第26話 人と異なる能う力

 それは突然の変調だった。

 散発的に撃たれていた重機関銃が、突然に休みなく掃射を開始したのだ。

 堪らず米兵達はもちろん、ゆきですら塹壕へ伏せる。

 さらには場違いですらある雄叫びが続き、全員が様子を覗き見て……絶句した。

「軍曹! 敵の筋肉達磨が! 敵の筋肉達磨が突撃してきました!」

「ば、馬鹿な!? 第一次世界大戦じゃないんだぞ!? ――いや!? とにかく撃て! 取りつかれるぞ!」

 唖然としたのもつかの間、慌てて米兵達は迎撃を開始する!


 しかし、軍曹は驚愕しているけれど、近代戦に突撃戦術がなかった訳ではない。

 少なくとも第一次世界大戦までは常套手段だ。……でなければスコップが――接近戦武器が最強と目されたりしない。

 そして五〇メートル程なら、重量級の人間だろうと一〇秒もあれば走破できる。

 適切な援護射撃の下であれば、大きなリターンを狙える作戦といえなくもなかった。結局のところ、戦争とは陣地取りに他ならないのだから。


 だが、それでもウンターホーズのような単騎突撃はあり得ない!

 もう第一次世界大戦どころか……太古の戦士がみせる蛮勇だ!

 当たり前にウンターホーズは被弾する。

 まだ弾が霧に迷うせいか、急所へ直撃こそしなくとも……それだけで昏倒してもおかしくない。

 むしろ倒れなかったのは奇跡であり、これだけで彼の頑強さを褒め称えるべきで……大きなリターンをも確保していた。

 射撃武器で命中させたければ、より標的ターゲットへ近づき、さらには良く見える射線を確保すればいい。

 つまり、ウンターホーズは撃たれるリスクと当て易さをトレードオフしていた。

 返礼とばかりに重機関銃を唸らせる!

 慌てて米兵達は伏せるも、不運な一人が――

 肩に大穴を開けられながら、片腕を千切り飛ばされた!

「この距離ならば捻じ曲げられまい!」

 恐るべき発想だった。

 なんらかの霊的防御兵器を使っているのであれば、それを無効化できる程に接近すればよい。

 確かに道理かもしれなかったが、それは全く生還を考慮しない方法だ。

 なぜなら引き換えに、自らは蜂の巣とされる。それは確実な死と同意義であり……だからこそ、こんな突撃は誰にも発想できない。

 しかし、絶体絶命なはずのウンターホーズは嗤う。血塗れに!

 それは生者とロジックの違う死兵の笑みで、米兵達の心を凍らせるに十分だった。

 もはや勝利でなく、何人道連れとできるかを重視している!


 突然、ウンターホーズに向けて石が投げつけられた。

 しかし、それは子供の頭ほどもある!

 もはや石というより、小岩と呼んだ方が正しそうだ。

 さらに速かった!

 まるで球技の――それも球技の中でも速い部類である、野球やテニス並みの速度が出ている。

 最初の一発は外れ、二発目はウンターホーズ自身が躱すも……最後には重機関銃へ命中し――

 バラバラに破壊してしまった!

「微妙に外れてしまうのであれば、弾の方を大きくしてやれば良いのであります」

 なおも次弾をお手玉のように玩びながら、ゆきは大見得をきるけれど……正直、誰も彼もがドン引きだ。

 そんなことは不可能だからこそ、とても余人では発想できない!


 しかし、たかが投石と侮ることはできなかった。

 質量兵器というとSFの専売特許と思われがちだが……それは地球上での実用が困難だからだ。

 本当は銃器類も重い弾を撃ち出したいのだけれど、それが不可能なので速度や回転を使って胡麻化している。

 だが、速くて重い弾を投げつけられるのなら、そんな小手先の工夫は不要だ。

 仮に重さ五キロの岩を時速二〇〇kmで投げつけた場合、なんと運動エネルギーは小銃ライフル弾の約百倍となる。

 もし人間に命中したら秒速三メートルで吹き飛ぶ規模だ。……命中時に人体が壊れなければ。


 唖然としたままな人々を気にも留めず、ゆきは急造の塹壕から跳び出る。

 文字通りの一足飛びにだ。まるで重力というものを感じさせない。

 ……異常なのは重力ではなく、ゆきの脚力か。常人離れした怪力では、女子中学生の体重など無いも同然なのだろう。

 そして石を投げ捨てるついでに手の泥を払い、ウンターホーズを糾弾するべく指さす。

「まだ殺し足りないのでありますか、この野蛮人! いま退散するのなら見逃してやるでありますから、とっとと棲家へ帰るのであります!」

 もしかしたらそれは、いつまでも戦争を終わらさせない男共への批判だったのかもしれない。

 だが、自らの散り際を台無しとされたも同然なウンターホーズは、怒り心頭となた!

