第31話 厳慮系お嬢様。わからん! お前だけはわからんっ!

「あぁ、俺だけこの合宿で猛烈に浮いている自信がある。本ソレ」


 一人乗りツッコミ。

 痛いのは分かっているが、そうなるも仕方がないと思うよ?


「……何やってるの? 外出許可時間はとっくに過ぎているけど」

「お前、ブーメランって言葉を知ってるか?」


 合宿一日目が終了した日の夜。

 合宿所を出て、少し離れた草むらで寝転がり、お月さん見ていた俺は、別に感傷に浸りたいとか、カッコつけたくてそんなことをしているわけじゃないとだけは、自分の名誉のために言っておく。


「質問に質問で返すのは感心しないわね」

「ぐっ!」


 大人~な反応。

 なんか、まともに相手されていない感がひしひしと感じるから、やりにくいわ。


「人込みから逃げてきた。ちょっと一人になって落ち着きたい」

「私たちの存在に、疲れてる?」


 おっと? いきなりじゃない。

 しかも結構に的射てきたかよ。したら、俺もどう返していいのかわからないじゃないねぇ。


「さっき夕飯を食った後、《鉄・石楠》小隊の宿泊部屋に引きずり込まれてさぁ……こっぴどく怒られた」

「あぁ、あの灯理って人。苦労してそうだものね。あの人も」

「共感してんなって。すんげぇ肩身が狭いの。小隊部屋にゃもちろん、所属してる下級生たちもいる。俺たちの様子をうかがってきて、一年の男子どもには『ざまぁ』なんて言われてる始末だ」

「それくらい我慢しなさい。貴方の容姿レベルじゃ、本来釣り合わない娘たちが囲んでくれているのよ。私がここにいるのだって、本当なら泣いて土下座してもらうくらいなんだから」

「ハッハ~! はじめは俺も思ったよ。『うれしーっ! 俺にも人生の春キターッ!』てなもんさ」

「それで?」


 それでも、なんだかんだ会話は続いちゃって。

 姿を現し、呼びかけてきたエメロードは、隣に座りこんだ。


理想ファンタジーは叶いっこなさそうで夢があるから理想ファンタジーなんだって、気付かされた」

「そういうものかもしれないわね」


 なぁんか、視線感じない? 

 って、体育座りで見下ろしてくるかよ。キツそうな顔立ちしてっから、なぁんか見下されている感が。


「なぁ」

「何?」

「俺と、トリスクトさんが婚約者だって話。あれは……」

「嘘ではないわ」

「なんだよ。引っ掛かる言い方しやがって」


 っていうか、なんで俺の隣に座りこんだ? 意味不じゃねぇ? ってぇことで、どうせ、俺の隣にいるんだから、どうにかなってしまった空気を何とかしたいこともあって、その質問に至らせた。


