第18話 事故です! 不可抗力です! 俺のせいではありません!
「こ、コイツらは……」
いつから気を失っていたかはわからない。が、何となく寝苦しさを感じ、目を開けて、認めた。
「道理で重いわけだよ」
仰向けで寝ていた俺の胸に、覆いかぶさるように、ナルナイがスヤスヤァッと眠っていた。
手放しの、安心しきったように眠る
俺に、迷惑を掛けなければの話だ。
ちなみに、細身のナルナイを担いだことはないが、それでも重いと感じた理由。
重さに拍車をかけた、とある理由があった。
俺にしがみついて眠っているナルナイの後ろから、さらにアルシオーネが抱きしめる形でグースカ眠りこけていた。
(バーベキューと花火の、コイツの暴走ぶりで、気疲れにやられたのか。客室はそれぞれ、この別荘にあったのに、いつの間にか居間で寝ちまってた)
自分が目覚めた場所をぐるっと見回す。きっと、理由はそんなところだろう。
(ま、それはいいとして、なんだってこいつら二人が寄り添って寝てんだよ)
昨晩の、点火したロケット花火を俺に向け、爆笑していたアルシオーネの凄みのある顔がフラッシュバックして、体が震えた。
トラウマみたいに脳裏に焼き付いているんじゃなかろうか。
(まったく。見れば見るほど
あまり上体を起こすと、胸からナルナイの頭が滑り落ちてしまいそうだったから、かろうじて首だけ持ち上げた。
「ん?」
そう、胸の位置に、ナルナイの首がある。
それってのはつまり、彼女の顔が、俺の顔に至極近い位置にあるということ。
「いかん。いかんよ俺。後輩で、いっちゃあ小隊の部下だぞ」
ゆえに安らかな寝顔をまじまじと見てしまって、長いまつげとぷっくりとした唇に、年頃の異性を、あわや意識しそうになって首を振る。
「ん……」
「お、起きてくれたかナルナイ。もう少しだけ離れてもらいたいんだ……」
と、身じろぎが、彼女の目を覚まさせたか。
ナルナイは薄く目を開き、小さく声を漏らした。
寝ぼけ
「ん~。兄さま……ンチュ……」
……そして、時が止まった。
二秒、三秒?
当然だ。
世界が切り取られたかのように制止した光景。
唯一動きを感じられるとするなら、外から聞こえてくるシャワシャワという蝉の声。
頭が真っ白になってしまって、身動きが取れなかった。
そして……
「ッッツツッツツツツツ!」
「〇×♪#$%▽◇~~~!!」
時は動き出す。
示し合わせたように、俺とナルナイが、バァッ! と弾けたように距離を置いたのは一瞬のこと。
「なっ! なっ! なっ! なんちゅうことをっ!」
悲鳴を上げざるを得ない。ナルナイなんて、両手を口元に合わせて、顔を真っ赤に見つめてきていた。
「ま、まさか夢じゃ……」
「夢じゃありません!」
声を震わせるナルナイに、昂って大きな声を禁じ得ない。
「ん~~~~~~~~!!」
今度は頬を両手で挟み込む。眼なんて潤ませていた。
「わ、私が、兄さまとき、き、キキキs……」
「事故です! 不可抗力です! 俺のせいではありません!」
速攻! 言い訳発動!
そうだ。すべては事故なんだ。不幸な事故。決して悪くないはず。
「お、お前も悪いんだからな! 部屋も綺麗にして用意した。居間で寝るなよ! ってか、寝ぐせの悪さを何とかしなさい! なんだって覆いかぶさって……!」
えぇ、えぇ、男らしくないことは重々承知の助。
それでも、こうして畳みかけることによって、ナルナイの反論を許さないのだよ。
「夢じゃない? 勿体ない。どうしていつも、意識が薄いときに。あの時だって人工呼吸で。しかもその時の私は……」
「ねぇ! 聞いてる!?」
「これでは感慨というものが……でも、確かに奪えた。
唇と唇が押し当ってしまった。
正確に言うと、寝ぼけていたナルナイが、なぜかおもむろに首を伸ばしたことで、触れ合ってしまった。
「兄さま」
それで朝っぱらから、純粋で汚れを知らなさそうなナルナイの瞳を、真正面から受け止めることになってしまっている。
「な、なんだよ! 説教は受けないからな! 元はと言えば、あんなキワドイところに顔があるから……」
「ファーストキスでした」
「……へっ?」
「ですから……ファーストキスでした」
……ファーストキス?
