第4話 デーレた! デーレた! クーデレデーレた! 気まずっ!
『ここで緊急のニュースです。《
「まぁた異世界がらみのニュースだよ。他に報道になりうるネタはないのかね」
団体宿泊客を迎えに行って、それからひとしきり手伝えることは手伝った。
三泉温泉ホテルの板長から出してもらった賄いをとりながら見ていたバラエティ番組が、急遽シリアスなものに変わったから、憂鬱になりそうだった。
「異世界関連については世界的にも歴史が薄すぎる。効果的な対策である魔装士官学院の方も、人材が成長し、安定運用に至るまで時間がかかる」
「敏感にならざるを得ないってのはわかるんだけど。こうも異世界関連のニュースばかりだと気が滅入る」
ゆえに思わず不満を垂らしたところに、返してきたのは、テーブルをはさんで真向かいに食事をとっているトリスクトさん。
二人きりで食事をしている状況にあって、バラエティ番組を見ていたのは、堅物なトリスクトさんと、なかなか思うように話が合わないと踏んだからだった。
「そうかな。私としては助かる。状況や情報を常に最新のものに更新していくことは必要だよ。何よりね、この国の異世界案件へのスタンスも知ることができる」
(はぁ~、真面目なこって)
「まぁ、トリスクトさんにしちゃそうなのか。異世界関連の歴史は浅いといっても、世界的に一番進んでいるのが日本。留学の理由だろう」
「え? あぁ、まぁね」
……なんだろう。この歯切れの悪い回答は。視線なんてあらぬ方へ向いてるし。
「ご苦労なこったね。意識高くて頭が下がる」
「意識……高いのだろうか?」
「そう思うよ。クラスメートたちの中でも、一番トリスクトさんに目が行ってしまって、それを思い知らされる。」
「私に目が。ほ、本当かい? まさか一徹。もしかして君はすでに……」
「学院三年目を開始した他のクラスメートと違って、同じ日に編入されたこともある。この宿で働き、下宿に厄介になっている共通点もあるからさ」
「……なんだ。ただ、それだけの理由か」
なんというか。トリスクトさんって時々、すごく似合わない忙しさを発揮するよな。普段クールで大人びているのに、よくわからないところで焦ったり取り乱したり。
いまだって驚いたように立ち上がり、両手を机の上に、身を乗り出して俺に聞いてきたかと思えば、答えを聞いて、力なく椅子に座り込んでしまった。
(なんでガッカリしたようにうなだれてるの? 変なこと言ったつもりはないんだが)
「そ、それだけの理由って。でも関心しているには違いないんだ」
ズゥンと重そうな瞳でじっと見つめられる。ハッとする美人に視線食らって悪い気はしないのだが、どことなく責められている気がしてたまらない。
「日本語が母国語じゃない外国からやってきて、専門知識を日本語で学ぶ。簡単にできることじゃない。ここでも賄いを取るにあたって、箸もちゃんと持てるし」
アカン。ちゃんとフォローしきらねば。
盛り立てるところまではいかなくても、せめて、落ち込んだ気分をフラットなところにまで戻してやらないと。
(食べている賄いにも影響出るんじゃないかってほど、後味が悪くなりそうだ)
「ふぅん」
「すげー努力してるんだなって。編入してひと月だけど。それでここまでほぼ完璧に来てるんだ。異世界関連を学ぶために、前準備をどれだけしたか予測はつく」
何とか、気分盛り返しの糸口はつかめたろうか。
俺の発言を、彼女は黙って聞いていた。
「色々、トリスクトさんの母国の文化や性格は違うはず。混乱や嫌なとこもあるだろう? 食文化の面だって。普通ホームシックにかかってもいいとこだ」
「ホームシック……か」
ツイっと瞳を細め、黙って俺の顔を覗く瞳は、俺の胸の内を見透かしているかのよう。
やめてほしい。重い空気になったら面倒だから、必死になっている心内を読み取られそうで不安になった。
お、でも、フッと笑みを見せてくれたから、どうやら俺の努力は報われた?
「本当に文化が違って、魂をすり減らすほど苦労した人を知っている。それから比べたら、恵まれている方さ」
「へぇ」
「それに、私の言語処理についてはチート……いや、何でもない」
「は?」
って、あり? やっぱりミスった?