 ……もう少女の幼い容姿や不遜な態度すら、かえって侮辱を色濃くしている。

「黙れ、この米喰らいライスフレッサーがぁっ!」

 叫ぶや、異常な機械音と共に甲冑を纏った右手をゆきへ振り下ろす!

 それへゆきは、片手をハイタッチでも受けるかの如く翳し――

 なんと大男の鉄槌を押し止めた!

 いや、それだけで済まない! 同時に歯車が軋んで弾ける嫌な音がしたかと思うと――

 火花を散らしながらウンターホーズの右腕が、肩のところから

 あまりの威力の――力と力のぶつかり合いの結果か!? だが、人体はそんな風に千切れたりは――トカゲのような自切はしない! これはいったい、どうしたことか!?

 しかし、その謎はすぐに解明される。

 ゆきの手へ残された大男の右腕は、火花と放電を散らしながら……なおも動こうとしたからだ!

「おおっ! この腕は作り物でありますか!」

 その見解は正しいのかもしれない。

 けれど今現在の我々ですら、意のままに動く義肢は開発できてなかった。三世みつよたちの時代であれば、なおさらだ。

 なのに、なぜ!? これもナチス驚異の技術力なのか!?

 だが、そんな疑問を考える間もなく事態は進行していく!

「ドイツのタンクタンクロー! 貴様は力の使い方が、なっとらんのであります! まず力が逃げてしまわないよう、しっかり大地を踏みしめて――」

 右肩を押さえて呻くウンターホーズの目の前で、ゆき歩幅スタンスを広げる。

「そして万が一を考え、素手ではなくで――……

 一直線に打ち抜くのであります!」

 言い終えるや、手に持ったままだった大男の義手を叩きつける!

 捻じ曲がって半壊していた義手は大破し、ウンターホーズも一撃で沈む。……実際、死んでないのが不思議なぐらいだ。

 感極まったボブも叫ぶ。

It’s Tenguこれが天狗!」


 だが、ボブ以外の米兵達は、自分達の眼を信用できないでいた。

 まだローティーンにしか見えない少女が、背丈が倍はあろうかという大男を倒したのだ。……それも一撃で!

 いや、その前の投石だっておかしい。

 あれは人類の到達できる域を超えている! 本当に彼女は『人』なのか!?

 戸惑う彼らは、指示を求めて軍曹へ注目していく。

 軍曹も何か言わなければと口を開きかけたところで――

 クラクションの音がした!

 誰かと思えば三世みつよで、いつの間にやら山道へ車を回している。

「お迎えのようでありますな」

「よし! 帰るわよ、ゆき!」

 いち早く判断能力を取り戻した介子よしこに従い、二人は走り出す。


 慌てて米兵達は互いに目配せを――「おい、この子達……捕まえないと拙い……よな?」とばかりに意思疎通を計る。

 けれど、あわやのところで軍曹が待ったをかけた。

「止めろ! 命の恩人へ銃を向けるつもりか? ……くそったれな戦争中でもないのに! ――構いませんね、指揮官殿?」

 後半はガラッハに支えられるようにして、やっと再合流を果たしたゼニヤッタへ向けたものだ。

「……ええ、それで問題ありません」

「三人です! 三人もられました! あの大戦争すら生き延びた歴戦のつわものをです! 何なんですか、この任務は! これが祖国の利益に――」

 不満を爆発させた軍曹は、しかし、自らの言葉に沈黙せざるを得なかった。

 何もかもが彼の理解を超えている。だからこそ、この任務に価値があるのだろう。

「ごめんなさい、私から説明できることは何も……全ては国家機密としか。殉職された兵士の方には、できるだけのことを――」

 軍曹は何も答えず、ただ首を振ってゼニヤッタから離れた。

 ……結局はお互い様だ。

 国家の仕事へ従事していれば、そう割り切るしかなかった。理解しあえたところで分かち合えるのは、呑み込むべき不条理な現実だけなのだから。


「何者なんでしょう? あの武装勢力はナチスのようですし、それも不思議ですけど……日本人の方は?」

 堪えきれずガラッハは己が主へ問うた。

 しかし、ゼニヤッタにも答えようがない。だが、沈黙すら許さないとばかりに――

 空が震えた!

 断続的に空気を叩くような音と共に、夜明けの空へ鉄の鳥が飛び立つ!

「な、なんだアレは!? まさかオートジャイロ!?」

「でも、どうやって、こんな山中で!? それに……あんな巨大なオートジャイロが飛べるのか!?」

 驚く米兵達を嘲笑うかのように、まるで竜巻のような強風が見舞われる。

 乱れる髪を押さえながら、遠ざかる飛行機械へ語りかけるようにゼニヤッタは呟く。

「……何も判らない。私達アメリカは、何も判っていなかった。それが何よりも恐ろしいわ」

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