壱 今は昔の物語①

『君にはこの世界はどういう風に見える?』

 白いソレに手を引かれて飛翔した僕は、いつの間にかその手を借りずに宙に浮いていた。

「この世界?」

『そう。今君たちが住んでるこのニンゲン界のこと。君にはどんな風に見える?』

 質問の意図が見えないが、僕の答えはひとつだ。

「……調和された世界」

『調和?』

「完成された作品のように、平和で、笑顔が絶えず、美しい」

『………』

「だからこそ僕はバグとして排除された」

 隔離されていることも知らずにシアワセに暮らす人々は、なんの疑いもなくこの完璧な世界に棲んでいる。それがここの正常だ。

 そんな僕の言葉に白いソレは困ったような、それでいて笑っているような、何とも言えない空気を纏う。

『うん、その見解は概ね間違ってはいない。けれど君の存在はそんなに卑下するものではないよ』

 励ましとはちがう。確固たる否定。

「でも」

 現に僕は此処にいる。

『確かに彼らからしたらそう見えているかもしれない。とはいえこの世に意味の無いものは存在しないんだ。こと生命に於いてはね』

 生命に於いては……とはずいぶんと含みのある物言いをするものだ。

「なぜそんなことがいえるの?」

『…少し昔話を聞いてもらおうかな』

 そう言うと白いソレは彼方に想いを馳せ言葉を紡ぐ。

『其れは遥か昔、君の言葉を借りるのならば“調和”される前の世界の話し……』



✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



「いや!やめて!!!」

「うるせぇ!だまれ!!」

(またやってる……)

 悲鳴と怒号が谺する灰色の世界。

 生まれてこの方青空なんて拝んだことがない。少なくとも彼の記憶のなかでは。

(どこまで行っても同じ景色だ)

 彼は求めていた。幼い日に読んだおとぎ話のような明るい世界を。

 どこにあるのか、本当に存在しているのかもわからない晴れやかな幸せな場所。この大陸の遥か彼方に存在しているらしい……という曖昧で不確かな情報だけを頼りに、彼はもう何年も彷徨っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る