下宿左隣の部屋に住む甘々女教官
第5話 甘々教官に身の危機を感じますん。てか複雑かっ!
『おい、見ろよアレ』
『うわ、ありえねぇ。どう見ても釣り合ってねぇだろ』
(……解せぬ……)
あれだ。針の筵っていうのは、たぶんこういうことを言う。
「はい、一徹様。あ~ん♡」
「ふ、フランベルジュ教官?」
「あ~ん?」
「あ、あ~ん」
『チッ! 見せつけやがって!』
『爆発しちまえばいいのに』
周囲からものすごーい殺気満ちた視線が集中する。
そんな中、甘い声で呼びかけ、俺の口元にソフトクリームを差し出すフランベルジュ教官に促されるまま、俺はソフトクリームにかじりついた。
その瞬間、一層の険しい気配と、確実に聞かせるための悪態が耳に入るから、複雑な心境。
(ただでさえ、ソフトクリームは間接キス。それに……)
やヴぁい。鼻孔をくすぐる甘い香りはアイスのものじゃない。もっと華やかな……
「あの、その、む、胸が当たって……」
「あぁっ、ダメ。反応が可愛すぎますっ!」
俺の腕に抱き着き、密着してくるフランベルジュ教官が立ち上させた香りだった。
「フランベルジュ教官。そろそろ勘弁してください」
「フランベルジュ教官?」
「しゃ、シャリエール。頼むよ」
「合格です。二人きりの時は、私は貴方を一徹様と。一徹様は私のことを呼び捨てにしてください。タメ口で構いません。私は、貴方の物なんですから」
どこでどぉぉしてこうなったぁぁぁぁぁ!!
腕に抱き着き、時折首すら俺に寄り掛けてくるシャリエールと、ソフトクリーム一本を分け合いながら、
「ついていけていない。お前から、戦闘訓練の補習があって受けに来るようにって言われたはずなんだけど?」
「補習はもう始まってますよ」
「は? え?」
「今日一日、私のお買い物に付き合ってください」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
買い物? 付き合う? 一日中?
(そんな戦闘訓練補習が、あってたまるかぁぁぁ!!)
「一徹様と二人きりで一日デート。この日が来ることをどれだけ待ち望んでいたか。下宿で夕食を取らない外食前提なら、終電までいられるはず」
だ、騙された……のか? 騙されたに違いない。
俺の腕にしがみつきながら、あらぬ方を向いて何やら呟いてるよこの人!
「いえ、むしろ真のリミットで言えば、明日の登校時間まで。始発に乗れば十分間に合って……だったら今日は外泊すら可能……ということ? フフ、クフフ」
ねぇ、待って。小さくて聞こえない癖して、さらに含み笑いを始めたよ。なんだか怖いよ!
「だめですよシャリエール。教官と生徒の立場を、こんなことに利用するなんて」
「しゃ、シャリエー……?」
「一徹様」
何とか彼女の勢いを止めなきゃならない。呼びかけをもって制そうとしたところで、逆に呼びかけられたことで出鼻をくじかれた。
「一徹様。すでに初体験はお済みですか?」
「……え゛?」
「十八歳の一徹様には、初体験の記憶がありますか?」
「ばっ! そんなの、あるわけがないだろう!」
(いきなり何を聞いて来るんだ!)
「ぃよっし!」
「ちょっ!」
放課後に至ってからのこの予想外な状況。まったくもって掴めないシャリエールの思惑に、突然の質問。
おい、教えてくれ。どーせいっちゅうねん!
(なんだその思いっきり作ったガッツポーズは!)
「初めて私と肌を重ねたときの進め方から考えるに、最低4、5人とは関係を持っていたはず」
(またブツブツ言ってるし……)
「でも生まれてから十八歳までの記憶しかもっていないいまなら、そして初体験の記憶がないなら……」
「あ、あのシャリエール。眼が、怖いんだけど」
「一徹様の記憶に、私が刻まれる。一徹様の、初めての相手として」
「ねぇ待って! 何の話!」
獲物を狙う目。彼女が俺に見せるのは、まさにそんな雰囲気。
息が荒いし、どことなく俺に抱き着いて密着した体の温度も、上がってる気がした。
「今日中に一徹様を堕とす。なにがなんでも。まずはプレゼントから。欲しいものを贈って気分を良くして頂く。どこか夕食は雰囲気のいいお店を。携帯端末の”いんたぁねっと”を使えば。いえ、でもまだ使い慣れていないし……」
「シャリエール。俺の話聞いてくれてる? なぁ!」
「いえ、まずは行動あるのみですね。一昨日お給料もでて、予算面も大丈夫なはず。一徹様、とりあえず次は……」
何か、ゾッとした寒気が背中を走る。
「あ、ちょっと待った!」
そんな時だった。胸ポケットに入った携帯に着信が入った。
(着信は……トリスクトさんか!? 滅茶苦茶履歴が残ってるんですけど)
「携帯に着信がさ。何度も履歴あるから重要な要件かもしれない」
感じたのは身の危険。
ゆえに少しでも、シャリエール以外のところに意識が向けられる機会ができたことはありがたかった。
こうやって説明(言い訳)することで、抱き着く彼女を振りほどき、間合いを置く正当性を確保してやろう。
(なんかわからんが、今日のシャリエールは危険だ。がんばれ俺。トリスクトさんとの会話を長引かせ、なんとかこの状況を少しでも……いや、違うっ!)
