第28話 エピローグ

「……いらないの、ゆき?」

「申し訳ないのでありますが、自分の口へ押し込んで欲しいのであります。もう本当に、少しも動けないのであります」

 それはどうやら、この恐るべき怪力少女の欠点らしかった。

 通常、どんなに馬力のある動物だろうと、短時間で動けなくなってしまうほどパワーを出せない。

 おそらくゆきは、生き物として失格レベルに燃費が悪いのだろう。

 そして道中でも呪われているかのように食べ続けたのは、本人も口にしたように「食べるのも仕事のうち」だったようだ。

 涙目なゆきにキャラメルを含ませ、介子よしこも口元を隠していたベールを外して食べ始める。

「ああっ! 自分の髪飾りも取って欲しいのであります! これを長くしてると――」

「……なにか力でも使い果たしちゃうの?」

「――単純に頭痛がするのであります」

 苦笑いをしつつ、それでも介子よしこゆきの髪飾り――小さな天狗面を解いてやった。

 それを見て三世みつよも『狛面はくめん』を外す。

「いつもながら二人のは簡単でいいね。羨ましいや」

「これは先祖代々伝わる逸品で、天狗にしか使えないのであります」

「私のは巫術だから……三世みつよも修行してみる?」

「……遠慮しとく。どうにも術とか上手く覚えられた試しがないよ。まあ、この面でも身元ぐらいは隠せるでしょ」

 ……なんとも奇妙な物言いだった。

 三世みつよのは顔半分を隠す面であるから、なんとか身元を隠せなくもないだろう。

 しかし、それよりも口元だけを隠す布や、素顔を完全に晒す髪留めの方が効果的とは!?


