第17話 箱入り娘’s、社会不適合者に違いなしっ!

『さっきは気分を悪くさせてしまい、ごめんなさい』

「とんでもありません。長官の仰ったことは正論。猛省するばかりです」

「好き放題していることは、自覚しておりますし」


 三泉温泉ホテルは一階の茶房。

 トモカと談笑する山本家とは離れたところになぜか座った、忠勝の妻にお茶を出そうとしたところで、ルーリィとシャリエールは呼びかけられた。


「よろしいのですか? ご家族と一緒に……」

『ちょっと特別なんです。夫家族とこちらの女将さんは』


 疲れたように笑う彼女に、二人は、特別な内容というのが一徹がらみであることを直感した。


『はじめは不倫を疑う程でしたもの。異性として接していないのは見ていればわかる。でも夫は私をないがしろにして、つきっきりになる。義父たちも可愛がってくれますが……』


 表情に対して、二人が感じたのは憐れみだった。


『あの女性ひとを前にしては、すらかすむ。本当は、家族旅行の名目でなければこちらに来たくは……あ、ごめんなさい!』

「失礼ですが、お客様は当館の女将を……」

「そうかもしれません」


 七、八歳ころの男の子は好奇心の塊。館内を走り回ろうとしている。

 複雑そうな顔をしながら、その襟首をつかんで引き留める長官の妻に、何か聞けるかもしれないと、ルーリィは踏み込んでしまった。


『夫は女将さんに対する罪悪感がある。それがきっと消えることはない。だとしてもその様を、毎回こう見せつけられるのは。って、こんな話、貴女たちにすべきでは……』」


 その言葉に何も返さないルーリィとシャリエール。しかしアイコンタクトを飛ばし合った。


「よろしければ、お話しくださいませんか?」


 口を開いたのは、シャリエール。

 しゃがみ込み、目線を、妻よりも下のところから見上げるように送る。


『忘れてください。あの人も他の方に知られたくないだろうし』

「ですが、奥様の心が疲弊してしまうのでは?」

『あ……』

「私共は、ご宿泊いただくお客様すべてに、心安らかにお過ごしいただきたいと。胸に貯めおくより、さらけ出した方が楽になると思い」 


 しゃがんで妻を見上げるシャリエールの肩に、ルーリィも手を置く。援護を送った。

 見せてくる心配の波状攻撃に、忠勝の妻は言葉を失っていた。


「「では、ご主人にも内密の、女同士の話・・・・・ということで」」


 次いで二人が浮かべたのは人をくった笑顔。

 「秘密」という言葉に引かれるのが人のさがか。それとも伴侶にも隠す秘密を持つことにスリルを感じたか。


 最終的に忠勝の妻、つまり一徹の義理の姉は、クスリと笑った。


『夫には、とてもよく可愛がっていた弟さんがいました。結婚して、私も数回ほどあったことがあって。とてもいい方でした。亡くなってしまった』


 さぁ、始まる。


「弟様……ですか?」

『その人は、女将さんと共に、ある事件に巻き込まれてしまったんです。それが原因で炎に巻かれて亡くなってしまって』

「事件に巻き込まれた?」

『現場には、夫もいました。当時は、まだ警察官だった。八年前のことです』


 一徹が、これまで絶対に教えてくれなかった話。彼女たちの世界にいては、彼女たちが知りえない禁断の物語を、二人は紐解いていく。


 それは山本家から一徹を奪った話。

 一徹から、元の人生セカイを完全に取り上げてしまった、決定的瞬間。


 ◇


「ええい! 仕訳が違うよ! 何やってんの! トレーはプラスチック資源ごみ!」

「うっせ! 堅紙折ったような、白いし、質感だって似てるじゃねぇか! 紙扱いの何が悪い!」

「燃やして有害ガスが出るリスクを考えろっ!」

「あの、兄さま、このような形でいかがでしょうか?」

「詰め込みすぎだ! 袋から突き出てるじゃねぇか!」


 今頃、トリスクトさんたちは何してるだろうか。

 ホテルに残ったんだから、お客さんを迎えているかもしれない。

 

 こっちはこっちで大変だ。 

 親戚の別荘の片づけ行ったら、大変てぇへんなことになってっぞぉ!


