第二部エピローグ

第54話 いまの俺を生きて行くっ!

「いらっしゃいませっいらっしゃいませっ! 安いよ安いよ! 買わなきゃ損損、いい品いっぱい! ハイッ!」

『『『い、いらっしゃいませ……安い……よ。安……』』』

「あぁんもう! お客さんへの誠意が薄いよ! 何やってんのっ!」


 俺失踪事件から、二週間が経った。


『あ、ありえん。蓮静院家次期当主の俺が、なぜこんなことを……』

「ダメッ! 《王子》駄目っ! そういうのお客さんに伝わっちゃうから! ホラもっと元気よく、ハキハキと!」

『ありえんだろうっ!』


 文化祭への準備は佳境に入っていたが、順調だ。


「顔が固いよ《政治家ぁ》っ! ただでさえ堅物なんだから、もっと笑顔で!」

『い、いらっしゃいま……』

「まだ表情がかたぁぁい!」

『くっ! 僕がこういうの苦手っていうことに、気付いていないはずないだろう?』

「はい。苦手なら全力で克服していこうねぇ! ほら、そんなんじゃ《王子》に負けちゃうぞ《政治家》ぁ!」

『こんなことでこの男と優劣をつけたところで、なんの自慢にもならん』

『く、悔しいが、今回ばかりは蓮静院と同じ意見なんだが』

「らっしゃいやせぇっ!」

『『いらっしゃいませ……』』


 なんといっても、三年生にとって最後の文化祭だからなのか、クラス皆が一丸となって、率先して協力してくれるこの空気が、楽しくてならなかった。


 そして俺は、模擬物産店舗の品を販売する際の、接客指導に努めていた。


『ん、いらっしゃい。いっぱい買っていくといい。いい物集まってる』

「《猫》! あぁいいよ《猫》っ! じゃあそのまま、もうちょっとニコって笑おうかっ! も少し愛想よく」

『えっと……』


 表情豊かな方ではなく、気まぐれ風も時々起こす《猫》なんて、まさにもったいない。


 俺は知っている。学年問わず、結構人気なのだ。

 もちっと笑顔が増えたなら、それこそ多くの男子が放っておかないはず。


「ニコッ! ホラ、ニコォッって!」


 目を爛々と輝かせ、口角を引き上げニィッと歯を見せてやる。

 あたかも「あなたに興味ありますよ」とでも言ってるかのように見せてやるのだ。


「スマイル! スマ~イル! 《猫》が笑顔になったらそれはそれはもう、ウチのクラスの売り上げも、倍増すること間違いなしっ!」

『う……うざい……』


 え? いまなんか目を伏せがちに俺、何か《猫》から言われた?

 聞・こ・え・な~いっ!


『精が出るな山本』

「お、来やがったな《主人公》!? 他の首尾はどんなもんよ」


 と、接客に問題ありそうな面々への指導に熱が入っているところに、後ろから声を掛けられた。


『い、いい加減、《主人公》ってあだ名はやめてくれないか?」

「いいじゃない。クラスの中心我らがリーダー。よっ! 《主人公》っ!」


 何か思うところはありそうで、複雑そうな笑みを見せていたが、関係ない。

 俺にとっては《主人公》は《主人公》で、大事なクラスメートに変わりない。


『みんなうまくやってくれてる。模擬店舗も、あと少しで完成しそうだ』

「あぁ、《ヒロイン》いい仕事してくれたよなぁ。白紙にサラサラァっと図面引いて、綺麗に店舗設計図描いた時にゃ、驚いたものだったけど」

『大手ゼネコングループ会長の令嬢だってところで、影響もうけてるんだろう』

「一昨日、店舗組み立ての進捗見た。《縁の下の力持ち》もあれで結構器用にテキパキ組み立てているようでさ。しかも材木組み立てる前に、あらかた塗装も済ませてやがんの。職人だよなぁ。さっすが美術部」

