第3話 異次元異世界なんやねん。ライトノベルじゃあるまいしっ!

「十九時到着予定の団体八名様。時間通りに改札を出てくるとして、いまホームに入ってきたあの新幹線か?」

「違いないだろう。次の新幹線は三十分後。鈍行も二十分後になる。加えてフロントからお客様遅延の連絡もない」

「さよけ? っていうか……」


 訓練が終わって下宿にたどり着いた俺は、確かに彼女から逃げてきた。

 それが、トモカさんの旦那さん経営の温泉宿の手伝いのため、法被はっぴを着て、宿泊客の、最寄り駅到着を待っているところだった。


「なんで君がここに。トリスクトさん」


 (逃げたいがために温泉宿の応援に来たっつーに。追いかけてくるとか、逃げ場なくなっちゃうじゃない。もちっと気ぃ効かせてくれぇ?)


 トリスクトさん、next by me(俺の隣)。

 仲居なかいの着物を身にまとい、両手を前に合わせ、ピンと、背筋を張って立っていた。


 いやぁ、これ以上どうしろと。


 とりあえず、かろうじて抵抗にならない抵抗を見せてやる。

 いつもと変わらない、お堅いというか神妙な表情を浮かべ、彼女は視線をくれた。


「な、なんだよ」

「釣れないね」

「は? 釣り?」

「私は……君と一緒にいたいのに」

「はぁ?」


 (いきなり、なんてこと言ってきやがるのこの人)


 いやぁ。ルーリィ・セラス・トリスクトてぇのはお前さん、確かなる美人なのよ。ただちょっと、だいぶ変わっているというか。


 そりゃ、魔装士官学院ってのは最終的に、卒業したら自衛隊か警察かってのが主たる進路先で、だから適応できるよう、厳格な人間作りっていうのも一つの目的なのは俺も知っている。


 ただ彼女に関しちゃ固すぎる。


(美少女から「一緒にいたい」って言われりゃ普通ドキッとするが。恥じらいがねぇ。顔も赤くねぇ。業務連絡がごとく無表情で言われて、どー反応しろって?)


 軍人みたいな固さが四六時中のトリスクトさん。

 寧ろ、十年来の戦友から、永久とわの信頼を確かめられているようでちょっち気持ちが悪い。

 そういうのは普通、何度も同じ死線を潜り抜けてきた間柄でやるものだと、映画知識からの観点で思ってみた。


「って、アレ? トリスクトさん? おーいトリスクトさん、どこ行ってんだ君は」


 ますますわからん。


 お堅く、表情もめったに変えないトリスクトさん。俺によくわからん事告げてから、ピシリと固まっていた。


 無表情が人形のよう。強張った全体なんてマネキンとして揶揄やゆしていい。

 

「……理だ……」

「ん? ちゃんと呼吸はしてるか。生きてはいそうだけど」

「無理だよ婆や。トモカ殿。これでも勇気を振り絞ったつもりだ……が、届かない」

「言っている意味が分からない」


 ちゃんと生きてはいるみたいだ。呼吸はしていた。蚊の鳴くような、震えた声を漏らしていた。


「っと? ホラ、戻ってきてくれ。お客様がいらした」


 これアカンやつ。


 俺の法被に刺しゅうされた宿名に気付いたのか。駅に到着し、改札を出てきた今日の宿泊予定団体様の一人が呼びかけてきた。

 それゆえ何処かに行った意識を取り戻してもらおうと、トリスクトさんに声をかけたのだが。右の耳から左の耳なのか、反応は薄い。


「トリスクトさん?」

「ッツ!」


 このままでいいはずもない。

 両手をもって、少し強く彼女の両肩を抱く……というより、外腕を挟み込み、ぐっと力を込めた。


(ちょっとは響いたか)


 驚いた顔。口元こそポカンと小さく開いたが、目は揺れていた。


「なぁに恥ずかしがってんのよ。トリスクトさんらしくないじゃない」


 フム。珍しい。これは……顔を赤らめてる?


「お客さんが到着した。ちゃんと挨拶しないと」

「う、うんっ!」


 今度こそ帰ってきた反応。驚いたのか、いつもはクールなトリスクトさんが返した声は裏返り、慌てたようなのが面白かった。


 いらした宿泊客にひとしきり挨拶したのち、迎車のライトバンに荷物を載せ、招き入れる。

 トリスクトさんは早速の接客を。俺は運転席に飛び乗り、温泉宿まで送り届けようと、エンジンをかけた。


(一時はどうなるかと思ったが。こうなっちまえばいつものトリスクトさんだな)


 ……宿への輸送は順調そのもだ。

 