ふぁあすときすって、なにそれおいしいの?
「責任取ってくださいね?」
「ファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
まともに反応できなかったのがよくなかったよ。
彼女は、ニコッと満面の笑みを見せて話を続けちゃったのだ。
それに対してもう、絶叫することしかできなくて。
ちなみに、この場にいるもう一人。アルシオーネについて。
慌てて俺たち二人が距離を開けた勢いで、壁に向かって激突した……はずなんだが……
ガスゥッ! ゴキャッ! って音は確かに鳴って、俺も絶叫を上げたはず。
痛みと鼓膜を刺激した大声量。
なのにコイツは、ガースピーと安定運航で、いまだ夢の中を漂っていやがった。
◇
『にしても、プライベート旅行にまで護衛とか、お偉いさんだよなぁ』
『口を慎め。仕事だ』
山本家が来館して、一夜明けた朝。
客室内での朝食をリクエストされたことが、ルーリィが、忠勝の護衛を務める男二人のボヤキを耳にしている理由だった。
客室前に二人立っている形。
朝食のフルコースメニューをカートによって部屋の前まで運んだ。ボディチェック受けたシャリエールが、中に運んでいった。
(油断がひどい。シャリエールなら素手で幾らでも殺せる。やはり優しい世界だ)
数年前から異世界関係で、この世界は物々しくなったと聞いている。それでも、ルーリィたちはこう言ったところに、まだ
『にしても長官もよくやるよなぁ。こう、毎年毎年』
『余計な話は……』
『定期的な
士気の低さに落胆したルーリィ。
しかし、カート内の、次に一家に出す料理を引き出そうとしたところで、思いがけない話を耳にし、情報をこんな形で漏らす護衛たちに感謝したくなった。
『先輩も、あの事件がおかしいとおもうでしょう』
料理を出すふりをしながら、ほくそ笑む。目は鋭くなっていた。
『神奈川県の倉庫街。重要手配犯を、当時警官だった長官が一人で確保した話か? 弟が犠牲になったという』
『あり得ない。現場にはもう二人いた。一人が女将。そして長官の弟。人質に取られたに違いない。その不利な状況、長官は応援を呼ばなかった。どうして?』
『やめろ。俺たちが口にしていい話じゃない』
『応援を……呼べなかったんすよ。人質が……
『おい、俺たちには関係ない』
カートで頭隠して尻隠さずのルーリィは、しかし先輩風の護衛が、いつ話を遮ってしまうか気が気でない。
『女将と併せ人質になった。携帯端末は奪われ、応援が呼べなかった。弟の犠牲は、実際に助けに来たのが
『その辺にしておけよ?
先輩風の護衛が声を低くした途端。急に、空気が重くなる感覚。
饒舌だったもう一人は、静かになった。
『でもあの一件で大出世って話ですよ?』
『お前の予測は週刊誌レベルか』
『凶悪犯確保が実績の一つ。弟を犠牲にしたことに対する同情をうけつつ、あくまで
『黙れと……』
『だけど女将だけは真実を……』
『お、い?』
……話は、終わってしまった。
しかし、ルーリィにはここまでで十分だった。
『一つだけ教えてやる。確保された犯人は壊れていた』
『え、壊れていたって?』
『もとからイっていたようだが、そういう意味ではなく、精神が壊れたんだと。後日、長官本人との面会時、被疑者は一目でさらに発狂したと聞いている』
『……マジですか』
『わかったな? 犯人を、誰が確保したか』
トットッと、心臓が高鳴るのを感じたルーリィ。部屋から出てきたシャリエールが指示した料理を受け渡した。
彼女は人死にが珍しくない世界の住人だ。
だから、驚きこそすれ、努めて冷静に対応はできた。
◇
「待たせたなぁ」
いや、別に待っていたつもりは……
「おっ……とぉ?」
声の主に目をやって、入ってきた光景が光景。
速攻、顔を背けざるをえない。
「お? 欲情してんなぁ? 欲情してるだろ」
トモカさんの旦那さんの別荘滞在二日目。
昨日丸一日掃除に費やしたから、今日こそ思いっきり遊んでやる! なぁんて意気込んでやってきたのが、脂壷にほど近い海水浴場。
すでに夏は真っ盛り。太陽もさんさんと存在感を見せつけるこの状況下で、海水浴は絶対気持ちいいに違いなかった。
今朝がた、ナルナイとあんなことがあってしまったから。
何となくアルシオーネの方に逃げた俺は、昨日から海で遊びたいというコイツの望みに従うことにした。
(なんでや。やることなすこと全部、裏目に出てる気がしてるのはどういうわけや)
替えの下着だけもって、海パン履いて、ズボンにTシャツ纏っただけだから、別に俺はスポンッ! と脱げば、到着二秒で準備は完了。
砂浜に、昨日の大掃除で見つけ、洗濯して乾燥完了なテーブルクロスを広げ、借りたパラソルを開いて立ててオールオーケー。
で、その間に更衣室で着替えていた二人が、たったいま帰ってきたわけなのだが……
(ンデカァッ!)
