下宿右隣の部屋に住むクーデレクラスメート

第2話 引き取ってくれた親戚の姉ちゃんが大事すぎるっ!

「ただいま帰りましたぁ」


 心身ともに……いや、精神の方が程度デカいダメージを受けたが、今日も今日とて授業や訓練を終えることができた。


「お帰り一徹。学校はどうだった?」


 下宿先の玄関で上げた帰宅の挨拶に、廊下奥から嬉しそうな声と共に姿を現したのは、現在ご厄介になっている姉ちゃんだった。


「トモカさん。聞いてくださいよ。もう滅茶苦茶なんですよ」


 三十も半ばを行ってるが、いつも見せてくれる笑顔は若々しく、年齢を感じさせない明るい美人。


 迎えてくれるとホッとした。

 正直クタクタだが、それでもトモカさんとの交流は欠かしたくなかった。


 記憶が混濁しているのは、とある事故が原因らしい。

 それが俺から、親父やお袋、兄貴と記憶を奪ったのだと教えてくれたのが、このトモカ姉さんだった。


 この女性ヒトが引き取ってくれた。

 恩義があった。俺のことを大切にしてくれるのが身にしみてわかるし、何より可愛がってくれる。


「トリスクトさんとシャリエール・・・・・・がまーた争い始めて。授業にならないんです」


 何でも言えてしまうのは、家族とまで言ってくれるトモカさんが大切な人だから。

 この感覚。この人にきっと姉というか、母親みたいなものを重ねているからだろう。


 それ以上に、最近結婚したばかりで家庭も忙しいはず。旦那さんとの兼ね合いもあるだろうに、それでなお、俺を守ろうとしてくれるのが分かるから、この人だけには不義理はしたくなかった。

 

 事故によってこれまでの人生セカイを失った俺は、きっと早すぎる第二の人生セカンドライフ(定年かっ!)を歩んでるんだと思う。


 まだ十八歳というのは不幸中の幸いよね。


 以降の人生の方がきっと長い。

 だから俺は、今後自分で作る世界をしっかり生きて行きたい。


 いつかちゃんと、トモカさんや旦那さんには、恩返しだってしたいと思ってる。


「まるで諸悪の権化であるかのように言ってくれるじゃないか一徹」


「うげぇっ!」


 が、それ以外はその限りじゃないんだからねっ!


 どこぞから降ってきた声。全身、ゾワリと寒気を覚えた。


 どうやら変な表情をしてしまったらしい。トモカさんは、腰に手を当てて闊達に笑っていた。

 

「アンタ隠し事なく何でも言ってくれるのは嬉しいけどね。ちょっとは考えなきゃ。壁に耳あり障子に目あり」


 トモカさんは何とか笑い声を噛み殺そうとする。親指で、俺に対する声の主をクイクイと指さした。 

 

「いい度胸をしているね。私もこの下宿で厄介になっていることを知らないはずないだろうに」


「そもそも、彼女はアンタの部屋の右隣に住んでるのよ?」


 (ゲロゲロ。俺よりも早く、ここに帰ってたのかよ)


 トモカさんのさした方に首を向ける。

 頭の中では自分の首が、油の差されていないブリキ人形のそれを捻った時の、ギギギッという音が鳴っている気がした。


「と、トリスクトさん……」


「お帰り一徹。それで、たった今の話だが。いい機会だ。君の意見を聞きたい」


 トリスクトさんが、おりやした。

 相も変わらずな冷ややかな瞳。その視線はもはや不可視の刃でやんす。


「今日のいさかい。あのような場で相応しくない振る舞いを、すべきではない教官職が見せたことが発端のはず」


 あ、一層、目が険しくなりましたでごーざいますよぉ?。


「まさかとは思うが、私にも非の一端があったと言いたいのかい?」


(大層荒ぶってらっしゃる)


「あ、えーと? トモカさん。今日の宿泊状況は?」


「え? えぇ、おかげさまで盛況だけど」


「そうですか! いや、結構なことで。実は今日出された宿題はそこまで多くなく。是非、お手伝いをばっ!」


 こう、俺に集中したトリスクトさんの視線が痛い。っていうかもう受け止めきれない……から、


「あ、一徹! 逃げるな!」


「逃げる!? 戦略的撤退って言ってくれ!」


 たどり着いたばかりの下宿。しかし自分の部屋に荷物も置かず、とっとと玄関を飛び出す。場所を移すことにした。


 この下宿のオーナである、トモカさんの旦那さんが一家で経営している温泉旅館へと。


 っていうか、姉さんも色々気を効かせてくれよ! 


