其レハ世界ヲ紡グモノ

紅咲

序 白いソレ

 この世は平和すぎるほど平和で、整いすぎるほど整えられていて、不自然なほどに笑顔の絶えない……調和された世界。

 彼らは知らない。

 世界の狭間。そう彼らが呼んでいたこの場所は一見してただの荒れ地。平和なニンゲン世界などその荒れ地に点在する隔離された空間に過ぎない。

 僕は漠然とそんなことを考えながらその隔離されたニンゲン世界を見下ろす。

 世界の管理下に正常に生きているニンゲンがこの荒れ地に足を踏み入れることはまずあり得ない。故に……

『君はどうして此処に要るんだい?』

 この問いは正しく、そして異質だ。

 投げ掛けられた問いは、声というにはあまりにも澄んでいて、音と呼ぶにはあまりにもハッキリとした響きで僕の脳裏に直接流れ込んできた。

 振り返った先に視たのはヒトの形を成した真っ白な光。

「……だれ」

 正直「だれ」という表現が正しいのかはわからない。それでも、人形ヒトガタを成し言葉を操るソレに対して自然と声に出していた。

『うーん、だれと問われても困るな。ボクは此処にあって此処にない。生きてるようで生きていない。光であり闇。善であり悪。そういった存在だ』

「光と闇、善と悪……」

 つまりそれは概念でしかないということだ。

 概念が意思を以て僕に話しかけてくる。それはいったいどういうことなのだろう。

「神様なの?」

 我ながら安直な考えだと思った。

『神かぁ。それは当たらずしも遠からずといったところだけどね。ところで……』

「?」

『君はどうして此処にいるの?』

 白いソレは最初の問いかけを再度投げ掛けてきた。

 僕は少し考えたのち、地上に眼をやる。

「失敗作だから」

 その言葉に感情はない。

 笑顔の絶えない完成された世界において、無表情・無愛想・無感情な僕は失敗作、或いは偽物なのだそうだ。

『失敗作…ね、なるほど』

 ソレがなにを納得したのかはわからないが、すくなくとも僕が失敗作であることには変わりはなさそうだ。

『そろそろ限界かぁ』

「限界?」

『いや、時が来た……と言うべきかな』

 ソレの言葉はどこか喜びを帯びている。

『とりあえず話をしようか。どうせ暇でしょ』

「はなし…」

 言い終わる前にソレは僕の手をとり飛翔した。

「え?ちょっ?!」

 驚きを隠せないとはこの事だ。おそらく、無感情と言われ続けた僕の初めての感情だろう。

 白いソレはそんな僕にお構い無しで言の葉を紡ぐ。


『例えば世界が君のモノになるとしたらどうする?』


 それがなにかの合図であるかのように。

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