第28話 エピローグ
「……いらないの、
「申し訳ないのでありますが、自分の口へ押し込んで欲しいのであります。もう本当に、少しも動けないのであります」
それはどうやら、この恐るべき怪力少女の欠点らしかった。
通常、どんなに馬力のある動物だろうと、短時間で動けなくなってしまうほどパワーを出せない。
おそらく
そして道中でも呪われているかのように食べ続けたのは、本人も口にしたように「食べるのも仕事のうち」だったようだ。
涙目な
「ああっ! 自分の髪飾りも取って欲しいのであります! これを長くしてると――」
「……なにか力でも使い果たしちゃうの?」
「――単純に頭痛がするのであります」
苦笑いをしつつ、それでも
それを見て
「いつもながら二人のは簡単でいいね。羨ましいや」
「これは先祖代々伝わる逸品で、天狗にしか使えないのであります」
「私のは巫術だから……
「……遠慮しとく。どうにも術とか上手く覚えられた試しがないよ。まあ、この面でも身元ぐらいは隠せるでしょ」
……なんとも奇妙な物言いだった。
しかし、それよりも口元だけを隠す布や、素顔を完全に晒す髪留めの方が効果的とは!?
「結局、御宝はあったのでありますか?」
早くも二つ目のキャラメルへ取り掛かった
ちなみにチョコレートほどではないけれど、やはりキャラメルも貴重品だ。
「あったよ! 最奥には『てんかい』って人が秘蔵していた、家康と光秀の血判状があったんだ! ――その文箱に入ってるんだけど……読める、
「てんかい? 南光坊天海
風と格闘しながらも、
「……ちょっと私にも無理ね。本能寺とか天正一〇年とか、色々な単語は拾い読めるけど……いまいち難しいというか、わざと内容をボカしているというか」
実際、余人に見られたら拙い書状は、当事者同士でしか伝わらないように書く習慣があった。
しかし、それは即ち、内容が重大な証である。
「昔の武将が交わした約束の内容なんて、どーでもよいのであります! 問題となるのは、それがいくらで売れるかであります!」
なんとも現金な物言いだが、的も射ている。
……彼女達の活動目的は金銭であり、むしろブレてない証拠だ。
「ここまで曰くがついちゃったら、三浦さん
「天台宗の本山へ事情を話して……誰か羽振りの良い檀家さんを紹介してもらうよう……かしら? 買ってくれれば誰でも良い、という訳でもないし」
学術的には金字塔レベルの大発掘だろうと、経済価値で測れば微々たるものだ。
「うへぇ……それでは三浦さん
今回、三浦家が失った損害は、少なくとも現金換算で四千万――現在の貨幣価値にして二億前後となる。
当の本人たちは存在すら知らなかったとはいえ、それを穴埋めできるとは思えなかった。
「なら、これに期待かな!」
そう言うなり
白ベースの縞の入った素材で、鹿を彫った物なようだ。
「……近づけないで。そんなもの持って、よく平気でいられるわね?」
「別によくない気配はしませんが……これは何なのでありますか?」
なぜか
もしかしたら三人の違いが原因かもしれなかった。つまりは祀る側と祀られる側の差だ。
「最奥にあったの回収してきたんだ! ゼニヤッタの眼を盗んでね、いひひ」
おそらくゼニヤッタが不審を覚えた壁の凹み――
共闘中と油断したゼニヤッタを責めるべきか、
「ここまで大きな白瑪瑙なら、少しは価値あるかもだけど……四桁ぐらい差があるんじゃない、小判一万枚とだと」
「でも、惑わす霧の――あの不思議な
「そんな奇矯な代物、欲しがる人がいるとは思えないのであります」
「いや、そうでもないんだなぁー、これが! 実は
……どんな財団なんだろう? 凄く謎だ。
「
「おおっ! 少しは補填してあげられそうなのであります!」
それは実際、明るい展望であり、三人の心も軽くさせた。
やはり命を的に一昼夜を動き続け、大した成果も無しでは報われない。
また、少しは三浦家の損失を補填できねば、そもそもの意義すら見失ってしまう。
「まあ、全てチャラにできるほど高くは売れない……だろうなぁ。でも、三浦家が驚く程度の回収金は届けられると思う。それとボクらの経費を計上するぐらい……かな? 正直、赤字だね。負けなかっただけだ、こりゃ」
ハンドルは片手なまま、降参とばかりに
「むむむ……つまりは御駄賃なしな上、汁粉の振る舞い会もお預けでありますか。なかなかに世知辛いのであります」
客観的に考えてアメリカ軍の一人勝ちにも等しかった。
小判一万両にナチスの情報、捕虜のウンターホーズと義手、調査価値のある遺跡、墜落したヘリの残骸――大成果といってもよい。……戦死者を勘定に入れてもだ。
そして
「でも、情報は貴重だったんじゃない? ただ、これからはGI達やナチスと、事ある毎に遭遇するのかしら?」
「ナチスは何が目的なのか全く分からないけど……ゼニヤッタとは長い付き合いになるかも。なんでもCIAのICPOっていう組織らしいんだ。不思議なものなら何だろうと調べにきそうな勢いだよ」
やれやれとばかりに
「
「
慌てて
「……まあ、次があるのであります」
「つ、次って……ボクだって、そうそう脱線ばかりって訳でも……今回だって
「そういう意味ではないのであります! というか……やっぱり、あのアメリカ女相手に鼻の下を伸ばしていたのでありますか!?」
「まあまあ! 多少は見逃してあげなさい。なんといっても今回の稼ぎ頭なんだし。それより、次って?」
「次の仕事に決まっているのであります!」
自信満々に断言する
「むむむ!? 二人共、たった一度の負けで、だらしがないのであります! べつに殺し合いや戦争ではないのでありますから、一度や二度の負けは大したことはないのであります!」
実際、
日本の戦争は紆余曲折もあって、勝つか負けるかだけの
あくまでも幸せになるために戦うのであって、戦うために生きる訳ではない。戦いそのものに拘るのは、愚の骨頂ですらある。
「次に今回の分まで大きく勝って、是が非でも汁粉を振舞うのであります!」
そう断言する
しかし、なんともいえない愛らしさも感じさせた。
堪えきれず
「ちょっ! なんで笑うのでありますか! さすがに失礼なのであります!」
などと最初は文句を言っていた
【『天海の密約書』編、了】
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