 宿までの10分間。それまでにはしっかりと自分のペースを取り戻したのか、トリスクトさんは宿泊団体客への挨拶を済ませ、宿の売りや、町の説明、世間話までこなしていた。


 そつがなく丁寧な接客。

 トリスクトさんの際立つ容姿もある。男性客は「別嬪さんに迎えてもらえるとは嬉しいねぇ」と口にしていた。

 女性客からは、彼女の生真面目な姿勢が買われていた。むしろ男性客に対し「若い者にデレデレするな」と、トリスクトさんを守るような動きを見せるほど、すでに気に入っていたようだった。


(まだ迎えて五分足らずでここまで客を掴む。さすがはトリスクトさんといったところか)


 チラリとバックミラーで接客状況を見やった。


(営業スマイルはバッチリかよ。まったく、学校でもその十分の一くらい笑ってくれりゃ、こっちも身構えることはないんだけど)


 思わず口元が歪んだ。

 圧倒的美人にゃ違いない……が、まじめ一辺倒でかたくなな感のあるトリスクトさん。

 笑みをなかなか見せないのは、もったいないなぁと思ったこともあった。


「移住を考えた下見ですか?」


 そんなことを思っていた時、耳に、トリスクトさんのうかがうような声が耳に入った。


『ほら、ここ二十年で立て続けにあった神隠し。数年前に異世界の存在が科学的に証明され、最近も《対転脅》の長官が発表してたでしょう? 山本長官だったかしら』

「《対転脅》? もしかして昨日もその模様が放送されていた、《対異世界転召脅威たいいせかいてんしょうきょうい対策室》室長の、政経せいきえ分拠ぶんきょ化についての発表のことですか?」

『仲居さん、お若いのに時事に詳しいじゃない。ここ数年で異世界境界線にホールが多発して、向こうの存在がこっちに転召する事件が頻発してるじゃない?』


 話から察する。

 団体客の老夫婦数組は、どうやら結構なお金持ちらしかった。


 ささやかれる、政治経済拠点の多拠点化。


 異世界の存在が証明され、過去二十年で捜索打ち切りとなった行方不明者も、一部が異世界に転移されていたことが最近判明した。

 

 問題は、その間にこの世界と異世界との境界線に穴が開いてしまったこと。

 招かれざる客が、こちら側に出現することだってあまり珍しくない。


 そしてそれに対し、日本だけではなく世界的に備えができていなかった。


『通常の自衛隊や警察では対抗できない問題でしょう? 対抗しうるのは……』

「魔装士官学院……ですか」


 トリスクトさんの回答こそ、団体客が移住する理由に相違ない。


 対抗できる兵隊を養成するのが魔装士官学院。一応、全国に九校存在した。


 異世界問題が発現し、後追いのように相次いで設立したこともあって、卒業生の全体数は少なく、人海戦術的に、卒業生が配属される部隊より、学院の訓練生の方が多い。

 そういうこともあって、戦力的に正式部隊よりも人数の多い、九校の所在する地域周辺に、政治や経済拠点を東京から分譲するという案が出ているのは知っていた。


『できれば都内に学院が数校あればよかったのだけれど、訓練生の大規模訓練にもかなう土地は、今から用意はできないようだし』


 となれば、社会的安定と生命の安全を求め、人が増える。町も発展する。

 トモカさんが口にした、「おかげさまで盛況」と言ったのは、こういう意味もあった。


『運転手の君はどう思う。三縞市みしましの住み心地はどうだい?』


 おっと、まさかだよ。老夫婦一組の旦那さんが俺に問いかけてきた。トリスクトさんにデレデレしてたじゃない。


「いい場所だと思います。静岡県三縞市。東は熱美あたみ温泉郷があり、西にある沼通ぬまづ市では、毎日新鮮な山海の食材が集う。何より水が旨い」

『富士の雪解け水』

「よくご存じで」

『ウナギは?』

「うまいらしいです。ただ、学生の僕にはちょっと高くて手が届かないというか」

『違いねぇや』


 面白いことを言ったつもりはないんだが、どうやらその答えはお金持ちな老夫婦には面白かったらしく。

 うん、いい雰囲気だ。団体様みんな、声を上げて笑ってくれた。


(お……)


 ……息を飲まざる得なかった。

 お迎えに上がって、掴みが上々かを確認しようと、再びバックミラーに目をやった。

 トリスクトさんが、安堵するような取り繕いのない微笑みを浮かべていた。


(だからもったいねぇって。いつもそういう顔してりゃ、クラスの皆だって遠慮することなくもっと……)


「さて、大変お待たせしました。第三魔装士官学院おひざ元。三縞市、三泉温泉ホテルへようこそ!」


 不穏な相手と共にいると、時間が長く感じるが、どうやら今回は違ったらしい。

 思った以上に輸送までの時間はかかった気がしなかった。

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