 答えは……マジ分からんちんってやつ。


「そうとしか言いようがないもの」

「いやぁ、記憶がないのよ俺。いや、記憶はハッキリしまくってるんだけど、他人の記憶っぽいっていうか」

「そう?」


 結構これでもいっぱいいっぱいで伝えているってのに、薄情でたんぱくな女だねぇエメロード・ファニ・アルファリカ。


「だから、もしかしたら周囲の誰もが納得する《俺》っていう記憶存在の中には、婚約のこともあったんだろうけど。正直なところ実感は……」

「だからリィンは貴方の元にやってきた。いまの貴方には記憶がなくてもね。それを失う前、確かに貴方とルーリィ様は、婚約をしたから」

「改まって言われてもさぁ。トリスクトさんだよ? どう考えても釣り合いが……」

「リィンは、ルーリィ様の義姉妹でね。その関係で貴方を兄と慕っていた」

「俺が、兄貴。あげなめんこい娘の?」


 ま、だからこそ、一番冷静に答えてくれた。


 他の女子の個性が強すぎて、疲れちゃった今日この頃の俺だぁ。これくらい一歩引いた奴の方が、いまは楽だった。


「ナルナイや、アルシオーネについては?」

「え?」

「あいつら二人のことも、たぶんお前は知っている。二人だけじゃないな。シャリエールのこともだ」


 仰向けになりながらエメロードを見てみる。見下ろしている彼女だから、月明かりに星光は逆光となって、表情まで細かくは知れない。


 だけど沈黙の反応に図星であることを感じ取った。


「祭り以降、お前たちも加入してさ。なんとなしに見てきたが。俺以外、お前たちは互いのことをよく知っている。俺のことも知っていた。それは……」

「全員が全員、記憶をなくす前の貴方をよく知っている。そういうこと」


 そうなんだろうなぁ。そんな気はしていたわ。


「貴方は、ストレーナスとグレンバルドを可愛がっていた。でもルーリィ様と婚約関係を結んだことで、彼女たちは取られたとでも思っているのかもね」

「それで、アルシオーネは親友のナルナイの手助けをしようと?」

「そしてそれがルーリィ様を焦らせないわけない。それゆえに、リィンが二人をけん制し、ルーリィ様の後押しに努めている。そう考えたらシンプルじゃない?」


 うん、エメロードさんや? 今のどこをシンプル言えんねん。


「リィンをバックアップとしたルーリィ様派と、グレンバルドが支えるストレーナス派」

「シャリエールは?」

「無派閥独立部隊といった方がいいかしら。彼女は、他の娘たちよりも長く貴方を見続けてきたから……って、どうしたの?」


 おい、おいおいおい! だからぁ! どこがぁ! シンプル言えんねん。


「どうしたもこうしたもないでしょうよぉ」


 頭痛くなって、思わずヒャッ! と、両手で顔を隠さざるを得ない。


「俺の、いまの性格は、記憶がない故か? 話を聞けば、完全にタラシじゃねぇか!」

「なに。自覚はあるの?」

「サラッとすまし顔で言わない!」


 全然記憶にない。じゃあ何? 今のこの状況って、記憶をなくす前の俺、いわゆる《もう一人の僕》の歩んできた道がそうさせたこと?


 うぉい相棒! どういうことだ相棒! どんだけ女子スケコマしとんねん!

 もはやクズやで!? 

 クズ一徹降臨! とか、い・わ・す・な・や!?


「って、あれ? じゃあ……旦那様ってのは?」

「ッツ!」

「トリスクトさんとシャリエールから聞いたんだ。二人には《旦那様》っていう大切な人がいて。だから、強い繋がりを持つ俺に、常に注意を払ってくれているってさ。あれは……」

「……ごめんなさい」

「エメロード?」

「それについては、私の口から話すことはできない。そういう契約」

「契約? 良くわからんが」


 ふと、湧きあがっちゃうから、聞いてみた。

 よーけ話に出てくる旦那様について。


「俺さ、皆が俺に良くしてくれるのって、ずっと二人から聞いていた《大切な人》と俺の間に、何か強い繋がりがあるからだと思っていたんだ」


 そう、それが編入した四月から、九月までの四、五ヶ月間、俺がずっと気になっていたことだった。


「でもさぁ、蓋を開けてみたら、こと、トリスクトさんに関してだけは、俺が当事者だったんだなってちょっとビックリして。彼女にも申し訳ない。四、五ヶ月、俺はそのことを目の前で、他人事のようにふるまっていたわけだろ。最低じゃね?」

「そ、それは……」

「それとも、その婚約すらも、全てその、大切な旦那様と繋がる手段なのかな。わかんないことが多すぎて……って、ゴメン。やっぱ今のなし」


 暗いから表情は知れない。

 だけど、見つめてくる瞳(なんだと思う。キラッと二つ光ってるから)を見つめ返すと、先ほど言葉の歯切れが悪かったのを思い出した


「本当に、ごめんなさい」


(禁忌のネタか。話せないってなら無理に聞くわけにもいかないのかね)


「って、ちょっ、暗くなるなよ。俺だってそこまでガチで気になっているわけじゃないんだから」


 なんつーかさ、フラットに塩対応な奴が一転、しおらしくなると、こっちが焦っちゃう感ない?


「わたし、部屋に戻るわね。貴方の顔も見れたことだし」

「俺の顔?」

「こちらの話」


 と、そんなこんな(なにがそんなこんなや)。エメロードの中では俺との要件は終わったらしい(なんで俺に声を掛けてきたのかいまだにわからんが)。


 (あ、そういえば……)


「お前はどうなんだ?」

「私?」


 立ち上がって踵を返し、合宿所に向かうエメロードの背中に、投げかけてやった。


「他の奴らの繋がりは分かって(納得はしてないが)、俺との付き合いにそれぞれのスタンスがあるのは分かった。だけどエメロードに関しちゃ、いまだわかっていないんだ」

「……あ」


 んで、ですよ奥さん。

 俺の中では至極まっとうな問いをしたつもりなんですよ。


「えっと、わたし……は、その……」


 なしてや。なしてそんな意外そうな声上げるっちゅーねん! 

