第8話 クーデレクラスメートと、甘々女教官にだけは逆らわないと決めましたっ!

 開口一番でトリスクトさんに言った言葉に嘘はないらしい。


(やっぱモテるねトリスクトさん。絶賛大美少女だし。対人戦じゃ接近戦学院一って噂の《主人公》とほぼ互角。それに魔装士官必須の特殊能力だって……)


 笑顔を浮かべているのは、その力を借りたいがため誘った男子学生にとって、いまの発言で、彼女の気を悪くさせたくなかったからだろう。

 もちろん、「俺と組む」なんて提案をしたものだから、苦々しくなっていたが。


「すでに断ったはずだ。私の所属する小隊はたったいま決まった」


 トリスクトさんには、男子学生の感情などお構いなしのようだ。眉一つ動かさずの即答。

 うん、でもねトリスクトさん。小隊の話、まだ決まったわけじゃないの。


『一組……』

『御剣。アイツまた噛みついてきて……』


(クラスの空気が変わった……嫌悪?)


 個性マックスゴリゴリ漢字ネームたちは、新たに登場した存在に、明らかに不満げな顔を浮かべた。


『断るのは構わない。だが、それで決めた新規小隊が、そこの彼との物だというのが気に入らない』

「気に入る気に入らないは、私が決める」

『それだけじゃない。人にはそれぞれいるべき場所と付き合うべき者が違う。貴国は、かなりの家格の出と聞いた。なら付き合うべきは我ら一組の人間であるべきだ』


 あらまぁ。新たな真実。

 へぇ、知らなかったけど何処かの令嬢だったりするわけか。


(道理で育ちがよさそうで、いつも品が際立ってるわけだ)


「本来君は一組に編入されてもおかしくないはず。それが由緒や家柄、種族すらバラバラの寄せ集め三組とは。小隊のバディも、己の記憶ですら定かでない、なんの特殊能力も持たない無能」


 うっはぁ。突っ込んできやがった……


「いま……なんと言った」

『ひどい。言い過ぎにも程があるよ』

『信じられないわ』

『これだから、いわゆる名家出身の人間は気に入らないのだよ』

『フン、俺を見るな。奴と俺を一緒にするな』


 その一言が、トリガー。

 明らかにクラスの雰囲気が変わった。空気がやけに冷たくなった。


 特にトリスクトさんの表情がヤヴァイ。

 普段涼し気な瞳は細まり、もう、鋭利な刃物みたいに鋭い。


『御剣、そこまでだ』


 前に出たのは、《主人公》だった。

 

『入学して三年。いつまで俺たち三組を目の敵にする。もういいだろう』

『口が過ぎるぞ。穢れた血の、修験最低格の跡継ぎ如き。ちょっと評価を受けているからと言って、いつまでも調子に乗れると思うなよ』

『山本だけじゃない。鉄にも。貴方、言っていいことと悪いことがっ……!』


(尋常な空気じゃないねどうも。この感覚、一組と三組には確執がありそうだな)


 特に《主人公》と御剣。


『そういうわけにはいかない。三組に編入した以上、山本はもう俺たちの仲間だ。仲間を馬鹿にされて、俺たちが黙っているわけには行かない』


 嫌悪と侮蔑の視線を送る御剣に対し、《主人公》はまっすぐな瞳、真剣な表情で向き合っていた。


 ヨッ! にしてもさすがは俺が《主人公》として通称を贈った男! かぁっくいい! ちょっとばかしセリフは恥ずかしいけどな。


 こうして俺と御剣の間に立って、守ろうと行動に移してくれる

 やべぇわ! 俺が女の子だったら確実に惚れてるね。


 記憶がなくて心細いときはあるが、編入したのがこのクラスでよかったよかった。

 

(……って、関心してる場合じゃないか。何とかしねぇと。まさかこのままクラス間抗争なんてならないだろうな)


 まったくもって笑えねぇ。


 いきなり現れた、よく知りもしねぇ奴に噛みつかれ、状況は俺を置いてあれよあれよと悪くなった。改まる予感もまるでない。

 誰か仲裁に入るべきなんだが、双方ともにこんなんじゃ。


(え、じゃあこういう場合火種の俺が何とかするしかないわけ?)