最初に見せた笑みは、次第に、疲れたようなものに変わっていっている気がする。
「私とは反対に、その人は日本からやってきた」
「ふんふん」
「言葉もわからず、文化も違う。ものの考えも。私たちの国はこの世界の共通認識と比べて前時代的だった。ギャップに、随分喘いでいる印象を受けたよ」
話し始めたのは、トリスクトさんの記憶にある、彼女が見た中でめちゃくちゃホームシックを感じたであろう日本人についてだった。
(単に準備不足な気がするが)
「私の国に到着したばかりの頃の言語能力の浅さが、その後の人生を大きく狂わせ影響させた」
「影響? どんな」
なぜか、少しだけ興味がかられたのは、話しながら物思いにふける彼女が、何処か遠くを見るような眼をしていたからか。
「すまないね。この話は十八歳の君にはまだ早い」
「なんだよそれ。トリスクトさんだって同い年だろ?」
(ま、無理に聞くのも忍びないか)
だが、興味をそそられたのに、そういわれると、肩をすくめるしかできなかった。
「でもね、日本にきてしまった今の私なら、あの人があの時何を感じていたのか少しだけ分かった気がするよ」
(この人は、この手の話を俺に話したいのか話したくないのかどっちなんだ?)
「辛かっただろうなと。テレビや携帯、冷蔵庫だってない私の国。移動手段だって馬が当たり前。町から町への移動も数日以上要する環境。これほど快適な日本で暮らしてきた彼は、そう思ったに違いない」
「文化も言語も違う。快適な環境からかけ離れた場所。これまでとまるで違う世界で備えなしに生きざるを得なかった。凄いね。俺にゃ真似できない。心が強すぎる」
「生きるために、心を強がらせざるを得なかったというべきか。どんなときも前向きに振舞っていた。でもそういう人だからこそ、周りにどんどん人は集まった」
「まるでラノベの異世界成り上がり記みたいだ。日本の快適な暮らしに慣れていたんなら、そっちの国で、技術発展やらなんやらに協力すればよかったのに」
「弁えたんだろう。この世界の高い技術力を受け入れるだけの土壌が、祖国にはない。不用意な技術発展が、国の安定や秩序に影響することを危惧した」
「そういうものかね。じゃあ、今回の留学で目にし体験した技術を君は……」
「持ち帰らない。
ルーリィ・セラス・トリスクト。
こいつもなかなかわからない。
はじめはポツリポツリと静かに話し始めたが、話せば話すほどに、表情は楽しげになっていった。
「こうして話すほど、あの人への理解が足りていなかったことを思い知る。君は『心が強すぎる』と言ったが、実際凄く
珍しい。
シャリエールとのいがみ合いに始まり。下宿帰宅時にしかり。お客さんの送迎に、夕食のこの場。
随分トリスクトさんは、普段見せない様々な表情を浮かべていた。
特にこの夕食時。
ここまでの気持ちの入りよう。きっと話に出たその人っていうのは、トリスクトさんにとって……
「留学が成功するといいな」
「え?」
「守りたいんだろ? 異世界問題は、今や影響が世界中に出てる。学院を卒業して国に戻った時、君はきっと、その人を守りたい」
「ん……」
「大切な人なんだろ?」
さすがにここまで話を聞けば、話に出てきたその人が、トリスクトさんにとってどういう存在なのかがうかがえた。
大切な人。
どういう経緯でトリスクトさんと繋がりを得たかって経緯は知らない。
が、ここまで心配を見せる背景は、
「そうだね。私は守りたいんだ。今度は私が、あの人を」
ほーら思った通りだ。
俺は、そこらのラノベにあるような鈍感キャラではないのだよ。
こう、察しが正しかった時の優越感よ(誰かに対するものではないが)。
ちょっとばかり自分が大人にでもなった気がして、ここで一口、大人の風格みせんとばかりに、お替りした緑茶をすするのだよ。
「愛していた」
「ぶっほぁぁぁあ!」
爆・弾・発・言。
「ゲホォ、ゴホォ!」
「いや、いまでもその人のことを、心から愛している……一徹?」
おい、クールクーラークーレストのトリスクトさんや。
アンタ、恥ずかしげもなく、よくもそげなことを。
お茶、吹いちゃったじゃない。
つか、俺の手の甲に掌を重ねて、誰かに対する想いを知らしめるように、俺の目をじっと見つめて言わないで!
俺が恥ずかしくなってきちゃうからぁ!
「だから最近はこう思う。取り戻すべきなのか……と。あの暗くて厳しい、歩んできた道程を忘れられるなら、私を、忘れても良いんじゃないかってね」
やっべぇっす。
え? 途中まではちゃんと話かみ合っていたよね。
……終わり良ければ総て良しって言葉、知っているかトリスクトさん。
最後の最後、発言の意味がまるで分からんのですよ。
って、おいトリスクトさんや、気を効かせんな。
俺の分の、食べ切ったことで空になった食器まで片づけない。
困った顔してんじゃねぇ。その表情を作りたいのは俺だっての。
「あ、一徹」
「なん……なぁっ!?」
そして、畳みかけないでぇっ!
俺の口元についたご飯粒つまんで、
「お弁当が付いてる」
口に入れるなぁぁぁ!
な・ん・で・ここ一番の笑顔を浮かべたぁぁぁ!
可愛いじゃないかっ!
ほんとこの子、わかんない。
気まずいわ。
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