7月 俺様女子とお嬢様との珍道中

第16話 一年二人と旅行に行くことになりましてっ! / 一徹を喪った家族

「ほい、へーい民」

「また! アルシオーネ!」

「わ、悪い。ナルナイ」


 電車に揺られて数十分。


 何度繰り返しているとも知れない大富豪という名のカードゲーム。

 大富豪と平民、大貧民の顔ぶれも変わらず、ぶっちゃけ……


「兄さま、もう一度です」

「ちょっと飽きが……ね?」

「そんなことを言わずにもう一度だけ!」

「そのセリフ、何度も聞いているんだが」


 焦るナルナイの声だけ聴くと、あたかも俺が常に、ナルナイよりいい結果だと誤解するかもしれない。


「アルシオーネが負けてばかりだから」

「苦手なんだよ! ルールがよくねぇ! 大富豪は大貧民に弱いカードばかり。大貧民は大富豪に最強手札を渡さなきゃならないって!」

「勝てるよう忖度し、強いカードを渡しているでしょう?」


 ……俺を前に八百長談義ひけらかさないでもらえるか。


 正解は、ナルナイが俺より結果がよくて、アルシオーネが下。


 大富豪ナルナイ、平民が俺、大貧民がアルシオーネ。位置は変わらず、もう二十ゲームはこなした


(つーか、何とか勝ち続けてこられてよかった)


「兄さま、でしたらゲームを変えましょう?」

「却下。ゲームもルールもナルナイが決めた。何十ゲームもして疲れた。いまさら変更って」

「兄さまは、そんなに私がお嫌いですかっ!?」

「どーしてそうなる」


 やめて? 顔を真っ赤にしてふくれっ面になるの。

 可愛いと思うが、言及している真の意味が分かるから、反応がとりずらく、頭を抱えるしかない。


「うっし。じゃあグレンバルドの名に懸けて次こそ最後」

「おい。お前の言う、その誇り高そうな名前を掛けた勝負で、強いカードだけ抜き出して手札にするんじゃねぇ。集めた弱いカードを俺に投げるな」

「黙って始めやがれ!」

「あのな、思いっきり卑怯なの。普通は、公平性を自分の名と誇りにかけて誓うの」

「フェアなんて、吐いて捨てちまえ。戦場じゃ何の役にも……」


 頭痛い。

 この大富豪ゲームは、通常と少しルールが違う。


 大富豪は大貧民に弱いカードを与えるか、命令を何でも一つ出せる。

 大貧民は大富豪に最強のカードを。もしくはカードを渡さない代わり、見逃してもらうためその命に従う。


 なんの命令されるか分かったものじゃねぇ。

 

「兄さまも18歳の男児。何かあるはずではありませんか。抑え効かない熱い想い。狼になる秘めたるパトスとか」


 これに、いったいなんて返せばいいんだ。


「オバさんたちはホテルに残りました。十六歳の娘二人と一緒にいること、何も思わないのですか!?」

「思っちゃまずい。つーか、二人はおばさんって歳じゃ……ってか、いい加減兄さまはやめてくれ」

「兄さまは兄さまです。せっかく兄妹で旅行に行くのです。もう少しスキンシップを取ってくれていいではありませんか」

「スキンシップ?」

「お食事を食べさせあったり。お、おふ……」

「おふ?」

「お風呂で背中を流しあいっこしたり。む、昔のように同じベッドで……」

「却下」


 顔を真っ赤にしてまで、なんつーことを口にするんだこの娘は。

 もっと自分を大切にしてくれ。親父の顔が見てみたい。


「兄さま!」

「あのなぁ、いくら記憶が混濁しているからって、虚偽仕込もうとすんない。トモカさんは親戚。聞いているの。兄貴はいても、妹はいない」

「むぅ!」


 本当、この娘の大富豪時、俺が大貧民だったら、どんな命令が……


 俺が学院に編入して、三か月がたった。

 五月からジリジリと増していた暑さも、七月に入って一層猛威を振るった。

 もう夏だ。

 

 高温多湿の天候に、本来ならクーラーガンガンに効いた部屋で、だらけたいところ。

 だが、この状況からわかる通り、その希望は通らなかった。


ー神奈川県の脂壺あぶらつぼ市に、旦那一家の別荘があるの。4,5年前まで毎年滞在してたらしいけど、「嫁になって一家の一員になったから行かないか」って。ただ……ー


 先日、トモカさんから言われたことを思い出す。

 

 旦那さんは、お子さんがお腹に宿ってなお女将仕事に励むトモカさんと、出産前に、夫婦最後のゆったりとした時間を送りたいらしい。

 とはいえ政経分譲話で三縞市隆盛の昨今、そこまでホテルも空けられない。

 

