくせ、ここに持ってきたときには
「なっ!」
「てめぇ!」
「クッキーに至っては、味にも食感にもムラがある。時折粉っぽい。適当な仕事をしていたってこと、すぐにわかってしまうわ?」
「適当な仕事だ? 俺たちに言ってんのかコラ!」
カップに口を付けて、辛辣な評価とともに、そっと
「え、エメロード様?」
「おいおい。少し厳しすぎやしないか」
「……ルーリィ様?」
「フム、エメロードはごまかせない……だね」
フォローを入れてみたのだが、エメロードは俺もリィンの方も見ず、トリスクトさんに顔を向けた。
どうやらトリスクトさんも同じように思ったらしい。
「文化祭も近づき、フランベルジュも教官として、普段と違う忙しさもあってなかなか指導ができなくなってきたのでしょうが。そういう時こそもっと真剣に取り組むべきじゃないかしら。やり直し」
確かに、最近シャリエールも忙しいようで、俺たちが夕食が終えたこのときにも、いまだ帰宿していない。
言いたいことは分からないでもないが、やり直しって、辛すぎね?
「そんな!」
「ふざけんじゃねぇぞ! 俺たちこれでも……」
「頑張りがどうとかいう問題じゃないの。主人の為にメイドがある。大事なのは主人の満足であって、貴女たちの自己満足ではないのよ?」
「自己満足なんてひどい。私たちは兄さまを想って……」
「山本一徹を想って、丁寧な仕事をおろそかにした物を出したなら、それこそ失格。わからないならいい。そこら辺の
「あ、アルファリカ! 貴女いったい何様のつもりですかっ!?」
「あら、お嬢様だけれど。本物の」
(ちょ、流石に明らかなる言い過ぎじゃ)
ナルナイは落ち込んでいて見ているのも忍びないが、それよりもアルシオーネが、いつ殴り掛からないか気になった。
「そこまでだよエメロード」
トリスクトさんも同じように思ったらしい。アルシオーネが動き出す前に、エメロードを制止してくれた。
いんやぁ、流石トリスクトさん。空気が読めるね。
「お茶の方だけでもやり直そう二人とも。クッキーは時間的には無理だけど、お茶はシャリエールさんから私も手ほどき受けているし」
「ならば私も加わろう」
「ルーリィ姉さま?」
「私もこれまでは飲む方専門だったが、茶の一杯も入れてみたいじゃないか。一徹に」
慌ててとりなそうとしたリィンは二人に語り掛ける。トリスクトさんが乗った。
(……あ)
気づいてしまった。
トリスクトさんがじっと俺を見つめているのを。
一つパチッと笑顔でウインクしてきて、コクリと頷いてきた。
(エメロードは任せたよって、そういうこと?)
やめてよぉ。めっちゃ不機嫌そうな顔してんじゃんか。
触らぬ神に祟りなしって言葉、日本語達者なトリスクトさんなら知っていそうなものだけど。
怒りと興奮冷めやらぬナルナイ達の背中を押すようにして、トリスクトさんたちも姿を消す。
残されたのは俺とエメロードの二人。
「何よ。紅茶の方はちゃんと褒めたじゃない」
(うげ、何か言おうとしたら、先にそういうこと言ってきちゃったよ)
俺もどうやって話をきりだそうか考えていたが、そんな
(か、完全に出鼻をくじかれたというかぁ……)
「褒めるところが生まれただけ上達したじゃない。最初はもっと酷かったし」
「せっかく褒めたなら、褒めを9割で、悪い部分をサラッと匂わせるくらいでよかったんじゃないか?」
「貴方も彼女たちの肩を持つの? 私の方が悪いって。確かにそうね。私の方が大人げなかったわ」
ひ、響いていないなこりゃ。棒読み感がゴイスー。
「メイドの本格派を目指すって言ってたから、なるだけ協力しようとしたつもりだったけど。厳しすぎたようね」
んでもって、さりげなく自分悪くないですオーラが……
「大丈夫か? 何かに苛立っているようにも見えるんだが。俺でよかったら話を聞かせてもらえ……」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ、小隊長だし?」
「そう?」
(んげぇ。俺を値踏みするような視線やめてぇ。不安になっちゃうからぁ)
「やっぱりいい」
「いやいや、遠慮するなって」
「小隊長という肩書が、私たちにとっていついかなるときも免罪符になると思ったら大間違いだから」
「ふぐうぅっ!」
「それに、貴方に話し相手が務まるかしら。いえ、私が貴方の話し相手が務まるかって聞いた方がいい? 私に、物足りなさを感じていたゆえの、あの失踪でしょ?」
「がはぁっ!」
あ、ダメだこりゃ。
「ま、まだ、怒ってるのか?」
「必死な顔して謝罪する貴方の顔はとてもお笑いだったけど、私、許したなんて口にしたかしら?」
「あぁ、はぁ、すみません」
「足らない」
「ごめんなさい」
「そんな幼稚な」
「申し訳ない」
速攻拒否拒絶されました。つか、このままじゃマズいな。
あの一件、小隊の中じゃ、エメロードからの視線がいっちばーん冷たくてぇ。
(あぁ、思い出してきた。あの時の目がいたたまれなくなって、『もう、いっそのこと殺してぇ』って……)
当然ながら俺に責任があったから、気を効かせてくれてフォローしてくれようとしたトリスクトさんとシャリエールにもちゃんとお断りを入れ、一対一で向き合った。
二分で、やっぱりフォローしてもらうべきだったと後悔した。
(あ、あの時を、もう一度繰り返すのか? 断じて、それだけはあっちゃならない!)
