3.「無能」

才能のない者は 無能として生きればいいのだ

それが分からない僕などは 未だこうして無能をひけらかしながら 融通の効かない頭が取れるのを馬鹿正直に気にして 回転もさせずに毎度生きてしまっているのだ

それを鼻で笑う向こうからやって来た人は いつかのように通り過ぎていって やっぱり笑われた訳じゃなかった僕の一人笑いが この狭い空間に木霊したのを契機として 隅で泣いていた赤子が最初の眠りに就いた


時は過ぎ 死に伏したばかりの僕の許に 改めて「無能」というレッテルが送られてきたのだが 差出人は不明のままであった

とにかく送られてきたものなのだからと 馬鹿正直にも僕はそれを胸に貼って その胸を張ることで「無能」であることを 誇示するが如く 又候ひけらかしてしまっていた

誇るべき才の紛い物として無能を重宝するようになった僕は レッテルをいつも磨いていなければ落ち着かず ともすると死から起き上がり兼ねなかった


結局 僕は無能として死に伏すずっと以前 どこかに置き忘れたと思っていたレッテルを 実のところくしゃと丸めて屑かごに捨てていた

それを赤子が拾ったのだろう 大人になってから死の国に住まう僕宛に投函したのだろう 才能ある彼のすることに間違いなどあろう筈もないのに 僕は彼の親切心に水を差すような思いしか抱くことが出来なかった

それが僕の無能さの極みに違いないと 僕が僕自身に失望したその刹那の出来事を経て 僕はあのような行為に及んだのだ

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