 せっかく別荘に行ったのに、四、五年分の塵積なゴミやらなんやらを掃除する手間をかけたくない。


 先に俺たちが別荘に滞在し、二人が来てもよいように、別荘の空気入れ替えや掃除をしてくれないか? と頼まれてしまった。


 それがこのメンツで旅行……いや、別荘に派遣された理由。


(にしてもちょっと意外。コイツら二人と俺の三人だけでって。いつもならトリスクトさんもシャリエールも付いてきそうなものだけど……)


 正直なところ、そこは少し気がかりだった。


 この三人で別荘に行くようにと、トモカさんに指定を受けてしまった。

 二人の様子が気になったが、彼女たちは困ったように笑って、「楽しんできて」と手を振っていた。


「兄さまっ!」

「わぁ!」

「また、あの二人のことを考えていましたね?」


 首をひねって、ここまでの経緯を考えたところで、すぐ目の前のところまでナルナイが顔を寄せてきたから、小さな悲鳴が上がった。


「今日は二人を忘れ、とことん楽しみましょう。これからずっとでもいいんですよ?」

「がっ、離れなさい!」


 俺が驚く隙に、真横に座席を移したナルナイ。イキナリ俺の腕にしがみつくのは困りもの。


(いつものストッパーがいないから、俺が面倒みることになるのか?)


 旅程は一泊二日。

 進捗状況だが、目的地到着までのカードゲームの時点から、こんなだ。


(なんつーか、気苦労が絶えないな最近)


 この後に何が起きるかまるで予想がつかないから、頭痛いついでに、腹まで痛くなりそうだった。



「貴女たちが、あの二人を放ってなお、留まるとは思わなかったな。大丈夫? 心配なら、いまから追いかけても……」

「これがシャリエールなら、一徹を寝取りに出るから気が気じゃなかった。彼女なら大丈夫。裸体を差し出したところで、そこから何もせず、待つばかり」

「貞淑な乙女らしさ。ゆえにストレーナスお嬢様はとても可愛いらしい。でも、それだけでは足りないこと、もう少し後になってから知っていただきましょう」

「……一徹が狼になる可能性は……いや、二人ともヘタレって知っているものね」


 一徹のいない三泉温泉ホテルエントランス前。

 華やかな女将の装いに身を包んだトモカの後ろに控えるのは、仲居衣装をまとったルーリィと、シャリエール。

 ここまでは苦笑を見せて……


「この機会だけは逃すわけにはいかないから。ここにいる以上、こんな日が来ることも予想し、覚悟もしてきたつもりだ」

「背負うのは私たち二人の使命です。お嬢様たちでは足りない。いえ、耐えられない」


 すぐに緊張を張り付かせた。


「困ったなシャリエール。一徹と貴方が行動していないことに安堵しながら、ここにいる事実が、正直複雑だ」

「邪険にしないでください。私にも拝謁する権利はあるはずです」

「どっちかしら。吉と出るか凶と出るか」


 二人の不安を肌で感じて、トモカは眉をひそめた。


義姉上あねうえ殿、貴女に感謝を」

「ご心配なく。選ばれた者として、その勤めを果たすところ、義姉上あねうえ様にお見せします」


 だが、二人の心は強い。真剣な表情は崩れない。


 そこに……一台の黒いワゴン車。

 エントランス前の乗降場で停車した。


 ドアを開けようと、トモカ後ろの二人が動こうとしたところ。先に車内から現れた体格のよい、スーツ姿の男が手をかざして制止した。


「「「いらっしゃいませ。ようこそ三泉温泉ホテルにおいでくださいました」」」


 スーツの男が、いそいそと後部座席のドアを開ける。中から姿を現した者たちを認め、トモカたちは挨拶を重ねた。


「お久しぶりです。おば様、おじ様。半年ぶりでしょうか」


 その中の一人。初老過ぎたころの女性が、トモカの肩に手をやりながら明るい笑顔を浮かべた。


『会えて嬉しいよ。本当は、良くないことだとわかっているのだが』

『すでにご主人もいて、子供も宿していると聞いてるわ。私たちの存在は心をえぐるだけでしょうに。だって貴女は……』


 先に声を掛けてきたのは、老女の夫である壮年の男。こちらもトモカに会えたことに上機嫌。


 ルーリィとシャリエールは気づく。

 老夫婦が、笑顔の裏に苦しさを抱えていることに。


「いえ。以前仰っていただけたこと、嬉しかったですから。『会うことで、楽しかった頃を思い出すことができる』と。その一助に……」

「おっと、そこまでだトモカちゃん。親父、母さんも」


 新たな、太めな声。老夫婦よりは、幾分か若々しい。


「後ろの二人は見たことがある。職場で、期待の人材として報告を受けている。その教官も」


 声の主に目を向けて、彼女たち二人は息を飲む。

 知らなかったわけではない。が、この場で、こういう形で邂逅したことに緊張は高まった。


「こと異世界関連では、極端に言えば二人は俺の部下にあたる。プライベートを知られたくない」


 ヌゥッと車から現れたのは、プロレスラーも真っ青な体格ながら、背は170センチほどの、三十代後半程の男。


「あら、忠勝さん」


 髪を短く刈り込んだ日に焼けた顔。

 彼女たちが聞いていた年齢より、テレビで見るそれより、ずっと老けて見えた。


(これがあの……)