(忘れてた……)


 完全に思考が男男おとこおとこしているアルシオーネは、分別とか適当に、どんどん袋に詰めていた。


 ナルナイは、ちゃんと分別ができているのだが、一つの袋に詰め込みすぎて、硬くて細いもんがあろうもんなら、袋を突き破る。

 さっきもそれに気づかず集積所にもっていこうとして、袋が破れてゴミが散乱した。


「き、君たちぃ、お掃除の経験は?」

「んなもんあるわけねぇだろ。実家にいたときゃ、ばあやがやってくれんだ!」

「お掃除経験くらいあります。ですが郷土くにでは麻袋を使っていたため、ポリ袋に慣れず。それに、実家では回収して即、ばあやが庭で焼いて埋めてくれました」


(こ、こいつら……わりかしガチもんなお嬢様だってこと、忘れてた)


 いつだったか。

 シャリエールが、家名プラスお嬢様をつけて呼んでいることが気になって、聞いたことがあった。

 グレンバルド家とストレーナス家。どちらもどこぞの国で、名のある軍人を幾人も輩出した名門らしい。


 軍人だったら、身の回りのこと全てを自らやるよう訓練するはずだが……


(見た目だけならアルシオーネも美少女っちゃ美少女。髪ぃ整えてちゃんとした格好すれば、それこそお嬢様なんだろうよ。クッソ! 当主か親父か知らねぇが、可愛い娘を甘やかしやがったな!?)


 つか、「ばあやってなんだよ」と、声を大にして言ってやりたい。


 思い返す。そういや下宿での彼女たちの部屋の片づけは、シャリエールがやっていた。

 「一から教えるより、私がやった方が早いですね」とか言っていた気がしたが……

 

(シャリエール、苦労してたんだなぁ)


 うん。身の回りのことにいちいち気付いてもらっているのは俺も同じだが、あえて言おう。

 シャリエールが二人に対し、強く出るのは許されると思うよ。


「よぅし。お前ら、徹底的に掃除が何たるかを教えてやる」

「ちょっと待てや。せっかく旅行来て掃除とか、マジ勘弁しろし!」

「日本のゴミ処理常識から教えてやる。ナルナイも、ゴミ埋没焼却個人スペースがないこの国で、どう生きて行くつもりだ?」

「そ、それは……」


 教えておかなければならない。


 ただ常識を知ってもらうだけではない。実は同じ下宿に住んでいる彼女らは、ホテルの手伝いをしていなかった。

 せめてゴミ処理方法がわかるだけでも、今後の戦力になってくれるかもしれない。ってことは、無賃労働戦力が増える。

 トモカさんが……きっと喜んでくれる。


「つーかお前ら、これまで学院でゴミが出たらどうしてた?」


 あ、こいつら、教室でもまともに掃除してねぇな?

 ギクッとした表情を浮かべたアルシオーネなんて、口笛を吹き始めたし。


「お前たち、いくらなんでもそれは、いろいろと舐めすぎでしょうよ」

「ち、違うんです兄さま。私たちだってちゃんと教室で出たゴミは規則に沿って捨てようとしているんです。ただ……」

「ただ?」

「男子たちが、婆やみたいになってくれんだよ」


 ……は? 今、なんて言った?


「だから婆やだよ! ゴミ捨てようとすると目の前に現れ、『自分が捨てようか? いや、捨てさせてくれ。むしろまずはその手に持っているものを渡してくれ』って」


 おいおいおい! なんだそれ! 蝶よ花よってんじゃないだろうな!


 クソ! 一年男子のアンホンダラ。

 お前ら颯爽と二人を助けたつもりなのか知らんが、それが実は二人の社会適応・順応を阻んでいることに気付いてないのか!?


「お前たちも甘えるなよ」

「だって悪い気しねぇし。ゴミを受け取って、奴らも嬉しそうな顔してるし」


 いや、それはそれでおかしいだろ。


「こないだナルナイが昼食時にスプーンを落とした時なんて、替えを持ってきて。そのあとが面白ぇ。野郎ども全員群がって、『落としたスプーン処理は俺がやる』だの『俺に任せろ』、『寄越せ』なんて目の色変えて……」