『なんだ貴様。何か僕に言いたいことでもあるのか?』

「一徹」


 トリスクトさんも御剣とやらも、俺が席を立ったことに気付いた。


「な、仲良く……しようぜぇ?」


『「……は?」』


 で、一言目に、二人の声は重なった。


「いや、馬鹿馬鹿しいとか思わないおたく? 同じ学校の人間同士で争うとか。あえて優劣つけて、優越感以外で何か得るものでもあんの?」

『うぐっ!』


 ずっと先ほどの険悪ムードの中で黙っていたから、突然立ち上がった俺の第一声を、御剣とやらはシッカリ聞いてしまったようだ。

 それが、結構核心をついたのかもしれない。


 ちなみに全く関係ないけど。なんでこういう面倒な話をするとき、耳がかゆくなるんだろう。


「競技会なんじゃないかって疑われている他校との交流行事に向け、俺たちは最後の一年を過ごすことになる。必要なのは小隊内の戦略や連携の強化だけじゃない。校内で争ってる場合か?」

 

 耳の穴を小指でホジホジしながら、自分の考えを告げてみた。

 第一声であっけにとられていた御剣何某なにがしとやらは、すぐさま不快な表情を浮かべた。


『僕が話しているのは競技会についてじゃない。三組を認めていないのだと』

「なんでぇ?」

『魔装士官は、異世界転召脅威への対抗策。心霊事対処や。討魔も含め、それら尋常ならざる事件は悠久より、我ら由緒正しき神事、陰陽道や退魔の家系の使命だった』

「あぁ、突如特殊能力持ったパンピー家庭出身者や、人ならざる者が所属してるって話のこの三組に対し、『新参者が出てくるな』ってそういうこと」

『貴様はそのどちらにも劣る、特殊能力すらない無能のようだがな』


 話は分かった。悩むまでもない。

 滅茶苦茶ケツの穴が小さい話で三年もの間、三組と一組は睨み合っていたらしい。


「アホくさ」

『なっ!』

「いわゆるところの由緒正しき、神事、退魔、陰陽道の家系(カッコワロス)のお前らにとって、それ以外が異世界案件にかかわるのが面白くない。だから三組が面白くなくて、最近編入してきた俺にも噛みついた。ダッセ」

『き、貴様! 言葉が過ぎるぞ。謝れ!』


 馬脚を現したな? 図星だったか?

 あぁんダメダメ。香ばしい小物臭が立ち上ってきた。


「謝る? 俺たちが? いやいや、勘違いしちゃいけない」


 うん。何となくいろいろ忙しくなってきた。


 《主人公》が、編入してひと月足らずの俺を庇ってくれたなら、せめて俺もこの三組の人間らしいところを見せなければならないのが一つ。

 とはいっても、争いからは何も生まれない。この悪しき関係を改めようと、試す努力もしなければならないのが二つ。


 (だったら……そう、まずはちゃんと現実をわかってもらわなきゃ。いや、全員で共有しちゃった方が早いか)


「謝るのはお前だよ御剣とやら」

『なんだと?』

「由緒正しき家だけで何とかできなかったから、人員増やすことになった。ふがいねぇ。そんな使命のなかった俺たちを、こっちの世界に引きずり込みやがって」

『なっ!?』

「謝るなら、お前ら名家から俺たちにだろ? ゴメンナサイしろって。『ポクたち情けなくて、悪化を食い止められずゴメンなちゃい』って」

『『『『『あ……』』』』』

「ほらゴメンナサイは? 『本来負うべきでない使命を、皆さんに背負わせることになり、ご迷惑おかけしゴメンなちゃい』……言ってみ? 許してやるから」

『き、ききき……貴様……』


 まずは痛いところをついてやる。こうして御剣何某なにがしの気分を悪くさせてやれば、三組の留飲も下がるだろうか。


 もちろん、謝ったらそこで終わり。

 ぜぇんぶ水に流して、いい関係を作る準備が、《主人公》たちにあるかわからんが、俺にはある。


『……あー言っちゃったね。山本。それもサラッと』

『確かに一組は腹立たしくてならない。が、流石にそこまでは言っちゃいけないと、僕たちも我慢してはいたんだが』

『御剣に言ったのだろうが。フン、俺にとっても耳が痛い話だ』


 やっぱりその話題は泣き所だったらしい。言葉を失う御剣の顔の面白さよ。

 クラスメートたちが何か言っているようだが、奴の顔の崩れようが強すぎて、内容が頭に入ってこなかった。


「ホーレ、ゴメンナサイ? ゴメンナサーイ」


 俺も楽しくなってきちゃって、追及が止まらなくなった。

 ハハッ、口角が歪むのを矯正できない。


 謝罪を促せるようにと、御剣の顔面まで俺も顔をよせ、奴の目をぼぅっと眺めながら、優しーくペチペチと何度か頬をはたきながら呼びかけた。


『なんだろうか。はじめ難癖をつけられて腹立たしかったが。今は御剣が哀れに思えてならない。むしろどこか、俺たちの方が悪者になったかのような……』

『ん、山本、徹底的に煽っていくスタイル』

『《猫》ちゃん。茶化してはいけません』

「一徹?」

「ん? トリスクトさん」

「もういい。やめよう。可哀そうだから」

「可哀そう? そうかな」


 トリスクトさんが呼びかけてきて、追及の手を止めた。

 御剣の様子を見直すように顎で促したから、目を向けてみた。

 顔を真っ赤にしてうつむき、体を拳を、ブルブル震わせていた。


『やっぱりうちのクラスっていうか。編入生まで癖の強い奴を呼び寄せたものね。鉄』

『山本相手じゃ、口喧嘩で勝てそうにないな灯理。やれやれ』


 あれ? いまさらながらに気付きやした。なぁんか皆、俺に引いている?


