今は昔の物語②

如何ほどの時が経ったか、空の見えないこの地では日の流れがいまいちわからない。

お偉いさんたちは十色の数え石で周期を計っているが、平民には高くて持てるようなものではない。

(アレからどれだけ経ったんだろう)

平民に告げられるのは百の数えの時だけ。

前にその知らせを聞いたのは二つ前の町だった。

比較的女の人が多かったせいか悲鳴や怒号は少ないものの、そこはかとなく陰湿な空気が漂っていた。

嫌なことを思い出す。

(あの人と同じ目をしてたな)

妬み嫉み蔑み…それらを含む冷めた笑み。

母親という立場を振りかざして罪を重ねる愚かな人だった。

ボクはとてもいいコマだっただろう。それでも始めは兄と姉が庇い助けてくれていた。

あの物語も姉が読んでくれたものだ。

だがそんな兄妹も今はどこにいるのか、いつの間にか居なくなっていた。

あの人から逃れたかったのか、あるいは売られてしまったのか……あの人が連れていかれて以降、真実を知る術さえない。今更知ろうとも思わないが。

(そもそもあの人が何処にどうして連れていかれたのかということも知らないんだけど)

 少なくともボクを助けるために連れていかれたわけではない。ボクの存在など認識すらされていなかったに等しい。

 晴れて自由だといえば聞こえもいいが、幾分今まで自分の言い分など聞き入れてもらえないのが当たり前の生活を送っていたのだ。いきなり解き放たれたところでどうしていいのかもわからない。

 挙句に、形なりにも保護者だったあの人がいなくなり、家まで追い出されるのに時間はかからなかった。

 どうしたものかと考えあぐねた末に出した答えが、物語の世界を目指すことだった。

 本当にあると心底信じているわけでもない。ほかに目的もないからとりあえず地の果てを目指そうかな…といったところだ。

(それにしてもどこまで行っても陰気なものだ)

 荒んだ人々を横目に町を横切る。

(ここに長居は無用だ)

 ふと顔を上げると遠くに空虚な目をした老人が見えた。

 何の変哲もない光景だがなぜだろう。声をかけなければいけない気がして近づいていく。

「あの……」

 何を言えばいいのかもわからいまま口を開き、そして押し黙る。

 老人に反応はない。

「……あの」

 沈黙に耐えかねて再び声をかけるが、依然として言葉は見つからない。

 虚ろな老人がようやくこちを見た。そして徐に町とは反対の空を指さす。

 つられて目を向けるとそこには街が視えた。

「え?!」

 それは虚ろで灰色な風景ではなく、あの日の物語に出てくるような温かく華やかな情景。

 あまりの光景にボクは瞬きも忘れて見入ってしまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る