第30話 クーデレクラスメート、婚約者だって。ハァッ!?
『にしても結構何とかなっちゃうもんだね』
「なにがだよ鬼柳」
定時に学院に集結し、クラスメートと、その彼らの下についている下級生小隊メンバーとも合流。
のち、合宿所まで向かう大型バスに乗ってしばらくたったところで、《ショタ》が笑いかけてきた。
『なかなか小隊って人が集まらないから。最初はもしかしたら、卒業まで山本小隊は、トリスクトさんと二人のままで終わっちゃうんじゃないかって』
「俺たち二人とも、せっかく皆が自分の小隊に誘ってくれたのに、加入する選択をしなかったもんな」
思えば確かに、良くここまでそろったものである……とか思う以前にだ。
やめろよ《ショタ》。んな人懐っこい笑顔で話しかけんの。
なんか不可視の犬耳が生えているように見えてきて、やっぱり目に見えないはずの犬のようなしっぽがピコピコ振っているように感じて、なんとも愛らしい。
撫でてあげたくなっちゃうでしょーがっ!
『全校トップの一年生二人を小隊に迎えたときも凄いと思ったけど、このタイミングで二年生、しかも看護学院生が小隊員として加わるとはな』
「えっと、たぶんそこ、驚くところなんだよな。やっぱり」
『君は……何も知らないのか』
トホホといった顔の《政治家》よ。
アンタ、初めて会ったときは堅物でとっつきにくいなんて思ってたが、結構ないじられキャラで苦労キャラだよな。
おかげで変に緊張しないので、ちゃんとクラスメートとして普通に付き合えるのはありがたい。
『命の現場に立つということと、その為に命の危機にさらすことは違う』
「……確かにそっか」
言いたいことはわかった。怪我人を治療するのは看護師の役割だろう。
だが、アンインバイテッドに抗する魔装士官小隊に入った場合、その看護師の現場は、命の危険がある作戦域内になるということ。
命の危機に直面するような現場で戦う士官の、治療任務を、その場でこなすのだ。
『逆地堂看護学校に、魔装士官帯同を目的とする養成コースがあるのは知っている。理由が理由だから、奨学金、生活費など、国や自治体からの便宜も多い』
「……え? んじゃあ別に、うちの小隊に入ってきたのって珍しくなくない?」
『最終的に卒業後従事すればいいんだ。下手に学生時代に小隊に加わったことで、発生した事件に駆り出され、命を落とす。誰もそんなリスクは望まない』
「特別扱いは存分に享受しますよ~。でも使命は受けたくありませんよ~って?」
『身、身もふたもない言い方だな』
『そういうこともあってね。学生時代に小隊に所属する者は少なくて、実際にうちの学院の小隊でも、看護学生が所属する隊は少ないんだ』
話を聞くと、《ショタ》や《政治家》が話しかけてきた理由が分かった。
物珍しいってやつなのだねチミたちぃ。
「お、なんか得した気分」
「随分な言い草ね。山本一徹」
思わずそんなことが口を次いで出てきてしまって。牽制したのがエメロードだった。
乗っているのは電車ではなくバスなので、ボックス席のようなひとまとまりのシートがあるわけではない。
が、身近な席にそれぞれ座ることで、小隊全員が、俺を中心として近い席に座っていた。
クラスメートの二人が声を掛けてきたのがきっかけか。
その物珍しさが伝搬し、次々と、俺たちの小隊に皆が集まってきちゃった。(皆さん? 走行中の出歩きは、危険だからメッ! ですよ?)