「ツッ!」


 ……我ながら超反応。

 引いている皆に、完全に意識を向けなくてよかったと思う。


『決闘だぁぁ!』


 いわれねぇでもわかってる。

 てめぇ、いきなり白手袋を投げつけてきやがった!


  俺が少しでも意識を残していなかったら、投げつけられた手袋が俺にあたっていたところだった。


 決闘だぁ? はっ! 誰がそんな面倒な…… 


「「あ……」」


 回避は成功。いや、そげなことより、さらに俺の目を引いた状況がそこにあったから、トリスクトさんと声が合わさった。


『『『『『あ……』』』』』


 俺たち二人だけじゃない。クラスメート全員分が合わさった。


「決闘ですか。いいでしょう。受けますよぉ?」


 皆が思わず声を上げてしまった理由。新たな声が、御剣に答えを示したからだ。


「お、お……っほ♡」


 やべぇ。あれほど緊迫していた空気。

 こと、俺だけを言わせてもらえば、一瞬で極楽浄土に変わっていた。


 突然首に加わった力に、俺の頭は無理やりどこぞへと引っ張られる。そして呼び込まれた先に密着したことで、目の前は真っ暗になったのだが。


(ふ、ふ……ふわっふわぁ♡)


 顔面全てに全方位からやさしぃくかかる圧。この、柔らかさよ。


 顔をうずめられて呼吸はしずらいが、耳元で聞こえるトットッという一定の速さで繰り返される音が、安心させてくれた。いや、安心したんだけど一方で興奮もしてる。


「それでは、さっそく場所を変えましょうか? 御剣君」

『あ、貴女に言ったわけでは。それに訓練生同士のいさかいに、教官が出てくるのかっ?』

「関係ありません。山本君に決闘を申し込んだなら、それは私に申し込んだのも同義」


 この、よく耳馴染みのある声に、圧倒的柔らかさと質量感。

 二つを組み合わせると、今、暗闇に沈む俺が実はどういう状況にあるか想像は容易だった。


「お相手いたします。山本一徹が左腕。懐刀たる私。シャリエール・オー・フランベルジュが」

「私も混ぜてくれないかシャリエール。記憶がないことを、けなしてくれた。無能だともね」

「……へぇ?」


 だが、そんな天国も長くは続かなかった。


 トリスクトさんの話に、彼女が見せた反応。耳に入った瞬間、全身電気が走った気がして、慌てて身を引き、抜け出した。

 シャリエール・・・・・・が抱く胸の中から・・・・・・・・









































































































 ……これは、それから三十分ほど後の話。


 シャリエールとトリスクトさんが、俺のため決闘を受けてくれた。

 俺に売られた喧嘩だ。買うつもりはなかったが、流石に彼女たちを巻き込んだとなれば何かしらするつもりだった。

 二人はそれを固辞した。


 そうして、始まった。


 御剣一人と彼女たち二人ではフェアな決闘にならないと、シャリエールが提案を見せたことで、一組男子全員十五名と二人が武練館で相対あいたいした。

 教官から訓練生へのちょうどいいハンデらしい。


 ……全然ハンデにならなかった。


 開始ニ分、視線の先に広がるのは、阿鼻叫喚の図。

 お見苦しいので詳しい言及は避けるが、簡単に言うと、


「私の一徹様に決闘を申し込んんだ不届き者は誰ですかぁ?」

「万死に値する!」


 というセリフに始まり、開始五分で、三組全員が練武館から慌てて走り去った。

 さらに五分後。十五名分のタンカを彼らと、保健室の先生と、他の訓練生たちが必死になって持ってきた。

 

 俺と言えば、それまでの間、耳をふさいで目を思い切りつむり。


「やめて。もう……やめてあげて。お願いだから」


 と、彼女たちに懇願するしかできなかった。


 二人が怖くて大きな声では言えない。想いが届くはずもなく、駆け付けた保健室の先生が声を張り上げるまで、蹂躙それは終わらなかった。


 ……どー反応すればいーのよ? 

 決闘がおわったのち、体中のあちこちを返り血で染めた、スッキリとした表情で笑う彼女たちに、「もう大丈夫」とか言われてもさぁ。

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