(《対転脅》、山本長官……)


 異世界関係ではトップを座る存在。

 ルーリィとシャリエールにとっては、天と地ほど階級に開きがある男と、トモカには繋がりがあった。

 その後ろから現れたのは、美しい、おそらく彼の妻と思われる女性と、手をつないだ可愛らしい男の子。


 今日、とある一家が宿泊することを知っていた。ゆえに彼女たちはホテルに残った。


「久しぶりだトモカちゃん。徹の……八回忌ぶりか。毎年ご苦労なことだが、そろそろ忘れた方がいい。やっと君は、君の人生を歩めたんだ」

「そう言いながら、会うの楽しみにしてくれてるんですよね。結婚した私に会うために、ウチのホテルを使ってくれるんですから」


 そして二人は知っている。一徹が、この世界ではすでに亡き者となり、墓も建てられ八年が経っていることも。

 遺骨はない。そもそも死んでいない。わかっているから、営業スマイルを浮かべながら、握る拳には力が入った。

 

「痛いところを突かないでくれ。まぁ俺も、君の顔を見るために、一年全力で仕事を片づけ、時間を作ろうと頑張っているのは事実だが」

「おじ様とおば様は別として、忠勝さんはいいんですか? 長官にまで上り詰めて多忙を極め、家族旅行はできて年一度と聞いてます。他に、幾らでもあるのに」

「はは、トモカちゃんにはかなわないなぁ」


 背筋に汗が伝った。

 ひとしきりトモカと話して、異世界関連の日本トップたる山本長官は、控える二人に視線を送る。眼をスイっと細めた。


「第三学院三縞校の教官。ならびに訓練留学生だったな」

「お目にかかれて光栄です」

「お初にお目にかかります。この度は私たちが……」

「我が家と、女将との間に踏み込むな」

「「ッツ!」」


 自己紹介をする隙も、彼は与えてくれない。逆に牽制を受けてしまった。


「そもそも、は君たち二人にいい感情を持っていないことを伝えおこう」


 そのうえで、これだったから二人の体は熱くなった。


「正直失望している。力ある者は本来、有効に正しく使うべく立ち振る舞うべき。東京校からの勧誘拒否、実力が釣り合わぬ者との小隊継続。色々あるが……」


 当然だ。

 これを口にしているのは……彼の兄なのだ。


「特筆すべきは、魔装士官にかかわる者としての矜持を忘れ、惚れた腫れただので決断、行動していると聞くこと」


 それでも二人は押し黙った。笑顔も何とか崩さず。


「学校だけに飽き足らず、同じ屋根の下に暮らしているとも聞く。セクハラ発言が厳しい昨今だが、けしからんと言わざるを得ない」

「あ、忠勝さ~ん?」

「また、このホテルについてもだ。賃金はないと聞いているが、仲居業ではなく本業に注力してほしいものだな」


 助け舟を出したのは、「せっかく旅行に来たのだからその辺に」という彼の妻。

 それを聞いてなだめられた彼は、やっとため息をついた。


「すまないなトモカちゃん。それじゃ、一家ともども今日は宜しく頼む」

「実は今回のご滞在、この二人を仲居につけようと考えてたのだけど。お気に召さなければ、別の者にあたらせましょうか」

「いや、ひとしきり伝えることは伝えたからね。いまからは仕事を忘れ、ただの一宿泊客になろう。あとは、二人が考えること」


 真剣な表情になると、たちまち強面になる男は、しかしトモカに対しては手放しで笑顔を見せた。

 オンとオフがしっかりしているというか。いまのことで、一層の緊張を二人は体に走らせた。


「改めまして、ルーリィ・セラス・トリスクトと申します。ご滞在中、お気になることがありましたら何なりと」

「シャリエール・オー・フランベルジュ。宜しくお願い申し上げます」


 それでも、堂々と名乗りを上げるさまに、トモカは静かに笑みを浮かべ、ゆっくり首を振る。


「それでは山本家に就いて。粗相のないよう、よろしく頼むわね二人とも」

「「かしこまりました」」


 すでに接客は幾たびも経験している。しかし、今回だけはぎこちなさが目立った。


(これが山本家、そして忠勝様。三つ違いのお兄様なのですね。一徹様)


(お義父様、お義母様にはお会いできないと思っていた。だが、念願叶うことを喜んではいけなかったかもしれない。私の世界で隣にいる。それは、一徹の家族から、彼を奪ったことと同義なんだ)


((……向き合う……))


 二人が、一徹がナルナイとアルシオーネの三人でホテルを不在にしてなお、とどまっている理由。

 一徹と縁を設けた裏で、自分たちの世界と運命が、一徹を一徹の家族から奪った結果と、真正面から向き合う為だった。

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