『フン、グレンバルドとストレーナスの一件があるからな。アルファリカは別として、ティーチシーフについても何かありそうだが?』
「リィンが、あんだって蓮静院?」
『阿呆が。小隊長のお前は気付くべきだろう。あまつさえ命の危険があるとみられる魔装士官帯同看護師の見習い二年生として、十四、五歳が学んでいるんだぞ?』
『蓮静院と同じ予測に至るのは癪だが、単純に考えるとするなら、飛び級の線に行きつくだろうな。普通二年生と言えば、この学院や他の高校しかり、十七歳のはず』
「……天才じゃん」
『あくまで可能性の話だが。フン、鼻持ちならない東京第一校の教頭ではないが、本当にお前が小隊長では持ち腐れになるんじゃないのか? そこくらいは気にかけておくべきところだ』
「さーせん」
いや、ほんと論破ってやつですハイ。図星すぎて思わず謝っちゃったよ。
ったく、《王子》と《政治家》タッグかよ。
陰陽道の名家の御曹司(イケメン)と、代議士の息子(眼鏡インテリイケメン)。
タイプが違うから、普段は皮肉を言い合ったりと、ちょくちょく互いをけなしあうのに、こういう時に息ピッタリ合わせてくるからたまらない。
「あり? そういうことなら……エメロード」
「何かしら?」
「うちの学校もそっちの看護学校も、十八歳が三年生のはずだが。お前、十八だよな、二年生であることを考えると、リィンとは反対に……」
「留年した……なんてこの私に言うわけじゃないわよね?」
「なぁんて、うちの小隊員にあるわけがないんだよ。蓮静院、壬生狼。失礼じゃないか。あれだぞ、外国のセメスター制は日本とズレているからこその……」
『殴っていいか山本?』
『フン、奇遇だな。俺も今まったく同じことを思った』
「アッハ! アハッアハハハハ!」
ごめんね。許して?
「そうか。これが、私が壊してしまった兄さんなんだ」
「胸に来るものがあるわね。こんな顔して笑えたのね。 あの
「ん? なんか言った?」
「「なんでも」」
……はぁ、まただよぉ。
《王子》と《政治家》の口角ヒクヒクさせて怒りを抑えているのを、苦笑いで見てる間に、新メンバーなんか言ってたっぽい。またも聞き洩らし。
「壬生狼先輩……で、よろしいですか?」
『え、ああ、その通りだが』
そんなね、学ぶことを覚えない俺を尻目に、リィンは《政治家》に声を掛ける。
「皆さんも」
別に《政治家》個人ではない。彼への呼びかけは、のちに俺のクラスメートたちに呼びかけて、注目してもらうための呼び水だったらしい。
いきなり名前を呼ばれた《政治家》が言葉を詰まらせたイレギュラーに、皆が一瞬、《政治家》とリィンに集中した。
「まず初めに、御礼申し上げます。ルーリィ姉さまと、一徹兄さんがお世話になっています」
ゆえに、深々と頭を下げたうえでの第一声がよく通る……って?
『『『『は? ルーリィ姉さま? 一徹兄さん?』』』』
たぶん皆も俺の頭に浮かんだものと同じものが出てきたはず。なんて言った?
「あの、リィン? トリスクトさんを姉さまって。っていうか、なんでいまの挨拶に、俺と仲良く宜しくしてくれる皆への感謝が? 俺を兄さんって?」
「当然じゃない。だって兄さんなんだから」
いや、だからその理由を知りたいのだが……
「改めまして、リィン・ティーチシーフと申します。ルーリィ姉さまとは、親同士で付き合いがあり、昔から親しくしてもらっています」
『あぁ、そういうこと。だからトリスクトさんが所属する小隊に入ったんだね。名前からして、外国から留学してきたみたいだけど、同じ三縞市にいるのは偶然とも思いずらいし、もしかして追いかけてきたのかな?』
『いや、分からない。だとしても、山本を兄と呼ぶ理由がないだろう』
《ショタ》は勝手に納得しているようだが、《政治家》よ、本それ。
と、思った瞬間だった。急にリィンが、不満顔を俺に向けてきた。
「まさか、兄さん。まだ皆さんに伝えていなかったの?」
えぇっとぉ~。
んなことを言われましても、何が何だか私にゃさっぱり……
「もしかして、ルーリィ姉さまもまだなんですか?」
「え? あ、ああ。まだ……だと思うが……?」
いやぁ? コイツぁ……もしかして、トリスクトさんの方も、リィンが問いかけた理由をわかっていない?