そうこう、着信中の携帯を睨みつけながら全力で頭を巡らせる。
ナイスだ俺! いい案が浮かんだ。
(嘘でもいい。適当に話をでっちあげて。トリスクトさんとのあたかもキンキンの用を作ってしまう。教官とのこの時間より、優先順位高めな用事を)
シャリエール以外の教官から、緊急の用で呼び出しを食らったとか。
クラス全員でやることが生まれた(トリスクトさん以外からはまだ変な目で見られている感あるけど)とか。
何かそういったものを作ろう。
(そしたらシャリエールと別れるいい口実が)
「もしもし。ごめんトリスクトさん。何度も電話をもらっていたみた……」
【いま、君は一体どこにいるんだ一徹!】
「ヒィッ!」
考えがまとまり、一縷の望みをかけて受信ボタンを押し、携帯を耳にあてる。
(こちらもこちらで昂られていらっしゃるぅぅぅ!!)
【記憶をなくし、本調子の百分の一すら力が発揮できていないといえ、戦闘訓練成績は決してクラスの中でも悪くなかったはず! 補習なんて怪しいと思ったよ!】
「あ? いや、それは俺だって……」
【放課後、補習の状況を見に行こうとしたら、君もシャリエールもどこにもいない。教官室に行くと、二人とも早々に学院を出たというじゃないか!】
「誤解がある! 連れまわしたのはシャリエールであって、決して俺が……」
「……あぁ、ルーリィ・トリスクト様ですか。私が出ます。変わってください一徹様」
「あ゛?」
プリーズサムバディへるぷみー。
何とか脱却の糸口を作ろうとして電話に出たところ、発信元のトリスクトさんが激怒なされて、俺の望む方へと話が進まない。そも、話すらまともに聞いてくれない。
で、地獄から脱出するための一本のクモの糸たる電話を、シャリエールが奪い取りやがった。
「ごきげんようルーリィ・トリスクト様? え? 嫌ですね。ただの訓練生への指導ですよ。個人的な……ね」
最悪や。
ひょいっと電話をもっていってしまったから、すでにシャリエールの耳に当てられた俺の電話に、トリスクトさんが何を口にしているか、まったくわからない。
「私が
(何の話だ! っていうか、旦那様っていったい誰ぇ!? 二人の共通の知り合いの言及が、なぁんで俺の携帯越しで行われてるのぉぉぉ!)
「フフ。恨まないでください。確かに貴方は選ばれたのでしょうが、そうなる前に、確かに私は旦那様の心を奪った自負があります。ルーリィ・トリスクト様はその経緯を知っているはずですし、なによりご理解くださったはず」
トリスクトさんに対し、何か悦に入っているようで。右手で携帯電話を支える一方、太陽に向かって左手を掲げたシャリエールは、光をキラリと反射させた薬指にハマった指輪を見て、ニィッと口角と目を細めた。
「仲良くしましょう? それともかつての殺し合いを再び演じますか? 私たちが争うことこそ、旦那様にとっての一番の悲劇であることはご存じのはずですが」
(なに? 旦那様? 仲良くする? 殺し合い? どーいうことですかぁぁぁ!)
ちょ、まてぃ。
気になってはいたが、聞いちゃいけないかもしれないから触れなかった。
彼女たちの、左薬指にはめられた指輪についての話。
年齢二十二のシャリエールが「旦那様」というのだから、彼女の指輪はおそらく婚結婚指輪なのだろう。
ゴイスーに美人で、年上だけど、時に可愛らしい満点の魅力を振りまく教官が既婚者であるのは、少しばかりの落胆もある。しかしそれ以上に衝撃的だったのは……
(話に出てきた「旦那様」とやらを、
気にはなっていた。いまだ十八歳の学生の身であるトリスクトさんにも、同じ場所に指輪がはめられていたこと。
先日の夕食で、彼女の愛する人の話を耳にした。
あれだけの容姿。引く手あまたに違いない彼女が好意を見せたなら、男が選ばないわけがない。
薬指に指輪がはめられているが、彼女がいまだ学生であることを考えると、婚約指輪ではないかとも考えたこともあった。
(不倫。あの、トリスクトさんが?)
白目をむきそうになった。
又聞きのような感じで話を聞いている限り、二人の指に輝く指輪は、どうやら同じ相手から贈られたものらしい。
(おい、どこのくそイケメンだぁ? こんなめっぽう美人ら手玉に、二股をかけているっていうのかよ!)
「もう少し柔軟になれませんか? 私は、旦那様の寵愛を受けられるなら、その傍らにルーリィ・トリスクト様がいらしても構わないんですよ?」
爆発しねぇかな。リア充。
「安心してください。奪い取るつもりはありません。それは旦那様から貴女を取り上げることになってしまうから。旦那様が幸せになれるなら、私はなんだってしてあげたい」
っていうかさぁ。
「今の私が見せられる唯一の覚悟です。旦那様第一主義。これだけは変わりません」
なんというか、複雑といいますか。
先ほどから俺、翻弄されまくっているけど不毛じゃね?
「愛していますから。貴方に負けないくらいに。今も、そしてこれからも」
嬉しそうにそう口ずさむシャリエール。
うん、その二股クズ男に対する感情を、俺を見ながら言うのやめてもらっていいですか?
善人……とは言えないかもしれないが、それでも人の道からは外れていないと自負している俺にとって、「外道の方が魅力的ですよ?」と言われている気がして、なんともみじめな気分になりますのん。
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