 組んだ腕の一方、口元に指をあてて、そんな眉をひそめとんのや……本人もわかっとらんのけ?


「ま、いいか。そんなこと」

「……気にならないの? 私のことだけは。記憶をなくす前の貴方と、どんな関係にあったか」

「わかったぁ! 幼馴染キャラで、周囲の男子からモテモテなのに、なぜか俺に対して密かな思いがあったとか!」

「……自分の顔を見てから口にしてちょうだい」

「ガビンッ!」


 適当に言ってみたとしても、速攻でそう返されると結構にクる物があるねどうも。


 でも、良かった。

 変なことを聞いちゃったみたいだから、一瞬醸し出していたっぽい不安そうな雰囲気も、半ば反射運動的な塩対応で少し薄らいだように感じた。


「いいよ。どうせ記憶のことは思い出せないんだ」

「それは……」

「前の俺のことを心配してくれるアイツらにはちょっと申し訳ないけど、いまの俺にとっては、いまの俺のことだけで精一杯だ」


 実際のところ、この思いは本当だ。


「そういう意味ではエメロード、お前が一番楽かもしれない」

「私が?」

「お前は、他とは違って、前の俺という先入観がないと思うから。フラットな立場っていうか、一歩引いて、客観性があるっつーか。感情が先行しない」


 あれま、ビックリ。

 合宿所に帰るために背を向けていたエメロードは、黙って俺の方に体を向けてきちゃった。


「お前たち山本小隊看護学校二年生は、他のメンバーと比べて常識人ぞろい。だがきっと事細かく気遣ってくれるリィンも、たぶん前の俺を見ている」


 別に、それならそれで、俺の言いたいことも通るだろうから構わないが。


「これは俺の勝手な感覚だが。エメロードはたぶん、改めて一から俺と接してくれようとしてる。そんな気がしてさ。一番戸惑いが少ないんだ」

「戸惑いって?」

「俺のことを知っている彼女たちと、彼女たちを知らない俺がすれ違う様・・・・・

「ッツ!」

お前さんだけ・・・・・・は、俺とはじめましてを繰り返そうとしてくれる」


 それが実のところ一番ありがたかった。


 ちょっとからいが、常識人。

 それで、記憶ゼロから始める高校生活……な俺に対し、意識的か無意識的かわからないが、初対面かのようで、少しずつ知ろうとしてくれるような一面も見せてくれる。


「正直なところ、こういう話し相手がいることこそ、一番ありがたかったりして」


 先ほど顔を見せたときの第一の質問からも、そんな感じがした。


「……ズルい」


 なぁんて、想っていたのですが……


「ズルイのは、生来からの気質なのね」

「は?」


 なんといいますか、感謝を告げたつもりなのに、エメロードさん、ツンツンされておりますぅぅぅぅ!!


「何でもない。お休み」

「ちょ、えぇ! まって! なんか俺気に障っちゃった!? なんでっ!」


 足早なのぉ! それだけ言い残して合宿に帰っていくエメロードさん!

 なんか告げてるのぉ! 「アンタと同じ空気を吸うと思うと反吐が出る」的な何かが、背中で語られてるのぉ!


 ……余談になります。


 彼女に取り残され、ウジウジしている間に外で眠ってしまったことで、翌日シャリエール以外の教官に見つかってたたき起こされ、外出許可時間が過ぎた後の外出をしていた旨、全力で叱られました。


 んなことはどうだっていいんだよ。「聞いているのか山本!?」だと? 

 まともに聞けるわけねぇだろう! 寝ている間に顔面ありとあらゆるところを蚊に刺されまくったの。

 顔は腫れるし痒いわで、それどころじゃなかった。


「……バーカ」


 でね、本当にエメロードのことが分からない。


 塗り薬を誰が塗るかでもみ合いになる、シャリエールとトリスクトさんとナルナイの三つ巴。

 ここにリィンと、アルシオーネが加わっている間に……エメロードさんが、小言を言いながらも、薬を塗ってくれましたよ。


 いいやつなのか、怖い奴なのか。


 さすがは厳慮系お嬢様ですな。


 本当、こいつだけはよーけわからん。

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