五月六日 〜#本山らの文庫〜

 五月六日。


 このとき既に『はじめに』から『追伸』までを書き終えていた私は、『一年分の思い出』を完成させたつもりでいた。

 しかしこうして新たなる一日『五月六日』を書いたのは、今もなお本山らのに関する思い出が増えているからである。

 蛇足にならないように気を付けつつ、この日の出来事も書き残していきたい。


 この日は文学フリマというイベントが行われた。そしてそこでは本山らのが企画・編集・装丁を務めた本山らの公式アンソロジー本『本山らのと、先生と』が頒布される、という話だった。

 本山らのがラノベ作家さんに声をかけて、本山らのの話を書いてもらい、それを本山らのが編集したという、まるで夢のような一冊だ。

 GWゴールデンウィーク最終日であるこの日は仕事が休みであったため、『本山らのと、先生と』を求めて私もこのイベントに参加した。


 事前の情報によると、午前十一時半頃から本山らのと一対一で通話をすることができるという話があったため、その時間を目標に家を出たが乗り継ぎが上手く行き過ぎて開場と同じ十一時ぐらいに到着した。

 まずは目的の『本山らの文庫』ブースへと行き、『本山らのと、先生と』を購入する。

 その後すぐに「#買ったよらのちゃん」タグを使用して購入報告をする。ここまでは予定通りだ。

 (本山らのと通話ができるようになるまであと十五分か……)

 会場内をうろうろとしつつ、Twitterで本山らののツイートをチェックする。

 そうしていると通話をする準備が整ったとつぶやかれたため、急いで『本山らの文庫』ブースへと戻る。

 既に何人か並んではいたが、順番はすぐに回ってきた。

 売り子の方から無線のヘッドフォンを受け取り、タブレットに映る本山らのへと話しかける。

 本山らの文庫、頑張ってください、いつも面白い作品を教えてくれてありがとうございます、といったことを話しつつ、持ってきたアクリルフィギュアを見せることもできた。

 唯一失敗したのは、相手が話しているときに被るようにした名乗ってしまったせいで相手にちゃんと聞こえていなかったのかも、という点だ。


 話していた時間は恐らく三十秒ほど。もっと短かったかもしれない。とりあえず、この日の目標は達成できた。

 無線のヘッドフォンを外して売り子と方へ渡すと、どうぞ、と本山らののブロマイドが渡された。バーチャル書店員就任イベントのときに貰えたものと同じものだ。何か書いてあるけど特に気にならなかった。これで三枚目になる。

 貰ったブロマイドを購入した『本山らのと、先生と』に挟んで、Twitterを確認する。どうやらいつもお話させて頂いてるらの担(本山らののファンの総称)の方が何人かこの会場へと向かっているようだったので、彼らを待つことにした。

 その間にも次々と『本山らの文庫』ブースに人が来ては『本山らのと、先生と』が売れていき、本山らのと通話している姿を眺めていた。列ができるというほどではないが、数分おきに人が来ているような感じだったため、売り子の方たちも大変そうだった。

 と、そのときにふとした違和感があった。

 本山らのと話し終えた人が受け取っているブロマイド。自分が貰ったものと何かが違うような。

 違和感の正体を確認するべくバッグから『本山らのと、先生と』を取り出して、挟んであったブロマイドを確認する。

 そこには銀色のマジックで『本山らの』と書かれていた。

 受け取ったときにはそれほど気にしていなかったが、ひょっとしてこれは本山らのの直筆サインなのでは? と、そのときになってようやく気づいた。きっと先着十枚ぐらいにサインが書いてあったのだろうと思い、ブロマイドを『本山らのと、先生と』に挟んでバッグへと戻す。早く来てよかった、と思った。


 それからしばらくして、会場へと到着したらの担の方々とお会いした。中には初めてお会いする方もいた。一緒に昼食をとったり、見本誌や会場内を見て回ったり、それぞれの最近の活動についたり話したりした。

 このときはただただ楽しい時間を過ごしているだけだったが、後から思い返してみるとこれも本山らのが私にくれた"楽しい"だということに気づいた。

 彼女を知ることがなかったら、以前と変わらぬ細々とした読書生活を続けていたら、彼らとこうして会って話すことはなかっただろう。


 そうして彼らと話しているときにも、例のサイン入りブロマイドがどういう基準で配られていたのか気になって仕方がなかったため、私は彼らに断りを入れてからもう一度『本山らの文庫』ブースを訪れた。

 ちょうど人が並んでいなかったので、もう一冊本を買いつつ売り子の方に尋ねる。

「すみません、さっき貰ったブロマイドにサインが入ってたんですけど、これって先着順とかで配られたんですか?」

 すると売り子の方はすぐに本山らのへと確認してくれた。

「ええと、それはみたいです」

「ラッキー……わかりました。ありがとうございます」

 私は売り子の方にお礼を言って、らの担の元へと戻る。


 ラッキー。つまり、何枚かに一枚の確率で入っていたということだろうか。

 ……なんというか、嬉しかった。

 本当に偶然だけど、偶然だからこそ何の後ろめたさもなく喜べた。


 午後六時。

 イベントの最後の方まで残ってらの担の方々とお話をしてから帰宅すると、一日の疲れがどっと来た。なんとか戦利品の写真に収めてから布団でごろんと横になる。

 あとはサイン入りブロマイドが貰えたことを本山らのに報告すれば今日一日が終わり、『五月六日』に書くべき出来事も終わるはずだった。


 ――だから。

 ここから先は書く予定のなかった、本山らのが私にくれた最後の思い出エピローグになる。

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