「え゛?」

「俺が落とした時もおんなじ。てか、捨てる権利に金をかけるくらいで。『使用済みスプーン、五百円で任せろ』とか『こっちは千円だ』とか」

「自分で処理しなさい! 迅速に! 確実に!」


 ……ゴミの処理とかそういう話じゃ絶対にない。

 そのスプーン、きっと別のことに使われているんじゃ。


「お前ら、さぁ……」


 さすがに、考えうることを述べるのは気が引けた。だが、詳細を伝えないことで、二人とも気になっているようだった。


「よかったな。学院に音楽の授業なくて。リコーダーとか必要なくて」

「兄さま? 仰っている意味が……」


 これはますます、シャリエールがいない今、俺が面倒を見てやるしかないかもしれない。


「お前たち社会不適合者は、俺がなじませてやる」

「意味、わかんねぇけど」

「まずは掃除からだ。ホレ、次にやるのは……」

「あの、兄さま? できればこの後ショッピングデート……」

「近くに海があるじゃねぇ。遊びに行こうぜ? 夜に備えて花火を買って……」

「キエェェェェ! 欲しがりません! 綺麗きれいになるまでは!」

「「えぇぇぇぇぇ!?」」


 俺だってリゾート地って言われ、脂壷、楽しみにしてた。


 でも見過ごせないだろうが。うざいが、一応慕ってくれるこいつらが、ここまで社会常識がないとなると心配しかない。


 マジに、学院にリコーダー無くてよかった。

 もしあったら、コイツら絶対、机の引き出しに保管していたリコーダを、知らないうちにクラスの男子に舐められていた気がする。


 ……そんなこんなで……


 箒がけ。雑巾がけ。ゴミ出しについて(日にちが違うやつは、袋に謝罪張り紙したから勝手に大丈夫だと思ってる)も。

 ハチャメチャなコイツラと別荘を掃除するのに、午前中から夕方までを費やした。


 え? ナルナイが願い出た、ショッピングなんちゃらって? もちろん夕食の買い出しという意味で叶えてやった。

 

 町を散策する暇なんてない。

 とにかく、クタクタになるまで掃除に精を出したから、一刻も早く飯を、しかもガッツリ食いたくて、地元のスーパーに行った。


 夕飯は、別荘の庭でのBBQ。

 別荘は四,五年使われていなかったが、道具は残っており、木炭も湿気ってなかったのが幸いだった。


 誤算は、なかなか炭に火が付かなかったことと……


「ホレ、まだ足らんぞ! 肉を持てぃ!」

「あ、アルシオーネ。ちょっとは遠慮というものを見せないと。さっきから兄さまばっかり……」


(こ、こいつ等は……)


 一年生どもが図々しすぎること。


 掃除の仕方を教えながらも、大部分は俺が働いた。

 その上、いつの間にか俺が肉焼き係に収まっていて、食欲が半端ないアルシオーネほぼ一人のために、せっせと焼き続けていた。

 

「カァーッ! やっぱ料理ってのはこうでねーと! スパイス専用のショップがあって、味見できたのがよかった。しっかり覚えとけよ師匠固羅コラッ!。これが俺たちのソウルテイストだ!」


 コイツら、いまだ和食に慣れていないみたいだから。

 スーパー近くのスパイスショップでの調合で、慣れ親しんだ味に近いのができたのか、アルシオーネのテンションを特に高めていた。


「なぁ、明日こそは遊びに行こうぜ? 海とか」

「アルシオーネ。知っているでしょ? 私が……」

「と、そういうわけで。明日はもうこの場所で夜を過ごすことはねえんだろ? 飯食いながらでも、コイツを始めようじゃねぇか!」


 いや、テンション高すぎっ!

 

「おま、ちょっ! いつの間に花火なんざ買って。馬鹿っ! 人に向けちゃいけないってお母さんに教わらなかったのか!?」

「ダメじゃない! 兄さまに花火を向けないで。危ないでしょう!?」


 女の子なのに、すこぶる俺様。


 俺に肉焼くだけ焼かせて、しこたま食って、自分だけ満足して、でもって場の流れとか他人がどう思っているか気にも留めず、バーベキュー用の火でもって花火に着火させ、遊び始めた。


「ぎゃぁああああああ! いってぇぇぇっ! あっぢぃぃぃぃぃぃ!」

「ニャハ! ニャッハハハハハハ!!」

「あ、アルシオーネ! ごめんなさい兄さま! ごめんなさい!」


 (あぁ、もうヤダ。コイツラ)


 ……ミスったかもしれない。

 トリスクトさんには、「一緒にいたい」なんて言っちゃったから良いとして。

 コイツラだけは、熨斗のしつけて東京校に送ってしまえばよかった。


 んまぁでも、楽しさは伝染するっつーのか。

 ミイラ盗りがミイラになるとはよく言ったもの。


 はじめ、自分勝手に暴走するアルシオーネを注意していたナルナイや、面倒に思っていた俺も、気付いた時には、いつの間にか花火で遊んで大爆笑していたから。


 その後、自分の単純さに反省しつつ、炭クズレベルに焦げまくった肉を、苦い顔して食べたのは内緒である。


 ◇


「……では、行くぞ。次の動画だ」

「ハイ」


 ところ変わって、ルーリィたちが残った下宿。

 本日の、山本家への接客が終わった彼女たちは、忠勝の妻から聞いた話を頼りに、インターネットで情報を吸い上げている真っ最中。

 

 顔色は、優れない。

 シャリエールは吐き気を抑え込むように口に手を当て、ルーリィは、次の動画に飛ぶ前、覚悟を決めるように深呼吸した。


 そして……


【続いて速報です。連続殺人など、複数の嫌疑に問われている指名手配中の男が逮捕されました。現場では犠牲者が発生。確保した警察官の弟でした】

 

 再生した。八年前、一徹がこの世界と決別した、とある事件のニュース動画を。

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