今は昔の物語④

 行く当てもなくさまよっていると、今まで静寂を決め込んでいた荒野の向こうから突風が吹きつけて砂塵を巻き上げた。

「!?」

 とっさに顔を覆い目を瞑る。

 

リーン リーン リーン


 (鈴?)

 風が抜けて再びの静寂に顔を上げると、あの日天上に見た景色が再び現れた。

「……着いたのか?」

 否、そうではない。これもまた幻想だ。

 煌びやかな街並みは揺らめき彼方に消えた。

「夢?」

 突風の中で気を失ったのだろうか、とも思ったがどうやらそれも違うらしい。

 不思議な感覚に包まれたまま暗くなりだした荒野に歩を進める。

 

リーン リーン リーン


 砂塵の中で鈴の音が聞こえた気がして顔を上げると、遠くに灯かりが見えた。

「そんな……さっきまで何もなかったはず」

 怪しいと思いつつも手持ちも状況も限界であることには変わりない。ひとまずあの灯かりをめざして進む。


 歩き出してしばらく経った。

 空も薄暗がりから真っ暗になっているがまだ灯かりのある場所にはたどり着けない。ずっと見えているのに距離が縮まっているのかも定かではない。

「実はこれも幻なんてこと……ありえるな」

 そろそろ心が折れそうになってきたところでかすかにざわめきが聞こえていた。灯かりも複数ある。

 どうやら小さな集落のようだ。

「よかった」

 安堵のため息をつき歩を進める。

 そこは今まで通ってきたどの町よりも明るく感じた。

 怒号も悲鳴も聞こえない。

 聞こえてくるのは『夕食は〇〇だ』『明日は〇〇する』といったこの世界には珍しい平和な会話だ。

「こんなところもあるんだ……」

 集落の入り口まで来るとその“普通”さに驚嘆を覚える。

「おいぼうず!」

 呆けていると集落の男に声をかけられた。

「ここの人間じゃないな?どこから来た?」

「えー……と、向こうから」

 自分でもどう来たかわからないので歩いてきた方角を指す。

 すると男は怪訝そうな顔をした。

「向こうってお前、あっちは『うつろ』じゃないか」

「虚ろ?」

「捨てられた地だろ」

「捨てられた…」

「本当に虚ろから来たのだとしたら、よくここまで抜け出してこられたな」

 男が言うには「虚ろ」とはこの「自由」な世界の中で負の感情に染まった人間が迷い込んでいく土地で、一度踏み入れると二度とコチラ側には出てこられないと言われているらしい。

「なんで出てこられないんですか?」

「負の感情がある基準を超えるとコチラ側から弾かれる。一度負の感情に染まるとなかなか好転はしない。ましてや虚ろはそんな奴らの溜まり場だろ」

 なんとなく理解した。灰色の世界はこの世界の一部、捨てられた土地「虚ろ」で、おそらくはあの鈴の音が聞こえた位置がコチラ側との境界だったのだろう。

「……あの淀んだものを負の感情というのであれば正しくあそこは捨てられた地なのでしょうね」

 ボクが生きてきた、歩いてきた場所が灰色なのは負の感情でできていたから。

 ふとあの数え石に目をやると初めに手にした時と同じ虹色に戻っていた。

「ここが幸せな世界なのだろうか」

 ポツリとこぼした言葉を男が拾った。

「幸せな世界か。昔そんな絵本があったな」

「え?」

 男が懐かしむように虚ろの方角を見ている。

「あの……」

「まあいい。お前行く当てはあるのか?」

 何かを振りはらうかのように笑顔を見せる。

「いえ、とりあえず食料も何も手持ちが尽きてしまいましてどこかで調達できればと」

「そうか。今日はもう遅いから店も閉まる。うちに泊まっていけ」

「え、でも」

 知らない世界に迷い込んだかのような状態でいきなり誰かのお世話になっていいものか。

「いいから」

 ボクの躊躇いをよそに男は手を引いて歩きだした。

 途中で何人もの人が声をかけてきて、そのたびに男が「こいつは虚ろから抜け出してきたらしい」というものだからいつしか人だかりができていた。

 あれよあれよという間に食べ物が並び飲み物が配られていく。何が何だかわからないでいるボクに男がと飲み物を押し付けていた。

「いや、こんなお金持ってないし」

「いいんだよ!宴会だから好きなものを飲め!そして食え!」

 宴会がなにかもわからずうろたえていると、今度はボクと同じ年くらいの女の子がやってきた。

「宴はね、楽しんだもん勝ちだよ」

 その子の表情はおとぎ話に出てくる幸せな笑顔だった。

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其レハ世界ヲ紡グモノ 紅咲 @k0usaki

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