俺も眉をひそめてしまったが、釈然としない貌を見せたのは、トリスクトさんもだった。
「婚約関係なのよ。随分と前からね」
話が見えないリィンの呼びかけに、俺もトリスクトさんも固まる状況。
そんな俺たちに向かって、ぶっきらぼうに放ったのは、エメロードだった。
「へぇ? 婚約かぁ」
なるほどねぇ。
『あぁ、婚約だから、トリスクトさんを姉と呼ぶティーチシーフさんは、山本を兄さんと呼ぶんだね?』
《ショタ》は納得したように、掌に拳を置いた。
『婚約か。なるほどそういうことなら』
《政治家》は眼鏡のフレームを指で押し上げ、位置を正した。
『フン、婚約とはな』
《王子》は腕を組み、目を閉じて口を開いた。
『婚約。巡り合わせだな』
《縁の下の力持ち》は、それだけ述べると、スッと視線を俺にくれた。
『婚約かぁ』
《主人公》は感心したように、椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。
『婚約……ん、理解』
《猫》は一瞬首をかしげてから、首を縦に振った。
『婚約ですかぁ』
《委員長》は、感心したようにため息をついて、両手を合わせた。
『婚約ね。まぁ、そんな感じはしていたかしら。正直』
最後、《ヒロイン》は苦笑の顔でうんうんと頷く……
が、数秒が立った瞬間、その場の時は止まってしまって……
『『『『『「……え?」』』』』』
一声は重なる。さらに、
『『『『『「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 婚約ぅぅぅぅぅ!?」』』』』』
バス内にこだました。
クラスメートたちだけじゃない。驚きの絶叫を上げた中には勿論……
俺もいた。
当然だ。
そのサプライズは俺にとって全く嬉しくないから。
だってさ、その話が本当なら、いろいろと前提が崩れてしまうから。
編入してから九月までの、約四、五ヶ月俺が思っていた前提が。
◇
「なんてことを言うんですかリィン・ティーチシーフッ! これではクラスの皆さんから、さらなる公認カップルとして……」
「チィッ! 奴が出てくる前に、勝負を決めるはずだった」
トンデモ発言があって、ナルナイとアルシオーネの目的である一徹は、人垣に囲まれ、姿が見えなくなってしまった。
理由は簡単。
その渦中にいる一徹自身も寝耳に水な、ルーリィと一徹が、婚約者同士であるという話題に、盛り上がっていたからだった。
「アルシオーネ、この際出し惜しみはしません。多少強引でも全力でお兄さまを……」
「へっ! その言葉を待っていたぜナルナイ!」
その状況を、ナルナイが面白いと思うはずがないから、アルシオーネが憤慨するのも当然だった。
無理やりにでも人垣に割って入る。
多少きつくても一徹とルーリィの間に割って入るか、その渦中から自分たちのところに一徹を引きずり込もうと画策していた。
「ハイ、二人の仲に水を差さない」
「アイデデデデデデデ!」
が、先に席を立ちあがったアルシオーネの耳を引っ張り、座席に引き戻したのが、エメロードだった。
「クッ! エメロード・ファニ・アルファリカ。貴女も邪魔をしますか!?」
「邪魔も何も。それが結末だもの。山本一徹が選んだ」
涙目でじたばたするアルシオーネの様子に、ナルナイが声を上げないはずがない。
「随分ないい子ちゃんですね。大人になるのが諦めがいいことなら、私は願い下げです」
「……そうね」
ナルナイにとっては、その澄まし顔が気に入らない。エメロードは、眉一つすら動かさなかった。
「確かに私は彼をあきらめた」
「だったら邪魔をしないで……」
「でもそれと、貴女達の邪魔をしないのとはまた、話が別。アルシオーネが貴女の望みにひたむきになる様に。私は私でリィンの想いを遂げさせたいもの」
「貴女は、ルーリィ・トリスクトをいまだ、手放しで許してはいないのでしょう!?」
「それでも、ルーリィ様をあの
エメロードにとって重要なのはルーリィではない。親友であるリィンと、そして一徹の幸せ。
『ちょっと待ちなさい山本! あの時の公開プロポーズの感慨もへったくれもないじゃない! 婚約って! じゃあ二人はもともと婚約者同士で、あのプロポーズは予定調和だったっていうの!?』
『こ、興奮するなって石楠! んなもん、俺だって初耳だよ! 公認カップル的に見られちゃっていることに、これまでだって思うところはあったけど。まさか本チャン婚約関係ってのは今聞いてビックリだよ! つか前々から言っているけど、俺には記憶が……』
『あ、貴方ねぇ! 女の子にとって大切なことを、そんな一言で片づけるなんて何考えているの!?』
『ま、まことに遺憾ながら、記憶になく』
『どこの政治家よ!』
だから、噛みつかれていることを気にも留めずに、チラッと、盛り上がっている一徹とその周囲に目を配せ、エメロードは困ったように笑ってため息をついた。
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