第6話 まさかのチョッ、三角関係? 下衆野郎は誰ですかっ!

「さぁ、いっぱい召し上がってください一徹」

「悪いよシャリエール。こんな高そうな店で」


 ニコニコと表情をほころばせたシャリエールと、彼女と挟んだテーブルにズラリ並べられた料理の数々を前に、恐縮しきり。


 どこぞかシティホテル、最上階の高級フレンチレストラン。


 すでに日は落ちていた。

 高低かかわらず、眼下に広がる建物群の窓から漏れる照明の光は際立ち、街灯なんかも点いている。

 景色がいいのに違いないが、こんな状況だから楽しむ余裕なんてなかった。


「何おっしゃるんです? お礼です。今日いろんなところに付き合っていただき、とても嬉しかったんです」


 言われたこと、理解できないこともない。


 アパレルショップに行った。レコードショップなんかに行こうものなら、試聴ブースでイヤホンを片方ずつ分け合った。

 喫茶店に入ってお茶をしてからは、夕方に差し掛かる前に、上映時間間近となったコメディ映画情報を知りえて見に行った。


(結構に腹いっぱい。アイス食って、茶店じゃコーヒーにケーキ。映画館じゃ『いっぱい食べて』なんて炭酸飲料にポップコーンLサイズ)


「うっぷ……」


 思い出すだけで胸やけがしそうなのに、続けてこのレストランに入ったのは夕食のため。


(とはいえ、こんだけ高そうな店で、かなりの品がすでに到着している。無駄にもできないよな)


 テーブルマナーはちゃんとなっているだろうか。

 うる覚え感が半端なくって、肉料理をフォークとナイフで切るだけの作業も、カチャカチャギコギコ音が鳴らないよう、細心の注意を払った。


(落ち着かねぇ!)


 何とか静かに切って口に運んでみたが、味、わかんねぇ。


 チラッと周りを見た。

 場所が場所だけにさすがに客層もしっかり。品も身なりもよさそうな大人たちばかり。


 風格纏った老紳士とともに食事する女性は奥さんだろうか。

 二、三十代くらいの男性客も、見事な仕立てのスーツで、スマートに女性と相対していた。

 皆さんレストランの空気になじんでいらっしゃいます。


(夫婦で食事。あっちは仕事終わりのデートかな。対してこちらは……)


 教官と訓練生である。

 タイトスカートにブラウスなシャリエールはいいとして、俺、制服丸出し。


(んべべべべべぇぇぇ! 場違い感半端ねぇ!)