『そこについても心配いらないはずだ。去年の作品を見たが、胸が熱くなったほど感動させてもらったし』

「心配なんざしてないよ。夏祭りの肝試し道具の出来で、よーけわかってるって」


 流石は俺のクラスメートたちである。皆それぞれ良く出来る奴らばかりだね。


『そうだ、灯理が驚いてたぞ? トリスクトの活躍ぶりについて』

「トリスクトさん?」

『模擬物産店舗運営について、それぞれの社長たちとの打ち合わせで、見事な営業ぶりを見せていたそうだ。別の商品との掛け合いや、効果についてのアピールをしてもいいか。それで売れた場合の手数料を、いくらか貰っていいかなんて』

「へぇ?」

『石楠グループの令嬢として、そういう場にも出たことがあった灯理がそう言うんだから間違いないだろう』

「ははっ、さっすがぁ!」


 なんだろうか。俺のことじゃないのに、トリスクトさんが褒められると自分のように気持ちよくなれるもんだねどうも。


『……変わったな。山本』

「は?」


 と、そんなとき《主人公》に言われたことで、目が丸くなりそうだった。


『最近、どこかお前は変わったように思う。前は何処か俺たちと、精神的な距離があったっていうか。だが、文化祭の準備もそう。こんなに積極的になってくれてる』

「そうかね? 自分じゃ、そんな風には思わないんだけど」

『山本達が編入する前、他の皆とずっとこれまでやってきたからわかる。お前が自分から働きかけてくれているからかな。引っ張られているのか。皆のやる気が高まっているのを感じられる』


