第27話 現代戦で一番ヤバい魔法

「ちょっと! なんなの、アレ! そして……どうしてボク達が追いかけられてるの!?」

「……米兵でなければ、ナチスなのであります」

 まるで可哀そうな人へ説明するかのようだが、どう考えてもゆきの方がおかしい。

「ナチスって!? ドイツのナチス!? どうして此処にいるの!?」

「そんなの私達に分かる訳ないでしょ! でも……ただ……ちょーと気に食わなかったから、軽ーく銃撃戦を。……米兵達と共闘しながら」

「あと偉そうなタンクタンクローを叩きのめしてやったのであります!」

「二人共、なにやってんのぉーっ!?」

 叫びながら急ハンドルをきる。

 遅れて三世みつよたちの車を狙った機銃が路面を抉った。

「でも、それで納得した! 多い気がした視線は、こいつらか!」

「気付いていたのなら、忠告してくれれば良かったのであります」

「そんなの――隠れて様子を窺う奴が居るなんて、判る訳ないだろ! ボクは映画活動に出てくる剣豪か! ――って、アレ! あいつ振り返ったぞ!? そんなのあり!? ズルくない!?」


 現代の我々にしてみれば、それは不思議でも何でもない挙動だった。

 普通サイズのヘリコプターがホバーリングしたまま、その機首を回頭させただけだ。

 しかし、三世みつよたちの時代にあってヘリコプターは、最新鋭の戦闘機――それも未だ設計図ぐらいしかない軍事機密に近い。

 なぜならレシプロエンジンでは非力過ぎて、一人乗りの小型回転翼機――オートジャイロしか実用化できなかったからだ。

 そして厳密にはヘリコプターと別物といえる。どちらかというと飛行機の方が近いぐらいだ。

 目の前で空を舞うナチスの飛行機械――優に四、五人ぐらい乗れそうなヘリコプターは、ガスタービンエンジンの開発成功まで待たねばならなかった。

 だが、なぜナチスがヘリコプターを!? これすらナチス驚異の科学力なのだろうか!?


「あれは……おそらくヘリコプターよ!」

「知っているのでありますか、介子よしこ先輩!」

「ようするに大きいオートジャイロなんだけど……かなりの人員が乗り込める上に、積載量も桁違いよ!」

 その通りだと言わんばかりに、再び機銃が掃射され……辛うじて三世みつよは車を回避させる。

「そんなの見ればボクでも判るよ、大きいオートジャイロってことは! それより弱点とかないの!?」

「あれはオートジャイロと違って、滑走路なしでも離着陸可能というわ。そして航空機には不可能な空中停止すら! ……いつのまに新型エンジンの開発に成功したのかしら?」

「あの……介子よしこ先輩? それだと褒めてるだけで、なんの解決にもならないのであります! ――三世みつよ先輩! なんとか振り切れないのでありますか!?」

「ちょっと無理! 向こうの方が速すぎるし、それほど運転が上手い方じゃないんだよ、ボクは。正しいラインをるだけだし。このままだと……きっと正しい選択肢が無くなっちゃう」

 車を正しいラインへ乗せるのは、ドライビングにおいて究極のコツにも近いだろう。

 しかし、奥義といっても半分だけでしかない。

 その異能によって結論だけを知る三世みつよでは、いつかくるデッドエンドを回避できないのだろう。

 