 お礼として夕食をご馳走になるのはこの際構わない。が、気の張らない大衆食堂とかファミレスでよかった。

 場所にふさわしからぬ自分の身分を意識する。余計手につかなくなりそうだ。


「初々しくて可愛いなぁ。落ち着いて余裕のある旦那様も素敵ですけど。きっとこれが、私と出会う前の、本当の……」

「ッツ!」


 切り取った新たな肉片をフォークに突き刺して口に突っ込んだところで、固まった。


 左手に赤ワイングラスを、右手で頬杖をついたシャリエールの表情。暖かく包み込むような優しい笑顔で見つめられ、ドキッとした。


「あ、あのシャリエール。からかうのはそろそろよしてくれ」

「え?」


 その表情で見つめられる。とんでもねぇ破壊力。

 恥ずかしくて体が熱くなっちまう。赤面禁じえませんよって話。


「大事な人がいるんだろ? その、《旦那様》って人」


 ずっと彼女の押せ押せだった今日。このままでは、さらにいいように流されてしまう。


「いや、今日のことは悪い気しないけど、やっぱまずいよ。シャリエールはからかってるつもりでも、旦那さんが知ったらきっと良く思わない」


 いったん牽制をかけ、流れを止める一手を打つ。

 呼びかけたのは、これ以上振り回されないようにという思いからだった……のに。


「くっ……クク、アハハッ」

「シャリエール?」


 まったく予想外の方向と角度に向かいやがりました。


「大丈夫ですよ。浮気ではないですから」


 笑い始めちゃったよ。あまりにおかしいのか涙出てるよ。指で拭ったよ。


「信を示す。一徹様とのこの食事も、映画を見に行ったのも、あの方を思っている所から来たものですから」


 さらに意味わからねぇ。

 なんだってその「あの方」関係が俺につながるのよ。


「大恩を受けました」

「恩?」

「心を救ってもらったんです。いまの一徹様には早いですが、私もそれなりに苦労をしてきまして。生きることに絶望したことも」


 ヒュッと、短く息を吸って、吐けなくなった。

 せいを放棄する発言。今日、楽しげだった彼女がサラリと口にしたことに驚きだった。


「旦那様は、その苦労を知ったうえで、蔑むことなく受け入れてくれました。始めは『綺麗ごとか』と思いましたけど、少し似かよったトラウマもあったようで」

「あ……」


 懐かしむような顔をさらけ出すシャリエール。話す途中で、俺がうろたえたのに気付いたらしい。

 ナイフをつかんだ俺の拳に、そっと手を重ねてクスリと笑った。


「トラウマというのは、私が元居た場所では少々、忌避きひにあたること。すでに出会った時の旦那様は、強く向き合うことを胸に誓っていた」


 どこぞのラノベ主人公のように鈍感じゃない。彼女が見せた表情、瞳の色でわかった。


「旦那様は私だけではなく。多くの、それら禁忌に悩む者たちに働きかけ、新たな一勢力、そのリーダーとしてまとめ上げました。あの心強く暖かい広い背中ときたら……」


 本格的に憧れ、惚れている。

 「旦那様」と呼ぶからには、そうして最終的に、二人は結ばれたのだろう。

 

(畜生ちくせう。そりゃ結婚したなら何も資格ないのはわかってるけど。ならなおさら、シャリエールとトリスクトさんで二股かけてるのは腹が立つわぁ)


「思い切って想いを伝え。受け入れてもらった時、嬉しかったなぁ」


 惚け、とろけた表情を見せている。


 こんなこと、彼女に対して思っちゃいけないんだろうが。混濁しているとは言え、俺にもいろいろ記憶のさなかにありますよ。

 いつだったか兄貴の部屋から偶然見つけたエロ漫画に載っていた、メスの顔というやつですな。


「やっぱりすごい人なんだな。ハハハ」


(英雄色好むってことか? 男なら憧れないでもないが、この人をこんな顔にさせるかと思うと、やっぱクズ男にしか思えなくて仕方ねぇ!)


 諦めというか。

 別にシャリエールをどうこうしたいとか思うわけでも、そもそも思っちゃいけないのもわかっている。

 それでも、名も顔も知らない「旦那様」とやらに、何となく敗けた気がした。


「だからこそ、私が惹かれたのは心の弱さだったり」

「え? それって、どこかで……」

「やっぱり一徹様にとって、旦那様は別人……なんですね。もしここで手を出してしまったら、貴方は私を見境のない女だと思うでしょうか?」

「……は?」


 無意味な敗北感に苛まれ、ポツリとつぶやいた彼女の言を拾えない。

 ふと、顔を見やったが、またもやクスリと笑ったシャリエールは何もなかったように首を振った。


「強い繋がりが、お二人にあるんです。だから、旦那様を想う者たちは、私も含めて貴方と関わらずにはいられません」

「え? それってどういう……」


 まじポン意味不……なのだが。

 たったいままで、「旦那様」とやらをコキ下ろしてきた。実はそいつ、俺とめっちゃ近い存在にあったってのか?