 ……よく、わからんが。そうなんだろうか。


 改めてさっきの三人を見やってみた。


『心外。高慢蓮静院と、偉ぶり壬生狼とひとくくり。接客なら、私は頭一つとびぬけてるはず』

『フン、どの口がそれを垂れる』

『偉ぶっているつもりはないんだが、そう見えるのか?』

『三年目にして今更気付くとはな。貴様もそこまでいけば大したものだ』

『なんだとぉっ?』

『ん、三年も経ったなら、お互いもっと素直になればいいのに。二人ともコミュ障』

『『君/お前が言うなっ!』』


 えっとぉ、やる気上がってる? 上がってないよね。


「あの、《主人公》君や? そんな気が微塵もしないのよ」

『いや、確かに空気が変わってるさ』


 気づかないか? なんて、してやったり顔を見せられるから、結局わからないままではいられない。

 もう一度、三人に注目してみた。

 そしたら三人ではない、いつの間にか、五人に膨れ上がっていた。


『いえ、私から見ても、お三方ともに、とても挨拶や販売員の立ち振る舞いようが洗練されたと思いますよ』

『ん、私頑張った《委員長》。努力の成果』


 現れた《委員長》の言葉に、釈然としない貌の《王子》と《政治家》。《猫》だけはエッヘンと胸を張っていた。


 とても残念だよ。

 君は確かに可愛くて《委員長》にも負けていない。

 が、それは顔のお話。いくら胸を張ろうとしたって、《委員長》はホラ、スタイルもグラビアアイドルクラスだから。

 対比すると……


『蓮静院と壬生狼も、時たま二人で流れるような連携営業トークを見せるようになったし。なんだかんだ言って、楽しそうに見えるなぁ』

『『あり得ない!』』

『ハハ、アハハハ……ぶれないよね』


 その場には《ショタ》もいて、的確なツッコミに対して、なんともまぁ息ピッタリに否定する《王子》と《政治家》に、笑っていた。


「やる気があるかどうかは別として、楽しい空気になってるのは結構なことなんじゃねぇの?」

『クラス皆で文化祭を成功させようとしてるんだ。楽しい空気はそのまま、モチベーションに繋がるさ』

「へぇ?」

『山本が変わってくれたおかげだ。ありがとう』


 なんつーの? だから《主人公》よ。さらっとそういうこと吐いてくるなっての。

 恥ずかしいセリフ禁止。


『フン、にしてもなんなんだ。最近のあの男の俺たちへのあだ名は! 奴の目には、俺たちはどう映ってる!』

『ん、そのままなんじゃない? 《王子》や《政治家》は別として、委員長に《委員長》、私に《猫》ってひねりがないよね』

『ま、まぁ《猫》ちゃんというのは、私もネコネちゃんに対してときどき同じように呼んでいますし……』

『べ、別にしないでもらえるか猫観!』

『四人なんてまだいい方じゃない! 僕なんて《ショタ》だよ《ショタァ》!』

『えぇっと、それには何と言いましょうか。ね、ねぇ壬生狼さん?』

『ぼ、僕に振らないでくれ禍津君っ!』

『フン、本来はフォローするべきところなのだろうが……』

『ん、諦めるべき。本質をとらえてる』

『そんなぁ!』


 そうそう、別に他の奴らがあだ名の修正を願い出たなら、変えてやってもいい。


『な、なぁ山本』

「どーなされた《主人公》?」

「き、鬼柳だけは代えてやらないか? 親しみを込めてあだ名で呼んでくれるんだろうけど」

「だが、断る」


 だが、テメーは駄目だ《ショタ》。あきらめろ。


(なんでみんな軒並み、俺が付けたあだ名に微妙そうな顔をするのかわからん。ちゃんと喜んでくれる奴だっているんだけどな。《ヒロイン》とか)


 石楠を《ヒロイン》と直接呼び始めた頃なんて、「わ、私が《ヒロイン》? 《主人公》にとっての……《ヒロイン》?」なんて、目を輝せていたのを覚えている。

 何なら、「私も頑張る。だから、貴方も頑張りなさいよ!」って、意味わからんこと言われた。


「……少しね、いまの俺で頑張ろうと思ったんだ」

『今の山本?』

「ずっと記憶探しに躍起になっていた。以前の記憶を誰かの記憶だといわれていたから。まるで覚えていない、トリスクトさんたちが知る俺の時の記憶と、どちらが本当の俺なのか、そればかりに気を取られてさ」


 ……にしても、最近の俺は変わったかぁ。

 自分ではまだその自覚はないが、そろそろいいだろう・・・・・・・・・

 

「記憶を取り戻し、その記憶から延長する人生を歩むことで、俺は本当の俺になれると思っていたからさ。何もわからない、いまの俺は俺じゃない。なら、そんな状態でこの学校にいてなんになるって」

『それが、精神的な距離のあった理由か?』

「記憶のない俺は本当の俺じゃない。そんな状態で、人間関係を作って何になる?」


 そういうところは、正直なところだった。


 本当の俺は、もっと嫌な奴かもしれない。

 記憶を取り戻したら人格変わっちゃうのかなとか。その時、お前たちから見る目が変わったとしたなら、つらたんじゃん。


「でも、別の奴の記憶だって言われてたのは、本当に別人の記憶だって知った。じゃあ俺がまるで覚えていない、トリスクトさんたちが知る俺の記憶こそ、本当の記憶ってこった」

『なら今は、彼女たちから、かつてのお前の話を掻き出そうとしているのか?』

「やめたよ」

『やめた?』

「学院サボって遠出した後さぁ、そのことが、どれだけアイツらを心配させたかを知った。アイツらが、いまの俺のことも・・・・・・・・想ってくれてるのを知った。アイツらのことほとんど覚えていない俺を、だけどアイツらは、手放してくれない・・・・・・・・

『嬉しいな。それ』

「恥ずかしいけどね」


 だからこそ、そんなアイツらに、俺も不義理するわけには行かない。そう思うようになった。

 アイツらは、アイツらを思い出せないいまの俺を想ってくれるから。せめて悲しませることのないよう、いまの自分を精一杯生きてやることにしたってわけ。


「決めたよ。別人の記憶に翻弄されるじゃない。アイツらの知ってる元の俺でもない。いまの俺として、三縞校の山本一徹をしっかり生きて行く。そしたら少しでも、アイツらを安心させてやるかもしれない。それも一つの目標になるじゃない?」

『目標のある生き方は強くあれる……か。本当に変わったよお前は』


 なんというか。柄にもなく、俺も恥ずかしい話しちゃったじゃない?