「そ、そうだ! どうだ最近!? ナルナイ達がメイド修行に力が入るのはうちの文化祭が近いからだけど、逆地堂看護学校も今月なんだろ。いつだっけ?」
「……いきなり話を変えてきたわね。私だと、会話が続かない?」
「い、いやぁ、話すなら楽しい話題がいっちば~んってね!?」
ハイ、言い訳のしようがありません。
逃げました。
ナルナイ達との先ほどの一件を、問いただす勇気がなくって。
(ごめんトリスクトさん。せっかく託されたけれど無理だったわ)
「どうでもいいわ」
「え゛? いや、その、あの、出し物をやったり、展示発表したり、コンサート開いたり……」
や・ぶ・へ・び・だぁぁぁぁぁ!
文化祭ネタなら、しかもエメロード側のネタなら、少しは話が広がると思ったのに、実にツマラなさそうだ。
だけどこの表情。冗談抜きに、何もないにちがいない。
(どうする? どうするよ俺っ! 話題を掴もうと話し変えたら、カウンターパンチ喰らって、意識を切って落とされ、KOされた気分だっ!)
エメロードなんて呆れ顔でため息をついて見せるし。興味なそうに俺から視線を外すし。
「そういうのはリィンに聞いたら? あの子はちゃんと、クラスの出し物にも参加するから」
「そうなのか。そういえばリィンは何の……」
「ストップ。そういうのは、本人に聞きなさい?」
「カッハァ!」
いやぁ、まったくもって正論である。
「最近、魔装士官学院の方も、ちゃんと楽しめ始めたようにも見えるけど、ちょっとそちら側に没頭しすぎ。ちゃんとリィンのことも気にしてあげなきゃ」
「き、気にしていないわけじゃないぞ?」
「お兄ちゃんなんでしょう? あの娘の」
「ウヌゥ……」
正論過ぎて何も言えない。
なんでや。
たぶんエメロードを
反対に説教されてしまったぁ(泣)。
「この分じゃ、山本一徹がウチの警備に来てくれることはないみたいね」
「は? 警備? 逆地堂看護学校の文化祭で?」
「それじぁ、私は自分の部屋に戻るから」
どういうことか全く想像がつかない。が、そんな俺を放っておいて、エメロードは席を立ってしまった。
「あ、ちょ……」
「まだ、何か?」
「い、いい夢を!」
(うぉい! 何を言ってんだ俺っ!)
「貴方も」
どうしよう。どうしよう!
せっかく託されたのに、まるでその責任果たせてないよねぇ俺ぇ!?
行っちゃうの? ねぇ行かせちゃっていいの?
ここはひとつ、ビシッと頼りになる小隊長宜しく、厳しくいくべきところは厳しくすべきじゃないの?
エメロードの背中が離れて行っちゃうんですけどっ!
「あ、そうそう」
「はひいっ!?」
そんなこと悩んでいたところで、彼女から呼びかけられ、背筋ピーン。
ダッセェ!
「リィンのお兄ちゃんするなら、ちゃんと守ってやりなさいよ。当日は警備もいるけど、妹としてはやっぱり貴方に守ってもらいたいでしょうから」
「は、はぁ……」
「看護学校の学園祭は、キャバ嬢学園祭」
「はぁ? キャバ嬢? キャバクラ? 看護学校の学園祭が?」
「あの娘は可愛いから放っておかれないだろうし。あれであの娘にも良い
「なぁっ!? な、生半可な奴にはやらんっ!」
「フフッ。記憶がない中で口にするそのセリフには、兄としての矜持が残っているからゆえなのかしら。それとも一人の娘として見ている、
こいつだけは調子を狂わされてならない。
結局、彼女の言葉に翻弄され続けた俺は、そのまま彼女が居間から出ていくのを黙ってみているしかなかった。
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