「あの、そんな人がいくら俺に近しい存在だったとして、ここまでよくしてくれる理由が思いつかないんだけど。もしや、お前を残して亡くなってしまったとか」


 場違いな状況で、豪勢な食事の味もわからない緊張状態にある。それゆえか話を聞いてもなかなか理解が及ばない。。


「亡くなった……ですか?」


 荒唐無稽な質問をしているのはわかっていた。


 先ほどの電話で、シャリエールのいう「旦那様」は、トリスクトさんと取り合われてること。先日トリスクトさんとの夕食時、「守りたい」と現在形で言っていたことを考えると、そのゴイスーでクズな野郎は生きてるに相違ない。


(え? 生きてるの? 死んでるの?)

 

 でも、それならなおさら、俺に彼女たちがこんなに良くしてくれる意味が分からなかった。


「そうですね。私との記憶すべて彼方かなたとなったいま、あながち外れではないかもしれません。でも……」


「シャリエールとの全て?」

 

 亡くなった、俺との繋がりの強い存在。

 心当たりは二つしかないが、考えるだけで気が滅入る。


 女性とそういう関係足りえるなら、やっぱり男性しかいないわけで。


(やめてくれ。まさか三角関係で二股かけていたのって、一緒の事故で無くなった親父、もしくは兄貴だっていうんじゃ) 


 なら先日トリスクトさんが「今度こそ守って見せる」って言ったのは、事故で死んだ家族をさし、残った俺を気遣ったところからのセリフだろうか。


「それでも本質は変わりません。旦那様は、私の旦那様なのですから」


(うっひ~分からん! 兄貴なら二股になるが。事故ではお袋も亡くなったって。お袋含めたら、親父は三角関係どころか四角関係だぞっ?)


 うむ、山本一徹十八歳。

 まさかの、亡くなった家族へ失望を感じざるを得ない、今日この頃の俺だぁ。


 人の気も知らず。シャリエールは安らかに歯を見せていた。切りのいい回答ができたとでも思っているのかもしれない、


「そうか、本質は変わらないんだ。でしたら、一徹様……」


 またもや、綺麗なシャリエールの笑顔に見ほれてしまう。再び動けなくなった。そんな俺の顔に向かって、ゆっくりと手が伸びてきて……


「お……い、いい加減に弁えたらどうなんだ? 貴女は」


 触れるか……というところで腕が止まった。

 ふいに死角から、新たな声とともに伸びた別の腕によって止められていた。


「いい場所だ。夜景も美しい雰囲気のあるレストラン」

「ありがとうございます」

「それが……この高級宿の最上階にある。いかがわしい思惑がうごめいていると思うのは、考えすぎか?」


(んが……んががぁっ!? トリスクトさん!? いったいどうして!)


 トリスクトさん、臨場。


「いやですねぇ。教官と訓練生が、一線を越えていいわけないじゃないですか」


 体が、芯から凍る感覚。

 間違いなく怒っていた。

 だが、それを何とか押さえつけ、理性的に問い詰めようとしていた。


 これに、シャリエールはのらりくらりとかわすように答えた。ボソリと「今日のところは」と小さく呟いたのを、俺だけは聞き逃さなかった。


 うん、一線の話とか。冗談に決まってるよね。いくら俺がその「旦那様」と繋がりあったとして、あくまで他人なんだから。


「貴女という人はぁ……っ! 今日という今日はもう!」

「最近はやりの暴力生徒になってみます? 簡単にはいかないでしょうが」

「上等だ! 表に出ろ!」

「でしたら屋上に出ましょうか。星灯ほしひかりが降り注ぎ、生活採光人の業が押し上げる。雰囲気も出ますでしょうし」


 あぁ、また始まっちゃった。トホホ。

 

 一応、助けられたっていうのは事実なんで、二人が争い始めたってのは安心半分残念なのだが。

 あれぇ、口論じゃない? なんだって二人とも、物々しく得物武器なんて取り出しちゃって。


 あ、そういえば一つだけ気になるんだが。

 場所も教わらず、途中で電話を切られたトリスクトさんが、どうやって俺たちを探したんだろうか。


 志津岡しづおか駅は、大都市のはずなんだが……

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