『有難う山本。正直に話してくれて嬉しいよ。なんというか、やっと俺も、俺たちも、お前の本当のクラスメートになれた気がする。仲間に』


(《主人公》だから、引き出されちまうんだろうなぁ)


「だ、だから、恥ずかしいセリフ禁止……」


 《主人公》なんて、俺の話に満足しちゃったようで、言葉通り嬉し気に顔をゆがめて手を差し伸べてきた。


『あらためてこれからもよろしく山本。まずは文化祭。是非とも成功させよう!』

「やれやれだよ。ハッ! 致し方ないねぇ」


 ほーら、「なにが《主人公》って呼ぶのやめてくれないか」だ。しっかり《主人公》じゃねぇか。

 でも、まぁ、まんざらじゃないから、俺もその手をしっかり握り返してやった。


「ま、何とかやって見せるさ。お前らの部屋に厄介になって迷惑かけたことも悪いしさ」

「あぁ、そういえば言い忘れていた。失踪から帰還した山本への、クラスメート全員からの歓迎が、あまりにも激しすぎたから、言いそびれてしまっていた」


 と、そう返したところで、急に俺の手を握る《主人公》の力が強くなった。

 

 嫌なことを思い出させてくれる。


 想っていた以上に、クラスメート全員が心配してくれたようで、そして、心配をかけたことにめっちゃ怒っていて……


(フルボッコ。折角学院に復帰した日のさらに翌日。欠席にするかどうかシャリエールが悩むほどの全身殴打、打ち身、挫き、ムチ打ち……)


 《ヒロイン》や《猫》がトラウマを残すんじゃないかレベルに怖かった。

 普段ソリのあっていない《王子》と《政治家》なんざ、見事な辛辣コンビネーション見せつけて来やがる。

 《縁の下の力持ち》は、腕を組んで、黙って、じっと俺を見つめてきていた。

 いやぁ。それも、確かにつらかったけど……

 それ以上に、あの《委員長》や《ショタ》までもが、目を吊り上げて「本当に心配したんだからね/したんですからね!」って一喝してきたときにゃぁ、本気で嫌われて、見限られるんじゃないかと心配になった。


『宿泊のお礼を置手紙に残していったのは構わないんだが……』

「構わないんだが?」


 あ、あれ?

 《主人公》さん? 俺に向けてくれる《主人公主人公》した笑顔になんというか、影のようなものが落ちていませんか?


『コンドーム100個分ひと箱を、『感謝の気持ちです。どうぞ遠慮せず、思うさまに使ってください♡』というメモ書きを添えて、置き土産するのはやめような(笑)?』

「いやぁ、あれはほんとうに感謝の気持ちで……アグゥッ!?」


 あっぎゃ! 握る力は、さらに強くなっ……


「あれあれぇ? 《主人公》さん? 俺の手が、ミシミシ、メキメキと鳴っちゃったりなんだったりしてぇ……」

『やめような!? あの後、灯里と凄まじく複雑で微妙な空気になったから(怒笑)』

「ちゃ、ちゃんと役に……イギギッ! 痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!」

『やめよう……な(怒怒怒笑)!?』


 笑顔がやばいっ! っていうかこのままじゃ俺の手が握りつぶされ……


「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁい!」


(……あっ!)


 あれだ、いわゆるプロレスの試合開始直後の、手四つ勝負(両手を握り合って力勝負するアレ)に負けて、マットに膝をついてしまうシーンさながら。

 床に膝をつき、こわーい顔して見降ろす《主人公》を見返した時。


 教室の引き戸は開いたままだったから、外から中の状況は良く見えて。


『フフッ、なんか、青春してるな刀坂君っ♪』


 三組の様子に、ハートな眼を向けて笑う《非合法ロリ生徒会長》が一瞬姿を見せ、引き戸前の廊下を過ぎていった。


 あぁ、なんと恥ずかしいところを俺は見られて……いや、アウトオブ眼中だったって話も……


 なんでだろうか。

 途中まで、《主人公》ともとてもいい雰囲気だったのに、なんで俺っていつも、最後のところが締まらないんだろう。

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