はじめてアルシオーネと出会ったとき、褐色な肌とグラマラスな体系に、南米美女を思った見立てに違いはなかった。
デカい。小玉スイカが二つ。
ビキニによっておおわれ、支えられ、盛り上がっているのを凝視してしまって、慌てて目を背けた。
褐色の肌に、白のビキニというのも、コントラスト映えして……エロい(巻き舌)!
はっはー! いい加減にしろよ俺。
そんなこと、一応コイツラの小隊長が思っちゃいけないだろ。
「上官に絡んでくるんじゃねぇ。からかって楽しんでるんじゃねぇ」
「不可抗力ってやつだ。言い訳にゃあ、この一言で十分だろ?」
「ぐぅっ!」
どうやら、今朝会ったことを、アルシオーネが 「不可抗力」という単語使ってきたことで、すべてナルナイから聞き及んだらしいことを知る。
その「しょうがない」という意味の中に、何か悪意めいたものが感じられるから、うめくしかできねぇ。
だって、その二単語使ってナルナイに言い訳したんだもの。
「ナルナイも、いつまでそこに立っていやがる」
と、十分俺のことをからかえたことに満足したのか、アルシオーネは後ろに続く親友に声を掛けた。
「つーか、お前。海でそれはねぇだろ!?」
ナルナイは……麦わら帽子に白いワンピース。こちらも小麦色の肌をしているから、白がよく映える。
白い砂浜、青い海に青い空。
南国を想起させるこれだけの環境に、健康的な肌の美少女と、海風に気持ちよさそうにスカートをそよがせる存在感を際立たせる服。
「ちょ、ちょっと! いいの私は! だって私泳げ……」
「四の五の言ってんじゃねぇ! 戦は勢いを握った者が勝つ! 朝から流れを掴んだんだろが。ここで一気に引き寄せようと思わねぇの……か!?」
お前、これまでに何人の女をひん
そう思わせざる得ない手際で、スポポーンとナルナイのワンピースをアルシオーネは脱がしていった。
(……勘弁してくれ)
現れたのは、胸元周りや腰回りにフリルのついた白いビキニ姿。
アルシオーネがエロい! と思わせたなら、こちらは可愛い。
「どうしてアルシオーネはその格好で平気なの? 私たちの知る世界と比べて、圧倒的に布地面積少ないのにっ!」
特にナルナイは、乙女の恥じらいというのを持っているから、脱がされ、俺の前に晒されたことで、恥ずかしがる
「に、兄さま。その……似合うでしょうか?」
(勘弁してくれぇぇぇ!)
綺麗なスタイル。
両腕で己を抱きしめるようにして隠すナルナイの、不安げな瞳が貫いた。
「……ちゃんと、準備運動を済ませてから海に入るんだぞ?」
「「え?」」
「お前らが来る前に済ませたから。行ってくる」
背中で狼狽える声が耳に入った気もするが、相手にしたら負けだ。
《政治家》や《王子》の格言ではないが、士官学院の訓練生。関係は、小隊内の上司と部下。
節度を持ち、領分はちゃんと弁えなければならない。
「お、おい師匠。本当に準備運動したのかよ?
「お腹でも痛いのでしょうか。
「っ!」
その、一言がトリガーだった。
「うおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああ!」
「「あ! 師匠! /兄さま!」」
早く海に入らなければならない。
もし
「仕方ねぇだろ! こちとら
(……って、ん?)
吠えあげたのと同時、ひゃっこ~い海水に使って……釈然としない何かが沸き立った。
(また、ディフェンスタックルって。童貞の隠語は
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