「ああ、こんなことならパンツ持ってくるんだった!」

 ぼやきながら介子よしこは車のノーズ部分へ這い登っていく。……全力全開で走る車上のことだから、非常に危険だ。

 しかし、それよりも発言に三世みつよは顔色を変える。

「ちょっと待って、介子よしこ! パンツ持ってくれば良かったって……ひょっとしたら、いまノーパンなのかい!?」

使い捨て無反動砲パンツァーファウストの方よ!」

 罵りと共に介子よしこは蹴りを繰り出すが……とても非常事態には思えない。

 もう豪胆とか、不敵とか……そういうレベルを超えてしまっている。目の前で披露されるノーパン巫女袴ショーに三世みつよは、ご満悦だし。

「ちょっと! 黙ってみてないで手伝ってよ! 私一人で、こんなに重いの持てる訳ないでしょ!」

「手伝いたいのは山々でありますが……もう空腹で自分は、そんなに力が出ないのであります……」

 弱々しい返答に、三世みつよ介子よしこはギョッとした。

 よくよく見れば実際にゆきは、青い顔で細かく震えている。まるでハンガーノックに――極度の低血糖状態に陥る寸前だ。

「ちょっと! 何か食べる物!」

ゆき、しっかり! ズボンのポケットにチョコレートがあるから!」

「チョ、チョコレート!」

 現金なまでに復活したゆきは、三世みつよのポケットを弄り始めた。

「あふんっ! ああっ! 全部は駄目ぇー! とっておきだったのにぃーっ!」

「強奪したチョコレートの味は格別であります!」

 三世みつよの心が狭すぎると思われる方もいるだろう。

 しかし、この年に――一九四九年に宝くじの景品とされたほどだ。それなりに貴重品といえる。


「ちょっとだけなら動ける気がしてきたのであります。……何でありますか、この物干し竿は!?」

「九七式自動砲――対戦車ライフルよ! これなら何とか……」

 答えながら介子よしこは装弾していくが、なんと弾丸は直径が二センチ。長さは十二センチもある。

 もう金属の杭も同然だ。通常の小銃ライフル弾とは長さで三倍強、質量では約四〇倍近くの差となる。

 見ただけで禍々しい凶器と、素人でも理解できるだろう。

「なんでも良いから早くしてーっ!」

 虎の子だったチョコレートをとられて涙目な三世みつよが叫ぶ。

 再び急ハンドルで機銃掃射を躱すも……危険なほどに至近弾となっていた。捉えられるのも時間の問題だ。

ゆき! 凄い反動くるわよ! なんとか頑張って!」

「いつでも良いでありますよー」

 なんとも気の抜ける返事だが、九七式自動砲そのものが六〇キロ近くもあり、さらに小銃ライフルの数十倍な反動も加わる。

 超人的な怪力のゆきでなければ、とても支え切れやしないだろう。

 介子よしこが引き金を絞ると同時に轟音が鳴り響く。

「……外したのでありますか?」

「……いや当たってたよね?」

 しかし、ナチスのヘリに何の変化もなかった。

「あー……駄目だわ。あのヘリコプター、装甲厚くしてるみたい」 

「ちょっ! なんででありますか! 戦車用の鉄砲なんでありますよね!? あの竹トンボは戦車より硬いのでありますか!?」

「違うわよ! 対戦車ライフルは、戦車を撃ち抜けなくなったから廃れたの! 勝てるのは……軽戦車ぐらいかなぁ? うん、パンツの方が良かったわね」

 あははと介子よしこは引き攣った笑いを見せるけれど、それが事実だ。

「……拙いね。どうする? どこかで車を捨てて隠れようか? ――皆、しがみつけ!」

 横転ギリギリな急ハンドル、そして逆に当て返し……もの凄い土埃をたてながらベンツSSKは滑ってドリフトしていく。

 だが、そこまでして機銃の掃射を躱すので精一杯だ。

三世みつよ先輩! この山中で背負っていただけるとは、さすがに望外の喜びなのであります!」

「そこは『自分のことは見捨てて、先輩たちだけでも――』じゃないの!?」

「二人共、馬鹿いってんじゃないの! ――三世みつよ、もう一度狙ってみるわ。少しの間で良いから、揺らさないで走って! ――ゆき、まだ支えられるわね?」

 答えを待たずに介子よしこは、再び対戦車ライフルを構え……そのままヘリを睨んで動かなくなった。

 そして貴重な時間が過ぎ去るだけのように思え――

 突然に介子よしこが祝詞を奏上しはじめる!

「南八幡大菩薩! 願わくはあの怪鳥を射させて賜ばせ給え! 今一度献本受け入れんと思しめさばこの矢外させ給うな!」

 その瞳は幽かな世界を透かし、神と人を繋ぎ……さらには神威の執行すら務める巫女に相応しいものだった。

 轟音。そして銃口とヘリが光の道で結ばれる幻視。さらには確かに聞こえた破壊音。

 突然に回転翼が止まってヘリは失速し、墜落しはじめる! 介子よしこは、回転部分の根元を射抜いたのだ!

 ヘリの乗員達も、次々と脱出して無理やりにパラシュートで降下していく。


「お見事!」

 口笛を吹きながら三世みつよが称える。

「いつみても凄いのであります。……それはそうと、もう物干し竿は捨てても良いでありますか?」

「駄目に決まってんでしょうが! これ凄く高いんだから! ……って、少し休ませて。降ろし過ぎた。ちょっと苦しい」

 いかなる手法か判らねど、介子よしこの披露したのは神業と呼ぶ他ない。

 猛スピードで走る車上から、これまた高速起動するヘリコプターを、よりにもよって回転翼の付け根というピンポイントショットだ。

 ……もはや奇跡と言い換えても語弊はないだろう。

「なんだか二人共、クタクタだね。……キャラメルあるけど食べる?」

 ヒイヒイいいながらノーズ部分に九七式自動砲をしまう二人へ、三世みつよが労いの言葉をかけた。

「もちろんであります! 今日は力を使い過ぎて、空腹で死ぬかとおもったのであります」

「私も貰おうかしら? どこにしまったの? いつものポーチ?」

 片付けを終えた介子よしこがキャラメルを探し始め、やっと三世みつよもアクセルを緩める。

 何はともあれ、彼女達は生還を果たしたのだ。

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