「結局、御宝はあったのでありますか?」

 早くも二つ目のキャラメルへ取り掛かったゆきが、もう我慢できないとばかりに話題を変えた。

 ちなみにチョコレートほどではないけれど、やはりキャラメルも貴重品だ。ゆきの食べ尽くしそうな勢いには、さすがの三世みつよも怯むしかない。

「あったよ! 最奥には『てんかい』って人が秘蔵していた、家康と光秀の血判状があったんだ! ――その文箱に入ってるんだけど……読める、介子よしこ?」

「てんかい? 南光坊天海和尚かしょうのこと? 天台宗の? どれどれ……――」

 風と格闘しながらも、介子よしこは書状の解読を試みていた。

「……ちょっと私にも無理ね。本能寺とか天正一〇年とか、色々な単語は拾い読めるけど……いまいち難しいというか、わざと内容をボカしているというか」

 実際、余人に見られたら拙い書状は、当事者同士でしか伝わらないように書く習慣があった。

 しかし、それは即ち、内容が重大な証である。

「昔の武将が交わした約束の内容なんて、どーでもよいのであります! 問題となるのは、それがいくらで売れるかであります!」

 なんとも現金な物言いだが、的も射ている。

 ……彼女達の活動目的は金銭であり、むしろブレてない証拠だ。

「ここまで曰くがついちゃったら、三浦さんも困るだろうしなぁ……ボクらで処分するようかな? でも、こんなの売れるかな?」

「天台宗の本山へ事情を話して……誰か羽振りの良い檀家さんを紹介してもらうよう……かしら? 買ってくれれば誰でも良い、という訳でもないし」

 学術的には金字塔レベルの大発掘だろうと、経済価値で測れば微々たるものだ。

「うへぇ……それでは三浦さんへの補償にもなりそうもないのであります」

 今回、三浦家が失った損害は、少なくとも現金換算で四千万――現在の貨幣価値にして二億前後となる。

 当の本人たちは存在すら知らなかったとはいえ、それを穴埋めできるとは思えなかった。


「なら、これに期待かな!」

 そう言うなり三世みつよは、懐から奇妙な白い像を取り出した。

 白ベースの縞の入った素材で、鹿を彫った物なようだ。

「……近づけないで。そんなもの持って、よく平気でいられるわね?」

「別によくない気配はしませんが……これは何なのでありますか?」

 なぜか介子よしこだけ不快感を示す。

 もしかしたら三人の違いが原因かもしれなかった。つまりは祀る側と祀られる側の差だ。

「最奥にあったの回収してきたんだ! ゼニヤッタの眼を盗んでね、いひひ」

 おそらくゼニヤッタが不審を覚えた壁の凹み――三世みつよが灯置きとで偽った凹みにでも安置されていたのだろう。

 共闘中と油断したゼニヤッタを責めるべきか、三世みつよの悪賢さに呆れるべきか……やや悩む案件だ。

「ここまで大きな白瑪瑙なら、少しは価値あるかもだけど……四桁ぐらい差があるんじゃない、小判一万枚とだと」

「でも、惑わす霧の――あの不思議な呪いまじないの核だよ。これを動かしたと同時に晴れ始めたんだから」

「そんな奇矯な代物、欲しがる人がいるとは思えないのであります」

「いや、そうでもないんだなぁー、これが! 実は峰子みねこちゃんの伝に、この手の不思議な代物なら、何だろうと買い取ってくれる財団があるんだ!」

 ……どんな財団なんだろう? 凄く謎だ。

ふじ先輩の知り合いなら、秘密は漏れないだろうし……悪いようにはしない……わよね?」

「おおっ! 少しは補填してあげられそうなのであります!」

 それは実際、明るい展望であり、三人の心も軽くさせた。

 やはり命を的に一昼夜を動き続け、大した成果も無しでは報われない。

 また、少しは三浦家の損失を補填できねば、そもそもの意義すら見失ってしまう。


「まあ、全てチャラにできるほど高くは売れない……だろうなぁ。でも、三浦家が驚く程度の回収金は届けられると思う。それとボクらの経費を計上するぐらい……かな? 正直、赤字だね。負けなかっただけだ、こりゃ」

 ハンドルは片手なまま、降参とばかりに三世みつよは頭を掻く。

「むむむ……つまりは御駄賃なしな上、汁粉の振る舞い会もお預けでありますか。なかなかに世知辛いのであります」

 客観的に考えてアメリカ軍の一人勝ちにも等しかった。

 小判一万両にナチスの情報、捕虜のウンターホーズと義手、調査価値のある遺跡、墜落したヘリの残骸――大成果といってもよい。……戦死者を勘定に入れてもだ。

 そして三世みつよたちは、辛うじて手ぶらで帰らず済んだというか……アメリカ軍の完勝だけは防いだ程度でしかない。

「でも、情報は貴重だったんじゃない? ただ、これからはGI達やナチスと、事ある毎に遭遇するのかしら?」

「ナチスは何が目的なのか全く分からないけど……ゼニヤッタとは長い付き合いになるかも。なんでもCIAのICPOっていう組織らしいんだ。不思議なものなら何だろうと調べにきそうな勢いだよ」

 やれやれとばかりに三世みつよは肩を竦めるも……ジト目のゆきに不審がられる。

三世みつよ先輩が、御下劣なことを考えているときの顔であります!」

ナ、ナニヲトツゼンな、なにを突然! オクソクデモノヲイウノハ憶測でものを言うのはヨシテクレナイカ止してくれないかユキクンゆき君!」

 慌てて三世みつよは否定するが、とてつもなく挙動不審だし……介子よしこも「またか」とばかりに雄弁な溜息を漏らす。

「……まあ、次があるのであります」

「つ、次って……ボクだって、そうそう脱線ばかりって訳でも……今回だって脇道へ逸れなかったし!」

「そういう意味ではないのであります! というか……やっぱり、あのアメリカ女相手に鼻の下を伸ばしていたのでありますか!?」

「まあまあ! 多少は見逃してあげなさい。なんといっても今回の稼ぎ頭なんだし。それより、次って?」

「次の仕事に決まっているのであります!」

 自信満々に断言するゆきに、さすがに三世みつよ介子よしこは呆然としてしまう。

「むむむ!? 二人共、たった一度の負けで、だらしがないのであります! べつに殺し合いや戦争ではないのでありますから、一度や二度の負けは大したことはないのであります!」

 実際、ゆきの主張は正しかった。

 日本の戦争は紆余曲折もあって、勝つか負けるかだけの全賭けオールインとなってしまったが……そんなのは生き方として間違っている。

 あくまでも幸せになるために戦うのであって、戦うために生きる訳ではない。戦いそのものに拘るのは、愚の骨頂ですらある。

「次に今回の分まで大きく勝って、是が非でも汁粉を振舞うのであります!」

 そう断言するゆきは、さすがに食い意地が張り過ぎだろう。

 しかし、なんともいえない愛らしさも感じさせた。

 堪えきれず三世みつよ介子よしこは吹き出してしまう。

「ちょっ! なんで笑うのでありますか! さすがに失礼なのであります!」

 などと最初は文句を言っていたゆきも、いつしか一緒になって笑いだした。



                       【『天海の密約書』編、了】

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