 下宿は余り部屋がいっぱいあるじゃない! 何がどーして俺の部屋の右隣に、トリスクトさん住まわせてんのさっ!


 しかも、左隣の部屋には……



「なんとも逃げ足の速い。そこまで露骨ろこつに距離を取られると、流石にこたえるよ」

 

 下宿に到着したばかりの一徹と、すでに帰宅を果たし下宿に上がったトリスクトでは、圧倒的な差が存在した。


 靴を履いているか否かの差。


 理由をつけてさっさと離れていった一徹と違って、追おうと靴を履こうとしてモタついている間に、すでに彼の背中は遠くなっていた。


「男っていうのは超絶ニブイから。苛立ちは、つのるわね。貴女の、ウチにきてからしょっちゅう気落ちしてるの見てるから。時に腹立たしくて仕方ない」


「トモカ殿?」


 目的があった。

 だから一徹が逃げるように去ってしまう関係であっても、同じ下宿に住んでいた。


 とはいえ、あからさまにけられたのはルーリィにとってショック。

 ガックリとうつむき、肩を落としたところで、トモカが手をえた。


「でも心配なんでしょ? ああやって振舞われても、アイツに関わらずにはいられない。それ程想ってくれる娘がそばにいてくれて、お姉さんは嬉しいわっ!」


 顔を曇らせたルーリィと違って、トモカは優しく包み込むような笑顔を見せていた。


「というわけで、尻込みしている暇なんてないわよ? 大切なものはシッカリ掴んでおきなさい。失ったら戻らないものなんて山ほどあるんだから。貴女は誰? 異世界に跳んだ一徹が・・・・・・・・・・選んだ女の娘・・・・・・でしょ」


「トモカ殿……」


「もっと自信持ちなさい! 仮に肉体年齢が18に逆行して、異世界転移前の、地球人として生きてきた十八歳までの記憶しか、アイツが持ち合わせていないとしても。油断してると、持ってかれるわよ?」


「……了解した」


 優しい語気で励まされ、背中を押してもらった感覚。


 グッジョブとばかりに親指を立てて見せたトモカに対し、ルーリィはまるでラスボスを倒しに向かうかのような神妙な顔を見せる。

 一つコクリと頷くと、今度こそ靴を履ききり、足早に去っていった。


「やっぱりいい子ね」


 同じく、下宿から離れていくルーリィの背中を見つめ続けるトモカには、何か感慨深いものがあった。そして……


「さぁて、どこに行くのかなぁ? シャリエール」


「え゛?」


 その背中を見つめたまま声を上げる。反応する者がいた。


「教官勤めが、学生の帰宅とほぼ同時刻にここにいる。色々おかしいけど、頑張って仕事を終えて帰ってきたならお願いしていいかな。今日の夕飯の支度」


「え? あ、あの、私もお宿のお手伝いをしようかなぁなんて……」


 どこぞの扉から、トモカの顔色をうかがうようにそっと顔出したのはシャリエール。


「却下。若い者の邪魔をしない」


「大家さん! 若いっていうなら私も一徹様より年下……」


「あーハイハイ、いいの。今の一徹にとって二十二歳なんてBBAなんだから」


「BBAってなんですかぁ!? 不公平ですっ! カラビエリさんを訴えます! 私だってルーリィ・トリスクト様のように十八歳の姿に……」


「制限があって、一徹に見覚えのある姿より前の年齢には戻せないって話だったでしょ。文句言わない。いない者を非難しない。ったく、若返りだけでも羨ましいのに……」


「放してください大家さ~ん」


「ちなみに、二人の夕食は宿の板長にまかないお願いしようと思っているから」


「え? じゃあ夕飯の支度って……」


「たまには二人で食べましょう? メイドさん? それとも私に逆らってみる? 喜んで引っ越しを手伝うわよ? アイツの部屋の左隣から」


「そんなぁ~」


 この場から離れた一徹をさっそく追いかけようとしたシャリエール。

 同じくこの下宿に厄介になっていた。


 対ルーリィは別として、トモカには頭が上がらなかった。


「本当にアイツは。見ない間にずいぶんな女たらしになっちゃって」


「ふぇぇぇぇぇ? 離してください~(泣)」


 上下ある力関係にあらがえず、シャリエールは、いい笑顔をしたトモカに首襟をひっつかまれ、下宿内、キッチンへと引きづられていかれた。

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